5 半分の告白 ギルド長の部屋
ナギサは、朝食に出されたシチューを、スプーンで口に運んだ。
ミルクと、小麦粉、それに塩、胡椒のシンプルな味付けだった。
その代わりに野菜や、肉がごろごろとふんだんに入っていて、素材の味がしっかりと味わえる。カップ麺の多かったオフィスでの食事からすれば、大した進歩だった。さっきから、ナギサはそれを一口一口、味わいながら食べていた。
「―――どうだ?」
「あ! はい、美味しいです」
ナギサは気づいたように、返事した。
向かいに座っていたオリガが、怪訝な顔でじっとナギサを見ていたのだ。そういえば、食べ始めてから、一言も言葉を発していなかった。イリサはイリサで、さっきから上の空でパンをちぎっているし。
ナギサたちは、大牙亭の食堂に来ていた。その一階に備え付けられた、二十人ほどで満員になってしまう食堂だ。その隅のテーブルに、ナギサと、オリガ、イリサが座っていた。今朝のメニューはシチュー定食だった。シチューをメインに、パンとサラダがついている。泊り客が半額になるのが、うれしいサービスだ。
スリの件を、警吏に預け、ナギサたちは大牙亭に戻ってきた。
そこで、オリガに、夕食に誘われたのだ。昨日の夕食は、ハンバーグと野菜の付け合わせ。それにパンという、向こうではファミレスにでもあるメニュー。しかし、それを食べた時、ナギサは驚いたのだ。
―――何年ぶりのまともな食事だろう!
結局、空腹を感じていなかったにもかかわらず、おかわりまでしてしまった。
もちろんプリンに手を抜いたつもりはなかったが、温かい食事。それが、こんなにいいものだったのかと、再確認という感動の連続だった。
今朝は、ナギサが二人を誘って、ここに来たのだ。
このシチューも、また美味しい。ちょっと、入っている野菜が何なのか分からないのが不安だが、美味いモノには変わりない。噛むと甘みがする野菜を美味しそうに頬張りながら、ナギサは今日も満悦の笑みを浮かべていた。やはり空腹は感じないが、それでも美味いモノは美味いのだ。
「―――ごちそうさま」
三つある皿、それを全てカラにした後、ナギサは手を合わせた。言わなければいけないような気がしたのだ。言ってから、ずいぶん、ひさしぶりに、それを言ったことに気がついた。
「…何だ、それは?」
「ちょっとした風習ですよ。いやぁ、ゴンザさん美味しかったです」
「いえいえ、お口にあったようで、何よりでした」
ナギサの呼びかけに、カウンターの向こうにいた口ひげにコック帽の男が微笑んだ。
ミシェルの夫でゴンザと、ハンターたちに呼ばれているそうだ。皿を下げにカウンターから出てきた。
「昨日の朝は何も召し上がらなかったので心配していたんですが、もう大丈夫そうですね」
「ええ、ご心配お掛けしました。もう大丈夫です」
「いえいえ。あ、私は宿の方の手伝いがありますので、また何かありましたら、お呼びください」
ごゆっくりどうぞ。
丁寧に会釈して、例のコーヒー色のお茶をカップに注いでから、ゴンザは食堂を出ていった。
ナギサは、それに恐る恐る口をつけた。昨日も飲んだのだが、コーヒーに紅茶の風味を付けるとこんな感じだろう。
飲むたびに首を傾げさせられる味のお茶を一口飲んで、カップを置く。
ナギサはテーブルの上で手を組んだ。
「―――実は、オリガさんと、イリサさんに、お詫びしておきたいんです」
突然、改まった口調で話し始めたナギサに、オリガが驚いたように顔を向けた。イリサも目をぱちぱちとしている。オリガが片方の眉をピクリと上げた。
「…いきなり、何の話だ?」
「いやぁ、その、昨日のオリガさんの話、一晩検討させてもらったんですよ」
ナギサは気恥ずかしそうに、頬を掻いた。
「たしかに、少しばかり、ごまかしが過ぎました。せっかくお仕事を引き受けてくださってる二人にも、失礼だったなと思いまして、ね」
ナギサは頭を下げた。
「―――すみませんでした」
「…ふむ」
オリガは疑わしい表情だった。イリサのほうは、何に言ってんのという感じ。
オリガは昨日までごまかし三昧だった相手のことを疑っているし、イリサは、もともと関心は薄いだろう。まあ、さっきから何か考えてるようだし、とりあえずは良いか。
ナギサは小さく息をついた。
「ただ、一つ、誤解しないでいただきたいんですが、私は話したくないんじゃないんです。話せないんですよ」
「…それは、お前の出自と関係があるのか?」
