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遊戯  作者: たまさ。
コリン・クローバイエ
3/72

その2

 美しく磨かれた円形のテーブルの上に、ごとりと鈍い音をさせて短銃が置かれた。

美しい金のプレートがはめ込まれた握り(グリップ)には汚れがついているし、銃の先端は少しばかり黒ずみまであるようだ。

 砂埃とすすのような汚れ。美術品としての取引が相応しい装飾の短銃のその姿に部屋の主はほんの少しだけ眉をひそめた。


「おみやげ」

「……」


 柔らかな金髪の少女は、翡翠の眼差しを冷たく細めてその短銃と奇妙な衣装に身を包んでいる叔父とを交互に眺めた。

 家人の案内など完全に無視して入室したあげく、大仰な様子で両手を広げて「麗しの我が女王よ! 数多の貢物をもって帰還せし貴女様の下僕に労いの口付けを!」と謳うように言ったのだが、生憎と部屋の主は動揺もせずひたりと冷たい眼差しで淡々と「おかえりなさいませ」と返すものだから、さすがのウイセラも羞恥を覚えたのか、こほんと一つ咳を落とし、引きつった笑みを浮かべてテーブルの上に(くだん)の短銃を置いたのだ。


「というのは嘘だけど――磨くの好きだろう、コリン」

「いただけるのでしたら、勿論喜びますけれど」

「いや、駄目だってば」

 ウイセラは苦笑しながら椅子に腰をおろした。

二人はまるで対のように良く似た容貌をしていた。鮮やかな金髪に光の角度で黄金とも緑黄ともとれる輝きを示す瞳。だが明らかに違うのは、表情の豊かなウイセラに対し、それを見上げる少女は一見して何を思っているのか理解しがたい表情をしている。

 すなわち、物静かなといえば聞こえはいいが、無表情と言えばみもふたもない。


「君への土産はもちろん他に持ってきているよ?

それに、気づいていないかもしれないけれど、このタイプの短銃はすでに献上(・・)しているはずだけれど」

「当然熟知していますが?」


 叔父の物言いにむっとしながら、コリンは席を立ち、近くのポールにかけられている厚地のエプロンへと手を伸ばした。

 その行動を予測し、女中が棚からケースを持ってくる。

もう一人の女中が違う棚からテーブルクロスを引き出し、コリンが手袋をはめて銃を持ち上げると、それにあわせてさっとテーブルの上にクロスを広げた。

 それはさながら定められた決め事のように滑らかで美しい程。

それを一瞥し、そしてウイセラはふと室内を見回して眉をひそめた。

とてもわざとらしく。


「おやおや、邪魔臭いのが足りないな」

「叔父様がおっしゃる言葉の意味が判りません」

「目障りなのが足りない。おまえの悪魔(ベリアム)はどこにいった?」

 嘲るというよりも揶揄に近い言葉に、コリンは半眼を伏せながら「叔父様のおっしゃっているのがリアンのことでしたら、今は買い付けに出ております」

 コリンの言葉はよりいっそう冷ややかに応えた。

「あれを引き離してはいけないよ。あれはおまえの為の犬なのだから」

「お気をつけ下さい。銃は時折不思議な軌道で飛ぶものです」

 コリンの言葉でおふざけは終わったとばかりにウイセラは肩をすくめてその話題を打ち切った。


 テーブルの横に小さなチェストが置かれて女中がその上に棚から運んだケースを置いて開く。

 コリンが席に戻る頃には、すでに準備は整えられていた。

コリンは手馴れた所作で銃の中に弾丸が残っていないのを確かめた。もちろん、ウイセラだとて可愛い姪子に預ける銃にそんなものは残していない。

 ついでケースからコリンが取り出したのは細いドライバーだ。

くるりと短銃をさかさまにし、持ち手の底からそれを解体していく。

ウイセラはそれを興味深そうに眺めた。

 銀の皿の上には何種類もの螺子(ねじ)が置かれる。混ぜられてしまった螺子は、ウイセラにしてみればもうどこに収まるのかも検討がつかない代物だ。

だが、何の躊躇(ちゅうちょ)もなくコリンは全ての螺子を外し、短銃であったものはただの部品になってしまった。

 螺子だけになってしまったものを、女中が一旦回収して薬ビンの中に流し込む。それはなに? とウイセラが尋ねると、コリンではなく女中が応えた。

「螺子の汚れを落とす為の薬品です。こちらにつけて、磨いて、その次に錆びないようにオイルをつけさせていただきます」

「普段であれば私が致しますけれど、時間が掛かりすぎますから」

 と、女中にやってとお願いする。

「なんでもいいよ。コリンのいいようにして」

「二・三日時間をかけてよろしければ念入りにさせてもらいますけど?」

「持ってないと心許ないから、今日中で頼むよ」

言いながら、ちらりと部屋の壁に飾られている短銃へと視線を向けた。


女性の――というか少女の部屋にはおよそ似つかわしくない短銃のコレクションだ。そのどれもが文様を刻まれ、美しく磨かれた美術品のように壁にかけられている。

そう、壁一面に。

 一つだけ暖炉の上、ビロードの台座に置かれているのは彼女が最も気にいっているものなのだろう。

ウイセラは苦笑した。

 それは前回、土産と称してコリンへと差し出したものだ。

珍しい銃であった記憶があるが、すでに細かいことは忘れてしまった。

覚えているのは、その銃自体他の誰かから貰ったものであるということだ。

賭け事の代償に。


「まぁ、一丁貸してもらえればそれでいいけど」

「いやです」

「……」

「叔父さまは銃の扱いが悪すぎます。私の可愛いコ達がこんな扱いを受けるなんて、堪えられませんね」

 ほぼ無表情で言いながら、けれど手ばかりは作業を止めない。

分解された部品の汚れを落とし、丁寧に細身のブラシで撫でるようにして処理していく。じっとウイセラが眺めていると、段々とコリンの口元が嬉しそうに笑みへと変化した。

――ある意味ちょっと怖い。

 ウイセラ自慢の姪であるコリンは、幸いにも母親であるアリシェエラに良く似ている。

父親に似なくて良かったとウイセラは心底思ったほどだ。


 ただし、その性格は商家を束ねる父親に似ていると言わなければいけないだろうが。

利己的、利益主義。

その彼女が心から愛しているものがあるとすれば、それはモノだ。

今手にしている銃を愛おしむようになでるのは、まるで恋人を扱うようにすら見える。

 ウイセラは銃に対して自分が軽く嫉妬することに気付いていた。


 彼女は銃を愛し、また骨董を愛する。

以前、意地悪い気持ちを隠さずにウイセラはコリンに尋ねたことがある。

「私よりもそんなものが好きかい?」

 その問いかけに、コリンは静かな眼差しをウイセラへと向けた。


「この子達はわたくしを裏切りませんもの」

無機質に言われた言葉が、ウイセラの心臓に小さな棘として残っている。


……叔父様も、コリンを騙す?

二度の誘拐の果て、笑みを失った娘はその無機質な眼差しで問いかける。


今も、昔も。

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