6 森の魔物 部下
「じゃあ、ロックフォールって、けっこう、気弱なの?」
―――ドン!!
「そうなんですよ。何か失敗すると、慌てふためく癖があって…。でも、一途なところもあって、悪い子じゃないんです。まあ、それが、頑固になってたりもしますがね」
―――ドパッ!!
「へー、じゃあ、アメリのほうは?」
―――ドンッ!!
「とにかく優秀ですよ。いつも口じゃ負けちゃいますね。スパスパ、なんでも言っちゃう子なんです。いや、わたしは口がいまいち―――」
「…その口を動かす前に、手のほうに集中したらどうだ?」
さっきから横に立っていたオリガに言われ、ナギサは自分の手のほうに目線を戻した。
ナギサの手の上には、深い、海のような色の魔石が乗っていた。その手の先、そこには、大きな穴が一つ。それは音がするたびに、大きく、深くなっていく。オリガがちらりとそれを見て、言った。
「…一昨日よりは、マシといったところか?」
「そうですね。撃つ時の、力加減の調整が、やっぱり、難しいですが…」
もう一度、魔石に力を込め、撃ちだす。
相変わらず、大きな火の大玉が、ナギサの前に現れる。それはくるぶしほどの高さだけ、宙に浮いていて、とろとろと動き出す。草に覆われた丘の中腹、そこに掘られた大穴に入ったかと思うと、爆ぜる。
さっきからこれの繰り返しだ。フィーデルさんいはく、慣れが必要だそうだ。あとは、なんとかなる、らしい。
「…しかし、さっきから話のほうに注意がそれているぞ?」
「いやぁ、すみません。つい、話しすぎました」
そう言って、頭を掻こうとしたが、ポニーテールにした髪が邪魔になってできなかった。この髪は、実に困りものだった。なんと、切れないのだ。
いや、切ることはできる。アメリには悪いとは思ったが、昨日、鋏を買ってきて、試してみた。しかし、いつの間にか、長さが元に戻っているのだ。なぜかは知らないし、気味も悪いが、とにかく邪魔になる。応急処置としてこうしてみたが、やはり慣れない。
ナギサは手を下ろして、クレスヴィルの方向を見た。遠くに、赤い点がポツリとあった。
「ようやく、ロックフォール君と会えるんですから、何となく、ね?」
そう言って、ナギサは頬を緩めた。
あれから、ようやく、三日が経っていた。
今は午前中だ。今日の昼ごろ、門のところで会う約束になっている。その時に、アメリのことも相談するつもりだった。彼女からの返事は、まだ、来ていなかった。
何となく胸の内にあるモヤモヤをごまかすように、この二日、ナギサは魔法の練習に没頭していた。朝、ミシェルさんのうわさ話に付き合い、それから食べ物と飲みモノを持ち(プリンはさすがになかったが)、半分、ピクニックのようにこの場所に来る。そして、モヤモヤをはらうようにひたすらに撃つ。それの繰り返し。そのあいだ感じていたモヤモヤも、うまくすれば、今日までだ。
しかし、クレスヴィルの方向を見ているうち、ため息が込み上げてきた。
「…向こうが、約束を守ってくれればいいんですがね」
なかなかの活躍をしてはいるらしいから、無事ではあるだろう。オリガに頼んで、毎日経過報告のようなものをしてもらっていた。あれ以来、ロックフォールはさらに調子を上げているらしい。アメリは相変わらずだ。
だが、そのロックフォールの報告は、ナギサを不安にもさせた。気弱の常としてか、調子にも乗りやすいのだ。ヘンなことになっていないことを、ナギサは、それを聞いたときから祈っていた。
ソワソワそわそわ。
さっきから落ち着かないナギサに、オリガはたしなめるように息をついた。
「いちいち気にしていても、仕方ないだろう? それより、練習に励んだらどうだ?」
「そうなんですけどねぇ、何だか、うまくいかないんですよ」
「フィーデルさんに言われたことは、守ってるのよねぇ?」
少し離れたところでイリサはさっきから座っていた。そこに座ったまま、ナギサと言葉を交わしている。
言われて、ナギサは、ため息をついた。
「そのつもりなんですけどねぇ…」
そう言って、もう一発、撃つ。
さっきと同じようなモノが、ノロノロ進んで、さっきと同じように爆ぜる。
少しだけ、速度は上がっていたが、変化はそれだけだった。
「―――このあいだより、撃ちやすいのは確かなんですけどね。やっぱり、これ以上は、威力が絞れませんね」
”慣れてくれば”の度合いが、どのくらいか分からないが、これ以上うまくやれる感じがしない。さっきから穴ばかりが大きくなる。このまま、井戸でも掘れそうだ。
