守護人
今回は守護人というキーワードがメインとなる守護人編です。
もちろん、まだまだケイトがメインになります。
では本編へどうぞ。
村の中を疾走するケイトに突然声が掛かった。
「ケイト様!」
「ルーリ!?どうした?こんな所で」
突然話しかけてきたのはルーリだった。
パタパタと背中の羽を広げて舞う様に飛ぶ姿とは裏腹に、ルーリの表情はどこかぎこちなくも決心した様に強張った表情をしていた。
「ケイト様、申し上げにくいのですが・・・私はリコ様に味方します!なので・・・」
「ああ。そうだな。全力で俺を里に追い返せばいい」
「へ?」
ルーリは突然笑顔で頭を撫でて来たケイトに意表を突かれた様な表情を見せた。
「でも、俺決めたから。守護人になるって。
リコが嫌がっても俺はなる。今の俺にその資格が無いなら俺は帰るよ。
それに、この逆境を乗り越えれるくらいじゃないと、リコと並び歩けねえしな」
「・・・」
ルーリはこの時、笑顔を向けてくるケイトを見て不思議とこう思った。
”リコ様の横に並び立つ守護人はこの人しかいない”と。
同時に”だからこそ、自分自身もこの人に応えなければいけない”とも。
「ルーリ、リコの所へは先に行ってくれ。俺は少し寄る場所があるんだ。
少し遅れてもリコを宥めといてくれよ」
「ちょ、え、あ、え〜!?」
ルーリの困惑めいた叫びも虚しくケイトは手を振り颯爽と大通りから小道へ抜けていく。
その背中とは裏腹にルーリは涙目になりながら小さな体を身振り手振りしながら叫んでいた。
「うぅ・・・リコ様が何処にいるのか忘れちゃったんでしゅよ〜〜〜〜〜!?」
その頃、ギルダとレアラはネバルゲ村の東側にある小屋の屋根に立っていた。
その位置からは村の東側の荒野を一望する事ができる。
「のう・・・ギルダよ、童をこんな所へ連れてきてどういうつもりじゃ?
事と次第ではすぐに帰らせてもらう!」
「まあ、待てって、これを見ろ」
ギルダは何処からとも無く縄を取り出しレアラに見せた。
「縄?」
「ああ。これをこうして・・・ああして・・・こうすれば・・・ほい、出来た」
「っておい!?何じゃ!これは!」
レアラは気がつくと縄で羽交い絞めにされ屋根の上に転がっていた。
「そして、最後に・・・、ほいっと!」
ギルダは事のついでとばかりに体を屈め天井へと手の平を突いた。
すると、小屋の屋根四方を囲いこむかのようにオーラの如く光が走る。
「これは・・・結界か?結界までできるのか!?」
「今から面白いものが見れる」
ギルダはレアラの質問をさらりと無視し淡々と言葉を紡ぐ。
それに対し、レアラは”嫌な奴”とばかりに唇を尖らせた。
「面白いもの?一体何を・・・って説明してくれんじゃろうな」
ギルダはレアラの言葉に”わかってきたじゃないか”とばかりに鼻で笑うと、
小屋から見下ろせる荒野の手前を顎で指した。
レアラはギルダに言われるがまま視線をそちらに向けると、リコが目を細め不機嫌そうな表情でこちらを向いていた。
「リコ!」
レアラは思わず声を上げたが、リコはレアラを無視するかのように振舞う。
「ギルダさん、見物ですか?趣味悪いですよ?」
「別に見物じゃねえよ。まあ、口出しした身としては、まあ便宜くらいは図ってやろうと思ってな」
ギルダの言葉に”本当にそれだけ?”という疑いの眼差しを向けつつリコは口を開く。
「・・・。段々ギルダさんがどういう人かわかってきましたのでいいんですけど・・・、まあ、あまり私達の事に口出ししないでください。
