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中編


「ふん……あっ……いた!こらジュウ!もうちょっと優しくするのじゃ!」


「あ、痛かった?ゴメン、ミケ」


 獣は慌てて耳から耳かき棒を取り出した。金属で加工された細いカギ棒は、上部に小さな宝石がキラキラと輝いている。お金持ちはこんなトコロも違うんだなと、獣はしみじみ思った。

 ミケを膝に乗せながら耳掃除。いつもやっていることであるが、今回は勝手が違う。

 自分の部屋にあるのよりも数倍は寝心地の良さそうなベッドに腰掛け、膝の上にはミケの頭はあれど、他は獣の太ともから余裕にはみ出てベッドに横たわっている。

 ミケの耳掃除は何度もしている獣であったが、‘ヒト’にするのは初めてなため、先ほどからミケに2度、3度と文句を言われていた。


「まったく……これで何回目じゃし?ご主人様の耳をこう無下に扱うなど許されぬこ……こほっ!こほっ!!」


「まだ慣れなくて……ゴメンゴメン。もう大丈夫だよ」


 獣は謝りつつ、太ももの上でむせるミケの頭を撫でた。ミケはほぉとため息を吐き「分かればにょろしい」と獣に呟くと、獣の穿いているパジャマのズボンをギュッと握りしめた。どうやら続けろという合図であるらしい。

 獣はミケのこめかみ近くに手を持っていき、動いた時にかかった髪をそっと後ろに逃した。小さく跳ねた髪の奥に、いつものミケとは違く、されど獣と似たカタチの耳が姿を現した。

 獣はミケの耳たぶを掴むと、耳の奥が見えるよう軽く引っ張った。いつも触る固い感触ではなく、ふにふにとした柔らかな触り心地に思わず耳掃除を忘れてしまう。

 

(柔らかいな~)


「にゃ、は、なに、なにをそんなに触るかにゃ~」

 

 獣とは反対側に向いているミケから抗議の声が上がる。上ずった声に震え、再び耳に髪が掛ってしまった。獣はまた髪を避ける。「にゃ」と小さく声が上がった。

 獣はそっと耳かきの棒をミケの耳に差し込んでいった。少し浅い場所で小刻みに動かすと、ミケの口から甘い鳴き声が漏れだした。


「ふあぁぁ……そう、そうじゃあぁ、いい調子じゃにゃいかぁ~」


(好きなポイントは人になっても変わらないんだなあ~)


 力の入れ具合は違うが、いつもと同じ具合に手を動かしながら獣は思った。形はちがえど、やはりミケはミケなんだなぁ、と。家で耳掃除をする時も、最初は浅いところを優しく掻いてやるのがミケは好きなのだ。そしてその後は、


(ちょっと奥の方をくるくると……)


「にゃふんっ!?」


 一瞬、パジャマの端を掴む力が強くなった。耳かきの棒を奥の方へと入れ、全体を均等に掃除するようにくるくると回しながら動かしていく。獣はチラッとベッドの方を見た。まるで頭を中心に縮こまろうかというように、膝を折り曲げてギュッと体を固くしている。しかし彼女には不満はないようで、先ほどから文句は言われていない。耳かき棒の先に、コリコリとした感触が伝わる。そこで動かすと、その度にそっぽを向いてるミケの口から、荒い息遣いと共に声が出てきた。


「あんっ……はっ、にゅ、にゃあぁ」


(なんか恥ずかしい……)


 本人は堪えようとしているのだろうか、声を出さないようにと我慢している感じが余計可愛らしい。気づけばミケの耳は端から端まで真っ赤になっている。

獣は耳かき棒をスッと抜いた。ミケが名残惜しそうに「んなぁ」と喉を鳴らしたが実はまだ終わりではない。獣は先端部分を奇麗にすると、今度は目に見える部分を掻きはじめる。特に手入れ出来ない間の部分を丁寧に掃除していく。

