7 仲間にしてあげますか?
えせうらないしのおんなが なかまに なりたそうに こっちをみている。
なかまにしてあげますか?
この状況に、いいえ、と即答したいが、ここはあえて定石を踏まず、もう少し様子を探ろう。
「まったくもう!そうやって僕からいくら引き出そうとしているのですか?」
金目的か、とあしらうと、女は真顔になった。
「ああ、すまなかった。自己紹介が遅れたね。私はシーナ。富を呼び込むと名高い緑の一族出身だ。よって私は金には困っていない」
緑の一族について知識がない僕が首をかしげると、世間知らずだね、と苦笑したシーナは僕の鼻先を指ではじいた。
「親爺!俺もそこの似非占い師ともう少し話したい。この場所をもうしばらく使わせてもらっていいかい?」
商品の在庫のほとんどを買い占めたトニーの言葉に、いいよ、と屋台の親爺は快諾した。
「緑の一族はどこの国にも属さない特殊な移民だ。滞在地でその国の法律に則って税を納めるので、どこの国でも問題視されてない。それどころか、緑の一族が滞在するとその地域の収穫量が上がるので大歓迎されるよ。緑の一族が赴くところに富が流れるので、富を呼び込む一族、と呼ばれることもあると聞いている」
僕の椅子を持ち上げて席をずらし、僕と似非占い師シーナの間に椅子を出して座ったトニーが緑の一族の一般的な知識を教えてくれた。
「ああ、概ねそんな評判だ。一族の本体は今別の場所で村を切り開いているが、私は修行中の身なので単体で世界を放浪している。君達に出会ったのは神々の御導きだ。少しばかり手を貸すことで私自身の修行になる。だから、護衛役の冒険者として私を雇ったとしても、道中の食事や宿代程度の支払いがあれば報酬として十分だ。もらい過ぎると族長に叱られる」
僕の護衛を買って出ることでシーナの修行になることがシーナの利益なのか。
「貴女が緑の一族だ、というのなら、報酬額の設定が低いのも頷けます。どこの国にもなびかない、賄賂も受け取らない、この世界の土地の魔力を均衡にすることを目的として放浪する一族ですからね」
トニーの補足説明にシーナが頷くと、トニーは眉を顰めた。
「そうは言っても、護衛でしたら私一人で大丈夫です」
「いや、貴方が妃殿下の最強の護衛騎士だったことは過去の事です。現に城からの追手を全滅させることができなかったでしょう?」
シーナの指摘が図星だったのかトニーは無言で視線をテーブルに向けた。
あれは、トニーが手加減した演習用の火炎魔法だったから、怪我人が出ずに済んだんじゃないのか?
追手を巻いて無傷で出国できたのだから僕としては上出来だったが、本来のトニーの実力だったら違った結果になっていたのだろうか?
シーナは右手で指パッチンをすると、弾いた指先から小さな光の粒が広かった。
巨大風船のように広がった光の粒に包まれたテーブルの下から魔法陣が出現すると、トニーは難しい表情でシーナを見た。
「防音の魔法陣なのに、えらく仰々しいな」
左下に小さく顎を引いたトニーは魔法陣の効果を説明しながら、危機的状業ではないから現状維持、という合図を出した。
エフェクトが大きいけれど、ただの内緒話の結界みたいなものらしい。
「ああ、そうだ。光の球体の外側からは私達が馬鹿話をして大笑いしているようにしか見えない。だから、私の話にどんな反応をしようと全く問題ない」
シーナはにんまりと微笑んだ。
「シーナさんが僕達以外の周囲の人たちには男性に見えていたように、光の外側では僕達の話し合いの様子が本来とは違う映像になっているのですか?」
魔法の知識がないから思いついたまま口にすると、トニーは驚きた表情をした。
「この魔法陣にはそこまで複雑な魔法が仕込まれているとは思えない」
「ああ、そうだよ。魔法陣には自体防音の効果しかない。私の美貌を人目に晒して人々を惑わせないようにする魔法が緑の一族の族長によって施されている。その影響だよ」
シーナは確かに美人だが、なにぶん存在が胡散臭すぎて白い光の粒の説明が嘘だか本当だか判断がつかない。
「うーん。緑の一族の族長の魔法なら、俺に解読できない訳だ。魔法学校で教わる魔法と一線画す秘伝の魔法と言われている」
まいったな、と言うかのように額に左手をピシャリと当てたトニーに、ハハハ、とシーナは笑いかけた。
「私が完璧な変装魔法を行使できるのなら、君がカツラを被らなくてもいいようにできるのだが、私はまだそこまでの域に達していない。だが、私と同行したらこうして必要に応じて他者に誤魔化しをかけることが容易になるよ」
トニーとは一線画す魔法を行使できるなら、確かにシーナを雇う意義がある。
「魔法を行使することは危険だから、情報は極端に管理されている。だけどそのせいで、これからこの世界は穏やかに悪い方向に向かうだろう。情報や知識が、身分や社会的地位といったの区分でますます隔絶される。我が緑の一族は土地の魔力を整えることに全力を尽くすが、人間社会の制度に介入しない。だけど、何とか抗いたいと族長は考えている」
逡巡している僕にシーナは真面目な話をした。
「私は族長ほど身を粉にしてこの世界のために働かなくてはならない、とは考えていなかった。だけど目の前に、異世界で生きた前世の記憶を思い出したこの世界を変える一助になるかもしれない少年がいたら、決意せざるを得ないじゃないか。声をかけるに決まっているだろう?」
シーナの言葉に僕とトニーはギョッとして背筋を伸ばした。
前世の記憶があることを僕はトニーにしか話していない。
逃走を手助けしてくれた協力者達にも話していない、間違いなく誰も知らないことを一目で見抜いたかのようにシーナは語った。
「精霊使いだな」
そう呟きながら右下に顎を引いたトニーの仕草は脱出の合図だった。
瞬時に僕はおんぶ紐を取り出しながら椅子を蹴り、立ち上がったトニーの背中に飛びついた。
「いや、私はそんなご大層な存在ではない」
僕達の行動を制すように、シーナが平らな胸の前でひらひらと手を振ると、心霊写真のオーブみたいな大きさの色とりどりの光の粒がたくさん現れた。
「緑の一族には精霊の声が聞こえる人間が生まれることがある。偶々、私がそうだっただけで、精霊使いではない」
この光が精霊なのか?
