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れすとあ ─モンキーガール、風になる─  作者: 海凪ととかる@沈没ライフ


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34.堤公園(香奈)

 堤公園の駐車場の入り口が近づいてきて、佑樹が先頭を走る響子さんに声をかける。


『響子さん、そこ右やで』


『おっけーい』


 パカパカと右折のウインカーを出す響子さん。次いで祐樹があたしに声をかけてくる。


「香奈ちゃん、ギアを一段階落としてエンジンブレーキかけるで」


 そんなこと急に言われても咄嗟に意味が理解できない初心者。


「はわっ。エンジンブレーキってなんやったっけ?」 


『今、四速で出しているスピードを三速で出そうとしたら、かなり回転数を上げないかんけど、それを回転数を上げないまま三速に落としたったら、その時の回転数で出せるスピードまで勝手に落ちるんさ。それがエンジンブレーキ』


「ほーん? 右手と右足の前後輪ブレーキしか今まで使ったことないからちょっとまだよく分からない」


『やってみたら分かるに。そのままアクセルを吹かさずにギアを一速落としてみ?』

 

 言われるままにクラッチを切ってチェンジペダルを一回踏み込んで四速から三速に落とし、すぐにクラッチを繋ぎなおす。


 繋いだ瞬間、ブォンッ! と一瞬だけ回転数が跳ね上がるけど、アクセルを吹かしていないのですぐに下がり、それに合わせてぐぐっとエンジンブレーキがかかってスピードメーターの針が下がってくる。


「おぉ、これがエンジンブレーキなんやね。なるほど、納得した」


『ん。このエンジンブレーキを、前後輪ブレーキと併用する癖をつけとけば効率的にスピードを落とせるでな』


「うん。わかったー」


 響子さん、佑樹に続き、ウィンカーを点滅させて堤公園の駐車場に続く堤防道路に入っていく。今の時期は完全に緑一色になっている桜並木を通り抜け、坂を下れば宮川にかかる度会橋(わたらいばし)下の広々とした河川敷のスペースを活用した堤公園。

 ちなみに公園といっても遊具はほとんどなく、やたら広い駐車場と芝生の広場だけがあり、花見や花火大会などの大規模イベントの会場になったり、伊勢神宮関連の祭りの際は臨時駐車場兼シャトルバスの発着場として活用されている。かつてのあたしはよくここで走っていた。


挿絵(By みてみん)


 今は学生は夏休みに入ったとはいえ、真夏でしかも平日の昼間だからほとんど車は停まっていないし、歩きの人たちの姿もほとんどない。


『お、やったね。ほとんど貸切状態じゃないか』


「こんだけ暑かったらそらそうやろな。むしろ狙ってたまである。一旦橋の下の陰に停めよか」


 そんなガラガラに空いた駐車場の中でも一等地である度会橋下の日陰に駐車した。日向はアスファルトからの照り返しもあってすごい暑さだったけど、橋の下は川から吹いてくる涼しい風もあってけっこう快適。


「……っぷはっ! 開放感!」


 フルフェイスのヘルメットを外して首を振り、髪を風に踊らせる響子さん。


「この真夏にフルフェイスは暑いよな」


「そう。あと重いから肩も凝るんだよね。私もハーフかジェット買おうかな」


「それもええかもな。ちなみにここまで走ってきて、ゴリラの調子で気になるとこはなかった?」


「うーん、ゆっくり走ってたからまだなんともだね。とりあえずここで走りながら色々試してみようかな」


「そやな。ここは公道っちゃうから思う存分性能試験してみたらええに。工具は一応持ってきとるで気になるとこがあったらその都度調整できるでな。……香奈ちゃんはどやった?」


「ん……そだね、やっぱりモンキーのこの軽さにまだ慣れないから、低速やカーブだとちょっと不安定というか、まだ感覚が掴めてないから、ジグザグとかS字とかやりながら身体にモンキーに乗る感覚を上書きしてこうかなって」