先程までの緊張はない様で、力が入っていたミケの体も今は力が抜け、手足をもじもじ動かしている。


「にゅふう~極楽にゃもしにゃもし」


 顔は良く見えてないけど、上から見下ろすミケの眼は気持ちよさそうに目を細めている。僅かに見えた少女の表情に、思わず獣の顔も綻ぶ。‘猫’である時も顔をベタっと下げ、幸せそうに目を細めている時の顔に、どれだけ癒されてきたか分からない。見ているこっちまでが幸せになる。今もお互いが幸せな気分であることは間違いなかった。只今は胸に微かな高鳴りを混じらせているが。

 一通り掃除を終えると、獣は耳かき棒を取り出し、「ふ~」っと息を吹きかけた。一瞬ビクッとミケの体が動いた。


「な、中々気持良かったぞ、ジュウ」


「うん、ありがとうミケ」


 獣はミケにお礼を言った。

ああもう、なんでこんなに可愛いかなこの娘は……

いつもの習慣からなのか、または膝に寝ころぶ少女にやられたか、獣の手は自然とミケの頭に運ばれ、髪をゆっくりと撫でていた。


「こ、これ!妾の髪をそんな気易く撫でるでない!こちらでは妾が主人なのじゃぞ!?」


(今更気易くって……)


 ミケは今までの‘設定’を思い出したかのように獣を咎める。が、口を動かすだけで、手も体も動かさない。

 獣は顔を屈め、掃除したばかりのミケの耳に顔を近づけると、そっと囁くように尋ねた。


「じゃあミケ。お願いだからもう少し撫でさせて?」


「う、うう……」


 少し唸ったあと、ミケは息を大きく吐き、


「しょ、仕様がないじゃ!そ、そんなに撫でたいのならもう少しだけにゃぞ?主人の立場である妾を撫でるなど……特別なんじゃぞ!?分かってるにょか、ジュウ!?」


「はいはい。分かってるよ」


「う、うむ。分かってればいいにゃ」


 そう言うと彼女の頭に、獣は指を立てると頭皮をマッサージするかのように動かし始める。掌とは違う伝わり具合にほおぉとため息が漏れるのが聞こえた。

今、獣とミケのいる部屋の中は、甘ったるい空気で充満していた。もしも「場の雰囲気」というものに色があるのだとしたら、二人のいる部屋はきっと、桃色の霧で見えなくなっている筈だ。撫でる方も、撫でられている方も天にも昇る気持であった。


「ま、満足したら次は反対じゃぞ?」


 ミケがそわそわと体を動かしながら獣に呟く。どうやらまだこの部屋から出ることにはならないらしい。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




「……もうだいぶ暗くなってるね」


「計画とは違うのじゃ……」


ひんやりとした風が吹き抜け、ミケと獣は遠い目を空に向けていた。だが起きた時には見えていたあの太陽の輝きも、青々とした空も白い雲もない。既に太陽は3分の1は地面に埋もれ、空は青の代わりに橙の光と紫と黒を混じらせた闇に染めかえられていた。


「まさか眠ってしまうとはのぉ……」


 ミケはやってしまったという風な表情で項垂れた。心なしか、跳ね返っている髪もしな垂れてる様に見えた。

反対の耳を掃除していた頃、ミケはいつもの習慣の如く眠気に襲われてしまった。獣が耳掃除を終えた時も、彼女はすやすやと寝息を立てていた。本来は肩を揺するなり声を掛けたりして起こすのだろうが、獣にはそんな選択肢はなかった。ここで眠っている女の子は‘ミケ’であるのだ。当然、彼はいつも通り、そのまま彼女が起きるのを待っていた。

 だが今回は彼女の意に反していたらしく、ミケが目を覚ました時、窓の向こう側に見えた景色を見て、ミケは跳ね起きると獣の手を掴んで部屋から飛び出したのだ。

部屋を飛び出ると、ペディ&チャムを視界から消してだだっ広い屋敷の廊下を二人で駆け抜けた。途中、二人、三人と屋敷の関係者と思われる人たちに出会ったが、ミケはそれを無視して走りぬけた。動きづらそうなドレスを着ているにも関わらず、ミケは獣を引っ張りながら階段を駆け下りて大広間へ、そして木で出来た扉を開けて今に至る。

