世界の断片②
今回はケイトとリコの話です。
では本編へどうぞ
月夜が照らすネバルゲ村の裏通りをリコ達は歩いていた。
リコの頭上には欠伸を漏らし眠そうなルーリ。
その横にはラリムを連れたレアラが歩いている。
「リコ・・・分からない事だらけで・・・すまなかったな・・・」
「んー?気にしないわ。世の中わからない事だらけなのよ?
分からないから不機嫌になるギルダさんの方が子供なのよ。
それよりも、事態はメイアスに留まらない以上、他の里に住む巫女との連携は大事になってきそうね」
「すぐに連絡取れるのか?」
「それは無理。言いたくないけれど、私は水の里周辺しか出歩いた経験がないの。
里長なら里同士の会議が極稀にあるから行った事あるだろうけどね。
相手の位置が分からなければ水鳥も飛ばせないの」
「そ・・・そうか」
「そんなに落ち込まないで。まだ全てが終わったわけじゃないわ。
なんとかしなきゃね?
それより、ラドナ王国の話聞かせてよ」
「童の国か?」
笑顔で頷くリコにレアラは戸惑いつつも恥ずかしそうな表情で口を開いた。
「童の国は花畑が多いんじゃ。色々な花からでる香りが国中に広がり、
虫や動物達がそこに集まっては楽しそうに遊び回るんじゃよ。
もちろん精霊達も。
ラドナに住む国民は裕福な暮らしをしてはおらぬが、
それでも自然と共存しているとても良い場所なんじゃ。
リコならわかるじゃろ?」
「ふふ。そんなに一生懸命語らなくてもわかるよ。
私の里、水の里も沢山の木々と綺麗な小川、
それに美味しい食べ物があって動物も人間も貧しいながらも一生懸命生きている。
木の実の味だけは何処の場所にも負けないつもりだよ?」
興味津々の様子で見上げてくるレアラの頭にリコは優しく手を置き、
小さい子を諭す様に語りかけた。
「それに、レアラがちゃんと自分の目と鼻に自分の故郷を覚えているのなら、
それはちゃんと元通りになる道標となる。
そう思わない?」
レアラは目元に涙を浮かべて何度も小さく頷いていた。
雲がかかった月が真上を少し廻った頃、
リコは妙な気配を覚え木製のベッドで目を覚ました。
左を向けばルーリが気持ちよく寝息をたて、右を向けばベッドでレアラがタオルを御腹にかけて眠っている。
レアラのベッド下では体を丸めて眠るラリムの姿もあった。
(気のせい・・・?)
リコは再度目を瞑ったが、今度ははっきりと棒を強く振った後の風がぶれる音が聞こえた気がした。
(気のせいじゃない・・・。誰か居る・・・)
静かに体を起したリコはベッドから降りると忍び足で小屋の出入り口へと身を寄せていく。
そして戸に耳を当て外の音と気配を探るかの様に聞き耳を立てた。
(近くじゃない・・・。誰・・・?)
