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遊戯  作者: たまさ。
フレリック・サフィア
19/72

その6


 乗り合いの馬車を使い中央広場にたどり着いた時、正午という時間を少し経過してしまっていた。

 自分にしては大きな失態だとコリンは思ったが、相手は居なかった。

指定された噴水の縁に座り、考える。

これは正午を越えたから相手は帰ってしまったのだろうか? いや、それだってまだわずかだ。だが、これが商談の席であれば遅刻などもってのほか。仕事上であればこれは最悪な部類だろう。

これをデートととるのであればやはり最悪の部類であったが、コリンはそのように捉えていない為にそこのところは考えていなかった。

 コリンは無表情で考えていたが、やがて青年は現れた。

ひょうひょうと現れた相手はほんの少しだけ頬を染めて「コリンさん」とどもりながら声を掛けてきた。


――そう、つまり、わたくしを待たせましたね。

 コリンはふるふると身を震わせた。

怒りを覚えるとともに疑問が浮かぶ。

何故、自分はこんなにもこの青年に対して心を動かすのだろう。

「スミマセン、遅れて」

「そうですね」

「待ちましたか?」

「そうですね」

 コリンは切って捨てるように言いながら、そんなことはどうでも良いことだと自分を否定もしていた。そう、時間など瑣末なこと。

大事なことは、この青年が面前にいるということだ。

ほんの少し息を切らして胸元に手を当てる青年は、今日も白衣を着ている。困ったように顔を白くしたり青くしたりしながら、青年は消え入りそうな震える声で切り出した。

「あの、ぼくと……付き合って頂きたいんです」

「どちらまで?」

 仕事上の商談だろうと思いつつ言えば、更に青年は瞳を瞬く。

錬金術師とは胡散臭いが、嫌いでは無い。

「あの場所じゃなくて」

「意味がわからないです。それより、喉は渇きませんか? お茶はいかがでしょう?」

 汗をかいて動悸が激しそうな相手には飲み物が必要だろう。

冷たい飲み物が最適だ。

コリンは淡々と指摘した。


 そんなコリンを見下ろしながら、フレリックは自分の胸が激しく痛むのを感じていた。

告白し、付き合い、そしてどこかの夜会や茶会で彼女に徹底的な恥をかかせる。婚約が破綻される程の、どうしようもない醜聞を。口さがない貴婦人達の前で醜聞をでっちあげれば、商人の娘である彼女が貴族の子息と婚姻することはなくなるだろう。

――なんて酷い。

 幾度も自分の中で組み立てたシナリオだが、どうしたって気が重い。しかし、他に考え付きはしなかった。男爵子息側に傷をつけるなと言われているのだ。

 胃にすっぱいものが溜まりそうな気持ちと緊張で、フレリックは泣きたい気持ちになった。

だが、自分がしなくともアルファレスはやるだろう。ならば、できるだけ彼女の傷は浅いほうがいい。

――顔色を白くさせながら、フレリックは弱々しく首を降った。


「いえ、今はいいです」

「――そうですか」

 コリンは内心で相手の口を無理やりこじあけてアルミ缶の茶を注ぎ込んでやりたい衝動にかられた。

こんなに思うとおりにいかないことは無い。

あの伯父ですら何の疑問もなく勧められたとおりにこの呪われたどろりと後味の悪いお茶を飲んだというのに、この青年は危機回避能力でも備わっているのだろうか。

 なんと厄介な人間がいたものか。


「あの、ぼくの話を聞いてますか?」

「きいております」

 あなたこそわたくしの言うことを是非きいていただきたい。

コリンは逸る気持ちを落ち着かせるので精一杯だった。

「ぼくは……あなたとお付き合い、したいんです。恋人として」

 やがて青年の口から苦しげに吐き出された言葉に、コリンはすぅっと冷静さを取り戻した。

まさに冷水を浴びせられたかのように。


「何故?」

 コリンは静かに問うた。

「私はあなたがどなたか存じ上げません。あなたは私を誰だか理解していますか? お付き合いとはどういうことを言うのでしょう? それはあなたにとって何か利益のあることですか? 私にとって利益のあることでしょうか?」

 不思議そうに問われたフレリックは絶句した。

こくりと喉が上下する。


「す……好き、という感情だけでは駄目ですか」

「あなたは私を好きではないわ」

 コリンは、自分の言葉が冷たいことをどこか空々しく感じていた。


「は?」

「――あなたの言葉は嘘です。あなたはわたくしを好きではありません」

 あっさりとコリンは言い切り、バスケットからお茶の入ったアルミの水筒を取り出し、中身をコップに移した。

 楽しかった気分が沈んでいた。

そう、自分は楽しかった。今、この瞬間まで。

――好きだといわれる、その時まで。

嘘を告げられる、その時まで。

こんなに楽しい気持ちは本当に久しぶりのことだった。


「どうぞ、お飲み下さい」

「え、あ……はい」

 動揺しながらフレリックがカップを受け取り、わたわたとソレを口にし――ぶーっと噴出した。


「え、えええ?」

 一気に沈んだものがすとんと落ち着き、コリンは微笑を浮かべた。


やり遂げた。

完遂した。

自分は勝利したのだ。

そう、これは間違いなく勝利。


 それまでのものを全て捨て去り、晴れがましい気分がコリンに微笑を浮かばせた。

今までの人生の中で喜んだことの五指に入る程の慶事といえよう。

 お茶とコリンとを何度も見つめ、動揺しまくる青年を前にコリンは立ち上がって持っていたバスケットを相手に押し付けた。


「中身はサンドウィッチです。どうぞ」

「……あの」

「有意義な時間でした。ですがこれ以上は不要です。失礼いたします」

「ちょっ、コリンさんっ。あのっ、何故ぼくが嘘をついているって……」

 慌てる青年の言葉に、コリンは足を止めて小首をかしげた。

「嘘をつく人間は視線をさ迷わせるか、逆に嘘を貫く為に相手の瞳を見続けるかのどちらかです。あなたはいつも視線がさ迷って嘘をつく罪悪感がございますね。顔色の変化もめまぐるしい。それはとても好ましいです。ですがお気をつけなさい。そんな人間は生きて行くのに苦労いたしますよ」


 淡々と看破された青年は青ざめた。

「あのっ、ぼくはあなたが心配です!」

「――その言葉は事実ですわね」

 コリンは微笑んだ。

自分で意識して極上の微笑になるように努力したというのに、その笑みは寂しいものになった。

「不要の心配です」

 もし言葉に嘘がなければ、もしかしたら自分は少し嬉しいと思えたかもしれない。

 コリンはその思いを手早く屑篭の中に放り投げた。

考えるまでもない。

あの青年は自分にも商会にも何の利益も生み出しはしない。


――それはまぎれもない敗北だ。


一旦伏せた瞼を押し上げ、コリンはフレリックのことを自分の中から排除した。

それは自分の心を守る為の乱暴なものだったから、彼女はソレに気づくのはだいぶ後になってのこととなった。


すなわち――何故、彼はそんな嘘をついたのだろう。

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