猫の日和見亭
カウルは地面に転がっているリングオブデスをとりあえず全部回収しておくことにした。
誰かが拾って装備したら大惨事になる。
冒険者ならともかく普通の住民が装備しようものなら道端で倒れてしまうだろう。
とりあえず袋に一纏めにして腰に括りつけておく。
因みにリングオブデスは1000時間装備して進化させると【ロードリング】というアクセサリに変化する。
効果は毎秒HP50回復と全ステータス+20だ。ゲーム内でも最高クラスのアクセサリとして知られていた。カウルは持っている人誰もみたことなかったが。(効果は公式サイトで発表されていた)
カウルもリングオブデスを進化させようとしたことはあった。
しかしカウルのHPは1527、常にHPが-5ずつ減っていくので何もしなくても1時間もしないうちに死んでしまう。
確か残り600時間くらいで心が折れた記憶がある。
レベルをカンストしたカウルですらそうなのだ。多分ゲーム時代、ロードリングを持っているプレイヤーはいなかっただろう。
こんな物騒なアイテムはない方がいい。
カウルは後で何処かに埋めてしまうことにした。ロードリングは魅力的だが、そこに至るまでの過程が鬼畜すぎる。
あの露天商の事は気になったが今考えても分からない。
日も暮れ始めてきたのでカウルは夕飯を食べることにした。
近くの定食屋に入り焼肉定食を注文する。壁に掛かっている時計を見ると今の時間は7時をまわっている。
ご飯を食べたらそのまま猫の日和見亭に向かうことを決めたカウルはやってきた焼肉定食を掻き込んでいった。
・・・
猫の日和見亭はベータの中心付近に建てられたちょっとランク高めの宿屋だ。
1泊の値段はカウルが泊まっている宿屋【砂見亭】の3倍はするという高級っぷりだ。
この宿屋には温泉があり、なんと宿屋専属のマッサージ師がお金を払えば極上のマッサージをしてくれるのだとか。
当然ながら旅館に泊まっていない人間は温泉も使用できないしマッサージも受けられない。
ベータで温泉があるのはこの宿屋だけらしく、プレミア感を出すために温泉だけ入るとかはやっていないようだ。
ほかの宿屋はどこも井戸の水を温めてそれで体を洗う。因みにこれは別料金になる。
お金に余裕ができてきたとはいえ、無駄遣いが嫌いなカウルは3日ほど体を洗っていない。
(温泉かぁ……うーん、今日は流石にお湯を用意してもらうことにするかな。)
猫の日和見亭に着いて温泉があることを聞いたカウルは少し羨ましく思ったが、そこまで入りたいとは思わなかった。
転生する前は温泉なんてどこででも入れたからそこまで希少だという感覚がないのだろう。
カウルはそこまで潔癖ということもないので温められたお湯で充分なのだ。
宿の受付に向かい受付にブラスターの面々が帰ってきているか聞いてみる。
なんと猫の日和見亭には美人な受付さんが2人もいる。1人は茶色のショートカットな活発美少女、もう1人は薄いピンク色のロングなおっとり系美女だ。
ピンクさん(仮)が何の用か聞いてきたのでギルドのオヤジさんの手紙を渡して説明する。
ついでに2人の名前と休日を聞いてみたら笑顔を崩さないまま「秘密です」と言われた。茶髪さん(仮)は答える前にダッシュで消えていた。
返しが慣れてる感じだったので、多分いろんな人に言われているんだろう。
そんなことをしていたら茶髪さん(仮)が赤髪の青年を連れて帰ってきた。
多分だがあの人がブラスターの団長であるグレンなんだろう。今まで見てきた冒険者とは格が違う雰囲気というか、凄みがある。
(この人と渡り合えるのはパッソー夫人くらいじゃないかな?俺と同じ位の年齢なのに中々強そうだ。)
カウルがそんな事を考えているとグレンはカウルの前まで歩いてきて右手を差し出してきた。どうやら握手をしたいらしい。
なんとも好青年な感じだ。でも細いツリ目のせいで爽やかというより世渡り上手というか口が上手い印象が残る。
キツネ目の人が何となく腹黒というか世渡り上手なイメージは漫画や小説の中だけだとカウルは分かってはいるが、一度根付いたイメージというのは中々払拭できないものだ。
カウルは握手をした後、とりあえずお土産を渡す。
「おや、これはすいません気を使わせてしまって。私はグレンといいます、よろしく。」
「あ、はい。カウルです。ご丁寧にどうも。」
2人の初対面はまるでどっかの営業のワンシーンのようだった。
グレンは金ランクなのに妙に腰が低い。カウルはグレンに誘われて部屋に行くことになった。そこにソモンもいるらしい。
グレンが借りている部屋に入るとそこの部屋のベランダにはなんとプールがあった。
(2Fなのに。2Fなのにプールがあった。しかも温水プール……いや、これは温泉!?部屋に露天風呂があるだとぅ!?)
猫の日和見亭は温泉のお湯を各部屋のベランダ部分にある巨大浴槽(というかベランダがそのまま浴槽になっている)に流している。
しかも浴槽には魔法がかかっているらしく、汚れ一つない。
温泉にあまり興味がないカウルもこれには嫉妬を覚えずにはいられなかった。
「グレン、彼がさっき言っていた?」
「そうだよ。私たちに話があるらしいんだ。」
カウルが温泉に嫉妬しているといつの間にか白髪の男性が幽鬼の様に佇んでいた。
彼が副団長のソモンなんだろう。
カウルは気を取り直して暗黒大陸の封印が解かれた事を話し始めた。




