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Free・World・Story~フリー・ワールド・ストーリー  作者: 月見 呆一 (旧 月見)
第二章 クレスヴィルの魔女 クレスヴィル後
19/37

9 オリガの謝罪 魔女

 ナギサはベッドの上で、ポカンと、ロックフォールの顔を見ていた。

 その顔は冗談を言っている顔ではない。言っちゃったとでもいうような、バツの悪い表情。どうやら、本気らしい。


「―――”魔物”?」

「…はい」


 ロックフォールが目をそらした。

 ローフォレとか、ヴァン・ラニとか、バーリスとか言う謎の巨大生物。それと同じもの?

 ナギサはまじまじと自分の手を見た。そういえば、爪が伸びた気がしない。


「―――おなか、空かないんだけど?」

「…え?」


 ロックフォールの顔が引きつった。


「髪も切れないし…」

「あー…」

「…爪も伸びてない」

「えー…」

「ひょっとして、これ(、、)、そのせい(、、)?」


 ロックフォールの顔が、ぴくぴくと痙攣していた。

 じっと、ナギサがそれを見つめる。


「…他に、何か話せることは?」

 

 ポカリと、表情が抜けおちた顔でじっとロックフォールを見る。

 ロックフォールのいかつい顔に、だらだらと油汗が流れ始めた。

 ナギサは、すっ、と顔を寄せた。その赤い瞳は、まばたきもせず、ただロックフォールを見つめている。


「…魔物ってさ、討伐対象だよね? それ(、、)って、私も、(ふく)まれるのかな?」

「…はい」


 ロックフォールが、ビクビクしながら、それでも、うなずいた。

 ナギサは、ため息をついた。というか、なぜそんなことを黙ってた?

 よりによって魔物。いろいろ言いたいことはあるが、これで、オリガたちに話せないことが、また一つ増えてしまった。というか、大丈夫なのか?


「…まあ、このことは、あとで、三人で、ゆっくり、話し合うとしよう。それより、体のことだ―――私が知ってる限り、ヒト型の魔物っていうのは、見たことがないんだけど、私がこうしてるってことは、いるんだよね?」

「ええ、と…、はい。います。ダンジョンなんかの、最奥のボスが、それです」

「…それって、アバターにできるの?」


 ボスキャラクターがプレイヤー。すごい違和感がある。

 ロックフォールは、うなずいた。


「いろいろ、出現条件はありますけど、できないことはありませんでした。その…、ヒト型の魔物って強いんですよ。いろんな意味で…」

「…戦い方は?」


 ナギサはずっとロックフォールを見たままだった。そのまま、静かに聞いた。

 ロックフォールは動けない。表情も動かないので、分かっているのか分からない。ナギサはもう一度言った。


「…そのボスたちは、どうやって戦うんだい?」

「…えー、と相手によります。変身して、襲ってくる奴もいれば、そのまま剣で戦ったり、あ、でもみんな魔法はバンバン使ってきますね」


 ようやく再起動したのか、ロックフォールが唇だけ動かして答えた。

 

「魔石は?」

「あー、使ってないですね。たぶん、リーダーが普通に使えてたのって、そのせいじゃないかと…。あいつらも、手をかざして、バンバンやるんです。アメリの奴はフツーに持ってますし」


 ふむ。

 ナギサは顎に指を当て、しばらく考えるようにうつむいていた。

 今までの努力はなんだったんだろう。

 やがて、言った。


「誰かに、バレる危険って、ある?」

「あー、いや、ダンジョンボスって、ダンジョンの奥から出てこないモノなんですよ。だから、誰も魔物がこんなところをうろついてるなんて、考えないと思います。魔物も、ある程度の範囲から出られませんし、まず言葉を話しません。伝説になっちゃってるのもいますし…」

「…それに、街の中も、ずいぶんいろんな種族が混じってるしね」


 街の様子からすれば、たしかに妙なのが一人いても、気にも止められないだろう。それだけ、見た目の違う―――深草色の髪だったり、牙があったり、目が光ったり―――いろいろな種族が住んでいる。でも、危険は冒せない。