「…捕獲の依頼とかは、このままじゃ受けられませんしねぇ」
「護衛も、危険すぎて無理だな」
オリガの言葉に、ナギサは、ただただ、ため息をついた。
オリガも、ため息をつく。
「―――依頼を受けたのは、ロックフォールたちが解放されるまでだ。早い方がいいぞ?」
「そうなんですけどねぇ。こればかりは、何とも言えません。解放といえば、どうですか、イリサさん?」
「んー、今日は、いないみたいね。何にも感じない」
あたりを見まわしていたイリサが、言った。
昨日から、弓を持ってきていた。用心のためということだったが、それ以来、視線を感じなくなったそうだ。けっこう敏感になったつもりだったが、感じない視線。確認もできないのだが、無いといわれれば、それはそれで安心できる。
ナギサはため息をついた。
「―――まあ、いなくなってくれれば、それに越したことは無いんですがね」
「本当に、心当たりはないのか?」
オリガに聞かれても、答えようもない。
ナギサはただ首を振った。
「…そうか」
「何か、役に立つことが、言えれば良いんですけどねぇ」
「オリガ、無理言っちゃだめよ。…まぁ、相手が分かれば、たしかにこっちも楽なんだけどねぇ」
そう言って、イリサは一渡り、あたりを見回す。
ただ草原と、青い空が広がっているだけだ。
ナギサは、ふと、疑問に思ったことを聞いた。
「そういえば、イリサさん。気配が分かるって、どんな感じなんですか?」
「んー、何となく肌で感じるっていうか、そんな感じよ。また何か知りたいの?」
「正直にいえばそうなりますけど、とりあえず、今は、こっちを何とかしないといけませんし、ね!」
―――ボン!!
ナギサの魔法が、また穴を深くする。
ナギサはため息をついた。
「―――感覚に頼るところが大きいのが、玉に傷ですよね。アメリ君も、ロックフォール君も、大丈夫なんだろうか?」
「…ヒトの心配よりも、自分のことを何とかしろ。お前は、おせっかいが過ぎる」
「オリガが人のこと、言えた義理じゃないんじゃないの?」
「うるさい。だいたい、下手をすれば、見捨てられかねない相手じゃなかったのか?」
「まあ、癖みたいなものですよ。さて…」
ナギサは、それを見上げた。
太陽が、高く昇り始めていた。
そろそろ、約束の時間だ。
「―――そろそろ、約束の時間ですね。行きましょうか」
「もう良いのか?」
「ええ、いろいろと、確認したいことを先にしましょう。頑固者ですが、なんとか話をさせられるかもしれません」
ナギサは魔石をポシェットにしまった。イリサが立ち上がるのを待ち、三人で歩き始める。
どこかでちょろちょろと音がしていた。見ると、大穴から、本当に水がわき出していた。
ナギサは、ふうと、息をついた。
―――井戸掘りに使える魔法、ね。
まだまだ、先は長そうだ。
ナギサはトボトボと歩き始めた。
ナギサたちがクレスヴィルの街の近くまで来たとき、あのけたたましい鐘が鳴り響いた。
ナギサは上を見上げた。塔の部分で、見張りたちが忙しく立ち働いている。
「―――またか」
その様子を見ていたオリガが、ぽつりとつぶやく。
ナギサもうなずいた。
「この二日くらいは、一晩中鳴りっぱなしですからね。ダンジョンの活性化って、こんなに大変なんですか?」
「そんなわけないじゃない…」
辟易したように、イリサは顔をしかめていた。
「いつも、あっても一週間くらいだもの。一月分、期間が延びたからかしらね。ずいぶん久しぶりだったみたいだけど」
「…ああ、しかし、問題もないだろう」
オリガは門のほうに視線を向けた。
クレスヴィルの大門、そこは、人でごった返している。ほぼ全員、何かしら武器のようなものを持っていて、それらがぞろぞろ街の中へと入っていく。
「…どんどん街も賑やかになりますね」
ナギサは門の中に入っていく顔ぶれを見ながら言った。
最初に見たときとはずいぶん、その人相は変わっている。ガラがよくなった、とでも言うのだろうか。物々しいのは変わらないが、なんだかずいぶん雰囲気が違う。
オリガがナギサの視線に気づいた。
「―――ランクル殿が、応援要請を出したそうだ。私たちのように、他の街からのハンターが、ずいぶん来ている」
「ああ、そうなんですか。でも、応援要請出さなきゃいけないほどには、忙しいのか…」
