4 アルとトニー
冷え込んだ空気を吸った僕は、まだ薄暗い夜明け前に目覚めた。
寝入りばなだけ添い寝してくれるのかと思いきや、トニーの寝顔が真横にあった。
テントの外の様子が気になりゆっくりと静かに寝袋から出ようとすると、トイレですか?とぱっちりと目を開けたトニーに声をかけられた。
「おはよう、トニー。ちゃんと寝たの?」
素早く身を起こしたトニーに声をかけると、トニーは頷いた。
「魔力の動きを気にしながら寝ることに慣れていますから、大丈夫です」
「口調が戻っているよ」
僕の突っ込みに、ハハハ、とトニーは自嘲気味に笑った。
「どうにも慣れません。ああ、駄目だ。目覚めの気分はどうだい?アル」
「幼い体の利点は体が柔らかいから、硬いところで寝てもあんまり体が痛くならないことだね」
寝袋から出て両腕を上げて背伸びをするとトニーの表情が綻んだ。
「外の様子を見てきます、おっと、駄目だな。見てくるから、まだテントの中にいるように」
トニーは丸めた寝袋を収納ポーチに収めると、テントの外に出た。
外に出るなと言われたが、ご神木に守られているのだから顔を出すくらいならいいだろう。
三角のテントからひょっこりと顔を出し見上げると、木の上から離宮の方角を見ていたトニーに気付かれてしまった。
「(全身を)テントの外に出てないよ!」
「状況確認が終わるまで待っていてほしかったんだが、指示の出し方がマズかったな」
状況確認を終えたトニーがご神木から飛び降りると、もう外に出てもいいか、と目で訴えた。
「ああ、テントから出ても大丈夫だ。離宮の動向は、俺が壊した庭の復元に人員を割いていたようで動員の気配がない。夜明けと同時に俺たちの捜索が始まったとしても少人数だろう。まあ、油断せず、ここを片付けて次の避難先に急いだほうがいい」
「次の避難先?」
ああ、と返事をしながらトニーは手早くテントを片付け始めた。
「妃殿下の出入りの業者の下請けに、社会勉強に男児を見学させる、という名目でいざという時に身を寄せる話がついている。妃殿下のご成婚の際にラウンドール王国から出店した業者で、その実ラウンドール王家の隠密調査員で構成されているから信頼できる者たちだ」
母の輿入れに合わせて潜入しているラウンドール王国のスパイにお世話になるなら安心だ。
一晩お世話になったご神木にご挨拶しようと幹に両腕を回した。
ズワっと魔力を引き抜かれる感覚に腰を引くと、アル!と叫んだトニーが鬼の形相で僕を見た。
「大丈夫か!」
「大丈夫だよ。ご神木に魔力を持っていかれたからびっくりしただけで、何ともない。いつもの魔力奉納と変わらないくらいの魔力を引き抜かれただけだよ!」
慌てるトニーに、問題ない、と両手を胸の前でひらひらさせると、大丈夫だ、とご神木も太鼓判を押すように風もないのにサワサワと葉を揺らした。
「……守られている安堵感が半端なく湧くね」
僕の感想にトニーは頷いた。
「国を護る王族を保護するご神木はこの山だけでなく国を護っているのかもしれないな。おっと、アル。魔力奉納で魔力を使用することは教会で五歳の仮登録を終えたら推奨されているが、魔法学校に入学するまで魔法を使用してはいけないよ」
両掌を広げて、ここから魔力が出るのか、と感慨にふけった僕に、トニーが忠告した。
「魔力枯渇を起こせば突然呼吸が止まり死に至る。間違った魔法を使用した瞬間に神罰が下り、落雷によって消し炭にされることもある」
魔力枯渇は想像できるが、神罰で消し炭になるって、何なんだ?