「ええやん。それは大事やで。走りながら気になることあったら気にせず言ってな。[メッキー]はレストア後の初乗りやで多少の不具合があるのは当然やでな。ブレーキの効きとか振動とかにも注意しながら走ってみたらええさ」


「わかった。じゃあさっそく行ってくるね」


 そして、あたしはニュートラルでアイドリング中の[メッキー]のチェンジペダルを踏んで一速に切り替え、日差しの中に走り出した。




 教習内容を思い出しながら、広い駐車場でS字やジグザグや一本橋などの基本動作を反復練習して、400ccのバイクに慣れた身体をモンキー用に上書き(オーバーライド)していく。モンキーに身体が違和感を感じなくなるまで。

 性能試験として、長い直線道路を利用して速度試験や急制動をしてみたり、来る時に通った坂道を利用して坂道発進をしてみたり、雑草や小石の多い不整地をわざと走ってみたりと色々挑戦してみる。

 そして、佑樹にブレーキやアクセルをあたしにとって一番しっくりくるセッティングに微調整してもらう。


 そんな感じで貸しきり状態の堤公園の駐車場や園内道路でしばらく練習しているうちにだいぶ陽が傾いてきて、公園内に落ちる橋の影も長くなってきた。


 暑さの盛りの時間も過ぎたので日課の散歩をしにやってくる近所の年配カップルの姿がちらほらと見受けられるようになり、自転車の中学生たちが草野球を始めたり、小さい子どもたちを連れた主婦たちがベンチに座って井戸端会議に花を咲かせている様も見て取れる。


 佑樹の手による最終調整で理想的なセッティングに仕上がったあたしの[メッキー]と響子さんのゴリラ。二人で公園内を一周して駐車場に戻ってくると、[しるばー]はあるのに佑樹の姿が見当たらなかった。


「あれ? 佑樹君どこに行ったんやろ?」

 

 ヘルメットを外して辺りを見回した響子さんが公園の駐車場から階段を上った橋のたもとにある公衆トイレと自販機を指差す。


「あそこにいるね」


「あ、ほんまや。トイレかな」


 見上げれば、佑樹が自販機のところに立ってなにかゼスチャーしているのが見えた。

 

 あたしたちもあそこまで行った方がええんかな? と考えているうちにあたしのポケットの中でスマホが振動し始め、つけたままのハンズフリーキットのイヤホンから着信音が流れ始める。通話ボタンをポチッとな。


「あ、はいっ。もしもし?」


『お疲れ~。香奈ちゃんの運転ももう問題なさそうやし、二人のバイクのセッティングもだいたい良さげやし、人も増えてきたから練習も終わりにしよか。のど渇いたやろ? 何にする? あと響子さんにも訊いたってや』


「あ、うん。……響子さん、佑樹君が飲み物は何にする? って」


「んー、じゃあホットのブラックで」

 

 一瞬、目が点になる。このくそ暑いのにホットのブラック?


「……ほ、ほんまに?」


「冗談だ。緑茶か麦茶の冷たいやつで」

 

 だんだん分かってきた。この人は真顔でしれっと冗談を言うんだ。


「あ、佑樹君? 響子さんは冷たい緑茶か麦茶やって。あたしはスポーツドリンクがええかな」

 

 今のあたしたちのやり取りが聞こえていたんだろう。電話の向こうで佑樹が笑いをかみ殺しているのが分かる。


『くくっ……。了解了解。響子さんはホットのブラックやな。きっちり飲み干してもらおか』


「ええー!? ちょっと!」

 

 プツッと通話が切られる。

 えー、まさかほんまに買ってきたりせんよな?


