リコの戒め2
こんにちわ!ラミレシアです!
今回は少し長いです。
メイアスの世界へいってらっしませ!
真っ暗な中ケイトは足元に気をつけながら手探りで進んでいく。
(こんな暗い中でよく生活してるな・・・)
次第に前方から光が見え始め、ケイトは誘われるように歩を進めていく。
開けた場所へ出るとそこには神秘的な輝きを放つ光がいくつもあり、
光を例えるなら太陽の様な光ではなく月の様に暖かくどこか落ち着かせる雰囲気を醸し出していた。
(な・・・何だ此処!?夜空の星々に囲まれている様だぜ・・・)
辺り一面に散りばめられた光に目を奪われていたケイトは突然何かに足をぶつけた。
(痛っ!?)
足元をじっと見つめるとイスが置かれており、ケイトはイスに足をぶつけていた。
天井と壁に見とれていたが、良く見れば周りには生活用品はちゃんと置かれている。
「何をやっておる。そこのイスへ座るがよい。精霊にとっては珍しい物ではなかろう?」
(ん?精霊?俺は人間だぞ?)
「人間じゃと?透明人間なんぞいるわけがなかろう。余程バカな精霊なのじゃな」
(だから違うっつーの!うーん・・・なんて説明すれば・・・・。
とりあえず俺の話を聞いてくれ。
そうじゃねえと・・・たぶん話進まないと思う・・・)
「ふむ・・・。なら話してみよ」
ケイトはとりあえず指定されたイスに座り頭を悩ませた。
(えーっと・・・正直どこから話していいのかわからねえ。とりあえず・・・簡単に話すぜ?)
ケイトは口下手なりにも此処へ来た経緯を話した。
話を聞き終えたユン婆は納得いかない表情で口を開いた。
「つまりお主は人間で、未来から来たと。
未来ではリコ様と一緒に水生の宝玉を護る為に旅をしており、眠って起きたらこの世界へ飛ばされていた。こんなところか?」
(ああ。さっきの言い方からしてユン婆にも俺の姿は見えてないんじゃないか?))
「うむ。気配と声は感じ取れるがの。恐らく他の者にはそれすら感じ取れまい。ワシは特別じゃからの。
で、お主はこれからどうするつもりなのじゃ?」
(わからない。ただ、いや・・・恐らくだけど・・・俺が知っている過去ならもうじき水の里に災いが起こる)
真剣な表情で話すケイトの言葉にユン婆は眉を少し動かした。
「未来で既に起こったと言うわけじゃな?」
(ああ・・・。大勢の人が死んだ・・・。セーラ様もだ。
あ!そう言えばセーラ様は何処に言ったんだ?さっき此処にいたよな?)
「セーラ様はこの里に迫り来る災いの種を摘みに向かわれた」
(『災いの種』・・・?もしかして!?)
ケイトは慌てた表情で立ち上がると出入り口へ足を向けるがそこは既に閉じられていた。
(ユン婆、此処を開けてくれ。俺はセーラ様を止めに行く!)
「行く事は適わん。それに話も終わっておらん」
真剣な表情で訴えるケイトに対し、ユン婆も真剣に見つめ返す。
(どうしてだ!?今言ったろ!セーラ様が死んだって!)
「馬鹿者!お主は未来を変える気か?お主の話が本当の事なら未来を変える事になるんじゃ。
未来が変わればお主は消滅するかもしれないんじゃぞ?
それと、お主が過去へ来た事には大きな意味があるとわしは思うがの。
未だかつてお前のように過去へ飛ばされると言う話は聞いたことがないしの」
(それじゃあ、このまま事が終わるのを黙って見てろっていうのか?!)