外へ気を向けているとリコは自分の背中に誰かの視線を感じた。
すぐさま振り向けばラリムがじっとこちらを見ていた。
「くぅぅーん・・・」
「ラリムか・・・脅かさないでくれ。あ、
そうだ、少し外の様子を見てくる。レアラとルーリをお願いね」
言葉が通じたのかラリムは小さく鳴き、
リコはそっと戸を開けると険しい表情で外へ出て行った。
ネバルゲ村の入り口でケイトは額に汗を浮かべて何度も木剣を振り下ろしていた。
「体の方はもう大丈夫なの?」
月夜に照らされながらリコが歩いてくる。
「リコ・・・。体はもう平気だ。リコの方こそどうしたんだ?」
「誰かがうるさいから見に来たの」
嫌味を含んだリコの言葉に対してケイトは嬉しそうな表情を見せた。
これが普段の二人の会話なのだろう。
「少し見てて良い?」
「あ、ああ。俺の剣見てても退屈だと思うけど」
「退屈じゃないと眠気も来ないでしょ?」
「へいへい」
ケイトは黙々と剣を振りリコはその様子をじっと見つめる。
「里にいた時となんら変わらないわね」
「ん?ああ。そうだな。俺はリコから剣を教わってたしな」
「頭の中も変わってないみたいだし」
リコに言われ頭に手を当て首を傾げるケイト。
「まあ、頭の中は変わらなくて良いと俺は思う。
むしろ、変わりたくねえ。大事なもの沢山詰まってるからな」
「そっちの意味じゃないわよ。ほんとにバカね・・・」
リコは突然「少しだけ手伝うわ」と言うと、
近くに用意された箱の中から木剣を取り出しケイトへ向けた。
「本気じゃないわ。流れを汲んだ打ち合いよ。いくわ!」
「お、おう!」
リコの繰り出す剣に力は無い。それでも、暗闇に乗じた剣先は鋭くケイトの脚腰へとぴたりと止まる。
「あせりは精神状態を狂わせる。いつでも相手の目を見なさい。
相手の目が鋭く見える様に、相手も同じ事をケイトに感じているのよ。
眼の力で負けないで」
ケイトの眼光が鋭くなるとリコもそれを合図に木剣を動かし振るい、
木剣同士がぶつかり合う音が闇夜に響いた。
しばらくして、リコとケイトは馬小屋近くの木を軸として反対側に座り、
雲の合間から見える星々を見上げた。
時折風がふくのかリコの髪が肩越しになびく。
そんなリコへ唐突にケイトが話しかけた。
「明日朝早いんだよな?」
「ん?うん」
「寝なくて良いのか?」
「風が気持ち良いからもう少し此処にいる。
戻りたければ戻って構わないわよ?」
「いいや。俺も此処にいる」
ケイトの言葉にリコは素っ気無く「そう」と応える。
二人の間に静かな時だけが流れていく。
しばらくしてリコも唐突に口を開いた。
「ケイトはどうして守護人になろうと思ったの?」
「・・・」
返事がない事からリコは眠ってしまったと思ったのか振り向くと、
ケイトはそのタイミングで言葉を返してきた。
「リコが好きだからだな・・・うん」
中々返事をして来なかったケイトにリコは呆れた表情で溜息を漏らす。
「どうして中々返事してくれなかったの?一瞬眠ったのかと思ったわよ?」
「すまん。何で守護人になったか考えてたんだ」
「え?何?ケイトはあれだけ”リコには俺が必要だ”とか言っておいて、
今考えてたですって?!」
「あ、違う違う」
「違うって何が違うのよ?」
不機嫌そうな表情でケイトを睨みつけるリコ。
「リコの守護人になりたいって理由は山程あって、
良く考えたらそれってリコが好きじゃんって思っただけ」
「あ・・・っそ・・・」
リコはケイトの応えに釈然としないのか、不服そうな表情で元の位置へと体を戻した。
「私は言っておくけど、そんな感情は一切持ち合わせないわよ。
私は大切な人と里の人達を守るだけで精一杯だし」
「わかってる」
「大切な人達を守るために守護人を踏み台にするわよ?」
「すきにしろよ」
「使えなくなったら切り捨てるわよ?」
「そうしろよ」
「絶対に死ぬんじゃないわよ」
「勝手にし・・・ん?・・・絶対に死なねえよ」
ケイトの言葉を最後にリコは立ち上がった。
「私はもう寝るわ。ケイトも程ほどにね・・・」
「ああ。お休み」
ケイトは遠ざかって行くリコの背中から、小さな声で「ありがとう」と聞こえた気がした。
「起きるでしゅ!ケイト様!」
聞きなれた声で目を覚ませば、日の出前なのか空は青いがネバルゲ村自体はまだ薄暗い。
「ルーリ・・・おはよう・・・」
「ケイト様こんな所で寝てると風邪引いてしまうでしゅよ?」
目の前でパタパタと羽を揺らすルーリに言われ、
覚醒しない頭で周囲を見渡せば自分が馬小屋近くの木に寄り添って眠ってしまったのだと理解した。
「何時の間にか眠ったらしい・・・。ん?このタオル、ルーリか?」
自分自身の体を包む様に羽織られたタオルをじっと見つめるケイトに問われ「ほえ?」と首を傾げるルーリ。
「いや、それより何か用事あったんだろ?」
「あ、はいでしゅ。リコ様がセリス様達を連れて広場に来る様にとの事でしゅ。
もう間もなく出発すると思われましゅ」
「あ!やべ!そうだった!」
ルーリに言われタオルと木剣片手に慌てた様子で馬小屋へ駆け込むケイト。
そこにはリコが乗ってきたセリスとケイトが乗ってきた馬を含めて合計4頭の馬が居た。
「あ、ギルダさんとレアラの分か。一度に4頭はちょっとな・・・2回に分けるか」
「リコ様の話では、2頭を馬車にするらしいでしゅよ?
