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Free・World・Story~フリー・ワールド・ストーリー  作者: 月見 呆一 (旧 月見)
第二章 クレスヴィルの魔女 クレスヴィル後
20/37

10 上司として オリガの葛藤

 ここに来る原因になった、セキュリティーの問題。違法データ、ハッキング。

 それをやった、ハッカー”グレイ”。


「―――彼が、”トルメンティア”に、負けた?」

「そうです。ひどい目にあった、って、話です」


 ロックフォールがうなずいた。


「ボスとの対戦は、レアイベントでした。実際、遭遇できた奴のほうが少ないんです。攻略本があったわけでもありませんしね…」

「そりゃあ、出せなかったろうしね」


 現実世界をゲームにしている『フリー』ではなにが起こるか、本当にランダムだったはずだ。そんなモノが出せるわけがない。


「―――ですが、強いボスモンスターのウワサはあったんです。実際、今でもボスがボスとして機能してるダンジョンも残ってますから。それで、ある程度強くなってしまったキャラクターで、そういうのを狩るっていうのを目標にしてた連中もいるんです。レアアイテムが手に入ったりもしますからね」

「そりゃ、何億人も人がいれば、そういうのが好きだった人がいても、おかしくはないけどね…」


 今でも考古学者はいるし、ミステリーを読むのが好きな人はあとを絶たない。

 ならば、実際に、それを体験してみたいと思う人も、いるかもしれない。


「実際に、『フリー』のプレイヤーには、そういうのを目標にしていた人たちがいます。ひょっとすると…」

「”グレイ”も、そんな一人だったんじゃないかって?」

「ええ、実際に、彼は条件を解いて、”トルメンティア”と戦ってます。他の所でも同じようなことをしていたようですし、ネット上でウワサになっていました。終った後には、アバターは台無し、武器も使いものにならなくされてたそうです。あと、かなりのレアアイテムを無くしたそうですよ」


 ナギサは考え込んだ。そこまでされたプレイヤーは、何を考えただろうか?


「―――ねえ、魔物は話さないっていうけどさ。私は、この通り話してるよね?」

「え? ええ、そうですね。そういえば」

「ねえ、ボスとの会話ってないモノなの? ほら、昔から、よくあるじゃないか『世界の半分をお前にやる』、とかいうの」


 ロックフォールが首を傾げた。


「また、ずいぶん古い例えですね。いや、無いはずですよ。いままで、実際に戦ったボスで、会話をしたとかいう話はないですから。ああ、でも…」


 ロックフォールが考え込むようにうつむいた。


「でも、なんだい?」

「…でも、全部のボスと会った奴はいませんからね。俺も、今までそういうのに参加して、二体だけです。『フリー』だと、キャラクターの個性も売り物になってましたし、ここは現実です。ひょっとすると、どんな奴がいても、おかしくありません」


 ナギサはうなずいた。


「じゃあ、もし、彼が、そんなひどい目に会って、しかもその時、昔のゲームの魔王みたいな挑発をされたとしたらどうだろう?」

「え?」

「本物そっくりな―――少なくとも、ヘッドギアごしに見てもリアルな相手だよ?―――相手に、負けた。本気で”グレイ”が腹を立てて、ハッキングなんて手段に出ても、おかしくないんじゃないかい?」

「ああ…」


 二人は、しばらくのあいだ、黙っていた。

 ときどきドアの前を通る足音だけが、唯一の音となった。

 やがて、ナギサは首を振った。

 

「―――まあ、彼のことは、今となっては、どうしようもない。今は(、、)、こっちの問題が優先だ。”トルメンティア”とのイベントっていうのは、どうすると起きたんだい?」


 ナギサが聞くと、ロックフォールが、うんうん、うなりながら答えた。必死に記憶を探っているらしい。


「…詳しくは、分かりませんが、まず、『強制任務(フォース・クエスト)に参加する』のが、第一条件です」

「それって、いまの、この強制任務(フォース・クエスト)?」 

「そうです。まず、この時点で、ほとんどの人が嫌がります」


 ナギサが首をひねった。


強制任務(フォース・クエスト)って、今みたいなのは、前からあったのかい?」

「もちろん、ありましたよ。そのあいだ、アバターをオートにして乗り切るっていうのが、対処のやり方でした。ゲームがほとんどできなくなるんで、強制イベントだけは、みんな避けてましたね」


