その5
コリン・クローバイエには弟がいる。
その名はウィニシュ・クローバイエ。
コリンと同じ蜂蜜色の癖毛に翡翠の瞳を持つ実に愛らしい容貌の少年だ。その背に羽が生えていないことが不思議な程だともてはやされる美少年だった。
寄宿学校に入る前はそれはそれは愛らしくコリンのスカートの後ろに張り付き、姉さん姉さんと甘えていたものだが、寄宿学校を中途退学した彼は――まったくの別人に成り果てていた。
甘ったれのウィニシュは思い返せば垂れ目でさえあったように感じるのに、現状の彼ときたら逆につりあがってしまったようにすら見えるのだ。
あまりの変わりようにコリンが寄宿学校で何があったのかと尋ねたら、彼はにっこりと生来の天使のような微笑みを浮かべて応えた。
「姉さんは真実と虚構とどちらがすきだい?」
二度と言うなという意味合いに、コリンは大人になったのだろうと勝手な解釈をすることにした。
「あんたはわざわざオレやウィニシュがいない時にコリンの婚約話なんぞを決めたのか」
重厚な一枚板で作られた執務机に向かうセヴァランを前に、今は一般的なシャツにスラックス、ベストという様相のウイセラは眉間に皺を刻んで机を叩いた。
だんっと乱暴な音が室内に響き、机の上に置かれているカップが小さく音をさせて一瞬だけ浮き上がった。
「わざわざではないさ。たまたまだ」
ゆらゆらと揺れる紅茶の表面を気に掛けながらセヴァランは苦い思いで口にした。
この面倒臭い義弟がいない時を選んだ覚えはない。ただ、いないことに安堵していたことは認めよう。むしろ数年居なくてもいいが、放置していてもこの男は戻ってくるのだ。
彼の姉に良く似たコリンが居る限り。
コリンが嫁に行けばこの男もそちらに行くかもしれないと思えば、ほっとする反面婚姻相手が不憫に思える程だ。
どれだけ苦情を向けたとしても、この男はコリンの元に入り浸るだろう。はた迷惑な家族愛という名のもとに。
「たまたま? たまたまオレがいない時に? ウィニシュまでいない時に? ついでにいえばアイリッサまでいない時に!」
自らの妻の名前まで出して怒声を浴びせる義弟に、セヴァランは淡々としたものだ。
「おまえたちが揃っていない時など良くあることだ」
「この鬼畜が」
忌々しいというように吐き捨てられた言葉に、セヴァランは嘆息して視線をあげた。
「それにこの婚約はまだ確定していない。
私はあの子には自らの意思で相手を定めるようにと告げてある。決めるのはあの子であって私ではないよ」
「――」
「息子の婚姻に夢は見れない。せめてあの子の婚姻くらい夢があっていいとは思っている」
父親の悲哀のような溜息に、ウイセラは顔をしかめた。
「ウィニシュのアレは、本気なのか?」
「……しごく本気なのだろうね。あの子らしいといえばそうなのだが……」
大の大人が二人、視線を合わせて顔をしかめあった。
――不細工がいい。
それが、彼の愛らしい息子が婚姻相手に求めるものだった。
子供の頃は「姉様と結婚する」と言っていた少年は、寄宿学校を放校になった後はその考えをがらりとかえてしまったようだ。
「美人は矜持が高いし金を使う。不細工で謙虚な女で金持ちの娘。売れ残りの三十代くらいが理想。家の荷物になりすぎててさっさと片付けたくて持参金を山とつけてくれそうだから」
ケッと言い切った息子の言葉は、父親はおろか伯父にも絶望を与えた。
確かに、商人としてその言葉はある意味立派だ。天晴れだと褒めてやってもいい。だが、自分の結婚に対してそんな台詞を言うには早すぎる。
ウィニシュはまだまだ十代の半ばなのだから。
「姉さんと結婚する。姉さんをお嫁さんにするの」と愛らしく頬を染めていた少年はそこにはいなかった。
それに対して彼の姉と言えば「合理的」と呟いただけだった。
「とにかく、この婚姻に関してオレは反対だ。相手の素行を調べたのか? おかしなサロンに出入りしたり、女の影だってあるぞ」
「そこを全て判断するのはコリンだよ。あの子には考える頭がある。そしてあの子は自らの考えでもって決断ができる娘だ」
「断るのが前提なのか?」
その冷ややかなものいいに、セヴァランはぎしりと音をさせて背もたれに背中を預けた。
「いいや。真実を見極め、自分で決断する――それは大事なことだよ、ウイセラ」
口の端に微笑を湛えた男は、挑むように問いかけた。
「そもそも、彼はどこでコリン・クローバイエを知ったのだろうね?」