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遊戯  作者: たまさ。
フレリック・サフィア
18/72

その5

 翌朝、コリンは思案した挙句、アルミで作られた水入れの中に氷を詰めて冷めた茶を入れ始めた。

自分でその味を確かめるつもりは毛頭無いが、おそらくこのどろりと不味い茶は冷たければさらにその後味の悪さが喉を苦しめるのではないだろうか。

 生きていてゴメンなさいと謝罪したくなる程。

それを飲んだ相手の顔を想像すると、コリンの口元はうっすらと緩いまずにはいられない。


「何をなさっているのですか?」

 使用人の言葉に僅かにゆるんだ口元を引き締め、いつもの無表情で「ピクニックの準備です」と応えた。

 ピクニックという単語を自らの口から吐き出しながら、その違和感に眉間にほんの少しだけ皺を刻んだ。


「料理長にサンドウィッチを頼みました。このお茶と一緒にもって行きます」

「コリンさんがピクニックですか?」

 主の行動にお仕着せの少女達は瞳を丸くした。

自分達の主が公園でバスケットをおろしキルトの上でピクニック――一見すればとても絵になるのだが、中身を知っている人間からすればこれほど胡散臭く禍々しいものは無い。

 それでも懸命にその場面を想像し、二人は顔を見合わせた。


「婚約者さまと?」

「まぁ、素晴らしいです」

 素晴らしいといいながら、やはりどこか胡散臭さが拭えない。彼女達はコリンとの付き合いが長かった。

 コリンとピクニック、果てはデートなどというあまやかなものを直結できない程には。

「いいえ」

 コリンは婚約者という単語に一瞬、それは誰かと問いかけてしまいそうになった。この二日、完全にコリンの心を占めているのは白衣のひょろりとした青年でしかない。

 

「まぁ、でしたらどなたと?」

「ウイセラ様ですか?」

 だが、ウイセラとであれば、今頃拡散機の如く、その話題を触れ回っていたことだろう。

女中二人は困惑に首をかしげた。


「敵です」


 コリンはきっぱりと言い切った。

「凡庸な顔をしてこのわたくしを二度にわたって(おとしい)れた敵です。今度こそ確実に仕留めます」

「ではそのお茶には毒が?」

真剣に尋ねられ、コリンはうっとりした夢想から引き戻され、はたりと止まった。

「いけません、コリンさん。無味無臭の毒でしたら少しお待ちいただければどうにかなります」

「それよりも時間差で利くほうがよろしいかと思います。コリンさんに嫌疑が掛かってはいけません」

 真剣に言い出す使用人二人に、コリンは眉間の皺がきつくなるのを感じた。

「わたくしがそこまでするように見えますか?」

「――そうですね。コリンさんはどちらかといえば、実際の命ではなく社会的抹殺のほうがお好みですね」

 使用人の言葉としてそれもどうであろうか。

「では睡眠薬ですか? 相手を全裸にして広場か公道に放置なさるとか」

「けれどそういったことは闇討ちでなさらなければ。自らの手を汚さずにやるのが宜しいです。リアンさんがお戻りになられるのをお待ちになった方が良いと思いますよ。リアンさんであれば、確実に証拠も残さずコリンさんの望みをかなえてくださいますよ」

 更に真剣に言葉を重ねられ、コリンは吐息を落とした。

「そうですよ。それに、コリンさんがリアンさんがいらっしゃらない時にそんな危険なことをなさったと知れば、きっとまた小言が増えますよ?」

 二人で交互に言い募る様子に、コリンは半眼を伏せた。


「ただのお茶です――」

 激しく不味いというだけの、ただのお茶だ。

どろりとして粉っぽく、後味が劇的に悪く、これを口にするだけでお茶好きの喜びをくじき、せっかくのお茶の時間をあっという間に暗黒に叩き込むだけの、実害はないお茶だ。

 コリンは用意できたお茶に満足し、時計を確認した。

そろそろ出るには良い頃合だろう。

「ただのお茶、ですか?」

「サンドウィッチとお茶……」

 二人は顔を見合わせ、それから意味ありげに微笑みあい何故か両手をつなぎあった。


「まぁ、本当にデートなのですね!」

「素晴らしいですっ!」

 あのコリンが何かに目覚めたのかという想いに驚愕しつつ、それでも女中二人は素直に喜んでみせた。


――コリンはそれをさめた眼差しで見つめ、どこをどうしたらそうなるのかと小首をかしげた。

 デートなどと馬鹿げている。

そんなものでは無い。ただたんにこのお茶を飲ませてやりたいだけだ。コリンは手の中のアルミの水筒を振ってみた。

 からからと中から氷の音がし、その表面には水滴が付いていた。

今度こそ絶対に飲ませる。

 暗い喜びにそっと口元に笑みが浮かび上がった。このお茶にはコリンの想いがありったけに詰まっている。

――まずいものを二度までも無為に飲まされた、怨嗟。

 それとも、それ以上の気持ちが自分にあるというのだろうか。

やたらと喜んでいる女中の様子に自分の心にもう一度問いかけたが生憎と判らなかった。

 たとえ、今この時一番会いたい相手が誰かと問われ、そしてあの男しか浮かばないのだとしても。コリンはそれを恋心と直結させることは無かった。


「コリンさま」

外出しようとしたところで家人がコリンを呼び止めた。

「なにか?」

「封書が届いてございます」

示されたそれをかるく見つめ、部屋においておくようにと頼んだ。

封書の端には赤いラインが引かれていた。ならば中身を見なくとも判っている。

――どうやら婚約者殿には恋人、愛人、そういったたぐいの女性がいるのは事実のようだ。

 ふっとコリンは口元を緩めた。

見た目どおりの相手では確かにないのかもしれない。


 外見に騙されるなどばかげている。

婚約者殿はもしかしたらコリンが思う程凡庸でもなければ面白みの無い男では無いのかもしれない。

夫とするに不足が無い程には。


「どうかなさいましたか?」

「叔父さまから何か知らせがあったら教えてください。わたくしは中央広場におりますから」

「わかりました」

 コリンは厨房でバスケットを受け取り、その中にアルミの水筒を入れて玄関から外に出た。

さっと明るい太陽の輝きが帽子のツバかの端から強く差し込み、コリンはまぶしさに瞳を細めた。このところ雲が多く重い気がしていたが、本日はまさに晴天――復讐日和。

 婚約者のことなど胸から追い出し、想うのは憎っくき白衣の青年のみ。

 胸の高鳴りを覚えながらコリンは一歩を踏み出した。


――こじんまりとした二階建てのレンガ造りの可愛らしい家から。



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