荷物いっぱいあるって言ってたでしゅ」
「なるほど。そんじゃあ、先にこっちの2頭を連れて行くか」
ケイトがルーリと共に馬を連れてリコのいる小屋移動すると、
入り口の戸の前には馬が居ない荷馬車が置かれており、中を覗き込めば荷物が整理され既に乗せられていた。
荷馬車は木製で荷物を載せた後でも5人は乗れるスペースが確保されており、
側壁と日除けの為の屋根は最近取り付けられたのだろう、真新しい木色をしていた。
(これリコ達がつくったのか?っていうか・・・・怒られるな・・・)
どうやってリコの怒声から免れようか思案しながら小屋へと覗き込むケイト。
その足元では一緒になって中を覗きこむルーリの姿。
小屋の中ではガス灯の光を頼りにリコとレアラが何かの作業をしているのが窺えた。
「ケイト起きたかの?」
「さあ、どうかしらね。あ、そっちの干し物まだ生乾きだから包まないでね」
「うむ。心得ておる。こっちはどうじゃ?」
「それもまだね。粉物はもう荷馬車に積んで良いわ。ケイトが着たら馬を荷馬車に付ける様頼んでくれる?
中の事は私やるから」
「了解した。じゃ、積んでくる・・・ん?ケイトとルーリは何しておるのじゃ?そんな所で」
そっと覗き込んでいたのがレアラに見つかるとケイトは罰が悪そうな表情で姿を現し、
その足元では突然動かれたせいだろうかルーリが後ろへとコロコロと転がるのが見えた。
「すまん。遅れちまった・・・」
「もう体は平気かの?」
「ん?ああ。何か手伝う事あるか?」
レアラと話しつつもリコからいつ怒声が飛んでくるかとちらちら視線を向けるケイト。
しかし、リコは何も言わず黙々と作業をしている。
「ほらほら。お仕事お仕事。ケイトは一緒に荷馬車に馬付けるんじゃ」
「お、おい・・・」
戸惑いつつも強引に小屋から押し出されるケイトの後姿に、
首を傾げたまま見送ったルーリはリコの正面へとふわふわ飛んでいく。
「リコ様、ケイト様を呼んできたでしゅよ。
他に何か手伝う事ありま・・・って・・・リコ様?」
そこには苛立った表情で作業を進めながら愚痴を漏らすリコの姿があった。
「あれ程朝早いからって言っておいたのに、どうして寝坊するかなぁ・・・。
ルーリもそう思うでしょ?」
「あ、え・・・その・・・」
「それに、修行するのは良いわよ?でもやりすぎて体壊したら何もならないじゃない。
その間に魔物と遭遇したら?一番先に死ぬわよ?それだけじゃないわ・・・」
「あの・・・リコ様」
「ん?何?」
「どうしてそれをケイト様に言わなかったんでしゅか?」
ルーリの純真無垢な表情で問いかけられたリコは言葉に詰まってしまった。
「そ・・・それは・・・、まだ寝惚けた様な顔をしてたからよ。
起きたばかりじゃ頭に入るものも入らないでしょ?」
「・・・確かにそうでしゅね。後で言っておきましゅか?」
(あれ・・・さっきケイト様の顔見てない様な・・・気のせい・・・でしゅかね・・・)
「いいわ。自分で言うから。それより、昨日レアラが話してくれた事をケイトと一緒に聞いておいてくれる?
