5 不審な女と僕とトニー
僕達は協力者達の誘導でシャオ王国を出国し、東方連合国の関係国を通過するまで行商人一行と共に行動した。
こんなに簡単に国外脱出ができたのはひとえに協力者達が優秀だったからにほかならない。
いつ僕が離宮を脱出してもいいように事前に、変装用の衣装や、母に似た容姿を誤魔化すためにカツラを用意してくれたりしていた。
母のファンだった協力者達は僕にも崇拝の眼差しを向け、用心深く僕の分だけでなく、メラニーの分まで用意していた。
協力者達は離宮の出入りの業者としていい仕事をしていた。
僕達が季節ごとに衣装の採寸をする際に、発育状況や肌艶まで観察し、メラニーは異常なしだったが、服の下の見えないところに湿疹の出ていた僕はいつでも脱出できるように、と準備万端で待ち構えていたらしい。
僕はラウンドール王家の特徴的な容姿は銀髪に紫の瞳だったから、濃い茶色のカツラを使用するだけで印象ががらりと変わった。
瞳の色は黒っぽい青に見えるようにカツラの中に魔法陣が描かれていたので、キャラメル色の髪に青い瞳のトニーと、ぱっと見だったら親子に見えなくもなかった。
試しにトニーに、父さん、と呼びかけると、あからさまにギョッとした表情になった最強の護衛は小芝居が苦手なことが露見した。
僕とトニーは、母を亡くした子どもを母方の実家に送り届ける親族、という嘘の少ない設定にすることに落ち着いた。
ラウンドール王国の伯爵家の三男のトニーは王家の血筋も入っているのであながち嘘ではない。
無理のない設定だったので国境の検問を越える際、僕達は自然に振舞えた。
とはいえ、追手がシャオ王国内のラウンドール王国出身者をしらみつぶしに調べれば僕達の協力者達に辿り着いてしまう。
行商人の一行と共に行動を続ければいずれ行方を突き止められてしまうことは見え見えだった。
シャオ王国の王家の威光が通用しない国を抜けたところで、僕達は行商人一行と別のルートで次の協力者の元に向かうことになった。
あまりに事が上手くいきすぎて気が緩んでいたわけじゃない。
滞在した宿で味気ない夕食を取ると、翌朝の朝市に食べ物の屋台がある、と小耳に挟んだ僕はいてもたってもいられなくなった。
警戒心より好奇心が先立ってしまい、宿の朝食を断り朝市をうろつくことをトニーに認めさせた。
だって、異世界で旅をするなんて、毎日テーマパークを散策しているようなものじゃないか!
人々の暮らしのリアルを体感したり、現地グルメを探索しないなんてもったいない。
「そこの少年!君の呪いを払い、君を本来の立場に戻してやろう!」
朝市の雑踏の中、艶のある女性の声に僕とトニーは振り返り、胡散臭そうな視線を向けた。
黒髪の深い緑の瞳のうら若い女性だった。
女性の出生率が極端に少ないこの世界で結婚適齢期に見える美女が一人で朝市にいるなんて、まるで誘拐してくださいと言っているも同然で、不審者この上ない。
不思議なことに朝市の客たちも露店主たちも黒髪の妖艶な雰囲気のある女を全く気にしない。
ということは、女が認識を疎外する魔法でも行使して顔の印象を誤魔化し、長いローブの下のすらりとした姿態を男性に見えるようにでもしているのだろう、と魔法に疎い僕でも察した。
女の話の内容が今の僕の状況を臭わせていたことにトニーは眉間の皺を深くした。
トニーは即座に全身に身体強化をかけたのか僕を庇うように差し出した左手の指毛が逆立っていた。
トニーの火炎魔法は見せかけだけの演習用の物でも賑わう朝市で使用したら大パニックになるだろう。
とはいえ、収納ポーチに納まっている剣を抜いても同様に大パニックが起こってしまうに違いない。
僕はトニーの腰に手を回し、ひとまず様子を見るように、とトニーを見上げて視線で訴えた。
シャオ王国の国民は赤っぽい髪色の人が多く、真っ黒い髪の女は追手には見えない。女がどこまでぼくたちの情報を知っているのか、会話で探り出してみるのもいいかもしれない。
「呪いではなく、お呪いなので払ってもらわなくていいです。別に本来の立場に戻りたくもないので、かまわないでください」
僕は女が口にした情報を否定せず、格段興味を示さなかったかのように、シッシ、と右手で女性を追い払う仕草をした。
離宮から脱出する際使用した母の魔法陣の影響の残滓が残っていて、それを女は、呪い、と表現したのかもしれないなら、何か情報が欲しい。
女の言葉の何が真実で何がハッタリなのか見極めたかった。
女性はケタケタと笑い声をあげた。
「面白いな。王子の地位は必要ないのか!」
口元を隠して小声で話す女は見事に僕の素性を言い当てた。
微かに左眉を上げたトニーは腰につけた収納ポーチに左手をあて武器をいつで取り出せるように警戒した。
大立ち回りは避けたいところだけど、商人に偽装しているトニーは魔法を発動させるより、物理攻撃の方が護身術だと後々の言い訳がたつのだろう。