 ナギサはうなずいた。プレイヤーたちが、このイベントがあったとき、どうやって乗り切っていたのか、ずっと気になっていたのだ。

 

「…なるほどね。他の条件は?」


 ナギサは先を促した。


「次が、『森狩り』です。ダンジョンの狩りだしを『何々狩り』っていうんですよ。森じゅうの魔物を倒せばいいっていうのが、本当の条件らしいですけど、次の条件のせいで、できないんですよ」

「三つ目の条件だね。それは?」

「一人でやらないといけないんです。正確に言えば、『パーティーを組んではいけない』です」

「…どういうことだい?」


 ナギサの質問に、ロックフォールは首を振った。


「そのまんまの意味ですよ。それだけやれば、トルメンティアとの戦いに持っていける、っていうウワサです。当てになるか分かりません。なんでも、グレイの行動パターンを、わざわざ解析した奴がいたそうです。」


 ロックフォールの言葉に、ナギサはうなった。なんでも好きなやつはいるものだが、そういうやつもいるらしい。自分のプリン好きは棚に上げた。


「―――それ(、、)、”トルメンティア”との戦いのことだけど、それって、終わると、何かあるのかい?」

「…さぁ、誰も戦って勝ったやつがいないんで、分かりません。だから、好きでは、やりたがらないんでしょうけど。とりあえず、強制任務(フォース・クエスト)は終わるんじゃないですかね? その異変のもとを取り除けば、いつも強制イベントは終わりましたし。ボスってダンジョンの根っこみたいなものでしょうから」


 ふむ。

 ナギサは唸った。なにか、引っ掛かるような気がするのだが、それがなんなのか分からない。

 ロックフォールを見て、言った。


「君、”トルメンティア”と戦って、勝てる自信ある?」

「いや、やめておきたいですね。俺、もともと近接戦闘ですし、『魔女』なんて名乗ってるのを相手にしたくありませんよ」


 ―――死にかねないですし。

 ロックフォールがお手上げという風に両手を上げた。

 ナギサは小さく息をついた。


「…まあ、そうだよね。とりあえず、話は分かった。三日後の、森狩り、かな? その時に、何か問題が起きそうかな?」

「ボスの部屋まで、行かなければ、問題ないでしょう。ただ、何かの拍子に部屋から飛び出してくる奴もいるらしいですし…」

「…どうなるか、分からない?」


 ロックフォールは、うなだれるように、うなずいた。


「ダンジョン内部は、アイテムがあったり、魔石が取れたり、貴重な素材もあるんで、ハンターのだれかが下手な刺激を与えかねませんし…」

「―――不安要素、ばっかりだね」


 ナギサは腕を組みながら、うなった。

 そんなところに、部下をやらなければいけないのは、何ともイヤだ。オリガたちもいくんだろうし…。

 大きく、ため息をついた。

 そして、決めた。


「―――私も早めに、魔法が使えるようにする。君たちのほうに、早目に合流しよう」


 ロックフォールが目をむいた。


「いや、でも、リーダー…」

「ある意味で、それが私自身、一番落ち着けるんだよ。たぶん、戦力にはなるだろうしね」

「ですが…」

()の中に、入るわけじゃない。森の中に、入るんだ。別に兵隊にどうこう(、、、、)言われる筋合いのことじゃない。べつにハンターギルドに入ってないと、森に入れないわけでもない」


 実際、ナギサは森に迷い込んだとき、誰にも、止められることはなかったのだ。そうでもしないと、実績も残せまい。

 今と違いがあるわけじゃない。仕方なく行くか、自分から行くかの違いだけだ。


「だから、安心してていいよ。魔法なら、私自身、お手の物なはずなんだから…」


 そう言われ、ロックフォールは、何も答えられなかった。何か言いたそうにはしているが、それでも、じっと口をつぐんでいる。

 ナギサは、ニコリと笑い、ぐっと、お茶を飲みほした。

 冷めたそれが、鼻に紅茶の香りが通り、のどを液体が通りぬける。それは、意外と美味しく感じられた。




 オリガは、宿の自分の部屋で座っていた。

 じっとうつむき、その両膝を見るような姿勢だった。その眉間には、くっきりとしわが刻まれている。

 ナギサと、ロックフォール。二人だけの話し合いがしたいらしい。だから、席をはずした。

 だが、いやな、モヤモヤするような何かが、胸の内に残った。まるで、子供のころ、仲間外れにされたような感覚。だが、あいつは、謝っても、いたではないか。

 そんなモノで不機嫌になっている自分も、子供のようなものだ。だが、頭ではわかっていても、どうにかなるような(たぐい)のモノでもない。

 オリガは、テーブルに置いたカップを手に取り、口を着けた。このお茶も、あいつが―――元をたどれば、あいつの部下の金だが―――持っているのだ。

 