「そうじゃ。冷静になって考えるのじゃな。お前が第一に考えるべき主を。
それとセーラ様を止めようとしても無駄じゃな。
この災いを感知したのはセーラ様自身であり、次期水巫女としての彼女の能力がそうさせた。
お前なら知っているとは思うが、セーラ様は迫り来る災いに対して他の者に任せるような真似はしないじゃろ?」
下を向き強く握ったケイトの拳は震えていた。
(くそ・・・!。何も出来ないっていうのかよ・・・)
歯を食いしばり悔しさを露にするケイトと呼応するかの様に魔剣セルシアスが突如として光を放つ。
「これは・・・。魔剣セルシアス!?どうしてお主が持っておる・・・」
ユン婆は驚きの表情を見せながらケイトの持つ魔剣にゆっくり手を伸ばすと、
何処か納得した表情ですぐ魔剣から手を引いた。
「そう言う事か・・・」
「どうしたんだ?」
ユン婆はケイトの問いを無視し自分のイスに深々と座りなおすと前方を指差した。
「ほれ、出口はそっちじゃ。好きにするんじゃな」
ユン婆の指差す方向に目を向けると家の出口が開いていた。
(なんかよくわからんけど、とりあえずサンキュー!)
ケイトはユン婆にお礼を言うと迷うことなく家を出て行った。
ケイトがいなくなり家が静かになると、チータがユン婆の近くにふわりと近寄ってきた。
「主しゃま。行かせてしまってよろしかったのでちゅか?主しゃまの言葉通りの意味なら彼は未来を変えかねましぇんよ?」
「わかっておる。ただ・・・見てみたくなったんじゃ」
頭に疑問が残るチータを他所に、ユン婆は何かを思い出すかの様に目を閉じ深々と椅子の背もたれに寄りかかった。
「何を見たくなったんでちゅか?」
「さっき光ったあやつが持つ剣をチータも見たはずじゃ。あれは魔剣セルシアスなのはチータも分かったじゃろ?」
「はい。それが何んでちゅか?」
「あの魔剣からはアギトの温もりを感じたんじゃ」
「アギト?・・・リコしゃまのお父上しゃまでしゅか!?」
「うむ。恐らく、此処へあやつを連れてきたのはあの魔剣じゃ。
まあ、理由はそれだけじゃないと思うがの。
理屈では考えられんのじゃ。いくら魔剣を用いたとしても人が過去へ飛ぶ事などな。
それだけの事が未来で起きているのか、それともあ奴自身にそれだけの才があるのか・・・」
ユン婆はテーブルの上に置かれたカップのお茶を一飲みし、口元に笑みを浮かべた。
「どちらにしても、あ奴には何かある・・・面白い。長生きはするもんじゃの」
「僕には主しゃまの言う事を聞かない愚か者にみえましゅ」
「愚か者か・・・。度を越えた愚か者なら期待はするがの」
「そういうものなのでちゅか・・・」
いぶかしげな表情でケイトが出て行った先を見つめるチータ。
「さて。わし等はわし等のやるべき事がある。仕度を始めようかの」
「はいでちゅ!」
大きな声で返事をし作業に取り掛かろうとするチータに、何かを思い出したように呼びかけるユン婆。
「それと、チェイを呼んでおいてくれ」
「チェイ!?何故チェイでちゅか?お仕事なら僕がやりまちゅよ?」
「チータには荷が重い仕事じゃよ」
ユン婆に淡々と言い返されたチータは口を尖らせたが渋々了承の返事をし作業に取り掛かった。
そんなチータの背中を見つめながらユン婆は両手を顔の前で合わせ考え込む。
「数年後に起こる災い、目前の災い、数年前の災い。
何だか目に見えぬシナリオが出来てる様じゃのう・・・。
少し手を打っておくかの」
ユン婆は部屋の天井に散らばる輝く小さな石を一つ手に取るとかざすように見上げた。
その頃ケイトは森の中で立ち止まっていた。
(くっそ・・・。飛び出して来たのはいいけど、セーラ様の向かった先を聞くの忘れたぁぁぁ!