そう、レアラに伝えれば分かると思うから」
「了解したでしゅ。では早速行ってくるでしゅよ」
ルーリは何処で見習ったのか眼前に肘を付け、
敬礼の様なポーズで可愛く返事をすると既に開いている戸から外へと出て行った。
それと入れ替わる用にギルダが小屋へと入ってくる。
「言わない優しさもあるが、ケイトにとってはリコに言われる方が為になるんだぜ?」
「また盗み聞きですか?」
「人聞き悪いな。世の中には偶然っていううまーい言葉があるんだ。知っとけ」
「はいはい。そういう事にしておきますよ」
リコは突然真剣な表情を浮かべると、「それより」と言葉を付け足した。
「私が頼んだ物はできそうですか?」
「できるも何も、未だかつてそんな事やった実例がねえそうだ。
まあ、そらそうだろうな・・・。そんな巫女がいたら巫女と言えるかどうかも怪しい所だ」
ギルダの言葉に強く反発するかの様に「それでも・・・」
と言い放ったリコの拳は強く握られていた。
――― 今からリコとケイトが決闘した数時間後にまで時間は遡る ―――
ギルダはネバルゲ村の外郭と小屋の間にて生まれる日陰で横になり気持ち良さそうに眠っていた。
そこへリコが肩で息をしながら姿を現す。
「こんな所にいたんですね」
「ん?リコか・・・。どうした?愛の告白ならお断りだぞ?」
「はぁ!?殺しますよ?!」
「殺されるのは簡便だな。で、何の様だ?俺は忙しいぞ」
「全然忙しそうに見えませんけどね。まあ、いいんですけど。
それより、少しお願いと言うか・・・相談というか・・・」
「ほう、俺の事を好いてない奴がお願いね。
訳ありか。とりあえず聞くだけ聞いてやる」
ギルダの見下す様な言い方に、、
プライドの高いリコは笑顔でお礼を言う傍ら若干表情が引きつっていた。
しかし、リコの話が進む毎に表情を引きつらせたのはギルダも同じだった。
「またとんでもない事を言う巫女がいたもんだな。
確かに理論上は出来なくない。だが、リスクが高すぎないか?」
「もちろん、その事も含めて考えました。
でも、今回は運良く被害者が出なかったけど、次止められる保証がない」
リコの言葉にギルダは困った表情で「まぁな・・・」と告げた。
「もし、ギルダさんが無理なら他の人をあたります」
「まあ、待てって。この俺に出来ない事はねえ。っていうのがポリシーなんだ。
それを、たった小娘の頼み一つ聞いてやれないっていうのはどうにも俺のポリシーに反する。
とりあえず、知り合いに聞いてやる。腕が良い鍛冶師が一人いるんだ」
「無理言ってすみません・・・」
「ったく、本当にすみませんって思ってるのかよ・・・。
つか、こんなお願い普通の人にするなよ。馬鹿か?って追い返されるのが落ちだ」
「やっぱりギルダさんは普通の人じゃないんですね」
「何で話がそこで落ち着くんだ・・・。
まあ、こう言っちゃなんだが・・・俺の身近には死に急ぐ輩が多くて困る」
「フィレーネさんですね」
リコの言った言葉が図星だったのか、ギルダはやれやれと言わんばかりに頭を掻いた。
「あいつは周りの事あんまし考えんからな・・・鈍いというか・・・。
