世界の断片①
今回は話が中心です。
――― 場所は変わってネバルゲ村 ―――
夕日が射し込むネバルゲ村の広場では、
中央にて焚き火を燃やし、その傍らでは台の上にまな板を置いたリコとレアラが料理をしていた。
「今から作ろうとしてるのはうまいのか?」
「さあ、どうかしらね。ある材料で出来るものを作るしかないから、
完成してみないとわからないわ」
「ふむふむ。行き当たりばったりという奴じゃな」
「なんかちょっと傷付くなそれ・・・」
レアラの言葉にリコは表情を引きつらせつつも、
人参の皮を剥く作業の手は止めない。
「その人参変な形してるな。大丈夫か?」
「味は形じゃないのよ?中身で勝負」
「ふむふむ・・・なあ、リコ」
「何?」
「どうしてケイトを連れて行こうと思ったのじゃ?
結局リコの勝ちじゃったろ?」
「難しい質問よね。それ。
私自身が未だにうまく納得できてないもの」
「そうなのか?」
リコはレアラの問いに小さく「うん」と頷きながら切った野菜を鍋に移していく。
「私は私が嫌いでたまらない」
「え?」
「お父さんを好きになれない私が嫌い。
里を守れなかった私が嫌い。
だから、そんな私の事を好きだと言ってくれる人は好きになれないし、
信じる事もできない」
「童はリコが好きじゃ」
リコは真っ直ぐ自分の事を好きだと言うレアラに引きつった表情で「うん」と頷いた。
「ほんとじゃよ?」
「わかってるよ。ありがとう。
でもね、こういうのは理屈じゃないの。
私の中で消化不良起しちゃうんだ・・・。
苦しくて苦しくて、それでまた自分の事を嫌いになる」
リコの言葉にレアラは自分の事の様に悔しそうな表情を見せ、
その小さな頭の上にリコは優しく手を乗せた。
「それでもね、好きになりたいって気持ちはあるんだよ?それで今は納得してほしいな」
リコの笑顔に宿る瞳をじっと見上げるレアラは「わかった」と言って頷いた。
「リコはやっぱりケイトが好きなんじゃな」
「え、何でそうなるわけ!?」
「だって好きになりたい気持ちあるって言ったじゃろ?」
「それとこれとは違うの!」
「お前等何してんだ?」
突然声をかけられ、動きを止めたリコの両手にはじゃが芋が収まり、
その向かいに立つレアラの両手には人参が収まっていた。
その妙な光景をじっと見つめるギルダとボロボロ姿のケイトに、
急に気恥ずかしさが押し寄せたのか手を引っ込めるリコ。
「えーっと・・りょ・・・料理よ?見ればわ・・わかるでしょ?」
「うむ。童達は料理なるものをしていた」
「ふーん・・・。水の里には変な料理の仕方があるんだな・・・。ケイトちょっとこい」
「え?あ、はい」
広場の隅へとケイトを連れて行ったギルダは
小声で笑い始めた。
「ククク・・・あの間抜け面見たか?アホ丸出しだったぞ。あんな料理方法あるわけねーのによ」
「そ・・・そうですか・・?」
ケイトはギルダの悪意に満ちた声に耳を貸しつつ視線を後方へ向けると、
怒りを煮えたぎらせるリコとレアラの姿が見えていたのだった。
料理ができあがる頃には月が地上を明るく照らし、
雲が所々にあるものの合間を見ては星が顔を出していた。
そんな空の下で焚き火を囲う4人と2匹がいる。
「はい、ケイト」
「あ、ありがとう」
リコはケイトにお米の上へ野菜を煮込んだ物をかけたお皿を手渡すと、
自分の分もよそい丸太の上へ腰かけた。
レアラもまた同じ物をギルダへよそうと、
自分の物をよそい丸太の上へ腰掛ける。
「本当にこれ食えるのか?」
「なんじゃと〜!?なら食べなければ良かろう!返せ!」
「貰ったもんは俺のもんだ。返す義理はない!」
ギルダの言葉に悔しそうな表情を見せるレアラ。
その横では走りつかれたのかぐっすり眠りにつくラリムとルーリの姿があった。。
「それじゃ頂きましょうか」
「うん。もう童お腹ペコペコじゃ」
「このトカゲの肉うまいな・・・さすが俺が焼いた肉!