 ミケのあまりの落ち込みぶりに獣も心配になった。


「ミケ、元気だしなよ。耳掃除の時に眠るなんてよくあることじゃん」


 獣が励まそうとミケに声をかけると、ミケは悔しそうな顔を向けると、泣きそうな声を出した。


「まだまだジュウにさせにょうと思ってたことがあったのに……もう‘時間’がないじゃあ」


「時間?」


 獣が聞き返した時、胸の奥から込み上げてくるものがあった。自然と口が開き、肺の中のモノを全部押し出すような大きく欠伸が出てきた。それと同時に頭の中が僅かな霞に包まれる。急に眠気が襲ってきた。

 

「あれ?なんで?」


 獣は眉間を押さえながら声を出した。さっきまでは普通だったのに。耐えられないほどではないが、段々と睡魔が大きくなる感覚が体に広がってくる。獣の体に、夜更かしをしているような感覚が出てきた。

ミケは「やっぱり」といった風な様子で獣を見ている。


「あ~やっぱりにゃ。そろそろ限界にゃろうな」


「ど、どういうこと?」


「分かってるとは思うんにゃけど、『ココ』とジュウの世界は別の場所にゃのじゃ。だけど凄い近いから、誤差はあれど時間の流れはほぼ一緒なんじゃよ」


「つ、つまり?」


「ジュウが起きた時、こちらでは朝じゃったけど、ジュウの世界ではまだ夜中だったっということじゃ」


 ミケの答えに獣はまだピンと来ていなかったが、しばらくしてハッと気づく。


「じゃ、じゃあ僕、‘ほとんど寝てない’ってことなの!?」


「ジュウが寝入ったあとすぐに連れてきたから、1時間も眠ってにゃいんじゃないかにゃ?」


 ミケの言葉を聞いた途端、頭に掛っていた霞がさらに深くなった気がした。


―ミケは‘眠った直後’の僕を連れて来て、すぐに起こしたんだ。


起きた時は外が明るかったから気づかなかったのだ。ミケと一緒にいたからあまり意識してはいなかったが、知らない世界に来ているという緊張が、獣の頭を覚醒させていたのだ。だがこちらに来てほぼ徹夜で動いているわけだから、眠気が襲ってくるのも当然だ。


「‘時間’がないって、こういうことなんだ……」


「そうにゃもし」


 そう言うとミケは獣の前に人差し指を立てると、


「流石に!妾もジュウが苦しそうなところは見たくないでの!にゃからジュウがまだ元気な内にやってもらうことがあるにゃ!」


「そ、それって?」


 獣がミケに聞くと、ミケは「にゅふふん♪」と嬉しそうに笑った。


「本来は飼い主がするべき基本中の基本じゃ。にゃけどもそれを怠ってきたジュウには分かんないにゃろ~」


「???」


 眠気がある所為なのか、獣にはミケがすることがまだ分からない。

 得意げな表情をしているミケはスッと髪を撫で、獣を一瞥して言った。


「妾が『散歩』に連れてってやるのじゃ」


「散歩?」


 意外な答えに、獣は思わず聞き返してしまった。


「聞けば飼い主たるもの、ペットが運動不足ににゃらないように定期的に散歩に連れていくらしいじゃにゃいか。にゃが、思い返せばジュウ、妾はこの10年間お前に散歩に連れてってもらった覚えがにゃい!」


ビシッと指で獣を指し、自信たっぷりにミケは言った。それを聞いていた獣は、確かに散歩に連れて行った事はないな~とぼんやりと思った。確かにペットが運動不足にならないようにするため散歩は、飼い主がするべき基本的なことかもしれない。

唯、それは「犬」とかのような動物にするものでは……

獣の頭に浮かんできた疑問を余所に、ミケは喋り続ける。


「ジュウときたら、妾を抱くばっかりじゃからのぉ~ニュフ、妾を見れば持ち上げてフフ、頭を撫でたり喉元をくすぐったり……ニュホホ♪は、腹をワシワシしたり……」


 ミケはそこで話すのを止め、顔に手を当てて「ニャーッ!!ニャーッ!!」と恥ずかしそうに体をくねくねと動かし出した。隣で聞いている獣も思わず照れる。

 ミケの可愛いさにやられて抱きしめたり撫でまわしたりしていたのは事実だ。ただ、こんな風に口に出されて言われるのは結構恥ずかしい。


「全く、い、いつもは大人しそうな顔をしているくせして妾の事になると途端に大胆になりおってからに……でもそ、そんなジュウは嫌いではないにょよ?じゃが場所をわきまえてじゃな……」