色々と感謝する事はありますが、それはそれ、これはこれですので」
「言うねー。っていうか、機嫌悪そうだな。あ、そうそう。これ貸してやる」
ギルダはわざとらしくそう言うと、背中から木剣を二本取り出し荒野へと投げ突き刺した。
「今度は一体何の真似ですか?」
「聖騎士団で練習用に使われている木剣だ。やるならそれでやりな。真剣は真剣でも殺し合いじゃない。
それはリコも重々承知しているだろ?それとも、本物の真剣でやりたかったのか?」
「・・・」
リコはギルダの真意を疑うようにじっと見つめた後、荒野に刺さった一本の木剣に近づき引き抜いた。
「これでいいわ」
リコは小さな声で呟くと立ったままの姿勢でケイトが来るのを待った。
そんなリコをレアラはロープで縛られたままじっと見つめ口を開く。
「のうギルダよ。リコに童の姿が見えておらんのか?」
「その通り。リコからはこの屋根に俺しか見えてない。良く気付いたな褒めてやろう」
ギルダはレアラが縛られて動けない事を言い事に、レアラの頭をペットが如く褒め撫でる。
「ちょ・・・やめんか〜!」
なんとかしてギルダの大きな手から逃れようと必死にもがくレアラだが、
それがまた良いのかギルダは”粋がいいな”とばかりに執拗に撫で回した。
その結果レアラは皇女とは思えない程髪がぼさぼさになり、
身動ぎを繰り返したせいか整っていた服もあられもなく乱れてしまった。
「もう良かろうに!いい加減にこの状況を説明せい!童には何故あんなにリコが怖い顔をしてるのかわからん!」
数分のギルダによる撫で回しが続いた後、レアラは目元に涙を浮かべたまま叫んだ。
そんなレアラにギルダは”面倒くさい”とばかりに溜息を一つつくと、
寝転ばされているレアラの横に胡坐をかぎ座った。
「リコは水の神殿へ一人で行こうとしている。それに対して、ケイトはついて行くの一点張りだ」
「へ?」
レアラはギルダの話が見えないとばかりに頭上へ?マークをつけている。
「ま、お子様の頭じゃな・・・わからんだろうな・・・世の中理不尽極まりない・・・うんうん」
「ちょ・・・、何度も何度も童をバカにするなぁ!」
「わあった。わあった。ったくうるせえな。耳元で怒鳴り声あげるな。もう遊んでやらんぞ?」
「誰も遊んでもらいとうないわ!」
ギルダは吼えるレアラの横で耳に指をあて迷惑そうな表情を見せた後、
やれやれと言わんばかりに溜息をついた。
そのギルダの態度を不服としながらもこれ以上文句を言っては話が進まないと判断したのか、
レアラは口を尖らせるだけに留めた。
「この村で起こった事は譲ちゃんも見たはずだ。いや、むしろ、この事態に類似する事件を譲ちゃんは知っている」
「・・・」
レアラはギルダの言葉に心当たりがあるのか、先程まで叫んでいた時の表情は消え困惑めいた表情で俯いた。
「俺の知る限り、これは戦争に近い。まあ、侵略行為とも取れるかもしれないな。
根本的な狙いは分からんけど、それだけの事態がこのメイアスで起こってる。
一部じゃ宝玉狙いと言う噂もあるが・・・さてさて・・・」
ギルダは俯いた表情でいるレアラの変化を観察するかの様にちらりと見た後、再度口を開いた。
「どんな気が合ってリコがケイトを連れて来たかは知らんが、
この先に待っているのは大きな戦いだ。
死人はでるだろうな。この村だけに限った事じゃないって事だ」
「だから・・・水巫女であるリコは一人で神殿へ向かうと申すのか!?
