その3
心臓がばくばくと激しく鼓動する。
錬金術の師にして愛するリファリアに命じられて道具屋を訪れたフレリックだった。以前にも一度相手と同じ場で接触しているのだから、二度目があったところでそれは必然ともいえるものだろう。だが、フレリックはその可能性など欠片ほども考えていなかった。
扉を開けばそこに突然コリン・クローバイエがいたのだ。
フレリックは動揺しまくってしまった。
元々揚がり症のきらいのあるフレリックにとってはまさに突発事故のようなものだ。
「強欲な商人の娘と哀れな男爵家次男の結婚、破綻させてあげてくれないかな」
アルファレスが言った言葉が耳の中によみがえる。
色素の薄い金髪の、男から見ても見惚れてしまいそうな青年が切り出したのは彼らの間でたびたび行われる下らない遊戯の一つ。
「なにそれ、面倒くさい」
姉妹の一番下、エイシェルが言えば、次女のリファリアも肩をすくめる。
「なによそれ。その男爵の次男っていうのは自分の結婚もどうにもできないわけ?」
他人の色恋になど興味の無いリファリアは辛辣に鼻を鳴らした。
「いいや?」
「だったらほうっておきなさいよ。誰が結婚しようと離婚しようと関係ないわ」
莫迦みたい、とリファリアは両手を広げて見せた。
なんとも大雑把な態度はフレリックにとって憧れそのものだった。ああもばっさりと全てを切り倒せるような性格になりたい。
リファリアはフレリックにとってまさに女王だ。
「あらぁ、面白いじゃないの? あたしはやってもいいわよ?」
乗り気だったのは長女のクロレア――男女間のことや醜聞が大好きな彼女は、すでに二度の離婚を経験している。現在は新しい男がいない為に実家であるこの屋敷で一人息子と共にのんびりと暮らしていた。
コテをあてて毎日巻いている髪は見事なものだが、二時間もかかると聞いた時はフレリックは身を震わせた。二時間じっとしている自信などないし、美しくなる為だけにそれを我慢しているクロレアを一瞬尊敬してしまいそうになった。
フレリックの女王はと言えば、女性にしてはめずらしい短髪だ。
以前薬品の調合を誤って爆発させ、髪を焼いてしまったのが原因だが、以来短い髪のほうが動きやすいとばっさりときるようになってしまった。
その短い髪を首筋からかきあげて口付けすることを思い出し、フレリックは瞬時に身の置き所をなくして慌てて視線を下げた。
「別れさせるのは得意よ」
そんなフレリックの動揺など気づかず、クスリと笑うクロレアだが、彼女の言葉にアルファレスは秀麗な微笑みを浮かべた。
「条件があるんだよ、クロレア。
決して男爵の息子の不利になるような破談では駄目なんだ。あくまでも強欲な商人の娘が頭を下げて綺麗にこの縁談から手を引いてもらわないといけない」
破談金のやりとりがあるとすれば、あっちがこちらに払うような感じでね。肩をすくめるアルファレスに、末子のエイシェルがにんまりと笑う。
「それならアルファレス兄さまがその女を落とせばいい話しではないの? 傷物になってしまえば、こんな結婚そく破談よ、は・だ・ん!」
十三歳の放つ言葉にアルファレスが苦笑する。
「最終的にそういうのもありかもしれないけれど、もっとスマートにね?
何より、それではぼくがその女と結婚させられてしまうじゃないか。おばかさんだね、エイシー。ま、そんなヘマをぼくはしないけれど。
ああ、もちろん、この縁談を綺麗に壊してくれた人には何か望みを一つかなえてあげるよ」
おばかさんと言われたエイシェルはほんの少し顔をしかめていたものの、最後の言葉に瞳をきらめかせた。
アルファレスが「望みを一つ適える」というのであれば、たいていの無茶は通してもらえると承知していた。
「やるわ! 約束はちゃんと守ってくれるわよね? アルファレス兄さま」
「もちろんだよ、エイシー。
でもさっきの条件はきちんと守っておくれよ? あちらからスマートに破談にもっていくんだ。その為には何をしても構わないよ」
「じゃあ、エイシーの御手並み拝見させてもらうわ」
クロレアが妖艶に微笑んで言う言葉に、アルファレスは満足気にうなずいてみせた。
「ほんの遊戯だよ。楽しんでおくれ」
――ほんの遊戯。
そう、彼等はその一言でもう幾人もの人間を破滅に追い込んだ。
まさにはた迷惑な遊び。