 女の子の姿で、もじもじと顔を赤くして話すミケの姿が何とも可愛らしい。獣はほわんとした目でミケを見ている。


(可愛いいなぁ~)


「ま、まあ妾の魅力に惹かれるのは分かるがにゃ!?愛でるだけが飼い主じゃないのじゃ!時々は外に出させて運動させんと!」


 ミケはニヤケた顔を無理やり引き締め、


「というわけで、これから妾が特別にジュウを散歩に連れていってやるにゃ!!」


 と獣に指を突き立てた。ミケの小さな指を前に、獣は一応の反論をしてみる。


「でも、猫って散歩させるものではない気がするんだけど……というかミケだっていつも一人で外に出てるし」


「シャーラップッ!!ご主人さまに口答えは認めにゃいな!」


 予想通り一蹴された。だが獣も別段、散歩することに不満はなかた。今まで(勝手に二人で)ずっと部屋に閉じこもっていたし、体を動かしたいと思っていたトコロだった。

 獣がそう考えていると、「コレ!例のモノを!!」と、部屋と同じように、出てきた扉の方へミケの声が響き渡った。するとバンッと盛大に扉を開いてミケのボディガードである二人組の大男、ペディ&チャムが早足でミケに近寄って来た。その手にはやはり先程と同じく何か持っている。

 ペディ&チャムは握っていたモノをミケに渡すと、獣の元へと近寄り、またしても同じく、片方ずつ獣の手足を押さえつけた。


「あの、別になにもしないし押さえなくても……」


「そやつらの仕事のうちじゃ。気にするにゃ」


「それは無理だよ」


 獣は左右に顔を向けた。筋骨隆々な体が獣を挟むかのように並んで、肩と太ももの部分を掴んでいる。相変わらず必要以上に力を込めてくるので掴まれている箇所が痛いのだが、身をよじれば余計に力を入れてくるのは先の部屋で経験済みなため、じっと我慢する。そんな獣にミケは近づくと、首につけられている首輪にささっと何かを取りつけた。


「よし!OKにゃ」


 その言葉に反応したのか、ペディ&チャムは獣から手を離す、と思いきやなぜか獣の体をゆっくりと上に持ち上げ出した。これには獣も驚く。


「え?え?なに、え?」


 獣が戸惑っている隙に、大男二人組は獣を放り投げた。今度は絨毯ではなく、草の生えた芝生の上に投げ出された獣の腰に再度衝撃が走る。理不尽な痛みが腰から背中にかけ、頭に届くと涙が出てきた。


「じ、じっとしてたのに……」


 嫌なことに、放り投げられたことである程度眠気が飛んだ。


「にゃつらの仕事だから仕様がないにゃ」


「うう……間違ってるよそれ」


 獣は痺れた足に力を入れて立ち上がろうとした。すると、「にょ!」と急にミケが叫ぶと、獣に近寄り、立ち上がろうとするのを上から押さえつけた。


「ちょ、何するのミケ!?」


「立つ必要ないのじゃ!獣はこのまま、四つん這いで散歩に行くのじゃッ!!」


「へっ?ちょっと何言って……」


 尚も立ち上がろうと獣が背中を反らした時、首から新たに金属音が聞こえた。ただしそれは、鈴の音のように軽いモノではなく、重たいものを引きずるような音だ。獣の手が首へと伸びていった。ミケにつけられた首輪の感触に、新たにひんやりとした固い物が首輪につながっている。そしてそれは獣の首から伝ってミケの手にその一端が収められていた。


「……鎖?」


 獣は首に繋がれた鎖を手に持って呟く。鎖は銀色の光沢を放ち、鎖同士がカチカチと鳴った。

人間に鎖って……首輪も駄目だろうけど、これはもうアウトなんじゃないのかな?

