宿屋と古本屋と黒い本
「ちょ、ちょっと待っていてください。お父さーん!!」
アリスは穴熊亭の中へと入って行った。
しばらくしてアリスの父親が出てくる。アリスの父親は蜂蜜を見て驚いた様な顔をした。
「坊主・・カウルだったか。」
アリスの父親はカウルの名を呼ぶが、その目は蜂蜜に釘付けだ。
――いや、正確には蜂蜜の壺に、だろうか?
「俺の名前はガードルだ。カウル、これは【大熊の蜂蜜】で間違いないな?どうやってこれを手に入れた。」
ガードルはカウルを睨んでいる。
どうやら蜂蜜をどうやって入手したのか気になっているみたいだ。
カウルは正直に大熊を倒して手に入れた事を話すとガードルは信じられないといった顔をした。
「戦闘をしてこの蜂蜜を手に入れたのか?あり得ない!なんで壺に傷一つないんだ!」
「それは大熊が壺を置いて両手で反撃してきたからですけど。」
カウルの言葉を信じられないと言った顔でガードルは見る。
ガードルは元冒険者だ。アリスが生まれた時に冒険者を引退して穴熊亭を開店した。
もうかなりの時間、魔物との戦闘は行っていないが大熊の強さ、そして蜂蜜の入手の難易度が高い事位は知っている。
大熊が蜂蜜を地面に置くときは寝る時と怒った時、そして絶対的な強者と出会った時だけだ。両手で攻撃するようになった大熊は片手の時より当然手数が増える。そして動きも鋭敏になる為、中堅の冒険者でも最初から大熊が両手で襲ってきたら死を覚悟すると言われている。
それを目の前の男は傷を負った様子もなくケロリとしている。ガードルはそれが信じられなかった。
アリスからはまだギルドカードも発行されていない新人と聞いている。
それでこれはありえない事だった。
「・・・まぁいい。これなら1カ月は楽に宿に泊まれるが、どうする?今日以外の分は金にするか?」
ガードルの言葉に今度はカウルが驚く番だ。この蜂蜜がそんなに高級だとは思っていなかった。
「じゃあ、1カ月の宿代として受け取って貰っても良いですか?」
「わかった。昨日の部屋を続けて使ってくれ。」
別にカウルはお金を必要としていないので全て宿代にする事にした。
それに宿はこれからの生活でどうしても必要だ。穴熊亭は料理も美味しいし、損はないだろう。
カウルはガードルから鍵を受け取って今日はもう寝る事にした。
・・・
アリスはガードルにカウルが30歳である事や、実技検定の様子を話していた。
カウルの実力から何らかの武芸を納めているのだろうとアリスは自分の考えを話す。
ガードルはカウルが30歳という事に驚いた。どうみても10代にしか見えないのだからこれは仕方ない。
しかし、それならば蜂蜜を入手できる実力も理解はできる。
「しかし、あれで新人とは・・末恐ろしいな。」
「多分だけどお父さんより強いからね。この町でもトップクラスの身体能力だよ、あの人。」
アリスはギルドの受付以外にも実技検定の書類整理もやっている。
だからギルドに所属している冒険者の身体能力は大まかに把握しているのだ。
実際カウルの実力ならアルファよりも危険なベータにもそれ以上な激戦区であるシータやガンマでも活躍できるだろう。
それにアリスはカウルがまだ実力を隠している様な気がしていた。
「それにしても、この蜂蜜ってそんなに高いの?貴族が食べる蜂蜜ってのは知っているけどさ。」
「お前、それでもギルドの受付か?大熊の蜂蜜で、しかも中身が殆ど残っているんだ。あれでも安いくらいだよ。」
アリスはガードルから蜂蜜の価値や入手の難易度を聞き、改めてカウルが規格外だと思い知らされたのだった。
・・・
翌日、カウルは当初の予定であるお助け掲示版で依頼を受けるのを止めてベッドの上でゴロゴロしていた。お金を稼がなくても一ヶ月は宿屋に泊まれる事ができるようになったからだ。
ギルドカードができるのは14時だから、それまではゴロゴロしてようとカウルは思っていた。
今日は朝ご飯を食べた以外ではずっとベッドの上にいる。
今の時刻は12時頃だろうか?お腹が少し減って来たが、穴熊亭は朝しかご飯が出ないので我慢だ。
そのままゴロゴロしているのも飽きてきたのでカウルはベッドから降りて町をブラブラする事にした。お金がないので完全に冷やかししか出来ないが。
穴熊亭を出て当ても無くブラブラする。
所持金は1銀貨しかない。まぁ、1銀貨もあれば色々買物できるが、ちょっと高価な物になると手が出なくなる。14時頃にギルドカードを貰ったらそのまま依頼を受ようと思っているので、それまで時間を潰せればいいか、とカウルは考えて一軒の古本屋に入る。
古本屋の中は天井まで届くほどの本棚にビッチリと本が詰まっていた。
本棚の数は多く、古本屋の中は迷路のようになっている。一応入り口から直線の位置に店主が座っているのが見える。
ただ時間をつぶす為に入った古本屋だったが、カウルはその本の量に驚いた。
店主はカウルの事に気付いたのか、カウルの方を見て手招きをしていた。
自分以外の人間は居なかったのでカウルが自分が呼ばれていると思い、店主の方に向かって歩いていく。
店主は白髪交じりのダンディなおじいさんだった。
「ようこそ、マガツガハラへ。あなたの欲しい本はこれでしょう?」
カウルが店主のいる所まで行くと、店主はカウルに一冊の黒い本を渡してきた。
カウルは店主にお金は1銀貨しかない事を伝える。だからこの本を買う事はできないと。
黒い本は高価そうな感じがする。ずっしりと重く、分厚い。
「お代は結構です。もう貰っていますから。」
店主は意味が分からない事を言ってカウルに本を押し付けてきた。
誰かと勘違いしているのかもしれない。
カウルはその事を店主に伝えるが、店主はその事を否定する。
結局カウルは本を受け取り、古本屋を出た。