あいつが死に急げば、周りの奴らも増長されちまう。
困った奴らが多いんだ12番隊はな。
他の隊にはすぐに逃げ出す奴多いんだが・・・。それも見習って良いとは思えねえけど」
「その手綱を握っているのがソフィアさん」
「良く分かってるな。
まあ、話は逸れたが、この事は誰にも知られない方がいいんだよな?」
「ええ。厳守でお願いします」
リコはちゃんとギルダに釘を刺すと何事も無かったかの様に戻って行った。
その後ろ姿を見ながらギルダは一息漏らした。
「あの二人を見てると痛々しいな・・・ったく。
昔見た本と一緒だな・・・”無知なる少年と先の見えた少女”か」
――― 時は元に戻りリコの小屋 ―――
ギルダはそんなリコを横目に近くの椅子へと腰掛けた。
「まあ、あれから数日たった・・・がその様子じゃ意志は変わってないか」
「愚問です。それより、取りに来たんでしょ?」
「まあな」
「もうじきレアラ達が戻って来ちゃうんですぐにやりましょ」
リコは早速とばかりに立ち上がり、
ギルダも重い腰を上げお互いに向かい合った。
「口実はギルダさんに任せますよ」
リコの言葉にギルダは「あいよ」と返事をすると、
背中から手の平サイズの酒瓶とナイフを取り出した。
「相変わらず背中には色々な物を仕込んでるんですね」
「覗くなよ?此処は俺のアイデンティティーなんだ」
「覗ける人はフィレーネさん位では?」
「誤解を招く様な発言すんな。黙って立ってろ」
ギルダは酒を口に含むとナイフに霧吹きかけた。
「良く聞けよ?俺の精霊を付着させるからしばらくは痛みがないはずだが、
その効果は数時間。その後は痛みで悶えるぞ。
菌が万が一入ったら熱も出る。その為の薬は作ってあるな?」
「大丈夫」
ギルダは「それじゃ・・・いくぞ」という掛け声と共に、
右腕に持ったナイフを振るった。
一方でレアラは馬小屋の前ででケイトとルーリ、それに膝の上にはラリムを抱え、
座り込みながら昨晩あった事を話していた。
「いや、リコからはレアラが皇女だっていうのは聞いてた。
半信半疑だったけどな。まあ、レアラが自分で言うなら本物なんだろうけど」
「私は薄々リコ様と同じ力を持っているのはなんとなく分かっておりましゅたよ」
「一応そういう訳じゃから・・・手伝ってほしいのじゃ」
「それは全然構わねえ。そもそも、このまま放っておけばメイアスがめちゃくちゃになるんだろ?
選択肢は一つだろうよ」
「そうでしゅよ!私も全力でお手伝いしましゅ!」
ルーリがムキになって意気込むと、ラリムは眼を輝かせてじっと見つめてきた。
その様子にビクっと体を震わせケイトの脚にしがみつくルーリ。
「お主等まだ仲良くなっておらんかったのか?
昨晩は一緒になって眠っておったのに?」
「あ、あれは・・・誤解でしゅ!眠ってたんじゃないでしゅ!
私が・・・疲れきって倒れてしまっただけでしゅ・・・」
後半部分を泣きそうな程弱々しく話すルーリの様子に、
自分の膝で体を丸めるラリムの頭に手を置き優しく叱咤するレアラ。
「ラリム、ルーリを追廻してはだめじゃと何度も言っておろう?