馬鹿げた事を申すな!神殿にはあのニア以外にも沢山の兵がおるのじゃぞ!?」
レアラは驚愕すると共に何かを思い出し顔を恐怖で歪ませた。
「そう、カッカすんな。言ったのは俺じゃない。リコ自身だ。
リコがケイトを連れて行く事に拒絶。ケイトがそれに応じない。
そんな縺れだ」
「空っぽの脳みそでも理解できたか?お譲ちゃん」
「・・・」
ギルダの冗談めいた言葉にもレアラは反応しなかった。
むしろ、歯を食いしばり悔しそうな表情で地面を睨みつけた。
「この場でリコとケイトは戦う。リコが勝てばケイトは里へ帰り、ケイトが勝てばリコはケイトを連れて行く。
で、本題に戻ろうか」
レアラは淡々と言葉を紡いでいたギルダの”本題”と言った部分で目の色を変え、上目遣いにギルダを見つめた。
「本題?」
「俺が譲ちゃんを連れて来た理由は一つだけだ。ケイトとリコ、どちらが勝つか賭けをしよう」
「へ?」
「賭ける対象は、レアラの命だ」
「な・・・何を馬鹿・・・」
レアラは次の瞬間混乱に陥った。
気付けば剣先が小屋の屋根に突き刺さり自分の喉下寸前に当てられていたからだ。
人の体に関わる全ての痛み、感情等々、それらは神経を通じて脳に伝わる。
つまり、一瞬で怖いとか痛いとか感じる事は皆無なのだ。
感覚が脳に伝わるまでにはどうやってもコンマ何秒の時間がかかる。
その為、羽交い絞めにされているレアラは剣が自分の首を跳ねたと錯覚した程だった。
驚愕と寒気で体を震わせるレアラは大きく息を吸い込むと同時に唾を飲む。
その様子をじっと見つめるギルダ。
「大丈夫。まだ生きてるよ。譲ちゃん」
ギルダの言葉にもう説得と言える程の説得力は無かった。
その為、レアラは自分の首が繋がっている事を自分で実感するしかなかったのだ。
「怖いか?」
「・・・」
レアラの大きく開いた目は確実に恐怖で狩られていた。
そんなレアラの頬をギルダは躊躇無く打ち、
じわじわと広がる頬の痛みによって現実へと強引に引き戻されたレアラの目元には涙が溢れ零れ落ちた。
「大丈夫、生きてるよ。それと、俺が真剣だとわかってもらえた様で何よりだ」
「だ・・・だから・・・結界を張ったのか・・・?」
震える幼き皇女はギルダを上目遣いに睨みつけ精一杯の声を出した。
この結界の中で力の優劣は決し、レアラがいつ殺されてもおかしくないこの状況は誰が見ても一目瞭然。
それでも、対等である事を主張するかのように皇女らしく精一杯レアラは振舞った。
「そうだ。レアラが死んだ事には誰も気付かない」
「・・・」
嵌められた感があったのはレアラも重々承知していた。
だが、目の前に座るこの男はどんな条件下であろうともこの状況を作る事ができただろうと感じた。
それだけの力がこの男にはあるのだと。
根拠はいくつもあった。不思議な力を使い、諜報戦になれている。
挙げだせばまだまだ謎の部分が多い。
「賭けにのろう」
レアラは決心した目でギルダに進言した。
「そうこなくっちゃな」
ギルダはとても楽しそうに笑った。
その笑顔を見てレアラは急に安堵した。それと同時に、ギルダの豹変さにも怯えていた。
先程見たのは幻か?そんな疑問は自分の喉元寸前に刺さっている剣が物語っている。
現実なのだと。
一方リコは右手に持った木剣を眺めながら眉に皺を寄せていた。
(私は強くなきゃいけない。誰よりも・・・。
そうじゃなきゃ・・・誰も守れない。
里も・・・家族も・・・。
ルーリやケイトに嫌われても良い。
”私は水巫女なのだから”)
そんな事を考えているとケイトが普段と変わらぬ様子で走ってきた。
その右手には何かを握り締めている様子がある。
「少し遅刻よ?何やってたの?」
「ちょっとな・・・これを作ってた」
ケイトは突然握り拳を突然リコの前へと差し出した。
「何?」
「まあ、見てみ」
今から決闘するとは思えないケイトの雰囲気にリコは呆れた様子で渋々手を出すと、
そこには「護」とへたな字で書かれた親指程の丸い石が置かれた。
「!?」
リコは渡された石を見た瞬間顔を上げると、そこには先程とは違い真剣な表情でこちらを見つめるケイトがいた。
「この意味わかってるの?」
「ああ。父さんの見よう見真似で作った」
「私、小さい頃から言ってたよね?私に守護人は一人もつけない。むしろ、いらないって。
それを知っていてこんな事するの?」
きつく睨んでくるリコに一瞬気後れしそうになったケイトはなんとか持ち直す。
「あ・・ああ。リコには支えが必要だ」
「何言ってるの?私は誰にも負けない!絶対に・・・」
ケイトの言葉にリコは”心底侵害、甚だしい”とばかりに声を張り上げた。
「・・・リコは俺に里へ戻れと言った・・・。でも・・・俺が勝ったら守護人にしてくれ!見習いでもいい!