口をあんぐりと開けた僕の眼前で膝をついたトニーは真剣な表情で説明した。
「禁忌の魔法は口のできない、文字にできない、記号にできない。俺にも何が間違った魔法なのか真実は分からない。だから、正しい魔法の使用方法を学んでからじゃないと魔法を使ってはいけないんだよ」
脅かすのではなく諭すような口調のトニーの言葉は胸にフッと沁みた。
七歳の洗礼式の後、魔法学校に通って魔法陣を学ぶ、と繰り返し家庭教師から念を押されていたからだ。
「その昔、数多の神々が七大神の座を巡って諍いを起こし、創造神に反発した神が封じられた、らしい。真実はどうであれ、封じられた神の名の発音を一音でも口にすると神罰が発動し、世界中が大混乱に陥ったんだ」
僕はゴクンと生唾を飲み込んだ。
「魔法学校で安全とされている神々の記号を学び、安全が確認された魔法を行使することで、いきなり天罰が下ることを防いでいる」
僕が真剣な面持ちで頷くと、トニーは微笑んだ。
「魔力奉納で魔法の流れを意識できるようになったら、身体強化をしたいところに魔力を固定して身体能力を向上させることは徐々にできるようになる。魔力枯渇に気をつけなくてはいけないが、この旅の途中で徐々に試してみるのはいいかもしれない」
魔法使いっぽいことが少しならできそうな事に気をよくした僕は満面の笑みを浮かべて頷いた。そんな僕の頭をトニーはポンポンと叩いた。
幼児らしい反応をするとトニーは気安く接してくれるようだ。
「そうと決まれば、腹ごしらえを先にしようよ!」
ラウンドール王家のスパイにお世話になるにしても、食事は先に済ませておきたい。
「人眼につかないように日が昇る前に町に降りておきたいが、町と森との境目はこの時間帯だとまだ死霊系魔獣がうろついている可能性がある。先に食事をして日の出を待つ方がいいか」
話を聞きながらお腹を擦った僕を見て笑ったトニーはウエストポーチから小箱を取り出した。
「食料用の魔術具だよ。保存食だけでなく、調理済みの食事もある程度劣化を防いでそのまま保存できる優れた魔術具だよ」
トニーは地べたにナプキンを敷いて小箱を置くと、すでに皿に盛りつけられたベーコンとパンとコップに入ったミルクを取り出した。
いつものあるの朝食メニューだった。
前世の記憶を思い出す前の僕は偏食のうえ小食で、絶対に食べない野菜が食卓に上がることはなかった。
小食だったのは、もそもそした硬いパンとしょっぱいベーコンの味は悪くないが、量を食べることはできなかっただけだ。偏食なのは味覚がお子様だったから悪の強い野菜や肉が苦手だったからだ。
そんな生活習慣で間食に果物を食べ、部屋の中で少し遊ぶだけの運動不足だった僕は、食事時に食欲がなくなる悪循環に陥っていた。
「ベーコンを細かく刻んでミルクを温めることはできないかな?」
カトラリーを取り出していたトニーに声をかけると、できるよ、とトニーは即答した。
「火炎魔法で刻んだベーコンをカリカリに焼いて、ミルクを入れてゆっくりと温めて、その中にちぎったパンを入れたら、美味しいパン粥になりそうだよね。ああ、玉ねぎをベーコンと炒めたらスープにコクが出るかなぁ」
トニーは目を丸くして僕を見た。
「それは確かに美味しそうだ」
トニーはご神木から離れると、ナイフで地面を削りササっと魔法陣を描きあげた。
「簡易の竈を土魔法で作る。火加減をするためには専用の魔法陣を先に描いた方が簡単に微調整できる」
魔法陣の上に土魔法で竈を作ったトニーは、その上にフライパンを置くと、竈の中から炎が上がった。
おおー!魔法って、便利過ぎる!
ベーコンを放り投げたトニーが抜刀するとベーコンはみじん切りになり、フライパンの上に落ちた。
剣先の動きが全く見えなかったよ!