譲ちゃんも食ってみろ。ほれほれ」
「今こっちを食べてるのじゃ・・・って無理やり口に詰めるな〜!?」
リコの言葉に賛同し食べ始めるギルダとレアラの向かいで、
ケイトは笑顔のまま目元に涙を浮かべていた。
「ケ・・・ケイト!?どうしたの!?美味しく無かったか?」
リコの驚き様に気付いたギルダとレアラも手を止めケイトへと視線を向けた。
「わかんね・・・。わかんねえけど・・・涙とまんねえ・・・」
必死に涙を拭くケイトをじっと見ていたリコは、
口元に笑みを浮かべると口を開いた。
「それはきっと嬉しかったから・・・じゃないかな?」
リコの笑顔と言葉を聞いた瞬間、突然ケイトは目を見開き前のめりに倒れこんだ。
「お・・・おい!?」
リコはケイトをすぐに抱きとめ、
ケイトの膝に置かれた食事が乗った皿はレアラが落ちる寸前で受け取る。
「ぎりぎり間に合った・・・」
「飯の事になると動きが素早いな。普段もその身のこなしで頼むわ」
一々毒気を飛ばすギルダにレアラは皿を抱きかかえたまま忌々しそうな表情をし、
その横ではリコがケイトを心配そうに声をかけていた。
「ケイト?どうしたの?」
「大丈夫。眠ってるだけだ」
リコはギルダに言われケイトの口元へ手を当てると静かに寝息を立てていた。
その様子に胸を撫で下ろしたリコはケイトを自分の膝へと寝かせていく。
「張り詰めていた気が抜けたんだろ。たぶんな」
その様子を立ち見していたギルダは口を開き、
それに続く形でケイトのお皿を空いている丸太の上へと置いたレアラも渋々と言った表情で同意する。
「こやつに同意したくはないが恐らくそうじゃろ。
目覚めてから今までずっと何かに打ち込む様にギルダと訓練しておったしの」
そんな二人へ、リコはケイトの首にかけられた巫護の首飾りを神妙な面持ちで見つめながら口を開いた。
「きっとそれだけじゃない。ケイトは里でずっと一人だったの。友達って言える人もいなかったと思う。
それはケイトが闇の精霊を所持する者だから。
でも、最近は少しずつ変わってきたの・・・。
だから、本当はまだ悩んでる。これで良かったのか?って。
水の神殿にはあの武装した集団が十中八九いるし、あの少年もいる。
まだ引き返せるから・・・」
そんなリコへじっと見ていたギルダは溜息混じりに一呼吸終えると口を開いた。
「ケイトが選んだ道を否定するのはやめてやれ。
それはお前が一番しちゃいけない事だ。それに、
本当に強い奴っていうのはどれだけ困難で厳しい答えを選択しようとも、
それを自分の納得する形にするだけの力と心があるもんだ。
まあ、俺みたいにな」
「それは遠まわしに自分が最強だと言っておるのか?」
「あ、わかる?わかる奴にはわかっちゃうか」
自慢げに話すギルダを白々しいとばかりにジト目で見つめるレアラに、
リコは「そうかもね」と呟いた。
「え?リコ、何を言っておる。こんな奴が最強であってたまるかー!
世界の終わりじゃ!」
喚き散らすレアラにリコは笑いながら応えた。
「ううん。違う違う。私が言いたいのはそうじゃないわ。
私も自分の出した答えをもっと信じたいって事」
話し出すリコをじっと見つめる二人。
「だって・・・ケイトが私の出す答えを信じてるから・・・」
「童も信じてるぞ!3人で旅をする事がずっと正解じゃ!」
「3人って・・・俺は?」
「はぁ?お主はどちらさまでございますか?部外者はお断りじゃよ」
「てめぇ・・・このチビ!表へでろ!」
「チビって・・・今チビって言いおったな!?望むところじゃ!」
食事そっちのけでいがみ合い立ち上がろうとした二人に、
頬を小指で掻きながら困った表情を見せるリコ。
「二人とも少し静かにして。ケイトが目を覚ましちゃうわ」
「う・・うむ・・・」
リコの言葉にレアラが萎縮するとギルダは我関せずとばかりにそっぽを向いたのだった。
「レアラ、こんな時なんだけど・・・改めて聞いてもいいかな?