「街中に精霊が出現するなんて珍しい!」
キョロキョロと辺りを見回すトニーやトニーの肩に顎を乗せて仰天している僕のそばに精霊が数体出現した。
「魔法が使える場所には見えなくても精霊達がいるものだよ。精霊達を神々のように崇める必要はないけれど、街中にいないと決めてかかるものじゃない」
トニーの背中から下りると両手を伸ばし、目の前をフワフワと漂っていたオレンジ色の精霊を丸めた掌でそっと包み込むと、僕の掌が透けるように光った。
「フフ。君達は精霊達に好かれているよ」
精霊に感情があると知ると、掌に閉じ込めておくことを気の毒に思えて、掌を開いた。
オレンジ色の光は指の間をすり抜けてフワフワと漂い、僕の灰色の髪の毛の中に潜り込んだ。
前髪の隙間からオレンジ色の光が透けて見えた。
「シーナさんは精霊の声を聞いて、俺達の事情を察したのですか?」
トニーの言葉に、正解!と答えるように精霊達が光を点滅させると、シーナは頷いた。
「貴方の名はトニー。大陸北西部、ラウンドール王国から大陸北東部の東方連合国、最北の地シャオ王国の王太子に嫁いだメリーアン妃殿下の護衛として同行し、王太子妃の死後もシャオ王国に残り、妃の長男アルフィーの護衛に就任するも、王太子の側室の手先による相次ぐ毒殺計画により、亡き妃殿下の条件が揃えば発動する遺言の魔法の条件が揃ってしまったため、離宮から出奔した」
毒殺されるほどの毒をしょっちゅう盛られていたわけではないが、概ね事実だ。
僕とトニーが頷くと、シーナは話を続けた。
「ラウンドール王国百年に一度の逸材の騎士、と謳われたトニーは、火炎魔法と風魔法の使い手で、活火山のトニーという異名を持ち、予兆なく噴火する火山のように局面に合わせて敵を一網打尽にできる魔法を行使する、と言われたが、当時は大袈裟な表現ではなかった」
活火山のトニー、……あんまりカッコよくない異名だな。
引きつったトニーの表情から察するに、概ね事実なのだろう。
「ああ、過去の話だ。最終兵器と言われた一撃が出せなくなったのは事実だ」
両掌を広げてじっと見たトニーは顔を上げ、厳しい表情でシーナを見た。
「シャオ王国に入国してから本気で魔法攻撃をすることがなかったせいで、いつからそうなったのか気が付かなかった。だが、それでも俺はなかなかの上級魔法騎士だと自負している」
トニーは、自分は必殺技を出せなくても非凡な護衛騎士だと主張すると、シーナは素直に頷いた。
「トニーが護衛としては最強クラスの実力者だと精霊達も認めている。けれど、アルフィーの存在が特別すぎて、この先、アルフィーを守り切れる、とは言い難い」
そうだそうだ、と言うかのように精霊達がシーナの話に合わせて二回点滅すると、トニーは眉間の皺を深めた。
「アルが特別な存在だ、と精霊達にバレていたとしても、ほかの人間にはわからないだろう。王子という身分を隠して生活していけば、今後、アルは穏やかに暮らしていけるはずじゃないか!」
語気を強めたトニーの発言に僕は力強く頷いた。
シーナが非凡な魔法使いだからといって、トニーの能力に問題があることを強調するような物言いは納得できない。
「説明が足りていないな、トニー。シャオ王国の追手だけなら今のトニーで十分対処できるだろう。ラウンドール王国側の問題をアルフレッド シャオ ラウンドール殿下に何も話していないじゃないか」
シーナの言葉に僕とトニーの周りの精霊達が、正解!と点滅した。
なんてこった!
母の母国にも不穏当な問題があるのか!




