8.もんちー(香奈)
お店の前でくるりと振り返り、素敵な時間をくれたこのお店全体を改めて見回して…………あたしはお店の裏口近くにあるそれに気づいた。一瞬、あたしの遠近感が狂ったかなと思って目を擦った。
いや、違う。なんこれ? 縮尺おかしない?
そこにあったのは、小さな小さなオートバイだった。形は普通のオートバイなんだけど、全長で1㍍ぐらい、タイヤの直径も30㌢ぐらいと大きさが子供用自転車ぐらいしかない。それでもちゃんとナンバープレートが付いているところを見ると普通に公道は走れるんだろう。
「うわぁ、ちっちゃいバイク。……なんこれめっちゃ可愛いやん」
白に3本の細いラインの入った燃料タンク、黒い革のシート、赤いフレームの色のコントラストが絶妙で、あたしはついつい近寄ってその小さなバイクを観察してしまっていた。
バイクのことなんて何にも知らないのに、あたしはこのバイクの可愛さにすっかり虜になってしまった。一言でいうなら一目惚れだった。
「はー、こんなにちっちゃいのにほんまに走るんかなぁ?」
前に回ったり、後ろに回ってみたり、横にしゃがみこんだりして色々な角度から覗き込む。そのうち、見るだけでは飽き足らずにシートを指でツンツンしてみようと人差し指を伸ばした瞬間──。
「そんなにうちの[もんちー]気に入った?」
「ぴゃあっ!」
いきなり耳元で声をかけられて吃驚して飛び上がった。心臓をバクバクさせながら慌てて振り返ると、サラさんがいたずらっぽい表情を浮かべてすぐそばにいた。
「あ、ああう……」
何か言わなきゃと思うけど、今の姿を見られていたと思うと恥ずかしくて気まずくて言葉にならない。いったいいつから見られてたんだろう?
「……い、いつから?」
「うふ、最初から。どっちに帰ってくんかなーと見送ってたら店の裏に何か見つけたような顔で近づいてったから、ああ、[もんちー]見に行ったんやなって」
ぎゃあぁぁぁぁ! 見とらんと止めてよ! 頭を抱えて悶絶するあたし。
「やー、なんか香奈ちゃん昔のうちみたいやなぁって思って。そっかぁ、うちも周りから見たらあんな感じに見えとったんかなーとか思ったり。でも可愛いやん? この子」
そう言いながらバイクのシートをさすさすと愛しげに撫でるサラさん。そんな彼女の様子につられてうなずき、言葉を返す。
「[もんちー]っていうんですか? このバイク」
「[もんちー]はうちがつけたこの子の名前やね。正式名称はHONDA MONKEYってゆうんよ」
「モンキー?」
「やに。お猿さん用って感じやん?」
「あ、それ、すっごくよく分かります」
たぶん、お猿さんが乗ってたら普通のサイズのバイクに見えるんだろうな。
「で、でっ! 香奈ちゃんもバイクに興味あるんかな?」
目をキラキラさせながらそう訊いてくるサラさん。これは類友を見つけたときのオタクの顔だ。
「や、その、今まで全然興味なかったんやけど、このモンキーの可愛さに一目惚れしたってゆうか……。今初めて興味持ったってゆうか」
うんうん、分かる分かるーとうなずくサラさん。
「やんな! やんな! この子は元々お父さんの愛車やってんけどな。うちも子供の頃からずーっと乗りたくて、十六になったらすぐ免許取りに行って、やっとこの子に乗れるようになってめっちゃ嬉しかったんよ。高校もずっとこの子で通っとったし」
「へえ……。モンキーに乗るには自動二輪免許が要るんです?」
「んー、このタイプのノーマルモンキーやったらデフォは50ccやから原付免許があったら乗れるんやけどね。でも、長く乗るんやったら自動二輪取る方がオススメやね。たぶんすぐに50ccで満足できんくなって排気量上げたくなるやろし。うちの[もんちー]も元は50ccやったけど今は90ccにボアアップしとるから小型二輪以上の免許がないと運転できんのよね。なぁに? さっそく香奈ちゃんも免許取っちゃう?」
「やー、一応もうすぐ十六にはなるし、その興味もあるけど、そこまではまだ」
「でも……バイクは見たり指でツンツンするんやなくて乗るためのものやに?」
「……あう」
あたしの葬り去りたい黒歴史を指先でツンツンつつくサラさんは、そうだ! と何か思い付いた様子で店内に入っていき、やがてエプロンを外したコックコート姿で、ヘルメットを二つ抱えて戻ってきた。
「はい、じゃあこれ被って。モンキーの良さは乗ってみんと分からんやん? 送ってあげる」
「ええっ?」
困惑するあたしに半ヘルを渡して、サラさんはジェットヘルを手慣れた様子で被ってパチンとアゴひもを留め、あたしの目の前で[もんちー]のサイドスタンドを跳ね上げてシートにまたがり、キーを回して、キックペダルをぐっと踏み込む。すると[もんちー]は車体を震わせてエンジンを始動させた。
──バルンッ! バルルルルル……
あ、思ってた以上に力強いエンジン音。小型スクーターみたいなビィィィンって感じの軽い音を想像してた。
ヘルメットを抱えたままのあたしのスカートをサラさんが指差す。
「そのスカート、キュロットやんな?」
さすが先輩よく分かってらっしゃる。うちの学校の制服スカートは外見は普通のプリーツスカートだけど、内部が二股になっているキュロットタイプと普通のスカートタイプの二種類が選べる。多様性への配慮というやつで、特にキュロットタイプは自転車通学の女子たちにスカートが風でめくれなくて重宝されている。あたしは自転車通学じゃないけど、そもそもスカートが好きじゃないのでキュロットタイプにしている。
「キュロットです」
「なら大丈夫やね。香奈ちゃん近所やんな? ヘルメット被ってうちの後ろに乗って?」
サラさんが[もんちー]のシートの後ろ半分をポンポンと叩く。
「あの、でも二人乗り……怒られへんかなぁ?」
今まで二人乗りなんて自転車でもしたことのない、良い子の香奈さん的にはちょっと抵抗がある。
「大丈夫やに。バイクの二人乗りのルールやけどな、まずバイクが排気量50ccオーバーの小型二輪以上で登録されていること、シートが二人乗りに対応したタンデムシートになってて、後ろの人が足を乗せるためのステップがついていること、運転手が自動二輪免許を取って1年以上経過していることの三つなんよね。うちも[もんちー]もその条件はちゃんと満たしとるから法的には問題ないに」
あ、そうなんや。そのへんはちゃんとしとるんやね。
「でもっ、二人も乗ったら[もんちー]つぶれちゃうんじゃ……」
「あは。うちの子はそんなヤワっちゃうから大丈夫やに」
「あー……じゃあ、お言葉に甘えて。うちはあそこに見えてるあれです」
「あの家やね。りょーかい」
結局、好奇心の方が勝ってしまって、家まで乗せてもらうことにした。脱、良い子。
【作者コメント】
二人乗りのルールについては沙羅さんの説明通りではありますが、実際にモンキーを二人乗り用に改造することについてはグレーな部分もありますので、あくまでこの作品はフィクションということで。