「いい護衛だね。気に入ったよ。朝食を御馳走しよう。あっちに美味い粥を出す店がある」
「いえ、けっこうです。ただより高い物はない、という信条を持っているので」
即座に断った僕に女は小さく頷いた。
否定的な言葉ばかり僕は口にしているのに、僕が女の話に興味を持っていないとは一ミリも考えていないかのような自信を持った余裕のある笑みを女は見せた。
「貸し借りなし、ということか。それじゃあ、屋台まで案内するよ。精米したての米で粥を出す店だよ。付け合わせの総菜も充実している。そこそこいい値段だが、値段相応の間違いない味だよ」
女の言葉に僕の腹の虫が鳴った。
この旅を通して食に拘る僕に付き合わされているトニーは無表情を貫いていたが、これは引っ掛かるな、と言うかのように少し肩の力を抜いた。
最強の護衛のトニーはその気になればいつでもこの町から脱出できると踏んだのろう。トニーは僕を負ぶって走っても馬より速く走れると豪語していた。
目立つことを考慮しなければ、僕もトニーに任せておけばこの女から逃げることは可能だと考えている。
「大陸中央北部で米にありつけるなんて滅多にないうえ、精米したての米なんてまさに垂涎の的。貴女が僕の身の上に詳しいような口ぶりをする理由も聞いてみたいから、是非、朝食を一緒に取りましょう」
まんまと女の誘いに乗った僕に、まあいいでしょう、とトニーが頷いた。
ここで暴れるのも、屋台で大暴れするのもトニーにとって大差ない、ということだろうか?
いや、美味しいお粥を食べそびれた僕の機嫌が悪くなることを差し引きして頷いたのだろうか?
素直に歩き出した僕とトニーを見比べた女はフフっと笑った。
「まあ、君達は裕福な商家の装いをして、親子と言っていいような年の差だね。だが、私にはどう見たって親子に見えない。私が君達にどうして声をかけたくなったかは、後で話すよ。ああ、あっちの角を曲がったとこにある屋台だ。市の外れで人気も少なくない場所だから、ゆっくり話せるよ」
先導する女が魔法を発動させた様子もないのに露天の品定めでひしめき合っていた客たちが体をずらして道を開けた。
トニーは先ほど人ごみの中でいつの間にか後ろを取られたことに合点がいったのか僅かに眉を顰めながら、何らかの力が働いている、と声を出さずに口を動かした。
それは楽しみだ、と僕も小声でこの状況を好奇心が刺激されていることをトニーに伝えた。
だけど、警戒を怠らず、腰の収納ポーチに右手を突っ込み、万が一に備えて魔術具のおんぶ紐を握りしめた。
「赤ん坊のように負ぶってもらう年でもないだろう。そう用心しなくてもいいよ」
逃走方法までバレているなんて、やっぱり女はシャオ王国からの追手なのだろうか?
「君の連れときたら商家の若旦那のいでたちをしながら筋骨隆々だもん。訳あり貴族の子弟とその護衛なのは見え見えだよ」
女は振り返り、トニーに顔を寄せて肩を叩くと、トニーは耳を赤した。
「いい年しているくせにウブだね。職場に女性がいなかったわけではないだろうに、私が隣に並ぶだけで呼吸が浅くなっている。女に免疫がなさすぎるから、既婚者ではないね」
二度も不覚を取られたことに憤って耳を赤くしたトニーを、女に免疫がない、と表現した女の言葉はいかにも目の前のトニーを観察してテキトーなことを言ったのかのように見える。
だが、トニーの同僚のアデルの存在を臭わせたことで話に真実味が増した。
「俺の振る舞いから、俺が独身で女性と接する機会がなかったことをお見通しなのは理解できるが、俺の職場に女性がいたことをなぜわかった?」
トニーの疑問に女は笑った。
「簡単だよ。私が女性の声で少年に話しかけても、お前は話の内容に驚きこそすれ、若い女の声に惑わされなかった。女性と肩を並べて飯を食べに行くほど親しくないが、家族以外の女性が身近にいたことを窺い知れる」
女の説明にトニーは苦笑しながら頷いた。
おいおい。
小芝居が苦手なトニーは女の話にまんまと同意してしまい、無駄に女に自分の情報を与えているような気がする。
あれ?トニーは僕のことなら何でも知っているのに、僕はトニーの私生活をほとんど知らないぞ!
トニーは二十代後半から三十代前半だと思っていたけれど、本当は何歳だろう?
もしかして、トニーって彼女いない歴が年齢と同じなのかな!
いや、むやみに詮索するのはよそう。前世の僕は彼女いない歴が享年と同じだった。
恋愛系のラノベの世界だったなら、美少女に看病されて闘病生活を乗り越えられたのかな?
あれ、定番は美少女の方が病に侵されているんだっけ?
しかも……落ちは美少女が亡くなっていたような……。
前世の僕の家族も献身的に看病してくれたし、医療関係者たちも全力を尽くしてくれたじゃないか。
……彼女がいたくらいで、前世の僕の享年は変わらなかっただろう。
リア充?そんな言葉、前世の僕には関係ないねぇ。