 頭を悩ませていると、ミケがきょとんとした顔で獣に聞いてきた。


「?散歩といえば鎖にゃろ?ペットの首に付けてリードしてにゃらんと」


 ミケはさも当然のように言う。確かに否定も出来ないが、肯定も出来ない。動物毎によって違うんじゃないだろうか。


「ミケ……飼い主としては正しいかもしれないけど、流石に鎖で引かれるのはちょっと……」


「??でもこれが散歩の‘スタンダード’にゃろ?ジュウの近所でよくみるにゃけど」


「う~ん、そうかもしれないけど」


 獣はなんとか説得しようと言葉を選んでいた。ミケはきっと近所の人が「犬の」散歩をしているところを見て、勘違いしているのだ。でもそれは相手が犬だからで、人が散歩する時は常識的には鎖はつけない。少なくとも獣の生きてきた16年間ではそれが正解だ。

 獣が悩んでいると、ミケは尚も言葉を続ける。


「ホレ、ジュウの隣に住んでいるのもこうして散歩しているにゃ!」


「うん、だから……」


 その時、獣の体がピタッと止まった。

 ミケは今なんて言った?お隣?お隣っていうと山田さんか田口さんだよね?確かにご近所にはペット飼ってる人は多いけど、山田さんも田口さんもペット、『飼っていなかった』気がするんだけど?

 獣はしばらく押し黙った後、自分の考えが間違いだと確認するためにミケに尋ねた。


「あのさミケ?」


「にゃんじゃ?」


「それって犬をそう散歩しているってことだよね?」


 きっとそう、自分が知らない内に犬を飼い始めたんだ。

 獣はゆっくりとミケに聞く。だがミケは目を吊り上げると、


「なにをいっておるにゃ、ジュウ。いくら妾でも‘犬’と‘人間’の違いくらい分かるにゃ!!」


 ミケの答えに、獣は空いた口が塞がらなくなった。

 眠気は飛んだ筈なのに、頭がクラクラしてきた。なぜか急に肌寒くなってきた気がする。

 獣の気持ちを余所に、ミケは続け様に口を開く。


「ジュウを連れてきた時もそうだったぞ?夜中になるとこうやって散歩してたにゃ。旦那に鎖をつけて……」


「やめてミケ!!もう聞きたくないッ!」


 獣は両耳を手で塞いでミケに懇願するように言った。

これ以上聞いてしまえば、明日からどうやって近所付き合いしていけば分からなくなってしまう!




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




「ホレ、どうしたのじゃジュウ。もっと元気よく歩かぬか」


「元気よくって……」


 首に繋がれた鎖を見ながら、獣は軽快に前を歩くミケの後ろで慣れない首輪と鎖の感触にため息を吐いた。

流石に四つん這いの姿勢は歩きづらいため、二足歩行で獣は歩いていた。それだけであれば只の散歩に見えるのだが、獣の首に巻かれた赤い首輪と、そこから少女の手に伝っている鎖が何とも違和感を覚えさせる。首輪に付いている鈴と鎖からは規則的に「チリン、チャラ、チリン、チャラ」と音が鳴り、獣の世界であれば職務質問は確実に免れないだろう光景であった。


(ミケの世界でホント良かった……)


「ほれ、ジュウ。モタモタするでにゃい。主人に前を歩かすとはペットの風上にも置けないヤツにゃ!」


「分かったからミケ引っ張らないで、首が締まるよ!」


 ミケはどんどんと先へ進もうとするのだが獣の首輪の端はミケの手の中であり、ミケが行けばいくほど、獣の首が引っ張られてしまう。その度に元々運動は得意でない獣はうめき声を漏らす必要があった。

 そんなやり取りを繰り返しつつ、獣とミケは整備された中庭を抜け、やがて横に木が立ち並ぶ街道のような場所へと着いた。薄暗くなった土の道を、左右に生えた木々から出ている不思議な光が照らしている。木の一本毎に光の色が微妙に異なり、中央に敷かれた土道を、虹の様な色合いへと変化させていた。


「うわ……凄いなぁ」


 首の痛みも眠気も忘れ、獣が驚いていると、いつの間にか隣に立っていたミケがふふんと胸を張った。


「にゅふふん♪驚いたか、ジュウ。しかし、ここもグリム家の庭の一部なのじゃがな」


「ホント凄いよミケ。イルミネーションみたい」


 まさにファンタジー。木々の光に照らされた道に、獣が見とれていると、突然獣の手がギュッと握りしめられた。思わず獣が横を向くと、ミケが目線を泳がせながら獣の手を握りしめていた。