この世界で何が起こっているのかを」
焚き火が揺らめく中真剣な表情で見つめてくるリコに、
レアラは困った表情を見せた後俯いた。
「私は水生の宝玉を守らなきゃいけない。それにレアラの助けにもなりたい。その為には何が起きてるのか知る必要があるの。
それに、レアラが抱く巫女に対する強い思いの理由も気になるわ。
お願い。話せるだけでもいい。」
切実に語るリコとそれを聞くレアラの二人を尻目に、夜空の星を訝しげな表情で見上げるギルダ。
そんな中、レアラは重い口を開いた。
「童はステネイラ大陸から来たのじゃ。あの時の様子だと予想がついてたのじゃろ?」
レアラの問いに「ケイトが暴走した時だよね?」と問い返すリコ。
「えーっと・・予想ついてたわけじゃないけど・・・。
ただ、あの時は一刻の猶予も無い事態だったから・・・」
「え?では、あの時のいかにもらしい言葉は何だったんじゃ?!」
リコは明後日の方向を向きながら頬を小指で掻き、
「えーっと・・・」と濁すような言葉で言い繕った。
その素振りを見るなりレアラはがっくりと肩を落として頭を垂れた。
「書物でなら見た事あるのよ?ステネイラ大陸の事や神獣の事。
私は実際に神獣を見ちゃったから信じるに至ったけど。
でも、実際の所は何も知らないの。神話の話だと思ってたくらいだからね。
何か・・・悪い事しちゃったかな・・・」
「いいや・・・童こそすまぬ。知っていなくて当然なのじゃからの。
それでも、本当にステネイラ大陸は存在するのじゃ」
「うん。信じるよ。信じないとあの武装した人達が何処から来たのか一生分からないままになりそうだし。
何より、レアラが目の前に存在している事を疑う事になるしね」
リコの言葉を聞いた途端レアラは「ありがとう」と言い、
安堵した様なそれでいて嬉しそうな表情を見せた。
「それじゃ・・・今から話す事はステネイラ大陸中で童達ラドナ王国の王族のみにしか語られず、
決して他言してはならない話じゃ。それを話すという事は、童はそなた達を口封じの為に殺すか、
童を助けるかのどちらかしか道はない。・・・いや・・・むしろ童にこそ選択肢はないのかもしれぬが・・・」
「さっきも言ったよね。助けるって。だから誰にも話さない。
あ、後でケイトが起きたらそれは説明してもいいかな?
ケイトもレアラをこのままにしておくなんて事絶対にしないから」
「うん。ケイトは仲間じゃからの」
「今の言葉ケイトに聞かせてあげたいよ。
ケイトは友達って言える人いなかったからきっと泣いて喜ぶ」
レアラは頬に手をあて、リコの言葉に「そ・・・そうかの?」と照れ臭そうに応えた。
「それじゃ契約が成立って事で改めて聞かせてもらおうかな」
「うん。じゃが・・・」
レアラは言葉を濁しつつ、知らぬ存ぜぬと言いたげに立ちつくすギルダへと横目を向けた。
すると、わざとらしい振る舞いで親指をグッと立ててきた。
「俺の事は気にしなくていい。俺もレアラの仲間だ。存分に語ってくれて良い」
「・・・こやつが一番信用できんのじゃが・・・」
レアラが目を細めて疑う様な視線をギルダへと向けると、
リコは困った様な表情を浮かべた後に口を開いた。
「レアラ、ギルダさんにも協力前提で話を聞いてもらうのはどう?
疑わしいのは分かるけど、今はこの人の力も必要なのはレアラもわかっているはず」
「じゃが・・・、王家の秘密をこんな奴に・・・」
「こんな奴とは失礼なチビだな」
「ほら!またチビって言った!もーゆるせん!」
「まあまあ、レアラちょっと聞いて。
これならどう?話を堂々と聞いてもらってその管理もギルダさんに管理してもらうの。
情報の漏洩は全部ギルダさんの管理下に置くのね。
それなら情報が漏れたらギルダさんのせいにすればいい」
「いや、しかし・・・」
「それに、この人の事だからどんな事をしてでも絶対情報は手に入れるわよ?