 ―――生活費は、こちらで持ちますので。


 そう言って、あのバカなお人好しは、申し訳なさそうな表情を浮かべたのだ。

 イリサとの相部屋だが、普通、雇ったハンターの生活費まで持つようなものじゃない。報酬は払っているのだから、あとは押しつけてしまえば良いようなモノなのだ。自分の失敗にしても、もっと理不尽なまでに怒っても良いはずなのに、それをしない。

 これでは、借りばかりが、たまっていく。

 しかも、なぜかあいつは、それでもいいか、とも、思わせるような性格なのだ。そして、それに寄りかかれたら、楽かもしれないと思ってしまっている。そんな自分がいるのにも、腹が立つ。イリサは、何か用事があるとかで、まだ戻ってきていない。

 オリガが椅子で一人、じっと座っていると、ドアがノックされた。

 

「ナギサです。ちょっとお話がるんですが…?」


 例のお人好しが、バカ丁寧なあいさつをよこしてきた。黙って入ってくればいいモノを。


「今、開ける」


 オリガはカップを置いて立ち上がると、ドアのほうへと急いだ。

 案の定、ドアの前で、ナギサが例の人の良さそうな笑みを浮かべて立っていた。

 じっと、オリガを見上げている。


「…どうした?」


 ナギサはしばらくのあいだ、思案するようにじっとしていた。

 やがて、言った。


「…実は、あしたからの練習についてなんです」

「ああ、また、いつものように、あそこまで付いていけばいいのか?」


 クレスヴィルから、一つ時ほど先、誰も人がよりつかない場所だった。モンスターも寄りつかない、オ赤で隠され、安全性もある場所。また明日から、あそこに行くものだと思った。

 しかし、ナギサは首を振った。


「ああ、いえ。…明日からは、付いてこないで欲しいんです」


 申し訳なさそうな言い方。オリガの目が、少し吊りあがった。


「…それは、今日のこと(、、、、、)があったからか?」


 ナギサは、黙ったまま首を振った。そうだろうとは、思っていた。おそらく、ロックフォールと話したことが原因だ。

 じっと、ナギサを睨みつけた。


「…また、何か、私には言えないことか?」

「…そうなりますね」


 相手は依頼主。本当は睨むのもおこがましい相手だ。だが、自分を止められない。

 オリガは言った。


「…ついていくと、マズいのか?」

「…はい。すみません」


 ナギサは申し訳なさそうな表情のまま、頭を下げる。

 オリガは、ため息をついた。


「…わかった。明日から、付いていかないようにしよう」

「お願いします。あ、イリサさんは…?」

「まだ、帰ってきていない。あとで、私から伝えておこう」

「お願いします…」


 そう言って、ナギサは部屋に戻っていった。見るとロックフォールが出迎え、話しながら、外へと二人で歩いていく。

 オリガは椅子に戻った。

 そして、胸の中のモヤモヤを流し込むように、一息にカップのお茶を飲む。口の中に、渋みが広がった。




「―――大丈夫なんですか?」


 横を歩くロックフォールが、恐るおそる聞いてくる。

 ナギサは迷うことなくうなずいた。


「しょうがないよ。ハンターが魔物に雇われてました、じゃ、オリガさんたちも立つ瀬がない。こういう形なら、何も知りませんでした、で、通るだろう。練習はできる限り、急ぎたい。隠し方の練習までしている時間はないからね」


 ナギサはコキコキと、その細い首を鳴らした。

 なんだか、ひどく肩が凝った気がする。


「―――それから、君もだ。私が言うのもなんだが、間違っても口を滑らせないようにね?」

「それは、分かってますよ。でも、リーダー…」

「何度も言わせない。私のことは、自分で何とかするから、今は自分のことを考えなさい」


 また、クレスヴィルの鐘が鳴り始めた。

 ナギサは、思わず舌を鳴らした。


「…あと三日か」


 もうすぐ、ロックフォールの外出時間、三つ時が過ぎてしまう。

 中天にあった日が傾き、街に影がさした。

 まるでナギサを急かすように、クレスヴィルの鐘が、勢いよく鳴り続けていた。

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