第1話 変わらない朝
初投稿です
春の風が、校門前の桜並木を優しく揺らしていた。
「玲ー! おはよー!」
聞き慣れた声に振り返る。
朝日に照らされながら駆け寄ってくるのは、茶色の犬耳を揺らした幼馴染みの空華だった。
「……おはよう」
そう返すと、空華は満面の笑みを浮かべて隣に並ぶ。
「今日も一緒に行こ!」
当たり前のように距離を縮めてくる彼女に、玲の狼耳がぴくりと動いた。
小さい頃からずっと一緒だった。
家も近いし、学校も同じ。
周りからは何度も恋人同士だと勘違いされてきた。
けれど――違う。
玲は心の中で呟く。
空華は知らない、自分が彼女に抱いている想いを。
幼馴染みとしてではなく、一人の女の子として好きだということを。
言えないまま迎えた高校二年生の春。
近いのに遠い、空華の横を今日も歩いている。
「そういえばさ!」
空華が弾むような声を上げる。
「今日ってクラス発表の日だよね? また同じクラスだといいなー」
そう言って笑う空華の尻尾が、楽しそうに左右へ揺れる。
玲も同じことを考えていた。
「どうかな」
「えー、冷たいなー」
空華は寝ていたふわふわの耳を立たせ、頬を膨らませた。
「玲は私と別のクラスでも平気そう」
「そんなことない」
反射的に答えてしまい、玲はしまったと思った。
空華がきょとんと目を丸くする。
「お?」
「……かもしれないぞ」
「ふーん?」
にやにやした笑みを向けられ、玲は視線を逸らした。
その瞬間だった。
「おーい!」
後ろから声が飛んでくる。
二人が振り返ると、数人の生徒がこちらを見ながら手を振っていた。
「相変わらず仲良いな、お前ら!」
「朝からデートかー?」
「違う」
「違うよー!」
二人の返事が綺麗に重なる。すると周囲から笑い声が上がった。
「息ぴったりじゃん」
「もう夫婦だろ」
「だから違うって!」
空華が慌てて否定し、玲も無言で首を振った。
しかし周囲はまったく信じていない様子だった。
毎年のことだ。
玲は小さくため息をつく。
小学生の頃から何度も同じやり取りをしている。
けれど――
(違わないなら、どれだけ良かったんだろう)
そんな考えが頭をよぎる。
隣を見れば、空華はまだ友人たちに向かって抗議していた。
玲の狼の尻尾が、力なく下がる。
昔からずっと空華が好きだ。
告白して気まずくなったら。
一緒に登校できなくなったら。
隣を歩けなくなったら。
そんなことばかり考えてしまう。
(オレはなんて情けないオスなんだろう……)
またため息が漏れた。
「玲?」
不意に空華が顔を覗き込んできた。
距離が近い。近すぎる。
「どうしたの?」
「……なんでもない」
「ほんと?」
「ああ」
空華は少しだけ不思議そうな顔をしたあと、すぐに笑顔へ戻った。
「ならいいけど!」
その笑顔に、玲の尻尾が無意識に揺れる。
幸い制服の上着で隠れていて見えない。
……見えていないはずだ。そう自分に言い聞かせる。
私立・蒼月学園。
人間と獣人が共に学ぶこの学校は、朝から活気に満ちていた。
校門をくぐる生徒たちの耳や尻尾があちこちで揺れている。
犬族の生徒が友人に飛びつき、猫族の生徒が眠そうにあくびをする。
そんな光景も、この学校では当たり前だ。
「見て見て!」
空華が校舎の方を指差した。
昇降口前には大勢の生徒が集まっている。
「クラス発表、もう貼り出されてる!」
途端に空華の尻尾が勢いよく振られ始めた。
「行こう玲!」
返事を待たずに腕を掴まれる。
「お、おい」
「急げー!」
玲は半ば引っ張られる形で昇降口へ向かった。
周囲の視線が少し痛い。
だが空華はまったく気にしていない。
昔からこうだ。距離感が近い。
無防備で、無邪気で、人懐っこい。
そのたびに振り回されるのは玲の方だった。
昇降口で上履きに履き替え、二人は人混みの中へ入っていく。
「あった!」
空華が声を上げる。
掲示板に貼られた名簿を目で追う。
そして――
「玲!」
空華が振り返った。
嬉しそうな笑顔だった。
「同じクラス!」
玲も名簿を見る。
二年A組、その中に並ぶ二つの名前。
玲と空華。
確かに同じクラスだった。
胸の奥に安堵が広がる。
そんな玲の様子に気付かないまま、空華は満面の笑みで言った。
「やったね!」
「ああ」
短く返す。
けれど声は少しだけ柔らかかった。
二人は並んで階段を上がる。
新しい学年。
変わらない朝。
変わらない隣。
(退屈は、しないだろうな)
玲は二年A組の教室の扉を開いた。