だったら堂々と聞かせる上での条件を持って交渉テーブルに着く方が得だとおもうわ」
リコの言葉からレアラはギルダに殺されかけた事を思い出し表情を強張らせた。
「レアラ?だ・・・大丈夫?」
「う・・うむ・・・すまぬ・・・。どっちにしても童には選択肢がないという事か・・・」
不安げな表情を隠せないレアラに心配そうな視線を向けるリコ。
そんなリコをギルダは神妙な面持ちで見つめていた。
(リコか・・・中々鋭い・・・。
この俺が後手に回されるとはな・・・)
「ギルダさんもこの場所へ残された理由を話してもらえませんか?
隊を首になったと言うのはあくまで口実なのはわかってます。
薄々はわかりますが、できれば本人の口から内容を聞きたいです」
リコからの問い掛けにギルダは、やはり俺の番が廻ってきたかと言いたげな表情を見せた。
「フィレーネ隊長からの指示だ。”助力してやれ”とな。
俺の顔を見たくないってのが本音かもしれんけど。
他にもあるとすれば、譲ちゃんの監視だな。
一応皇女らしいがどうだかね」
ギルダの言葉にレアラは顔をしかめるものの、
それを知ってか知らずかリコは話を進めていく。
「わかりました。フィレーネさんが一枚噛んでくれてるなら十分信用度が高まります」
「俺ってどんだけ信用ないの!?」
「え?言っていいんですか!?」
「いや、もうそれ答えになってるから」
リコとギルダが話をしているとレアラは突然立ち上がり、
拳をぎゅっと強く握って真剣な眼差しをリコとギルダに向け頭を下げた。
「童はやはりギルダを信用できぬ。
じゃが、それ以上にリコの言葉を信用する・・・。
頼む・・・皆・・・力を貸してほしい・・・頼む!」
レアラの声は震えていた。
今までレアラは人から頭を下げられた事があっても頭を下げた事は無かった。
ましてや、それが皇女なのだから当然だとも言える。
そして、今回は付き合ってきた時間もそれ程長くなく信用できるとも限らない相手に、
王家に伝わる秘密を口にするというプレッシャーと責任がレアラの背中に圧し掛かる。
その重圧にじっと耐え頭を何度も下げながら頼み込むレアラを見て、
リコとギルダはそんな事を言わさせてしまった事への罪悪感を覚えた程だった。
「レアラ、もういいよ?ギルダさんも納得したし。そうよね?」
「んー・・・まあ。そんな感じだ」
どうも落ち着かない表情を見せるギルダを他所に、
リコはレアラを落ち着かせようと座らせ優しく声をかけた。
「それじゃ、本題に入りましょうか。レアラ、大丈夫?」
「あ、うん・・・そうじゃな。何処から話せば良いかの・・・」
「何処でも良いわ。わからない所は後で聞くから」
リコの言葉にレアラは小さく頷くと真剣な表情で話し始めた。
「まず初めに、ステネイラ大陸とメイアス大陸はこの大空にある結界を軸に繋がっておる。
そして、その秘密は王家の者しか知らぬし開ける事ができぬ。
なのにじゃ・・・どういう理由かわからぬが結界が解かれた・・・」
「譲ちゃんの親族しかいねえじゃねえか?」
「母上がそんな事するものか!」
ギルダを睨むレアラを他所にリコは間髪いれずに淡々と会話を進めていく。
「じゃあ、あの見知らぬ武装集団はやはりこの世界の者達じゃないのね?」
リコの言葉にレアラは神妙な面持ちで頷いた。
「あれは童の国に隣接するダージ王国の兵士じゃ。童の国を滅ぼし此処へ連れて来たのも・・・。
正直意味がわからない事だらけなのじゃ。
ステネイラにおいて神聖ラドナ王国は絶対に手を出してはならぬ国、