 ますます肩身が狭くなったのを感じて、大きな、ため息が出た。 


「―――じゃあ、私は、ダンジョンボスの戦い方を、マネてみればいいのかな?」

「…そうなんじゃ、ないんですかねぇ。やってみて、できそうだな、とか、分からないんですか?」

「『フリー』だった時は、感覚なんてなかったからね。ヘッドギアをかぶって、あとは考えるだけだったし。これ(、、)、けっこう感覚(だの)みなんだよ。アメリ君のほうは、大丈夫かな?」


 ナギサは窓の外に見える壁のほうを見て言った。

 おそらく、アメリがいるであろう、太守館の上部の壁を見る。

 ロックフォールが考え込むように腕を組んだ。


「いや、あいつは、心配無いでしょう。アメリですよ?」

「それは、そうなんだけどね、彼女、あれで突っ走りやすい性格してるから…」


 上司を相手にモノ怖じしなかったり。

 ナギサが、言いかけた時、ドアがノックされた。

 二人で顔を見合わせ、口をつぐむ。

 ナギサが言った。


「はーい」

「オリガだ。話がある。良いか?」

「どうぞぉ」


 オリガが部屋に入ってきた。

 その入ってきた姿を見て、ナギサは目をむく。


「どうしたんです? 鎧なんか着て…」

「…ナギサ」


 何か思いつめた表情で、唐突に名前を呼ばれた。そういえば、黒いのに襲われた時も、そうだった気がする。


「なんです? 改まって…」

「私は、護衛の仕事を引き受けた。そうだな?」

「ええ、そうでしたけど…、それが何か?」

「私は、お前を守れなかった…」

「うん?」


 そもそも、戦わせてほしいと言ったのは、自分だ。

 ナギサがポカンとした表情を浮かべていると、オリガが腰を折り、頭を下げた。


「すまなかった…」


 ナギサは、目をパチクリさせる。

 しかし、あわてて言った。


「ちょっと、やめてくださいよ! ほら、頭上げてください!」


 ベッドから起き上がり、あわててオリガのほうに駆け寄る。しかし、オリガはかたくなだった。なかなか頭を上げてくれない。

 なんとか頭を上げさせ、椅子に座らせた。ロックフォールに言って、女将さんにお茶を頼ませた。


「ほら、とりあえず座って、落ち着いてください。謝ることはないんですよ。やらせて欲しいって言ったのは私ですし、勝手に転んだのも私です」

「しかしだな…」

「ああ、とりあえず、いったん、落ち着きましょう。女将さんがお茶を持ってくるまで、口を開かないでください」


 ナギサは命令するように言った。ロックフォールが所在なさそうに、ドアの横に立っていた。

 落ち込んでいるオリガをなだめながら、ナギサは女将が来るのを、心待ちにしていた。いつもの癖で、オリガの肩にをぽんぽん叩いていた。

 やがて聞こえるノックの音。


「ああ、ロック…」

 

 …フォール君、出て受け取ってくれ、と、いう言葉は、出せなかった。

 それより早く、ミシェルが、勢いよくドアを開けた。


「はい、お持ちしましたよ!」


 好奇心旺盛な目が部屋の中を飛び回る。

 ナギサとオリガが餌食になった。

 キラリと、ミシェルの目が光ったように見えた。

 テーブルの上にお茶を置き、ミシェルは、とてもいい笑顔で出て行った。その口の端に浮かんだ楽しそうな笑みは、なかなか出せるものじゃない。突風のように、部屋から出て行った。

 声をかけようと、口を開きかけていたのだが、それよりミシェルの動きのほうが速かった。


「…まあ、いい、あとで何とかしよう。ほら、オリガさん、お茶です。それを飲むまで、何にも言っちゃいけませんよ」


 そう言い聞かせ、ナギサはポットからカップにお茶を注いだ。相変わらず黒いが、まあ、慣れてしまえば、飲めないものでもない。オリガは、カップを押し抱くように受け取った。


「…すまない」

「それは、もう良いですから。ああ、ヤケド、気をつけてください」


 オリガは、うなずいて、一口飲む。

 ナギサも一口飲んだ。フレーバーコーヒーとかいうのがあったなと思いだした。


「…すこしは、落ち着きましたか?」


 オリガは、黙ってうなずいた。

 ナギサはため息をついた。


「いきなり、どうしたんです?」

「…ロックフォールと、フィーデル殿が現れなかったら、失敗していた。さきほど、ギルドで集まりがあってな。そのとき、言われたんだ。実際、気も緩んでいた。すまない」


 それで鎧か…。

 また頭を下げようとするオリガをとめ、ナギサはため息をついた。

 