どうする・・・、一回戻るか?いや、戻ってる時間がもったいねえ!)
喚きながら頭を抱え地団駄を踏むケイトは何か思い立ったのか急に動きを止めた。
(そうだ!実際に起きた事件とこの事件が一緒なら・・・思い出せ・・・里の人達が話してた内容を・・・)
ケイトは目を瞑り一生懸命記憶を辿るが、過ぎていく時間とセーラの死期がケイトの冷静さを奪っていった。
(思い出せ・・・思い出せ・・・・思い出せ・・・)
自分の頭へ念じるようにケイトは願いを口にする。
(南の森と荒野の境だ!確かそこでセーラ様の遺体が発見されたと言っていた!)
ケイトは突如として大きな声で叫び、同時に南の森へ向かってすぐに走り出した。
(あの時聞いた話しが間違いじゃないならセーラ様は南の森へ向かったはず!
間に合ってくれ!)
セーラ様の事で頭がいっぱいのケイトは背後から近づく小さな影に全く気付いていなかった。
ケイトが森を疾走している頃、ユン婆とチータは里の緩やかな坂道を登り里長の家を目指して歩いていた。
「どうしてチェイを行かせたのでちゅか?あの者を殺すんでちゅか?」
不意にチータが問うとユン婆は一呼吸してから口を開いた。
「うーむ・・・。殺すかもしれないし、殺さないかもしれない。今は何とも言えないのぅ。
ただ・・・・、あの少年は間違いなくわしがチェイに持たせた水を飲むじゃろうな」
「精霊水・・・でちゅね。あれを飲むとどうなるんでちゅ?」
「あれはの、精霊と妖精の持つ力を一時的に高める効果を持つんじゃよ。
わしの憶測じゃが、あの者は魔剣の力と精霊の僅かな力でこの世界に存在しておる。
それを一時的に高めるとあの者は姿を実体化させる事ができるじゃろう」
「おお!ちゅばらしい水なんでちゅね!で、何で殺すか殺さないかになるんでちゅ?」
「実体化すればそれだけ力も大きくなる。大きくなればなる程危険率も高まるのは分かるじゃろ?」
チータは両手を頭に乗せ情報整理を始めた。
「あ・・・!分かったでちゅ!力が大きくなる事は即ち過去を変える力も大きくなると言う事でちゅね!」
「その通りじゃよ」
ユン婆は羽を広げて飛ぶチータの頭を褒めるように撫でた後、難しい表情に戻った。
「後は、あの者が此処へ来た意味にたどり着けるかどうかじゃな」
「意味でちゅか?」
「うむ。過去の出来事を体験する理由は大きく分けて二つあるんじゃよ。
一つは現在抱えている不安と未来の暗示を示唆するもの。
もう一つは、過去の思いに囚われている者じゃ。
これはどういう形で現れるものなのかもわからぬし、
深層心理から来る可能性もある」
隣で歩くユン婆の横でチータは眉に皺を寄せ考え込む。
「今回の場合、それに加えてイレギュラーな事が多すぎるからの。
全く持ってお手上げじゃよ」
「それにしては楽しそうですね。主しゃま」
「そうかの?いや・・・そうかもしれないの。知らない事と向き合うのは久しぶりじゃからかな。
まあ、それは二の次じゃ。
今はセーラ様との約束が優先じゃ」
「はいでちゅ!」
二人はこの後、先程セーラと話した事を道中で確認しながら一路里長の家へ足を運んだ。
一方ケイトは自分を呼び止めた宙に浮く小さな妖精と向かい合っていた。
妖精は両目を閉じ、黒髪、黒い服を纏っていた。
「私はチェイと申します。ユンミレシアータ様から遣われて参りました。
これをどうぞ」
チェイはケイトに小さな小瓶を差し出した。
(ユン婆が俺に?一体何だ?)
ケイトは警戒も無く差し出された小瓶を手に取り空へ翳した。
(水?)
