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遊戯  作者: たまさ。
コリン・クローバイエ
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その3

 短銃と骨董とをこよなく愛するコリンは、現在十六という年齢だ。

コリン・クローバイエ。

大陸に幾つもの支社を持つヴィスバイヤ貿易の総帥であるセヴァラン・クローバイエの娘。セヴァランの長女ではあるが、彼女の下にはウィニシュという弟が存在し、ヴィスバイヤの事実上の後継は彼とされている。


 ウイセラは暇をもてあまし、席を立つと暖炉の上に恭しくおかれている短銃へと手を伸ばした。

「特別に気に入ってくれたのかい?」

一見しただけではウイセラには銃の違いなど判らない。細工で言えばもっとできの良さそうなものもある。

それでも、前回贈ったものが仰々しくビロードの台座の上で飾られているのは気分がいい。

 銃の表面を撫でながら首をかしげるウイセラに、コリンは淡々と告げた。

「危ないですよ、叔父さま」

「ん?」

「その銃は暴発します」

「は?」

 ウイセラは危うく取り落としてしまいそうになり、ぎゅっと強く掴んだ。

「この部屋に来た賊が、一番先に手にかけることができる銃がそれです。他のもののように壁に止められておりませんから。銃身(バレル)に細工が施してあるので、それを撃とうとすると持ち手が弾けますよ」

「……へぇ」

 そっと元の場所に戻す。

まるで一番大事であるというように丁寧に飾られているものが一番危ういとは――我が姪ながら恐るべし。なんだか激しく騙されたような疲労感がずしりと肩にのしかかった。


「銃大好きな君がそんなことをするとは」

ショックのあまりに拗ねた口調で言えば、

「その銃は元から駄目なんです」

コリンはそっと吐息を落とした。

「その銃はクランサム社製の銃です。私のコレクションで唯一の」

「クランサム社のものは駄目かい?」

「叔父さまはお判りでないの?」

 コリンは眉間に皺を寄せた。

「その銃は全て鋲打ちです。部品をハメ殺しにして、分解することはできないつくりになっています。手入れもままなりません。

 銃は手入れを怠ると装填不良(ジャミング)の原因ともなりますし、まるきり使い捨てのようで私は到底好きにはなれません。別名を忠誠の証というのですって」

 ジャミング、という言葉に眉宇を潜めたが、ウイセラはそれ以上の言葉をつなげなかった。つなげられなかったというほうが正しい。

 ただ、忠誠の証と名づけられたその銃が皇室御用達であることには気づいた。

一発だけ弾丸の入れられたそれは、忠誠を誓わなくば死して消え去るべしという意味合いがある。

貴族ですら無い自分達には滑稽な代物だ。

「その点、この銃は部品分けがはっきりとしていてとても手入れがしやすくて良いです。

叔父さま、銃身(バレル)の中をきちんと見たことがありますか? 叔父さまのお使いになっているアーウィン社のこのタイプの銃身の中はとても美しいのですよ。

細かいラインが入れられていて――」

 うっとりと続けられる銃談義に苦笑する。


 コリンに銃を与えたのはウイセラだ。

彼女の父親であるセヴァランはいい顔をしていない。けれどウイセラはコリンの喜ぶ顔見たさに一丁、また一丁と貿易旅行の土産にと銃を与え続けた。

――これはその結果だ。

 小さなブラシで丁寧に部品をこすりながら、ふいにコリンは淡々と口にした。

「銃、お使いになりましたね」

 鉛の破片が銃身内に引っかかっている。

銃身の中に作られた溝を弾丸が通過するときに、溝の形に銃弾が削れる。その時に残された鉛だ。

――鉛は脆い。

だが撃鉄で小さな爆発を起こし、勢い良くはじき出された弾丸は人の命を容易く奪う。

 コリンが手にしているそれがどんなものであるか、コリンだとてただ美しいだけの代物では無いと知っているつもりだ。

 ウイセラは微笑んだ。

「空をね」

やわらかな声音で続ける。

「砂漠で強盗まがいの連中と遭遇したものだから、威嚇の為に数発打ち上げた」

「また危険なことばかり……」

 顔をしかめた姪へと近づき、ウイセラは優しくコリンの頬に掛かる後れ毛に指先を絡めた。

「あちらではまだ銃がでまわってはいないようだね。彼等が手にしていたのは大ぶりの湾曲した剣だった」

「叔父さま」

「ということで、今回は短銃のみやげはないんだ。その代わり美しい衣装をコリンの為に見繕ってきたよ?」

 心配はいらないのだというように微笑む叔父を見つめ、コリンは溜息を吐き出した。

「衣装、ですか?」

「そう。砂漠の」

「……叔父さまが今着ているようなもの、ということかしら」


――コリンはあまり見ないようにしていた叔父の姿をみかえしてしまった。

呆れるほど鮮やかな蒼の長ベスト。金糸銀糸の縫い取りをした太目のパイピングを施したものの下は、オレンジの中着。腰にはサッシュのように長いストールのようなものが巻かれ、腰の横で結んでいるのか太ももの下あたりで垂れている。首にも腰にもジャラジャラとしたメダルを連ねたような装飾をつけていて、実に……派手だ。


「これは盗賊が着ている服さ!

勿論コリンにはもっと素敵なものだよ!」

ウイセラはにこにこと言った。

「砂漠の舞姫が着る衣装!

とっても美しいんだ」

「……ありがとうございます」

言葉にしながらコリンは作業に戻ることにした。

――数々の書物を読破するコリンにも、その衣装がどんなものであるかは想像できないが、あまり……嬉しい代物ではなさそうだということは理解できた。


とにかく、早めに作業を終えなければならない。

コリンは部屋の隅に置かれている柱時計へと視線を向けた。


先約があることがとても厭わしい。

*銃については自分なりに調べてみましたが、中世の美術的価値のあるものに関してはあまり調べつくせませんでした。ですので、物語中の「銃」に関しては「この物語内でのもの」と処理下さい。

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