休憩用の交代人員だとか、いろいろと単純な人手が足りなくなってきているらしい。
ナギサは、唸った。
「本当に、ロックフォール君、来れますかね?」
「…まあ、ランクル殿としても、あまり外出はさせたくないだろうがな。そういう部分は、しっかりしている人だ。大丈夫だろう」
そう言って、チラリと、ナギサを見る。
「―――だから、あまり馬鹿なことは考えるなよ?」
「…何のことでしょうか?」
「お前、忙しい今なら、ハンターになりやすいんじゃないかと考えていたろう?」
オリガが言った。
ナギサは、ただ黙って、そっぽを向いた。
「…何のことでしょうか?」
「ランクル殿は、そういう部分もしっかりしている人だ。無理だぞ?」
じっと、オリガは胡散臭そうにナギサを見ている。
上目づかいに、オリガを見上げた。
「どうしても、無理ですか?」
「無理だな。生き残れないような奴を、わざわざギルドに組み入れてくれるほど、ランクル殿は甘い人ではな―――」
そこまで、言いかけたオリガの言葉は、再び聞こえた鐘の音に、遮られた。
オリガとイリサが、ハッとして上を見上げた。
つられて、ナギサも上を見る。壁の頂上付近で人が、あわただしく動いていた。何か指示をしているのか、必死になって腕を振っている。それに、鐘の叩き方が、いつもと少し違っていた。その一発一発の間合いが、これはずいぶん長い。
首を傾げていると、いきなり腕を掴まれた。
「…な、なんです?」
オリガに腕を掴まれ、無理やり引っ張られる。
オリガはお構いなしにナギサを連れて歩き始めた。イリサが弓をかまえ、周りに目を配りながらそれに続く。
「近辺警戒の鐘だ。魔物が、近くまで来ている」
オリガが剣を抜きだしながら言った。
見れば、門前にいたハンターたちが、それぞれの得物を取り出して構え始めていた。
ぐいぐいと、ナギサは門のほうへと引っ張られる。
クレスヴィルの巨大な門、その観音開きの大扉が、悲鳴のような音を立て、閉じられていく。
「あ!」
「大丈夫だ。別の通用口がある。そちらから入ればいい」
オリガが安心させるように言った時だった。
聞きなれた、遠吠えが聞こえた。
「―――ローフォレか!」
オリガが悪態をついた。
徐々に、その唸り声が近づいてくる。
牙のガチガチという音が、合唱になって聞こえてくる。
ナギサの手の平が、じっとりと濡れた。
できるだけ、その足を早く動かす。
心臓が、その鼓動を早くする。
「…やっぱり、まだハンターへの道は、遠そうですね」
顔を青くして、つぶやいた。
オリガが一瞬だけナギサを見たが、すぐに前を向く。歩調は緩めず、ただひたすらに門を目指す。
無数の獣の足が大地を踏みしめる、荒々しい音が地面を揺らす。
そこに、
―――シャキ、
鉄の鋏が、物を切り裂く。
そんな音が、聞こえた。
草に覆われていた地面が、いきなり小山のように、盛り上がった。
「なっ?!」
それはナギサたちを囲むように、ボコリ、ボコリ、と、湧き出してくる。
土の中の種から、植物が芽を出すように、何か、長いモノが地面から生えてきた。だが、それは、植物としては、恐ろしく醜悪だ。まるで針のような、黄色と黒の長いモノに、びっしりと覆われている。
その何本も伸びる、長い何かは、ヘの字になって、地面に突き刺さる。それが、力を込めるように、一瞬、ムチのようにしなる。緑の大地を食い破り、黄色と黒に覆われた、大きなモノが顔を出す。
「っ! ヴァン・ラニ?!」
「ちょっと、地下の連中、何やってんのよ!?」
それは、クモのように見えた。黄色と黒の針に覆われた、ナギサの火球ほどのある、巨大な蜘蛛。だが、ナギサに知っている蜘蛛でないことは、その顔の中心で赤く光る、大きな一つ目が教えてくれた。ナギサたちのまわり、それを取り囲むように、周りの子山からも、次々と現れる。
―――シャキ、シャキ…。
その、顔、目の下についた、鋏のような顎が動くたび、金属音があたりに響く。
まるで踊るように、その音に合わせて、巨大な蜘蛛は体を揺らし、テンポを刻む。ナギサたちを中心に、ヴァン・ラニたちは、頭を揺らし、体を揺らし、右に左に、ユラリユラリと踊っている。十匹ほどで、大きな円を描いている。
そのヴァン・ラニたちのステップに、獣の唸り声が割りこんだ。
ナギサが顔を向けると、門の前で、ハンターたちがローフォレの群れとぶつかっていた。生きたローフォレが群れをなし、武器を構えたハンターたちめがけ、その白い、鋭い牙で襲いかかる。門の前で、紅が舞う。