「―――むかしから、よく言われるんですよ。ほら、ロックフォール君。君からも、何か言ってあげて」

「ああ、はい。あー…」


 ロックフォールは、恥ずかしそうに鼻さきを掻いた。


「…あんまり、気にしなくても、良いと思うぜ? リーダーは、よく言われるんだよ。一緒にいると力が抜けるってさ。だから、そうなったのもしょうがないし、それにほら、本人も気にすんな、っていてんだし、いいんじゃないか?」


 会社で、ロックフォール、六条は、後輩がいなかった。たぶん、始めてこういうことを言うんじゃないだろうか。

 慣れない体験のせいか、どこか恥ずかしそうに言うロックフォール。

 ナギサも言った。


「そうですよ。気にしないでください。それに、私がこれから上手くやれる(、、、)かもしれないって、糸口がつかめたところなんですよ。そんな暗い顔、しないでください」


 ナギサが、慰めるようにいうと、ようやく、オリガが顔を上げた。あいかわらず、何か思いつめたような表情だった。


「…しかし、それでは」

「―――じゃあ、こうしましょう」


 ナギサは提案した。自分の分のカップをとって、ベッドのすみに腰かける。


「これから、もう少し魔法の練習をして、一回、実地で試したいと思ってるんです。その時、危ないようでしたら、また助けてください。追加の依頼料は払いませんよ。それで、おあいこです」


 それだけ言って、ナギサは自分のカップに口を着けた。あいかわらず、紅茶風味のコーヒーだった。ゴンザに聞いた話では、なんでも南のほうから取り寄せたお茶らしい。

 オリガはまた、釈然としない様子で口を開きかけたが、まったく話を聞く様子の無いナギサに、また口を閉じる。

 話がついた。


「…じゃあ、今日はもう休んで、明日から練習を再開しましょう」


 ロックフォールとも話がしたいし、オリガには、いったん、退室願って。

 ナギサが言いだそうとしたとき、オリガが、言いにくそうに、口を開く。


「…実は、そのことでも話があるんだ」


 オリガは、三日後に森狩りがあること。自分がそれに参加できないか、ナギサに確認してくるように言われたことを伝えた。

 ナギサは顔をしかめた。


「―――森狩りって、誰が参加するんですか?」

「…おそらくだが、手練(てだれ)は、ほぼ全員参加することになるだろう。ロックフォール、お前も、むこうに戻れば、話をされると思う」


 ロックフォールが唸り声を上げた。


「…まいったな、大事(おおごと)になってきた」

「それって、アメリ君も、参加すると思いますか、オリガさん?」


 ナギサが聞くと、オリガは少し考えるように、腕を組んだ。


「―――聞くかぎりでは、街のほうでも防衛線を張るつもりらしい。どちらに行くつもりか、私にはわからんな」

「…そうですか」


 うまくすれば、アメリ君とも接触できるかと思ったんだけど。


「…まあ、仕方ありません。三日後ですね?」

「そうだ。それで…」

「ええ。まあ、その人数なら、たぶん危険は…、無いんですか?」

「…おそらく、な。確実には言えんが、間違いを起こす気もない」

 

 オリガは決意に満ちた、強い口調で言った。よほど今回のことが(こた)えたらしい。

 ナギサは、ふむ、と、うなった。


「…まあ、大丈夫ですよ? 宿でおとなしくしてますから」

「…あんなことを、言ったあとで、すまない。今回はギルド長自らの話なので、どうもな」

「かまいませんよ。ところで、それだけやってしまえば、強制任務(フォース・クエスト)は解除されますか?」

「わからん。ダンジョン内には入らないが、そのまわりを封鎖してしまうつもりだそうだ。だが、壁の話が絡まないなら、多少、規則がゆるくなるかもしれん」


 それなら、アメリとも合流できるチャンスが増える。ナギサが喜んでいると、何か、ロックフォールが考え込むように唸っていた。


「…なあ、封鎖って、どうやるつもりだ?」

「ダンジョンまで魔物たちを狩りだし、そのあと、結界で封鎖してしまうつもりだそうだ。ときどき、ダンジョンの活性化では使われる手法だ」

「ここしばらく、やってたのか?」

「いや、ずいぶん久しぶりだろう。私も、クレスヴィルでは、久しぶりに聞いた話だ。ここ十年ほどで、二回目だったか」


 ナギサがキョトンとしてオリガを見つめた。


「…あの、失礼なんですが、オリガさんって、おいくつなんですか?」

「三十八年は、生きているな」

 