「カッコいい!」
僕が拍手をするとトニーは優雅に一礼をした。
「調理は騎士団の野営演習で馴れている。任せなさい」
トニーはトンと胸を叩いた。
僕はジュージュー音を立てて焼けるベーコンからしみ出した脂をちぎったパンに浸して一口食べた。
「うん、この方が美味しいね。脂を含ませてからカリッと焼いたパンを一旦取り出して、ミルクスープが出来上がってから、浸して食べようよ!パンからジュワっとスープが沁みだすところと、カリっとするところと二つの食感が出るといいね」
話しながらゴクンと唾を飲み込むと、トニーは笑いながら頷いた。
「天才的発想だ!」
トニーはパンを放り投げると風魔法でカットし、片方に寄せたベーコンの隣で焼いた。パンの焼き加減を僕が見張っていると、トニーは抜刀術で玉葱をみじん切りにして僕を喜ばせた。
いい焦げ色がついたところでパンを皿に取ると、トニーに声をかけた。
「火加減を弱くして!」
炎が小さくなってからトニーがフライパンにゆっくりとミルクを注ぐと、僕はゆっくりと木べらでミルクスープをかき混ぜた。
「美味しそうだね。味のアクセントに少し香草があったらよかったのに」
「乾燥パセリがありますよ。妃殿下がお好きだったから、国から取り寄せてあったんだ」
トニーは懐かしそうに目を細めながら小箱から小瓶を取り出した。
「何でも出てくるんだね」
「何でもというわけではないんだよ。これは妃殿下から賜った国宝級の一品だから収納量が多く、かなりの量の食材を詰め込んである」
料理好きなのかトニーはいい笑顔で収納ポーチを撫でた。
「ミルクが沸騰する前に火を止めて!」
僕の言葉が終わる前に竈の炎が消えた。
焼いたパンを載せた皿にミルクスープを注ぐとトニーは乾燥パセリを自分の皿だけに入れた。
「野菜嫌いは治ったよ。僕にもちょうだい!これからはいろんな味にチャレンジするからね」
トニーは笑顔で頷くと僕の皿にも乾燥パセリを振りかけた。
「カリカリが残っているうちに食べよう!いただきます!」
スープの沁みたパンをフォークですくって、フーフーと息をかけて冷ます。
頃合いを見計らって口に入れると濃厚なミルクにベーコンの塩味と旨味が合わさってホワイトソースのような味わいになっていた。
口の中でジュワっとしつつもカリっとした狙い通りの食感と味がして、僕はにんまりとした。
「玉ねぎがいい仕事をしている」
うんうん、と頷きながらトニーも満面の笑みになった。
「これからの旅路はなるべく自炊をするようにしよう」
食が進むぼくを見てトニーが提案した。
「ラウンドール王国へ向かう旅路は生前妃殿下が旅をしたいと思っていた国を経由することになる。現地の食材を調理して旅を楽しもう」
「母上は旅がしたかったの?」
トニーは小さく頷いた。
「ご婚姻の際、転移魔法でラウンドール王国から直接シャオ国に魔法で転移しましたが、妃殿下はキャラバンのように旅をすることに憧れておいででした。いよいよご自身の体調が思わしくなくなると、アルやメラニー姫に万が一のことがあった時の緊急帰国の経路をお考えになる時に、転移魔法が使用できない時の旅路にご自身がご訪問したかった国を選ばれています。そこにも、ラウンドール王家の密偵が基盤を作っています」
日増しに顔色が悪くなっていた母が、僕達の身の安全を最後まで考えてくれていたなんて……。
自分が訪れることができなくても憧れていた土地を経由して僕達が楽しく旅ができるように考えていてくれたなんて、胸熱すぎる。
「逃走資金は十分すぎるほどあるから、シャオ王国を出たらのんびり旅をしよう」
トニーの提案に僕は頷いた。
母が見ることができなかった様々な国を巡りながら、今後の人生を考えるのもいいだろう。
両手でスープ皿を持ち上げて少し冷めたスープをごくごくと飲み干した。
トニーは、行儀が悪い、と言いたげな目をしていたが、一息ついて頷いた。明るくなり始めた東の空を見たトニーは自分も皿を持ってごくごくと飲み干した。
夜明けを告げる教会の鐘の音が響く前に僕達は片付けと着替えを終えていた。
商人の親子ぽい格好で町に出た僕とトニーは、協力者の商会の元に拍子抜けするほど簡単に辿り着き、出入り業者のふりをして王都を脱出し、なんやかんやあっても、大きな問題もなく国外に脱出することができてしまった。