じっとオリガの目がナギサを見つめている。
それを見て、ナギサはしばらく考え込んだあと、うなずいた。
「そうですね…。実際、自分が、なんなのかも分からない身なんですが、たしかに、そうです。アメリ君がいれば、もう少し分かるんですけど…。返事は、まだ、来ませんからね」
「―――気になっているんだが、お前らは、どういう関係なんだ?」
「…上司と、部下、ですかね?」
オリガとイリサが目を見開いた。
あっさり答えが返ってきたこともそうだったが、聞かされた話にも驚いた。今日もクレスヴィルの鐘が鳴っていた。
「まて、”晴嵐”も、”城崩し”も、どちらも一流の冒険者だぞ。なぜ、そんな連中が、上司なぞ持つ?」
「ああ、やっぱりそうなんですか。そこに、私の事情が絡んでくるんです。それに、今は本当にそういう関係なのか、私にもわかりませんしね」
「は?」
爆弾を落としっぱなしにしてしまうようで、オリガたちには悪いが、実際にそうなんだからしょうがない。こちらに会社はないのだ。
生き残るのに必死だった時はまだしも、正気に返って、冷静に考えられるようになれば、どう考えるか分からない。自分は拒むつもりはないが、相手がどう考えるか分からない。ロックフォールはともかく、アメリの性格からすると、なおさらだ。いつまでも財布まで借りているわけにもいかないだろう。だからこそ、だ。
「実は、私、帰れる場所もないんです。ハンターを目指してるのも、アメリ君たちに会うためばかりではなくて、稼ぎ口と、身分証が欲しいからという部分が大きいんです」
「なんで、よりによってハンターなの? 街でもどこでも仕事なら、ほかにもあるじゃない」
イリサの呆れたような声に、ナギサは苦笑を浮かべた。
「旅もしないといけないんです。一か所にとどまっているだけだと、ちょっと探し物が見つからないようなので…」
手がかりになりそうなことは、いくつかある。心もとないが、探してみる価値はある。
「でも、ギルド登録したいなら、他もあるでしょうに」
「ハンターを目指したのは、それが、唯一やれそうなことだったからですよ。魔法だけは使えるので、狩る分には、それで、なんとかできます。ですが他のだと、いろいろ、危険とかの問題があってできませんので」
「ハンターも危険だぞ?」
「ええ。ですが、確実に稼げます」
―――こっちで稼げ。
ランクルはそう言って、ロッシとグラスを呼んだのだ。そして、クレスヴィル以外のダンジョンもある。狩猟のクエストは、けっこうある。それをナギサは知っていた。
クレスヴィルのように国の対策としてやっているような場合もあるし、護衛の仕事もある。傭兵の評判が悪い分、ハンターのほうに仕事が流れやすい。稼ぎ口がある。ロックフォールからもらったモノも、いつまでもつか分からない。
話を聞いていたオリガが眉をひそめた。
「―――話は分かったが、そんなことを、他人の私たちに言ってしまって良かったのか?」
「なんでです?」
キョトンとするナギサに、オリガはため息をついた。
「…言いだしたのは私だが、ロックフォールと、アメリが、いざというとき頼れない、と、いま言ったことになるんだぞ?」
気遣うような、そんな調子で言うオリガに、ナギサはくすくすと笑いかけた。
「本当に、やさしいんですね。大丈夫ですよ。昨日、あの騒ぎのおかげで、オリガさんたちが護衛を引き受けてるのが、ウワサになってるでしょう。警吏の人にも話してましたからね」
「―――かわいげのない奴だ」
「昔から、よく言われます」
憮然とするオリガに、クスクス笑うナギサ。
イリサが、首を傾げた。
「…ねえ、まさかとは思うんだけどさ。ナギサちゃんの出身って、どこかヤバいところじゃないよね?」
「そんなことはないはずですが、どういうことですか?」
そもそも、木の根から生まれたようなモノなのだ。
心配そうにイリサは、どこからか感じる視線について、ナギサに話した。
「―――今も、たまにチラつくのよね。気味が悪い」
「今も?」
ナギサは周りを見た。自分には全く感じられない。
ここには三人がいるだけだ。窓の外を通行人が歩いて行くが、せいぜい、そのくらいでしかない。
「…本当に気味の悪い話ですね。ですが、まったく心当たりはありません」
「ランクル殿のところかと思ったんだが、どうも違うらしい。”魔女”でも出たんじゃないかと言われたよ」
「”魔女”?」
