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遊戯  作者: たまさ。
フレリック・サフィア
16/72

その3

コリンが雑貨店に立ち寄れば、そこには白衣の青年がいた。

まるで示し合わせたように二人は顔を見合わせ、青年はびくんと身を弾かせ、慌てたように顔を赤らめた。

「あのっ、こんにちは」

コリンが先に告げた言葉に相手が応える。


名はフレリック――自称、錬金術師の弟子。


「ご主人は?」

 コリンは自分の中の動揺と、そしてじわりと滲む喜びを隠すように静かに問いかけた。

「いま、在庫を調べに倉庫に――あの、お茶、飲みますか?」

フレリックはすでに茶を飲んでいた。

コリンはしばらくその手元の茶を見つめ、淡々といった。

「入れなおしてさしあげます。冷めているようですから」

「あ、ぼく猫舌だからいいですよ」

慌ててフレリックが言うが、コリンはその口元に緩い笑みを浮かべてみせる。

「いいえ、是非」

毎日違う茶を出してくれる雑貨店の茶は、当然のように今日はまったく別の茶になっていた。もちろん、コリンが相手に飲ませたいのはそんな琥珀色で甘い香りをさせたものでは無い。

 どろりとして粉っぽく、後味が劇的に悪く、これを口にするだけでお茶好きの喜びをくじき、せっかくのお茶の時間をあっという間に暗黒に叩き込む謎のあの粉末だ

 コリンは鞄の中から小さなアルミ缶を取り出し、口元が自然と緩むのを感じた。

こんなに早く相手にこの茶を飲ませられるとは思っていなかった。今日はきっといろいろと良い日に違いない。


「何のお茶ですか?」

「先日あなたが飲み忘れたお茶とおなじものです」

そして自分が二杯も飲まされた屈辱の茶だ。

 コリンはこれほど自分の中に喜びがあるとは思わなかった。激しく嬉しい――嬉々として新しく茶を入れる自分は今誰よりも輝いているといっても過言ではない。

「どうぞ」

 両手で捧げ持つようにしてにっこりと――そう、ウイセラなどが見れば、目を見張り卒倒するかもしれないというほどに綺麗な微笑みでお茶を差し出した。

 フレリックはその表情に一瞬見ほれ、顔を赤らめながら、おそるおそるというようにその茶を受け取った。


「おや、お嬢ちゃんも来ていたかね。丁度あんたから注文されていたものも届いてるよ?」

 その時、奥からやってきた店主が声を掛け、それを合図にするようにフレリックは慌てて立ち上がった。

「ありましたか?」

「やあ、それがちょっと在庫を切らしてるようだな。取り寄せだとしばらくかかると思うぞ?」

「そうですかぁ」

 フレリックは一旦茶をテーブル代わりの珈琲樽に置いたままカウンターまで行き、あれやこれやと店主と話しをしている。

 コリンはじっと未だ飲まれていない微妙な色合いの茶を眺めていた。


どろりとしたその粘度のある液体が、まるで極上のものにさえ見えるから不思議だ。


「じゃあそれと一緒に新しいフラスコとかも五つばかりお願いします。あと、この間受け取りに来た」

「ああ、忘れていったやつだな」

「それだけ今日はもって行きます」

二人のやり取りが聞こえてくる。やがて終わった商談と同時に、店主はコリンへと声を掛けた。

「お嬢ちゃんはこの間頼んでいったやつかい? 用意してあるよ」

「ありがとうございます。それと、今日はグリスを切らせておりましたので」

「ああ、楽器のヤツだね」

 やんわりと微笑む店主の言葉にうなずいたが、実際楽器の手入れではなく銃の手入れの為に使っているのだとは告げていない。

「お嬢ちゃんは熱心だね。今度是非演奏を聞かせておくれ」

 笑いながら店主が店内におかれているグリスを取る為にカウンターを出てくるが、コリンの視線は自然とフレリックへと向けられていた。

 フレリックは購入したばかりの商品を点検し、間違いがないことを確かめるように一つうなずくと振り返り、ギョッとしたようにコリンを見た。

――まるでコリンの存在を忘れていたかのように。

 びくりと肩を強張らせ、やがて困ったように微笑む。


「あの、コリンさんっ」

「なんでしょう?」

「え、あ、あの、どうしたらっ、えとっ」

――お茶なら適度に冷めておりますが。

そうせっつきたい気持ちをなんとかおしとどめた。

何事も焦ってはいけない。

得物は脅えさせるものではなく、甘く、誘うものだ。


「あした、明日っ正午に中央広場の噴水のところで待っていてくれませんか?」

「……?」

「ちょっと、あの、お話があります!」

 まるで宣誓するように声をあげ、もう我慢ならぬというようにがばりと頭を下げて青年は言った。

「それじゃあ!」

「――」

 ばたばたと慌しく出て行ってしまった青年を見送り、コリンは呆然とした。


「なんだいアレは」

 店主が呆れたように言いながら手の中でグリスの小瓶をもてあそんだが、コリンはそれどころではなかった。

 程よく冷めた茶がある。

珈琲樽の上にぽつねんと置かれた茶。

「お嬢ちゃん?」

「――」


 コリンは口元をゆっくりと引き結び、口をつけられなかった茶を手にした。

「この挑戦、受けてたちましょう」

 低く呟き、ぐいっと一気に不味い茶を飲み干しながら、コリンはわなわなと身を震わせた。


二度目。

二度目の屈辱だった。

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