この場でちゃんと謝った方がラリムの為じゃとおもうぞ?」
「くぅぅ〜ん・・・」
反省の意図を表しているのか弱々しく鳴き、
じっと見上げてくるラリムをレアラは抱き上げ立たせた。
「ラリム、謝るのは童ではないぞ?ルーリに言うのじゃ」
レアラの意思を汲み取ったのか元気無く体をルーリの方へと振り向かせたラリムは、
頭を下げ小さな声で鳴いた。
その様子を見ていたルーリは知らない一面を見て考え方を改めたのか、
恐る恐るといった表情で地に足を着け口を開いた。
「ラリムさん、私の方こそごめんなさいでしゅ。
早合点してしまったみたいで・・・もう怖くないでしゅよ?・・・たぶん・・・」
「くぅぅ〜〜ん!」
ラリムは突然嬉しそうな表情で甲高い声を空に掲げると、
ルーリの体を包み込む様に素早く移動し座った。
状況が飲み込めないルーリは「え?え!?」と困惑するばかり。
その様子を見てレアラは微笑ましく笑いながら「やっぱりルーリの事好いておるな」と付け加える始末。
「もしかすると、ルーリの事を母親だと思っておるかもしれぬぞ?」
「えー!?私まだそんな年じゃないでしゅよ!?」
「冗談じゃ。でも、これで分かったと思うが、ラリムも言えばちゃんと応えてくれる。
ルーリならそれができると思うがの」
「え、そんな事言われましても困りましゅ・・・」
二人が話している傍らでケイトはそーっとラリムの神秘的に輝く背中へと手を伸ばしていく。
すると、ラリムは急に怒った表情で噛み付いてきた。
「うぉ!?」「グルルゥ!」「ひゃ!?」
突然の出来事にビクリと体を震わせるルーリの傍らで、
その様子を見ていたレアラは引きつった笑顔を浮かべていた。
「ケイトはラリムに好かれてない様じゃの・・・」
「何で!?俺もあのふわっふわに触りてぇ!」
「うーむ・・・なんと言ったら良いか・・・。
嫉妬という奴じゃろうな・・・たぶん。まあ、深く気にしない事じゃ」
「嫉妬って・・・。・・・嫉妬って何だ!?」
ケイトの言葉にがっくりと肩を落とすラリム。
「し、嫉妬を知らぬのか!?」
「聞いた事あるけど・・・、暑苦しいとかそんな感じだったろ?」
「いや・・・、まあ・・・どう説明したらいいのじゃ・・・」
腕を組み深く考え込むレアラを申し訳なさそうな表情で見つめるケイト。
そこへ、突然ケイト達に声がかかった。
「皆もう行くわよ?って座り込んで何してるの?」
聞きなれた声にケイトが振り向くと、そこには右眼から頭部にかけて白い布を巻いたリコが歩いてくる所だった。
それを見るなり慌てて立ち上がるケイト。
「お、おい、どうした!?」
ケイトのいきなりな行動にレアラとルーリも視線を移す。
そこには先程までと容姿が全然違い、痛々しい姿のリコが立っていた。
「ど、どうしたのじゃ!?」「リコしゃま!?」
リコへ駆け寄るケイト達。
「リコ、眼どうかしたのか!?」
「虫に刺されたみたい。大分晴れ上がっちゃってね」
「大丈夫なのかよ?」
「痛みはないし、薬も塗ったから大丈夫よ。
それより、話は済んだ?」
まるでこれ以上の追求を拒むかの様に淡々とレアラへ話を振るリコ。
「あ、うむ。全部話したぞ。二人とも快い返事をしてくれた」
「良かった。じゃ、セリス達連れて神殿へ向かおうか」
「あ、ああ。そうじゃの」
心配そうな表情でじっと見つめるレアラとルーリから視線を背ける様に馬小屋へと足を運ぶリコ。
その横ではケイトが「本当に大丈夫か?」と問いては言葉の反撃を受けている。
その後姿を神妙な面持ちでじっと見つめるレアラとルーリ。
二人の心では小さな不安がじわじわと音を立てて、
波紋の様に広がっていくのを感じていたのだった。
一同が広場に戻るとギルダは何食わぬ顔で荷馬車に寝そべっており、
それを見るなりレアラは「げっ」と嫌そうな表情を見せた。
その態度が自分に対する物だと自覚したのだろう。
ギルダもまた体を起すなり反論に出る。
「おいおい。人の姿見て一番先に出る言葉がそれか?