 オリガがあっさり答えると、ロックフォールが感心したように言った。


「”ダルク”で三十八か! それで、その強さとはねぇ」

まだまだ(、、、、)だ。族長から言われているよ」


 ナギサは話についていけない。

 ロックフォールを見上げた。


「…”ダルク”の三十八歳って、なんなの?」

「…リーダー、それも知らなかったんですか?」


 ナギサはそっぽを向いた。だって、あのときは検案書が山積みだったんだよ。打ち合わせのことで、頭いっぱいだったし。

 ロックフォールが呆れたようなため息をつくと、”ダルク”について説明した。

 それによれば、”アルブ”族の中に、”ダルク”と、”リヨス”の二種類があるらしい。

 アルブ族は長命で、魔力が高く、とくに”ダルク”は戦闘民族として有名なんだとか。

 三十八歳というのは、アルブ族では、かけだし(、、、、)、だそうだ。


「―――そういえば、さっき、なにか、魔法の解決法が見つかったと言っていたが、お前の身元は、分かったのか?」


 なんでもないことのように、オリガの視線がナギサに向いた。どうやら、非常に気づかってくれているらしい。

 ナギサはとっさに笑顔を張り付けた。


「―――いやぁ、やり方が分かったんですよ。身元のほうは、ダメですね」


 あはは。

 オリガが一瞬、不審の目を向けた。だが、謝った手前か、それ以上は何も聞かなかった。

 ナギサは胸の内でオリガに謝りながら、ロックフォールに顔を向けた。また、考え込むような表情になっていた。


「どうか、したのかい?」


 ナギサが聞くと、ロックフォールが考え込むような目をナギサに向けた。一瞬、オリガを見た。


「…私は、席をはずそう」


 視線の意味をくみ取って、オリガが立ちあがった。

 参加許可の礼を言って、部屋を出た。

 ナギサはオリガに謝った。




「…で、どうしたんだい?」


 また、二人きりになった部屋で、ロックフォールはさっきから難しい表情を浮かべていた。何かを思いだそうとするようにガシガシと頭を掻く。


「―――いや、実は気になってることがありましてね。さっき、ヒト型の魔物について話しましたよね?」

「うん、最奥にいるとかいう、ボスでしょ?」

「…ええ。普通にやってたんじゃ、戦えないんですよ。いつもは、何か条件を満たさないと、そこ、最奥の部屋は開かないようになってるんです」

「条件?」


 ナギサは首をかしげた。謎を解かないと、ボスの部屋の鍵が手に入らないとかいう、あれか?


あそこ(、、、)、トルメンティアの森のボスと戦うのにも、条件があるんですよ」

「バーリスだっけ? いや、あれは中ボスだったか。あれ、じゃあ、ボスって?」

「そのまんまです。魔女”トルメンティア”が、あそこのボスです」

「え?」

 

 ナギサはマジマジとロックフォールの顔を見た。冗談を言っているようには見えない。

 しかし、だ。


「…いや、でも、私の聞いた話だと、”トルメンティア”って、いないって話だったけど…」

「最初に、アメリの奴が説明したじゃないですか。あそこは、”トルメンティア”の住む(、、)森です。実際に、条件を満たして、”トルメンティア”と戦った奴もいます。掲示板じゃ、有名な話です」

「えぇ?」

「俺の知ってる話の通りなら、今回、その条件を満たします。リーダーの言っていたように、ゲームが現実なら、”トルメンティア”が出てきちゃいます。ああ! それであいつ(、、、)…!!」


 ロックフォールの顔が引きつった。


あいつ(、、、)って、誰だい?」

 

 知っている相手を呼ぶ言い方が引っ掛かる。

 ロックフォールがうろたえながら言った。


「前に”トルメンティア”と戦って、負けた奴がいるって言いましたよね。リーダーも知ってるやつです」

「だれ?」 


 アメリと、六条、二人のほかに、『フリー』に没頭していた相手を、ナギサは知らない。会社の誰かか?

 ナギサが首を傾げていると、ロックフォールが、その名前を口にした。


「―――『グレイ』です」

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