「ミケ?」


「も、もう鎖でジュウを引っ張っていくのは疲れたにゃ」


そう言うとミケはもう片方の手を獣の首輪に伸ばし、ガチャッと鎖をはずした。鎖は獣の体をなぞるように地面に落ちていき、金属音と土の湿った音が二人の間に聞こえてきた。


「こ、今度はジュウが妾を引っ張ってくのじゃ」


 ミケの口調は強かったが、木々の光で明るくなっている道の上で彼女の顔はほんのりと赤く染まっていた。光の加減というならば、少々不自然にも見える程に。

 獣は一瞬あっけにとられたが、上目づかいで見てくるミケの目線に、再び胸がドキッと高鳴った。


「う、うん」


 獣は頷くと、ミケが握ってきた手をギュっと握り返した。ミケが一瞬、ぴくりと反応し、顔を下げた。獣はチラリと鎖を見ると、ミケにニコッとほほ笑んだ。


「着けなくていいの鎖は?」


「ご、ご主人さまに着ける必要はないのじゃ!それにの……」


 獣と繋がっている手を顔の前に上げ、ミケはニヤッと笑った。その手首には、獣がミケに着けた赤い首輪が小さな鈴を揺らしていた。


「ホレ、妾の首輪にはもう、ジュウが繋がっているからの」


 得意げに言ったミケはしばらくすると、自分の言った言葉に恥ずかしさを覚えたのかみるみるとその顔を赤く染め、地面に宝物でも埋まっているのではないかというように俯いてしまった。獣も言われた恥ずかしさに顔が熱くなるのが分かった。胸はキュゥと絞められるような感覚が沸き上がり、頭の中は真っ白くなり、常に纏っていた眠気さえも消えた。


(――――△■?&%――~~!!!!?)


 気がつけば、獣はもう一方の手でミケの肩を掴んでいた。


「ジュ、ジュウ?」


 ミケはとろんとした目で見上げてくる。それがさらに引き金となったか、獣はミケの肩に回した手の力を強め、抱きしめようと……


「……」


「「……」」


 獣の視認できる範囲。光る木々のその間から、ペディ&チャムの濃い顔がこちらを睨んでいた。


「ジュウ?」


「……」


((調子に乗んな))


 ペディ&チャムの口は動いただけで声は出ていない筈なのに、不思議と獣には彼らの意思が伝わってきた。また違う意味で眠気が吹っ飛ぶ。ミケも肩を抱いたまま固まった獣に異変を感じたのか、獣の視線の方へと体を向けたが、ボディガード達は絶妙なタイミングで隠れてしまった。


「どうしたのにゃぁ?」


「な、なんでもないよ!?い、行こっか?」


 ドキドキと鳴る心臓を誤魔化すよう、獣はミケの手を強く握ると体を道の方へと向ける。肩から手が離れる際にミケが名残惜しそうに眉をひそめたが、「そ、そうじゃな!散歩の続きにゃ!」と元気よく声を出すと、二人で歩調を合わせるように歩き始めた。

 空はもうすっかりと暗くなり、光る木で照らされた道と、そこを歩く二人だけが暗闇に浮かんでいるかのように見えた。冷たい風がひんやりと獣とミケの顔を撫でる。パジャマ姿の獣にも、ドレスのみのミケにも風は寒く、互いに体を震わせ、繋いだ手を強く握り直した。ミケの手から、柔らかく、ひんやりとした感触が伝わってくる。

 一瞬、背後に『あの二人』の気配を感じ、獣はゾクリと背中に寒気を感じた。チラリと後ろを振り向く。後ろにはペディ&チャムの姿はなかっが、ミケが外してくれた鎖は、落ちていた筈の場所からはなくなっていた。


(いつの間に……)


 獣の背中に再び寒気が走る。ゾクゾクと嫌な震えが来るのはパジャマ姿だとか、急に冷たい風が吹いてきたからではないだろうと、獣は思った。


「ニャー♪ニャニャ、ニャンニャンニャニャ~♪」


 鎖で繋いでいた時よりも機嫌の良い、ミケの表情が獣には救いだった。


「「爆発しろ」」



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