「あっちは、無理か…」
剣を構え、苦々しげにオリガが言った。背にナギサをかばうように立ち、その剣はすでに赤い輝きを放っていた。
イリサは弓を構えていた。光る矢が、その手の中に現れ、ヴァン・ラニに狙いを定めていた。
「こいつの毛には触るな! 毒がある!」
踊っていたヴァン・ラニ、その一匹が、足をしならせ、オリガを目がけ、飛びかかった。
オリガが赤い剣を振るう。火の玉が剣先から飛び出し、蜘蛛の顔が炎に包まれた。
「あー、もう!! なんだって、こんなのがここまで出てきてんのよ!!」
悪態をつくイリサが光る矢を放ち、踊っている蜘蛛の背に、それを突き立てる。それを刺された黄色と黒の蜘蛛は、体の隙間から煙を出し、細い脚をビクリビクリと痙攣させる。
「…あ、ぁ」
何かが焼け焦げる臭いをかぎながら、ナギサは立ち尽くしていた。
怖いということは、分かっていた。しかし、いきなりこうなるとは…。
「おい! 動かないと死ぬぞ!!」
蜘蛛の足を切り払い、オリガが叫ぶ。
それは分かっている。頭は、冷静だ。だが、体が言うことを聞かない。魔法のほうは、現状、使いものにならない。
オリガが、足を切り払った蜘蛛の頭を真っ二つにした。紫色の体液をまきちらし、その巨体が崩れ落ちる。イリサが三本目の矢で、三匹目の目を潰す。
まわりを踊っていたヴァン・ラニ、その一匹が、ナギサ目がけて飛びかかってきた。崩れ落ちるように倒れて、なんとかかわす。
イリサがその一匹の背に撃ちこみ、仕留めた。
―――シャキ、シャキ。
「―――まだいるのか!?」
ボコリ、ボコリ。
また、地面が盛り上がる。蜘蛛の足が生えてくる。
クレスヴィルの門は、血にまみれていた。ハンター、ローフォレが互いに絡み合い、牙と剣を刺しあい、唸り声をあげている。その血の匂いを嗅ぎつけて、さらなる牙の音が忍び寄る。
逃げ場が、無い。
―――シャキリ、シャキリ。
新たに加わったヴァン・ラニが、踊りの輪に加わる。遠くに聞こえる鐘に合わせるかのように、蜘蛛のステップはせまくなる。
オリガも、イリサも、徐々に後退する。ナギサを、そのあいだに、はさむように立った。
「―――いいか、私たちが退路を開く。そのあいだに、逃げろ」
言われて、ナギサの表情が、一瞬、動いた。
じろりと、オリガを睨みつける。
「…死んで逃がしてくれる気ですか?」
睨まれ、一瞬、オリガの肩がピクリと動いた。だが、絞り出すように言った。
「…草原のほうに走れば、まだ助かる見込みがある。お前は、護衛対象なんだぞ!」
「ありがたいお言葉ですね」
ナギサは、ごそごそとポシェットから魔石を取り出した。
「―――ですが、遠慮させてもらいます」
「ちょっと!!」
イリサが矢を撃ちながら言った。飛びかかろうとしていた蜘蛛が、また一匹、煙を上げる。
「どっちにしたって、現状、逃げるには無理がありますよ。ほら…」
ナギサは、手を振って、壁の端を示した。森の方向から、ローフォレの群れが、その牙を鳴らして駆けてくる。
「あれが、私を見逃してくれるとも思えません。こんなですから…」
ナギサは、手を見せた。白い手に、赤い筋が、ぽたりと、垂れた。
「お前…!」
「さっき、転んだ時のものです。臭いに、敏感なんですよね、あれは?」
臭い消しをしないと、危ない相手。
そんなモノが血を垂らしている相手を、わざわざ見逃してくれるとも思えない。
「―――なら、ここで、少しは皆さんと一緒に戦った方が、まだマシというものです」
魔石を手に捧げ持つ。爆弾代わりにしかならないが、無いよりは、マシだろう。幸い、体は頑丈だ。
オリガは、顔をゆがめた。
「っ! 死ぬなよ!」
「分かってます!!」
オリガが飛び出し、蜘蛛を一匹、切り伏せた。イリサが、また矢を放つ。
ナギサが魔石を構え、それに魔力を流す。
そして、それをさらに、押し出そうとしたとき、
―――ドォォン!!!
クレスヴィルの大門、そこに押し寄せていたローフォレが、弾け飛んだ。
ナギサは立ちすくんで、門のほうを見た。土煙が上がっている。いつの間にか、門が開いていた。
ローフォレたちが、雨のように大地に降り注ぐ。ナギサだけでなく、オリガも、イリサも、唖然としてそれを見ていた。
土煙の中、足音がした。聞き慣れた声、それが、大音声となり、響き渡る。
「リーダー! 無事ですか!!」
ロックフォールの声だった。




