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遊戯  作者: たまさ。
エイシェル・セイフェリング
13/72

その7

ふっとコリンの口元に笑みが浮かんだのは、招かれた場所が同じであったから。

それはつまり、会員制の喫茶室の一階席。日当たりの良いそこを指定したのにはおそらく大きな意味があるのだと思わせた。

判りやすい挑発。

――招待状を出したのが貴族の娘であること。そして、フレイマとコリンがこの店を利用したことを知っているということ。 


 給仕に示された席に座り、コリンは紅茶とケーキを注文した。

先日注文したものとは違うものを頼み、ゆっくりと味見をする。前回にも感じたが、この程度のケーキであればコリンの屋敷のパティシエの方が随分と腕は上だろう。

 会員制と銘打てば物見だかい客がつく。特権階級はそれだけでくらい付くのだからお安いものだ。

 ゆっくりとケーキを咀嚼していると、ふいに自らの前に影がさした。

コリンは動じることも無く顔をあげ、しかしそこにいたのが未だ少女と知るとさすがにこくりと喉を動かした。

「こんにちは」

「……こんにちは」

「あなたがあの人の新しい御人形かしら?」

くすりと少女は笑みを浮かべて見せた。


 愛らしいドレスは最新のものだ。

ぱっと見ただけでその仕立て先を推移し、コリンは相手が伯爵位よりは上――もしくはそれに比類するものだと判断した。

 首に掛かるネックレスは真珠と珊瑚を連ねたものだ。おそらく最北の海で取られる桃色珊瑚の薄い上物を使っている。

 明るい鳶色の髪を左右の頭の上で結い上げて、サテンのリボンで止めている。年齢は十ニ・三、その瞳は強い意思を持ってコリンと対峙し、口元に浮かぶ笑みは挑発的。

 コリンは微笑んだ。


「クライス・フレイマ様の恋人でいらっしゃる?」

「そうよ。いいえ、少し違うかしら? あたしはあの方の御人形なの」

くすりと意味深に笑みを浮かべる少女は小首を傾げてみせた。

「仲良くしてね?」

「さようでございますか」

コリンは淡々と返した。

――これはなんだろう。

 冷静に目の前の少女を見つめる。コリンにはこの娘がクライス・フレイマの――あの男爵家の次男の恋人とは到底思えない。

 何故なら、格が違う。

クライスに御しきれる少女ではないことがすぐに理解できる。その着用しているドレスも。持つ雰囲気も、放つ矜持も。

 男爵家の次男に人形呼ばわりされて黙っているタイプだとは思えない。

――それとも、恋というものはそれほどまでに人を盲目とさせるものなのか。


「なによ? 気に入らない?」

少女は動じないコリンに苛立つように言葉をぶつけてきた。

「いいえ。そのようなことはございません」

コリンは粛々とつげ、口元に作り物の笑みを貼り付けた。

「フレイマ様はきっと素敵な方なのだということが判りました」

「は?」

「あなたのような方を御人形にできるなんて素晴らしいことですわ」

 コリンは半分本気でそう告げた。

もし、本当にこの少女がクライスの恋人――愛人であるのであれば、それはむしろ称賛に値するだろう。どのような事態が発生してそのようなことになるのか、じっくりと問いただしてみたいものだが、果たして問いただして応えてくれるものだろうか。


――あなたの愛人は素晴らしい。

 世の夫というものは、愛人を称賛されれば愛人のことを妻に語ってくれるものだろうか。

 生憎と判断が難しい。


「結婚するのが楽しみになりました」

素直な感想を述べれば、目の前の少女がキッときつい眼差しを向けた。

「あなた、あたしを莫迦にしているの!?」

「いいえ? あなたを莫迦にするような要素はありません」

コリンは淡々と告げ、いつもどおり作り物の笑みを浮かべている。

「じゃあはっきりというわ! あの人と別れてちょうだい」

突きつけられた言葉に、コリンは瞳を瞬く。


「それはできかねます」

「なによっ」

「わたくしはあの方とお付き合いしておりませんから」

 コリンは正直に言った。

「わたくしはあの方と婚約する前提として現在おります。おそらくこのままでしたら問題なく結婚にいたるかとも思います。別れるも別れないもありません」

まだそのような段階ですらないのですから。

淡々と返すと、少女は立ち上がった。


「あなた、頭悪いのではないの!?」

「お静かになさったほうがよろしいですわよ?」

 声をあげた少女に、店の従業員達が慌しく近づいてくる。会員制の店で暴れるなど本来はもってのほかだ。

「申し訳ございませんが……」

と声を掛けてくる支配人に、少女はぎっと強い視線を向けて身を翻した。

「帰るわっ。車の手配をしなさいっ」

それを見送り、コリンは冷めてしまった茶をすすった。

「申し訳ありませんでした」

丁寧に詫びをいれてくる従業員に、コリンは静かな眼差しを向けて言った。

「次はアプリコット・ティとシナモンのケーキをお願いします」


せっかくなので味見を続けることにしたようだ。


***


 クっ、とアルファレスは喉の奥を鳴らした。

喫茶室の二階席で階下の様子を観察していたのはアルファレスとフレリックだった。エイシェルの付き添いで訪れたのだが、このぶんではエイシェルは先に一人で帰宅してしまうだろう。他の誰かを気遣うという心などもとより持ち合わせてはいない。

「なんとも豪胆な娘じゃないか」

「アルファレスさま」

「あのエイシーを簡単に撃退してしまったよ」

柵に身を預けて皮肉に笑みを落とす。

「なかなか(したた)かなことだね」

しかも当人はお茶のおかわりをしてのほほんと過ごしている。今頃はエイシェルの癇癪が激しく炸裂していることだろう。


「フレリック、君本当にあの子を落とせる?」

「……自信はあまりないですけど」

「期待しているよ? どうやら幼女の愛人程度ではあの人は動じないみたいだからね。できればクロレアにはおとなしく静観していて欲しいんだよ。あの人はあとが面倒臭いからね」

「はぁ……」

「悪いね。ぼくも相当悪食だけどさ――ああいう金にものを言わすタイプは虫唾が走る」

――金どころか権力にものを言わす人が何を言うのか、とフレリックは内心で思ったものだが口にはしなかった。

「あの、アルファレスさま」

「なんだい?」

「今回のこの遊戯(ゲーム)なんですけど、男爵子息と知り合いなんですか?」

フレリックが尋ねると、アルファレスはゆっくりと首を振った。

「いいや?」

「――どうしてこんな話しが?」

「ただの気まぐれさ。いつだってそうだろう?――なんだい、怖気づいたのかい?」

ククっと喉を震わせて笑い、アルファレスは自分の前髪をかきあげた。

「ただね、今回はとても怒ってるんだよ」

アルファレスはふいにその瞳に真剣な色を宿した。

「たかが商人如きに舐められるなんて我慢できないね」

「――」

「ふふ、あの生意気そうな顔を泣かせてみたいと思わないかい?

下らない矜持だとか叩き潰して、あのお綺麗な顔をぐちゃぐちゃにしたら、さぞ溜飲が下がりそうだ。 凄く楽しそうだと思わないかい? ね、フレリック」

にっこりと微笑む青年に、フレリックは小刻みに震える手を握りこんだ。


――できる限り自分の手でこの縁談を破綻させよう。

フレリックはうつむいて小さく身を震わせた。



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