「祐樹、なんだって?」


「響子さんにはホットのブラックをきっちり飲み干してもらうんやって」


「ぷっ、あっはははは! やっぱり祐樹は面白いな! あははははっ」

 

 ツボにはまったらしい響子さんが大爆笑する。


 やがて、笑いの発作のおさまった響子さんが、自販機を操作している佑樹の方に目を向けたままポツリと言う。


「……ごめんね」


「はい?」


「……信じてもらえないと思うけど、これでもかなっちに申し訳ないって罪悪感はあるんだ」


「え? なにが?」

 

 聞き返すあたしの方に向き直り、あたしの目をまっすぐに見据えながら響子さんが言葉を続ける。


「空気読めないわけじゃないからさ、二人の邪魔をしてるって自覚はあるんだ。なんだかんだもっともらしい理由つけてるけど……結局のところ、私は祐樹に会いたいんだ。祐樹のそばにいたいんだ。……祐樹のことが好きだから」


「……っ!」


 とうとう言われちゃった。響子さんのカミングアウトに胸がぎゅうっと締め付けられる。


 やっぱり気付いとったんや。あたしが佑樹のこと好きって事。でも……。


「……うん。分かってる。……あたしの方こそごめんなさい。でもあたし、やっぱり佑樹君のこと好き。ごめんなさい! あたし、佑樹君のこと諦められへん」

 

 あたしが響子さんには女として到底敵わないってことぐらい分かってる。でも、だからって佑樹への想いを断ち切ることはできない。

 

 案の定、響子さんが今にも泣きそうな、困りきった表情を浮かべ、あたしの胸がズキンと痛んだ。でも、それに続く響子さんの言葉は意外なものだった。


「そんな、なんでかなっちが謝るんだよ! かなっちが謝る理由なんてないじゃん! むしろ謝らなくちゃいけないのは私の方で。私が祐樹を諦めればすべてが丸く収まる話なのに、私が余計な波風を立ててるから!」


 なんで? なんでそんなこと言うん? 


 その言い方やと、響子さんと付き合っている佑樹に横恋慕しているあたしの方が正しくて、自分の彼氏を譲らない響子先輩が間違っとるみたいやん! それは違うやろ! 


「響子さんは間違ってへん! あたしが響子さんの立場やったらきっと同じようにするはずやもん! 好きな人のそばにおりたいって思うんは当たり前やし、好きな人が他の女の子と仲良くしとったらやっぱり嫌やし、自分の方を選んで欲しいって思うし。……先に好きになった早い者勝ちなんて言われてもあたし納得できやんもん!」

 

 響子さんの目から大粒の涙がぽろぽろと溢れ出す。


「……なんで、なんでそんなに物分りがいいんだよ! 私に対して怒ればいいじゃないか! 私を罵ればいいじゃないか! 祐樹に近づくなって私にはっきり言えばいいじゃないか! かなっちが拒絶してくれたら私も諦めがつくのに、このままじゃ私、二人と距離を取れないよ……」

 

 そんなこと言えるわけない。あたしはそこまで恥知らずで傲慢な女になりたくない。しかもそんな、自分が言われたらどんなに辛いか分かってる言葉を、嫌いでもない人に言えるわけがない。


 そう、あたしは決して響子さんのこと嫌いじゃない。恋敵であること以外、響子さんに対して不満なんてないし、むしろ好ましく思ってる。

 彼女は、中学時代のあたしの友だち……あたしが走れなくなった途端に手のひらを返すようにあたしから離れていった娘たちとは違う。どこまでも正直で純粋で裏表がない、不器用な愛すべき人。

 そんな人を嫌いになれるわけがない。


 もちろん、響子さんが佑樹の気を惹こうと一生懸命なところとか、佑樹の言動に一喜一憂するところとかは、見ていて心中穏やかではいられないけど、それでもあたしには彼女の気持ちが分かりすぎるぐらいよく分かってしまうから、彼女を憎むことなんてどうしたってできそうにない。


「……無理やよ。あたし、響子さんのこと嫌いになれやんもん。佑樹君のことは諦められへんけど、響子さんとも仲良くしたいもん。………めっちゃ勝手なこと言っとんのは分かっとるけど、あたし、響子さんのことも大好きやもん!」