「いえ、それは精霊水と申す物でございます。
主様が言うにはケイト様の体を実体化させ、力を増幅させる効果があると申しておりました」
(え?!まじ!?それは助かる。人に見てもらえないっていうのは結構辛いからな)
「その精霊水を飲・・・」(ぷは〜!これうまいな!ありがとな!)
唖然とするチェイに対して、空になった小瓶を不思議そうに見つめるケイト。
そして次の瞬間、ケイトの体が穏やかな光と共に実体化した。
「すげー!俺の体だ!」
未だに唖然とするチェイに対し、ケイトは実体化した自分の手や足を見つめている。
「お!落ち葉にもどことなく温かみがある!木も息づいてるぜ!」
ケイトは落ちてる葉や近くの木に触れたりし、改めて自分の体を実感していた。
「説明・・・よろしいでしょうか・・・?というか・・・躊躇無く飲むんですね・・・」
「ん?まずかったか?」
「い・・・いえ。で、では説明だけさせていただきますね。
一つは実体化しますと、人に見える以上危険度が高くなりますので死なないように気をつけてください。
もう一つは、実体化した事により精霊の力を通常の何倍もの力を発揮する事ができます。
しかし、使いすぎれば無理やり精霊の力を使ったことによる反動で体はこの世界から消滅する可能性が高いです。
計画的なご利用をお願い致します」
「つまり、考えて行動すればいいってことだな。」
「そうですね。後、説明ではないのですが、主様から。
『未来を変えるなとさっきは言ったが、変えれるものなら変えてみろ、馬鹿者』だそうです」
「言ってくれるじゃねえか。やってやるよ!」
ケイトは拘束から開放された様に空へ笑みを浮かべた。
「それじゃ、俺は行くぜ。サンキューな!」
チェイにお礼を言いながら走り出したがすぐに足を止めた。
「そういえば、チェイ・・・だっけか、セーラ様の現在地わからんよな?」
「わかりますよ。御同行致しましょうか?元々そうするつもりでしたし」
「助かる!それじゃ、しばらく頼むぜ!相棒!」
「あ・・相棒?よくわかりませんが、了承しました」
首を傾げたままのチェイを引きつれ、ケイトはチェイの指示の元セーラがいる場所に向かって一緒に走り出した。
一方で里長の家に着いたユン婆とチータは里長に迎えられていた。
家の中は他の民家よりも大きく、居間には大勢で会食が出来るほどのテーブルもあった。
その周りには高そうな壷や壁画など里長の趣味の様な物が並んでいる。
「ユンミレシアータ様、チータ様、お久しぶりでございます。今日は何かございましたでしょうか?」
里長の挨拶に対し、チータは丁寧に頭を下げユン婆は訝しげに里長を見つめる。
「その名前は長くて好かん。ユンで良いぞ。年もそう違わんじゃろ?」
「いえ、ユンミレシアータ様は私の何倍も生きてございます」
里長は目上の者に対する低姿勢な態度でユン婆に頭を下げた。
「見かけは対して変わらないじゃろうて。こんな所他の者に見られたら説明が厄介じゃからの」
「では・・・ユン。今日はどのような件でございますか?」
「先刻にセーラ様がわしの所へ来た」
「ほうほう」
里長は珍しいものを聞いた様に目を丸くし頷く。
「どの様な話だったのか聞いてもよろしいでしょうか?」
「災いの種がこの里へ迫ってきておる。正直、『種』ではなさそうじゃがの」
何処から持ってきたのか、チータはコップに入れたお茶を里長とユン婆の前に差し出し、
会話に差し支えがないようにユン婆の後方へ下がった。
二人はそれを手に取り大きなテーブルを挟んで椅子に座った。
「8年前の再来・・・ですか・・・」
「そこまではわからん。じゃが、魔物一匹や二匹と言う話ではないのは確実じゃ。
あのセーラ様が怖い顔をしておったからの」
ユン婆の言葉に里長は肘をテーブルに突き俯いた表情を見せた。
「すぐにでも皆に裏山への避難勧告を出しましょう」