オリガの言葉に、ナギサは思わず森の方向を見た。
イリサが笑った。
「クレスヴィル流の冗談よ。妙なことがあると、『魔女が出た』っていうわけ。”魔女”自体は、もう、死んじゃってるのよ」
ナギサは首を傾げた。
「え? でも、あそこ、『トルメンティアの森』じゃ、ないんですか?」
「それが通り名になっちゃってるのよ。今じゃただの冗談にしかなってないわ。姿を変えたり、何度殺しても蘇ったりして、かなり怖い奴だったんだってさ」
「へー…」
―――カッパが出た池みたいなものか。
ナギサが感心して聞いていると、カチャリと、オリガがカップを置いた。
「―――それで、お前は、これからどうするんだ?」
「え? ああ、そうですね。とりあえず、しばらくは魔法の練習です。これを使ってみないことには、どうしようもありませんからね。ただ、視線のことが気になります。護衛、よろしくお願いしますね?」
「”晴嵐”の方は、いいのか?」
少し考え、るように顎に指を当ててから、ナギサは首を横に振った。
「…まあ、とにかく、今はどうしようもありません。昨日、様子は聞かせてもらいましたし、当面は、放置ですね。たぶん、彼女なら大丈夫でしょう。どっちみち、ロックフォール君のほうには、あさってに会えると思います。その時に、少し相談してみますよ」
「分かった」
オリガは、短く言って、うなずく。
ナギサは、じっとオリガを見た。
「これで、少しは納得してもらえましたか?」
オリガはそれを見返した。
「…まずまず、といったところ、だろうな」
ふんと、相変わらず不機嫌に鼻を鳴らす。
ナギサは、にこりと笑った。
「…なら、よかったです」
クレスヴィルの街に、また、鐘の音が響き渡った。太陽が昇り始めている。街が、活気づき始めていた。
ナギサたちが、練習に出かけたころ、ランクルは、頭を抱えていた。
机にあふれていた書類はいよいよ山脈を作り、ランクルが、そこに埋もれている。
またドアが開いたかと思うと、係りの男がまたそれを追加した。それを、さっきから繰り返している。
「―――なんなんだろうなぁ」
鐘の音、それが苦痛であるように、ランクルは顔をしかめて、手元にあった書類を放り投げた。
それを見ていたもう一人が、小さく鼻を鳴らした。
「ランクルさん、どうかしたんですか?」
静かな、テナーの声が、ランクルに尋ねる。
ランクルは不機嫌そうに顔をしかめた。
「どうもな、魔物が多すぎるんだよ」
「…それは、私たちが狩りすぎているせいですか?」
ランクルは首を振った。
「いや、そうじゃねえ。単純に数が多くなってきてんだ。昨日も、偵察をやったんだがな。やっぱり数が増えてやがる」
「…もっと狩れ、という催促ですか?」
「いやいや、こっちの話だよ。こりゃ、やっぱ、ハンター、増やさないといけねえな」
ぶつくさ言いながら、何か新しい書類を作り始めるランクル。
もう一人は静かにそれを見ていた。しばらくのあいだ、ランクルの羽根ペンの音だけが部屋に響いた。
「なんか、あんのか?」
ランクルが顔もあげずに、もう一人に話しかけた。
「いえ、うちの上司も、そんなだったな、と思いまして…」
「|じょうし(、、、、)…?」
「こちらの話です」
思わず顔を上げたランクルに、もう一人はそう言って、にっこり笑う。それ以上聞くなと、その笑顔は命令していた。ランクルはすこし、眉を寄せ、首をひねったが、そのまま書類を作り続けた。
ドアが元気よくノックされる。
「ハーイ! ランクルちゃん、お久しぶり!!」
紫色のローブをなびかせながら、フィーデルが音を立ててドアを開けた。
ランクルがため息をついた。
「…せめて、返事を待ってくれねぇか?」
「あら、ノックはしたわよ? やーねぇ、五十にもなってないのに、もうボケちゃったの?」
「…あんたにだけは、歳のことは言われたくねぇな」
「なにか、言ったかしら?」
ギラリと、フィーデルの目が光った。
ランクルはあわてて首を振る。
「いや、なんでもねぇ、なんでもねぇよ! それより、こいつが用件があるんだ!」
ランクルはもう一人を指さした。
「こいつが魔石を欲しがってんだよ。見つくろってやってくれ」
フィーデルが顔を向けると、一人の”リヨス”が、部屋の壁にもたれ、立っていた。
フィーデルはそれを見てにこりと笑みを浮かべた。
「あらま、かわいい”アルブ”さん。何が、ご入り用なのかしら?」