年上に対する礼儀もくそもあったもんじゃねえな」
「すまんな!童はお主を生理的に受け付けん様じゃ!」
「おーおー!言ってくれるな!このちびんこが!」
早速火花を散らす二人の間に困った表情で分け入るリコ。
「もー止めなさいって二人とも。
一緒に旅する仲間でしょ?」
「ふん!承知しておる!」
「突っかかって来たのはちびんこだ。
俺は何も悪くねえぞ」
二人の仲の悪さを堂々と見せ付けられたケイトとルーリは、
困惑気味な表情を浮かべざるをえなかった。
(この二人何でこんなに仲悪いんだ?)
(分からないでしゅ・・・喧嘩してる所見たの初めてでしゅよ?)
(俺もだ・・・)
「って痛っ!?」
突然声を荒らげ飛び跳ねるケイトに驚きつつも、
その足元へ視線を向けるルーリ。
そこにはケイトの脚へ思い切り噛み付いているラリムの姿があった。
「ケイト様!?」「痛ってぇって!離れろ!いや、離れてください!」
「もーあんた達も何やってるのよ・・・」
リコは呆れた表情でしゃがみこむと、興奮気味なラリムの頭を優しく撫で口元を軽く押さえた。
そして、そのまま抱き上げようとすると案外あっさり噛むのを止めた。
「ほら、大人しいでしょ?ケイト何したの?」
「何もしてねえよ」
「全く困った奴ね」
ラリムを抱き上げながら話しかけるリコの姿に、
ケイトとルーリの心情がやきもきしていた事をこの時、当の本人は知る由も無かった。
出発前に色々あったものの、
朝日が昇ってからになったが無事に5人と一匹はネバルゲ村を東に向かって出発した。
荷馬車の荷台にはリコとルーリそれからレアラとラリムが乗り込み、ケイトはその手綱を引いた。
その傍らではギルダが乗馬しながらセリスの手綱を引いている。
「眼痛むか?」
「ううん。平気だよ。それよりも、セリスに乗りたいかな」
「それは絶対だめじゃ!万が一落馬でもしたらどうするのじゃ!」
「そうだけど・・・魔物出たら・・・」
「魔物にはギルダをくれてやればいい。だから今はしっかり休むのじゃ。良いな?」
「う、うん。そうさせてもらおうかな・・・」
本来リコはセリスに乗馬する予定だったが、
片目では何かと危険が付きまとうという事をレアラ達から押し切られ荷馬車行きになっていた。
荒野には道という道が存在しない。
その為か荷馬車がたまに大きな石を踏むせいかリコ達の体がガクッと揺れた。
最近忙しかったのかそれとも荷馬車に揺られて気持ち良くなったのか、
リコ達は体を寄り添わせながらうとうとと眠り始めていた。
「神殿まで何日位で・・・って寝てるし・・・」
背後を振り返りながら眠っているリコ達を羨ましそうな表情でじっと見つめるケイト。
そんなケイトに気付いたのかギルダは荷馬車へと馬を近づけてきた。
「今は寝かせておいてやれ。こいつらお前の為に殆ど眠らず準備していたからな」
ギルダの言葉に複雑な表情を浮かべつつ「そう・・・でしたね」と呟くケイト。
そんなケイトにギルダは「そういやあ、渡すの忘れてた。今後はこの剣を使え」と言い、前振りなしで一つの剣を投げ渡した。
「ちょ、っっっとっとっと・・・」
慌てながらもケイトが受け止めた剣は鞘が黒く、
抜いてみれば剣先まで1メートル程の特に変わった特徴はない普通の剣だった。
「どうしてこれを?俺には短剣と魔剣がありますよ?」
「自覚がない様だから言っておくが、お前に短剣は向いてない。
しばらく見てたが振りも動作も大きかったからな。
それと、魔剣を今後使う事を禁止する」
「え?何故ですか?」
「お前は既に魔剣を使用して2度死にかけてる。
一度目は自覚があるだろ?」