「そう慌てるでない。まずは主要人のみ連絡をいれよ。アーシャは今何処におるのじゃ?」
「水巫女様は御礼の儀の為水の神殿へ出ておられます」
「なるほどのぅ。これもシナリオ通りと言うわけかの」
里長とユン婆が話をしていると、そこへサーニャが手に兎のぬいぐるみを掴みながら歩いてきた。
「おじいちゃん・・・どこ?」
サーニャが現れると同時に里長は先程とは打って変って朗らかな表情でサーニャに視線を移しイスを立った。
「サーニャ様申し訳ありません。少しお話をしていました」
サーニャは近づいてくる里長を見た後、自分を見つめるもう二人の存在であるユン婆とチータに目を向けた。
「誰?」
問われるがままにユン婆はイスを立ちサーニャの元へ歩いていくと頭を撫でた。
「大きくなったのぅ。わしはユンミレシアータ。ユン婆と呼んでおくれ」
「ユン婆・・・顔が皺皺・・・」
サーニャの言葉にユン婆は目を丸くし、チータと里長は固まった。
そして、時が動き出すと同時にチータはサーニャとユン婆の視線の間にすぐに割って入った。
「サ・・・サーニャしゃま!?こ・・れは・・でちゅね・・!?」
「誰?」
目の前に現れた身振り手振りする珍しい小さな生き物にサーニャは一気に目を奪われる。
そして、気付けばチータはサーニャの手の中にいた。
「ふにゃ!?サーニャしゃま!?」
チータを見るサーニャの目はとても面白いものを見つけたように目が輝いていた。
その横ではユン婆が大笑いしていた。
「皺皺か・・。久々に言われたわい。子供は素直でいいのぅ。フォフォフォ」
「主しゃまたしゅけてく・・・ぐわぁぁぁぁ!?」
チータの助けも虚しくサーニャは縦や横に振って面白がり、その横では里長がどうしていいものか困惑気味に見つめていた。
「こら!何やってるの!サーニャ!」
甲高い声がドアの入り口の方から聞こえ、一同が視線を向けるとそこには里長の奥方と怒り気味な表情のリコが立っていた。
リコはそのままツカツカとサーニャへ近づき、目を丸くするチータをサーニャの手の平から取り上げた。
「だめでしょ!妖精も人と同じで生きてるのよ?自分がされたら嫌でしょ?」
姉であるリコのいつもと違う表情にサーニャは途端に泣き出した。
リコはすぐにサーニャを優しく抱きしめ頭を撫でる。
「サーニャ、優しくこうやって抱きしめて撫でられるとどう?凄く幸せな気持ちになるでしょ?」
リコの問いかけにサーニャは泣き止み、目元を赤らめたままゆっくりと頷いた。
「この子、チータもサーニャと同じ幸せな気持ちにしてあげて。お姉ちゃんの言いたい事わかるよね?」
「うん」
「やっぱり私の妹ね。頭が良いわ。それじゃ、はい」
リコは目を丸くしたままのチータを手の平に乗せサーニャの前に差し出した。
サーニャは差し出されたチータをじっと見つめ、何処から触って良いのか困るくらいに時間をかけて自分の両手に乗せた。
「この子はチータよ。名前を呼んであげて。きっとサーニャと友達になってくれるわ」
「友達?」
「うん。サーニャに優しくしてくれるわ。だからサーニャも優しくしてあげて」
サーニャはリコの言葉に力強く頷くとゆっくり口を開いた。
「チータ、大丈夫?」
何処からか名前を呼ばれたチータは、ふらふらする頭を片手で押さえながら上半身を起し自分の名前を呼ぶ方へ目を向けた。
「う・・うぅ・・サーニャしゃま・・・!す・・・すみまちぇん!?」
チータは自分に声をかけた相手がサーニャだと気付くとすぐに立ち上がり深々と頭を下げた。
「大丈夫?」
下げた頭を少し上げてみれば、自分を心配そうに見つめる幼きサーニャの姿があった。
「え・・あ・・大丈夫でちゅ・・」
「久しぶりね、チータ」
サーニャばかりに目を向けていたチータは、後方から自分へとかかる聞きなれた声に振り向いた。
「リコしゃま!ご挨拶送れて申し訳ごじゃりません!」
「ううん。それよりも、サーニャと友達になってあげてくれる?」