むしろ守るべき国であるのに突然躊躇無く攻めたんじゃ」
「守るべきっていうのはどういう意味で?」
「リコならば知っておろう。精霊や妖精は臆病の為、人間と馴れ合うという事をあまりしない。
あまりじゃないな・・・、ステネイラでは全くといって良いほど馴れ合わなくなったと言った方がいいかもしれぬ。
それは、技術の進歩や人間の貪欲さが精霊達は苦手じゃからじゃ」
レアラの話にリコは「技術の進歩?」と言いつつ首を傾げた。
「うまく理解できぬか。つまりは童達の世界では物に対する大切さを失っているという事じゃ。
物には精霊が住み着くじゃろ?」
「うん。そうね。何かを作る時も、何かを食べる時も必ずその物に感謝するわ。
そうじゃなければ人間は生きていけないし、生きていく資格がないもの」
「うむ。その通りじゃ。しかし、ステネイラでそう思う者は少ないのが現状じゃ。
目の前にある物は自分達人間が作った物。人間の物だから好きにして良い。
そういう考えと行動が蔓延し、精霊達はある場所へと追い込まれる結果となった。
それが童の国ラドナ王国なのじゃ。
人間と言うのはとても愚かじゃ。
自分達がやらなくても誰かがやるだろうと言う考えが、ラドナ王国のみを精霊と妖精が住む国として容認させているのじゃからな。
それでも少なからず精霊と妖精の事を考える人がおって、世間一般の目はラドナ王国を神聖なる国として崇めたのじゃ。
簡単に言えば奉りあげられた状態じゃな」
「成る程ね・・・」
「それも最早、後の祭りじゃがの。最終的に人間がその国さえも滅ぼしたのじゃから。
いずれ精霊も妖精もステネイラという地に住めなくなり姿を消すじゃろう・・・」
レアラは”姿を消す”とう言葉が自分の口から出た途端に表情を暗く落とし、
そこへギルダが割って入った。
「どうにも腑に落ちない点が多いな。今の話だけじゃラドナ王国が攻められる理由はない。
そもそも戦いが起こる火種が見つからん。分かったのは精霊や妖精がいなくなるという話だけだ」
「わかっておる。今話したのは童が知る現状じゃ。
そして、此処からは童の主観も入るが気付いた事を話す」
レアラの言葉にリコは深く頷く。
「ステネイラには多くの国があるが、国同士の戦いなぞ未だかつて一回も起こった事はなかった。
それはどの国の王様や魔術士も精霊や妖精が戦いを好まないとわかっていたからの。だから、何処に行っても平和だったのじゃ。
良い忘れておったが、ステネイラでは巫女の様な力を持つ者を魔術士と呼ぶのじゃ。
しかし、やはり国同士色々な面ですれ違いが起こる物。それは大きく分けて二つあった。
一つは、魔術士をどれだけ国が保持するかという事じゃ。
魔術士がいればそこへ精霊も自然と集まる。
それは即ち良い素材を国が保持する事ができると言う事じゃ。
二つ目は精霊が宿りし素材を使った物や道具でより高度な技術を生み出せるという点じゃ。
技術があればそれはそのまま国の力と成るからのう。
その二つが目に見える形で存在するからこそ、血で血を拭う戦いは起きる事は無かった。
どちらも精霊や妖精、それに魔術士の力なくしては向上する事が無かったからの」
「そんじゃあ、精霊や妖精がいらなくなる程の何かが出てきたって事か?」
ギルダの直接的な言葉にレアラはカッとなりすぐに言葉を返した。
「精霊や妖精がいらないじゃと!?そんな事はありえぬ!
精霊達がいなくなれば草木が朽ち、大地が痩せ細り、水は腐っていく。そんな場所で人間が住めるはずがない!