「・・・あ。魔剣の刃が折れた時・・・ですね?」
「そうだ。魔剣についての知識はどれくらいある?」
ギルダに問われ「うーん」と唸り声を上げるものの、
改めて魔剣についての知識はほとんどない事を自覚したケイトだった。
そんなケイトに呆れつつもギルダは話を続けていく。
「しょうがねえ・・・説明してやる。
説明中に眠ったらぶん殴るからな。俺はリコ程甘くない」
「は、はい!?」
「良いか?魔剣っていうのはな普通の剣と違って意思を持ってる。
故に最強であり、最凶の剣なんだ。
その前に何故意思があるかを説明する」
それからギルダは魔剣が長い歳月を経た精霊石で出来ている事から、
そこには多くの精霊が託す思いが詰め込まれている事を説明された。
「つまりは、生き物ですよね?」
「そうなるな。故に悪意に満ちた面もまた多い。それが魔剣と言われる由縁だ。
元々剣は切ったり叩いたり、そういう行為をする為に作られた。
魔剣はその延長線上にあり、誰かを殺すという行為も又そうだ。
何千年と人の手を渡って来た魔剣が純粋な気持ちで人の手に渡る事はない。
それはなんとなくわかるだろ?」
「え、あ、はい。それだけ多く人が魔剣によって殺されてきたって事ですよね?」
「それもそうだが、少し違う。魔剣もまた持ち主を選別する為に殺してきたとしたらどうだ?」
ギルダの言葉に驚きと動揺を隠せないケイトは眼を見開き、
すぐさま自分の懐に納まっている魔剣を取り出した。
「魔剣が俺を殺そうとしたって事ですか?!」
「あくまで可能性という話だ。実際の所魔剣しかしらん事だしな。
そもそも口がないから聞こうにも聞けん」
それでも一つだけ言える事はある。魔剣が次に選んだのはお前だという事だ。
良くも悪くもな。普通抜いたら最後、正気の沙汰じゃいられん」
「俺どうすればいいんですか!?死ぬって事ですか!?」
「だから今は使うなと言ってるんだ。魔剣の鞘ができるまではな」
「・・・え?、鞘?」
「見れば分かるだろ。鞘ないだろ?」
「確かに・・・。元々魔剣はない物だとばかり・・・」
「何故ないのか知らんけど、鞘があれば魔剣の邪悪なる意思をある程度押さえ込む事ができる。
それからリコに返すなり、里へ戻すなりすればいい。
他の人に預けたり、手放したり勝手にするなよ?
拾った奴が死ぬかもしれん」
「・・・え〜!?俺は何て物を・・・」
「静かにしろ。アホ弟子。リコ達起きるだろうが」
ケイトはギルダに言われ後ろへ振り返るが、
身動ぎする程度で起きる気配はなさそうだった。
「ふー・・・。師匠の話はわかりました。この剣使わせてもらいます。
で・・・鞘はどれ位でできるんですか?」
「たぶん2週間程度?」
「2週間?!そんなに長く!?」
「あほ。今まで大事そうにそいつを抱えてたお前が言うな」
「それは・・・。ってそんな話聞いたら誰でも怖くなりますよ!?」
「まあな。つうわけで、真面目に運転してくれよ。
あんまり余所見してると大きな石に乗り上げ後ろから罵声が飛ぶぞ?」
「・・・わかりましたよ・・・もー・・・」
納得いかないといった表情を浮かべつつ視線を前へと戻すケイトを他所に、
少し距離を取るギルダもまた浮かない顔をしていた。
「あの様子じゃほんとに鞘の在処知らねえな・・・。
鞘と魔剣は基本紐で繋がれている様なものだ・・・誰が・・・一体何故・・・」
ギルダは眉に皺を寄せながら考えていると小声で「悪い癖だな」と言いながら、
呆れた様な表情へと顔色を変えたのだった。
ご愛読ありがとうございます。
次回46章でお会いしましょう。