「もちろんでしゅ!」
「よかった」
リコは笑顔でチータの了承を得ると、二人してサーニャの方へ顔を向けた。
「サーニャしゃま、僕と・・・友達になってくれましゅか?」
チータからの申し出にサーニャの心配そうな顔は笑顔へと返り咲き力強く頷いた。
「うん!チータよろしくね!」
「はい!サーニャ様!」
リコ達のやりとりを一部始終見ていたユン婆達もいつの間にか笑顔で見守っていた。
「サーニャ様、チータと一緒にあちらで遊びましょう。少しリコ様とユンがお話をするそうなので」
切り良く話しが終わったところを見計らって里長はサーニャへと声をかけ、
その場の空気を読んだのかチータは自分の主人であるユン婆へと視線を移す。
チータの視線に対しユン婆は軽く頷き、了承の合図をチータへと示した。
「サーニャしゃま、一緒に遊びましょう」
チータの申し出に対しサーニャは笑顔で頷くと、左手にチータを乗せ右手は里長の手を持つと一緒に奥の部屋へと出て行った。
二人と一匹が部屋からいなくなると、リコは挨拶の様にユン婆に抱きついた。
「リコ様!?」
「大丈夫じゃ、シジリア」
リコを止めに入ろうとした里長の奥方であるシジリアをユン婆は制し、無邪気なリコの頭を撫でた。
「大きくなったのぅ。リコ様」
「当たり前よ。ユン婆ったら何も無ければ家に引きこもってるんだもん。
前にあったのは1年前なのよ?」
「そうだったかの」
惚けた振りをするユン婆はいつもの事なのか、リコは気にせず言葉を続ける。
「それよりも、何かあったの?朝の水汲みにセーラ様がいらっしゃらなかったし、
何より、此処にユン婆がいるもの」
ユン婆は自分を真剣な眼差しで見つめるリコに成長と水巫女としての器を確かに感じていた。
「少々厄介な者が迫ってきておってな」
「厄介な者?遠まわしに言わなくても構わないわ。私はもう子供じゃないのよ?」
母である水巫女の鍛錬に耐えてきたのか、ユン婆を見つめるリコの目には自信が溢れていた。
「そうじゃったの。1年で立派になられた。
それじゃ率直に言おうかのぅ。邪悪な精霊の力を纏った人・・・の様な存在が1人この里に向かってきておる」
「邪悪な精霊の力?何それ?」
「うむ。正直わしもわからん。現在その邪悪な存在を感知したのがセーラ様だけじゃからの。
わし自身まだ感知してはおらんのじゃ」
リコはユン婆の話す言葉、仕草、表情を見逃すまいと真剣な表情で見つめる。
「それで全部?もう隠してる事ない?」
「これで全部じゃよ。ほんと油断も隙も無いのぅ。さすがアーシャの娘と言ったところかの」
アーシャの娘と言われリコは得意げな表情を見せた。
「私だってお母さんやセーラ様に負けない水巫女になるんだから。あたりまえよ。
で、話は戻るけど、セーラ様は何処に行ったの?お母さんは水の神殿に行ってるから今はセーラ様が水の里の守護巫女よ?」
「らしいのう。セーラ様は少し里の周りを見に出かけられたわい」
「はい、嘘言った!守護人の人達に一言もなしで出かけるなんてありえないでしょ!本当の事を言って!」
詰め寄るリコの力強い言葉にユン婆は罰が悪そうな顔をするしかなく、
同時に、リコの観察眼には内心驚いていた。
「話は少し長くなりそうじゃから少しイスに腰掛けてもよいかの?」
「あ、うん」
気付けばユン婆の真ん前までにじり寄っていたリコは、ユン婆が腰掛けたイスの反対側のイスへと座った。
そして、ユン婆は話を仕切りなおすかの様に冷めたお茶を一口飲んでから口を開いた。
「さて、何処から話そうかの・・・。正直な所不確かな部分が多いのじゃが」
「ねえ、ユン婆。邪悪な存在って何なの?魔物の類?」
説明しずらそうな表情をするユン婆を見やってか、リコは自分から率先して疑問を問いかける事にした。
「ふむ。邪悪な存在は闇属性を纏った存在なのじゃよ」
「闇属性?!まってまって!闇属性って闇巫女かその後継者しかありえないじゃない!
