その6
届いた手紙は二通だった。
そのどちらも、コリンにとって意味合いの深いものだ。
一通は薄藍のもので蝋封に封書の右下にはエンボス加工でRの文字。それはコリンにとって本来隣にいるべき相手のもので、コリンは珍しく瞳を和ませてその内容を楽しんだ。
コリンの身を案じる内容に、自分の任務が着実に遂行されているということ。戻る日数が早まる目算であるという事実。そして、変わらぬ忠誠を示す言葉で占められる。
もう一通も彼女にとっては大事な手紙ではあったが、コリンはさらりと流し読みするだけで無表情にリーフを封筒の中に戻したところで、ノックの音と共にウイセラが入室した。
「応えくらい待つものですわよ、叔父さま」
「オレとコリンの仲じゃないか」
「それは親類という意味ですか?」
「……まあ、そうだけどね」
ウイセラは肩をすくめてコリンの座る席の反対側に無遠慮に座り、長い足を組んだ。椅子に座る時にも相手の許しを得ない無作法な振る舞いだが、コリンはそれを咎めるのはあきらめていた。
ウイセラはテーブルの上に置かれている二通の封筒と、そしてその脇に置かれている小さな銀のケースに目を留めた。
「何だい?」
「お茶が入っております」
「へぇ、小さなケースだね? 持ち運び用かい?」
「ええ――どこで再会しても良いように」
ぼそりと言われた言葉の意味がつかめず、ウイセラは首をかしげた。
「美味しいのかな」
「お飲みになりますか?」
「いただけるならね」
ウイセラが機嫌良く言う言葉に、コリンはちらりと控えている使用人へと視線を向けた。
心得た様子で下がり、茶の準備をしていく。
しかし、彼女が用意したのは一人分のお茶だけだった。
「コリンは飲まないのか?」
「わたくしは結構です」
平坦な口調で言うコリンに微笑み返し、ウイセラは「では」とその茶の香りを軽く吸い込んだ。
「馴染みの無い香りだね。お茶の色も琥珀じゃないようだし」
「そうですわね」
「――」
すっとそれに口をつけ、ウイセラはしばらく固まった。
「……えっと、また変わった感じの味だね? なんというか、とろっとしているというか、んんん?」
とろっとしているというよりは、どろりとしている。
口の中には粉っぽい味がこびりつき、その後味はまさに――微妙。コリンはもう過去に二度もそれを経験している為、伯父が現在どのような状況におかれているのかは判りすぎる程に推察できた。
「出されたものはきちんと召し上がるのが礼儀ですよ」
コリンは単調に言い切り、先ほどまで手にしていた封筒を手にとり木箱の中に収めた。
「ウィニシュからかい?」
「いいえ。あの子は必要なこといがい手紙などよこしませんわ。無駄だということらしいです」
弟から手紙が来るとすれば、仕事上の書類と混じってのことだ。それも必ず便箋で一枚と定められている。その一枚の中に笑ってしまうほどびっしりと細かい文字が書かれているのだから、ウィニシュは面白いとコリンなどは思うのだ。
激しく性格をかえてしまった弟ではあるが、時折垣間見せるそういった行動は、根底にきちんと姉への家族愛をみせていた。
「では、それは君の悪魔からの報告書?」
嘲る口調にうんざりとしながら、コリンは一応訂正した。
「リアンを悪魔と言うのはお止め下さい」
「では犬だ。このところ主の前にいない馬鹿犬だが。あれが近くにいないと落ち着かない。私の部下を護衛におこうか?」
「近くにいても落ち着かないとおっしゃるのに、いなくても不平をおっしゃるのですね。リアンがいないのは商談の為です。私が行けと命じたのですから口をお出しにならないで下さい」
半ばうんざりとしながら言いつつ、その実この叔父とリアンとは結構仲がいいのではないかと思う。喧嘩仲間がいないと落ち着かないというところだろうか。
実際に二人が顔を合わせていると喧嘩にもならないのだが。
――今と同じく、ウイセラが一方的にリアンを嫌っているだけなのだから。
「ではその手紙は?」
「フレイマ様の――わたくしの婚約者様の恋人という方からの御手紙です」
「は?」
「わたくしと会って話しがしたいということです」
淡々と言われる言葉に、ウイセラは瞳を見開いた。
「なんてことだろう! まったく酷い話だ。当然行かなくて良いからね。こんな話しは即刻断るべきだよ、コリン」
ウイセラが断る、というのは婚約のことだろう。
コリンは小首をかしげて叔父を見た。
「会ってお話がしたいそうですわよ?」
「どんな話しをするって? まったくくだらないねっ」
「そうですか? 有意義な会談になるのではないかと思いますが」
静かに言う娘に、ウイセラはゆっくりと首を振った。
「行くつもりなのか?」
「御招きには参じます。わたくしはしがない商人の娘ですから――それに、話というものにたいへん興味がございます」
「コリン……こんな婚約話、さっさと断ってしまえばいい」
信じられないと嘆く叔父を見つめ、コリンは首をかしげた。
「わたくしはまだ何もしておりませんのよ、叔父さま?」
「……」
「あちらの手札が見られるのであれば喜んで参ります。せっかくの機会ではありませんか」
コリンの口元にうっすらと笑みが浮かんだ。
「まだ、何もはじまっておりませんわ」
「――」
ウイセラは天井を見上げ、額に手を当てた。
「君は……アレの娘だね」
「当然です。わたくしはクローバイエの娘ですわ」
体勢を整えなおし、ウイセラはすっと手を伸ばしてコリンの髪を一筋すくいとると自らの指に絡めた。
「いいや、違う」
「叔父さま?」
「君はクローバイエではないよ。その性質はうちの――ハディントの家のものだ」
くすくすと笑いながら、その髪にそっと口付けた。
「姉さんそっくりだ」
それはウイセラの最上級の称賛だった。