「…結界用のモノが欲しいんですが、良いモノはありますか?」
フィーデルは思案するように、頬に指を当てた。
「うちの店に、来てくれれば、直接見てもらえるんだけどね…。結界用って、何の結界?」
「防御用です。魔法の耐性が高いモノが良いです」
「ふーん、良いわよ。金貨十五枚かしら?」
「―――わかりました」
そのアルブは腰の袋から、金貨を十五枚取り出すとフィーデルに渡した。
「ずいぶん気前がいいわね? この前の、かわいいお客さんみたい」
金貨を数え、ローブから出した袋にしまう。
エルブが目を向けた。
「…ナギサとか言う?」
「そうそう。なんだか、ずいぶん強い魔力だったわよ。あ、魔石は後で届けさせるから」
そう言って、フィーデルは頬を染め、キラキラとその目を輝かせる。
ランクルが、うっ、と、えずくような声を出した。
「なぁに、ランクルちゃん?」
「…いや、なんでもねぇよ」
「まったくもう、だれもかれも失礼しちゃうわね」
「…そうかな?」
エルブが、静かに言葉をはさんだ。
部屋の真ん中に立っていたフィーデルは、目をパチクリさせてそちらを向いた。
「どういう意味?」
「いや、たしか、あなたは三百年は生きていると、うかがっていましたが…?」
フィーデルの笑顔に、ひびが入った。
「…ずいぶん、失礼な、お嬢ちゃんね?」
湧きあがってくるような、おどろおどろしい声。
ざわりと、部屋の空気が揺れ、書類がゆらゆら揺れ始める。
ランクルは顔をひきつらせ、ただただ椅子に縮こまっていた。
つい、と、アルブが目をそらした。
「いや、失礼、言いすぎました。…魔石の件は、よろしく」
そう言って、フィーデルの横をすり抜けると、静かにドアから出て行った。
フィーデルが、ふんと鼻を鳴らす。
「…ずいぶんな子ねぇ。なんなの、あの子?」
椅子に縮こまっていたランクルが、恐る恐る、書類の山から顔を出す。
安堵のため息をついた。
「…”晴嵐”だよ。なあ、フィーデルさん、間違っても、ここでヤリあわないでくれよ? あんたが暴れたんじゃ、街への被害が馬鹿にならねぇんだからよ?」
「イヤね、人を魔物か何かみたいに。失礼しちゃうわよ」
そう言って頬を膨らませる。
ランクルは首を振りふり言った。
「…まあ、その魔物の件でも相談があるんだ。もう少し、魔石を卸してくれ」
考え込むように、うつむいていたフィーデルが顔を上げた。
きょとんと、首を傾げる。
「このあいだ、卸してあげたばかりじゃないの。どうかした?」
ランクルが、さっき放り投げたばかりの書類を引きよせると、憎々しげに突き出した。
フィーデルは細かい字がびっしりと書かれたそれを、目だけをい動かして読む。
ふむと、小さく唸った。
「ずいぶん、たくさん狩ったのね。歴代最高、新記録じゃないかしら?」
「あんたが言うと説得力があるな。おかげでハンターへの報奨金が、かさむばっかりだ。さっさと終わってくれないと大赤字なんだよ」
「で? 討伐隊を出すの?」
紙の文字を伸ばした指でなぞり、フィーデルはおもしろそうに笑っていた。
重々しくランクルがうなずく。
「ここ最近じゃ、めったに無かったがな。まずはいったん、森の中の魔物を片付けちまおうと思う。そのあとで、ダンジョンを封鎖しちまう。あとは、おさまるまで、我慢比べだな」
肩をすくめて、ランクルは椅子にもたれかかった。
最近では、ハンターも、傭兵のように強くなってきていた。大がかりに討伐隊を組む必要もなかったのだ。しかし、さすがに、今回のこれは抑えきれない。
「ふうん、それで、討伐隊用に、結界やら、焚火やらが必要と…。わかったわ。あとで、誰か、取りによこしてくれれば、準備しておくから」
「ああ、代金は、あとで払うよ」
「ずいぶん気前がいいわね。何かあったの?」
「あー…」
ランクルは、口をパカリと開けた。パカリと開いたが、そこから先の言葉は出てこない。
「どうしたの?」
「―――あー、いや。何でもねえ。じゃあ、魔石の件、頼んだぜ」
そのまま、あいていた口を閉じ、また書類に没頭するため、背を曲げる。
フィーデルは首を傾げたが、そのまま、ドアを開け、部屋を出て言った。
書類を書き続けるランクルが、部屋に一人残った。
しばらくして、つぶやいた。
「―――本当なのかねぇ?」
返事は、返ってこない。
ただ、ドアが開き、職員が、入ってきただけだ。
その手には、これもまた小山のような書類。
ランクルは再び頭を抱えた。