そこからして話がおかしいわ。
闇巫女かそれに連なる存在が水の里に来ると言う事!?それすらおかしい話よ?だって・・・」
「そうじゃよ。闇巫女に連なる者は闇の神殿から離れる事はない。離れれば死んでしまうという話さえ聞く。
そもそも離れたりすれば厳罰物じゃからの」
リコは自分の常識と合致している事に胸を下ろした。
「そ・・そうよね。それじゃこの里に向かってる邪悪な存在は何者と言う事になるわけ?」
「それを確かめる為にセーラ様は一人で南の森へ向かわれたのじゃ」
リコはユン婆の言葉を聞いて押し黙った。
ユン婆とセーラの行動は取るべくして取った行動だったからだ。
「確かにセーラ様は感知能力においては群を抜きん出ている・・・。でも一人で行くなんておかしいわ。
他に理由があるはずよね?」
問い詰めるようにリコはユン婆を見つめた。
「それともう一つ疑問が残るわ。闇属性は単体で魔力は発動しない。そうよね?」
「うむ」
ユン婆は自分の正面に座るリコが不安を抱いているのは見ていて感じていた。
「リコ様の一番聞きたい事はセーラ様が何故一人で向かわれたのか?まずはそこじゃな?」
「うん。今一番知りたいのはそこ!」
リコは目の前にある机に手を置き真剣な眼差しのまま身を乗り出した。
「邪悪な存在の魔力はアーシャ様すら上回るとセーラ様は言っておった。
故に単独行動にでたのじゃ」
「私はセーラ様の足手まといにはならないわ!それに二人でやれば・・・」
「そういう事ではない!」
ユン婆の怒声にリコは体が固まった様に動かず目を丸くした。
二人の間で暫しの沈黙が流れた後、リコは俯いた表情で口を開いた。
「セーラ様は・・・命を賭けたの?」
「それ程の相手だという事じゃ」
「そう・・・」
俯いたままのリコに対しユン婆は気にする事もせず言葉を続けていく。
「相手の纏う闇の力に関してはセーラ様が妖精を通して連絡をくれるはずじゃ。
それまではわしらの出来る事をやるしかないじゃろ」
ユン婆の話を聞いてか聞かずかリコはずっと俯いたままイスに座っている。
そんなリコにユン婆はイスを離れて歩み寄り肩に手を翳した。
「リコ様がいるから何も言わずセーラ様は村を出られたんじゃ。
それを忘れない事じゃ」
ユン婆はリコに一言声をかけると居間を出て行った。
居間に一人残されたリコは悔しそうな表情で膝の上に置かれた拳を強く握り閉める。
「セーラ様を死なせはしない!・・・でもどうすればいいの・・・」
幼き少女の悲痛な言葉は静寂に飲み込まれて消えた。
次回26章であいましょう!