勝つ自信があるなら、分が悪い賭けじゃないはずだ!」
「・・・」
リコはいつもと違うケイトの様子に胸打つ音が鳴った気がした。
同時に、何かを知っている?という疑問さえ湧いてくる。
「私の何を知っていると言うの?何も知らないくせに・・・。
良いわ。時間も待ってはくれない。後は剣と剣で語り合いましょ」
リコがケイトに傍らで地面に突き刺さっている木剣を手に取る様に目で促すと、
いつの間に?という表情でケイトは木剣を手に取った。
それを見るや否やケイトに背を向けてリコはゆっくりと離れていく。
「私は、ケイトにずっと剣を教えてきたわ。
それは貴方が強くなると思ったから。里の守り手としてね。
でも、それだけ。それ以上は求めないわ。いいえ・・・求める事はないわ」
リコはゆっくりとケイトの方へと振り返ると木剣を構え、
そして振り返ったその真剣な表情には強い意志が現れていた。
「俺はそれ以上の事を求めるぜ。何故ならリコには俺が必要だ。
俺にとってもリコが必要だからだ!」
ケイトが言い放つや否やリコはイラっとした表情を見せた後、木剣を右下に両手で構えたまま走り出した。
「それは私に勝ったら!でしょ!」
リコが手加減抜きでケイトの胴目掛けて剣を薙ぎ払うと、
ケイトもそれを見抜いていたのか手順通りと言う風に剣で止めた。
更にリコはそれを見越し剣を止められた反動を活かして動きを止め、
体をしゃがませ下段蹴りをケイトの足元へとすべり込ませた。
その工程があまりにも早くケイトは見事に足元を掬われ体勢を崩した。
「え」
リコは体勢を崩すケイトへ次なる攻撃を追加していく。
左肘をケイトの胸へと強く打ち当て、木剣の柄で更なる追い討ちを胸部へと思い切り叩き込む。
ケイトはされるがままに後方へと飛ばされるが、
両手を広げ受身をしっかりと取ったせいか頭は強打しなかった。
「・・・」
倒れたまま動かないケイトをじっと見つめながらリコは右手の木剣へと視線を向けた。
(・・・見られた・・・?)
「痛ええええええええ!でも・・・まだやれる!」
リコが考えに耽っているとケイトは大声で叫びながら上半身を起し、
その光景にリコは目を大きく広げた。
「・・・さすが・・・グリムの息子だわ。侮った・・・」
リコは呟くと同時に座り込むケイトに向かって走り出した。
「待て待て!まだ起き上がってねえ!」
「戦場じゃそんな事言えないわよ!」
ケイトは止まる様子のないリコを見るや否や体を丸めては後転しながら体を起こす。
しかし、リコは既にケイトの背後へと回り込んでいた。
「遅い!」
リコの強打を胴と首の付け根へと思い切り食らったケイトは、苦痛の表情を浮かべ前のべりに倒れこんだ。
「・・・私の勝ちだわ」
倒れた後ぴくりとも動かないケイトに若干の不安を覚えつつリコが近づいて行くと、
突然ケイトはリコの足首を掴んだ。
「え!?」
「油断は禁物だぜ!」
慌てるリコに対してケイトはしてやったりとばかりに苦痛の表情を浮かべながらも笑っていた。
ケイトはそのまま脚を持ち上げ、リコが体勢を崩した瞬間を見計らってもう片方の足をも払い畳み掛けていく。
「きゃ!」
背中から押し倒されたリコは反射的に声を漏らし、
ケイトはそのままリコの手足を押さえ込んだ。
「俺の勝ちだ!」
ケイトの力強い言葉にリコはムっと表情を顰めると、
腕や脚に力を入れもがきあがく。
しかし、精霊をもたない今のリコはただの人。
つまりは力で押さえ込まれれば一般的に女性は男性に劣る。
「このおぉぉ・・・」
首を振り真剣にあがくリコの目にケイトは写っていない。
それを見てケイトは一瞬悲しそうな表情を見せた。
(まただ・・・)
もちろんそんな表情にリコが気付くはずもないのだが。
読んでいただきありがとうございます。
では次回お会いしましょう!