じゃが・・・実際にはそうなりかけていた・・・。
そのきっかけになったとされるのが夢魔石と言われておる」
リコとギルダの説明を続けてと言わんばかりの表情にレアラは言葉を続けていく。
「童達の国では夢魔石を使う者は一人としておらぬし実際に見たのは一度きりじゃ。
童が見たのは拳ほどの大きさで虹色の輝きを放っておった。
とてもキレイで心が吸い込まれる様な気持ちになったのが印象的だった上に、
聞いた話では持っていると幸福になり、魔術士の様な力を得られるという噂じゃ」
「また途方もない話になってきたな。
そんな石あるわけねーだろ。そもそもそんなのあれば戦いなんて起こるわけがねぇ」
ギルダの突っ込みをさらっと受け流し言葉を続けるレアラ。
「それが発見されたのが10年程前の話じゃ。そして、
夢魔石は噂と共にステネイラ中へと広まり、
技術の進歩は飛躍的に進歩した。
人間にとって悪い事は一つも無かったらしいからの。
だが、精霊達にとっては話が別じゃった。
需要と供給のバランスが崩れるきっかけになったんじゃからの」
「成る程・・・でも、さっき精霊達がいなくなれば自然が腐敗していくって・・・。
それは悪い事にならないわけ?」
「それを補う程の力が夢魔石にはあるのじゃろう・・・」
「ほんじゃ、譲ちゃんはその夢魔石っていうのが原因じゃないかって思ってるわけだ」
ギルダの問い掛けにレアラは表情を落としたまま、
拳を膝のぎゅっと強く握った。
「わからん・・・わからんが・・・あの石はとても嫌な気配がしたんじゃ・・・。
勝手な憶測だけど・・・」
「わかったわ。原因についてはじっくり調べていきましょ?
先入観があると、間違っていた場合それに気付けなくなっちゃうし。
そもそも、そんな先が見えている話を各国の魔術士達が黙って見ている方が問題だと思うけどね」
「黙ってはおらなかった。童達も。
じゃが、未知の力に対する我らの意見を各国の王達が聞かなかったのじゃ。
もちろんそうじゃろう。国力に直結する事柄じゃからな・・・」
「話が燃え上がってる所悪いが一ついいか?メイアスに存在する七つの宝玉・・・こいつは一体何なんだ?」
「それはメイアスに恩恵をもたらす物よ!ギルダさんだって知ってるでしょ?」
「そんな事を聞いてるんじゃねえ。ステネイラで七つの宝玉が何て言われてるか知りたいんだ。
考えてみろ。恩恵をもたらす物を奪い取る理由は何だ?」
「そんなの・・・」「神秘の力」
リコがギルダへと振り向き困った表情で応えようとした瞬間レアラも一緒に口を開いた。
「禁断の扉。七つの封印。呼ばれ方は沢山あるが、
実際にはどんな物なのかは童は知らぬ。
メイアスの巫女ならばと・・・思ってはいたが・・・。今の様子ではリコの知識と似たり寄ったりじゃろ。
だから、奪う理由なんぞ童には皆目検討もつかぬ。
童が巫女にこだわる理由は、ステネイラでは失われた能力を持ち、
宝玉の守人で童と同じく精霊達の事を大事に思っている存在であると思っている事。
リコに会って童はそれを確信することができた」
「簡単に言えば丸投げじゃねえか」
「違う!童は・・・」
「もう分かったわ。レアラ」
レアラへ笑顔を向けるリコとは対照的に、
物足りなさを感じるのか不機嫌そうな表情を見せるギルダ。
そんなギルダへレアラは先程まで凛々しく話をしていたとは思えない程、
弱弱しく、今にも泣きそうな表情で口を開いた。
その瞳には涙すら溢れている。
「これだけじゃ・・・説明不足か?協力・・・してもらえぬか・・・?」
リコもまたギルダへと視線を投げかける。
「わあったよ。約束は約束だからな。話は終わりなら俺はもう寝るぜ?
明日朝一で出発すんだろ?」
「あ、うん。日の出前には此処を出たいわね」
「おっけ」
話を終えた3人は食事を取った後、ケイトを部屋へと運ぶと各々自分の小屋へと戻っていった。
しかし、一方でリコとギルダの心の中には大きな引っ掛かりが存在していた。
それは敵の目的が曖昧ではっきりとしていない部分だった。
メイアス侵略、宝玉の奪取、それとも別の何か。
目的が分かれば打つ手もある。
それはリコとギルダが初めて意思疎通できた瞬間だった事を二人は知る由もなかった。
読んでいただきありがとうございました。