 

 あたしの本音に響子先輩が目を大きく見開く。


「わ、私だって、かなっちのこと好きだよ。ずっと推しだったんだ。……ごめん。ほんとうにごめん。推しに迷惑をかけるなんて。私が祐樹のことを好きにさえならなければ……」

 

 何度もごめんと謝る響子さんに申し訳なさで一杯になる。推しっていうのはいまいち分からないけど、それは今はどうでもいい。


「……なんで自分をそんなに悪者にしようとするん? ……悪いのはあたしの方やのに」


「かなっちは悪くない! 悪いのは、祐樹とかなっちが付き合ってるって知ってて祐樹の気を惹こうとしてる私の横恋慕なんだから!」


「違う! 悪いのは響子さんと付き合ってる佑樹君のことを好きになっちゃったあたしの方やし!」


挿絵(By みてみん)


………………。


………………。


「……あれ?」「……ん?」

 

 同時に相手の発言の不自然さに気付いてあたしと響子さんは顔を見合わせた。


 響子さんがおずおずと口を開く。


「……ねえ、なんか話が噛み合ってなくないか?」


「う……ん。あたしもそんな気がする」


「念のために訊くけどさ、祐樹とかなっちって付き合ってるよね?」


「付き合ってへんよ。響子さんこそ佑樹君と付き合っとるんちゃうの?」


「付き合ってない。そもそも、祐樹と初めて会ったのってかなっちと初めて会った日の朝だし。登校中に佑樹に助けてもらって好きになって、昼休みに会いに行ったら推定彼女と一緒にお弁当食べてたんだよね」


「あたしはその時、佑樹君の彼女が自分の彼氏にちょっかいをかけてる泥棒猫に釘を差しに乗り込んで来たんやと思ったんやんね」


………………。


………………。


「……ぷぷっ」「……くっくっく」

 

 始めは呆然とし、そのうちどちらからともなく口元がひくつき始め、とうとう堪えきれずに吹き出し、お腹を抱えて爆笑する。

 なんのことはない。あたしたちはお互いに、自分こそがお似合いのカップルの邪魔をする横恋慕だって思い込んでいたのだ。

 

 あ、あほすぎる。


 ネタが割れてしまえばどうしようもない茶番劇だった。


「なんだよこの馬鹿げた展開。真剣に悩んでた私っていい面の皮じゃないか」

 

 すっかり涙の引っ込んだ響子さんが脱力しながらぼやく。あたしも全く同感だった。


 やがて、両手に3本のペットボトルを抱えて小走りに戻ってきた佑樹は、あたしたちを見て一瞬不思議そうな表情を浮かべた。


「どうしたん?」


「……いや。なんか二人とも妙にサバサバした顔しとんなーと思ってな。自販機の所からやとなんか二人が言い争ってるように見えたんやけど、気のせい……か」


「うむ。気のせいだ。な、かなっち?」


「そそ。気のせい気のせい。ね、響子ちゃん(・・・)

 

 あたしと響子は一瞬視線を交わして、お互いにだけ理解できる含み笑いを浮かべた。負けないよ、と響子の目が言っている。

 あたしやって負けへんし、という意思表明を込めて見返す。これからは遠慮なんかしない対等なライバルで、親友だ。

 

 佑樹は怪訝そうにあたしと響子を交互に見たが、気にしないことに決めたようだ。


「ふうん。ま、ええわ。ほい、これは響子さんの麦茶。第一希望のブラックのホットは時期が時期だけにさすがに置いとらんかったわ」


「そっか、残念だ。私は夏はホット、冬はアイスと決めているんだけど、ないなら仕方ない」


 相変わらずの響子の調子に佑樹は若干呆れ気味だ。


「……ほんまにブレへんなぁ。覚えとくでな? で、これが香奈ちゃんのスポドリな」


「ありがと。なぁ佑樹君!」

 

 ペットボトルを受け取った体勢のまま、佑樹の目をまっすぐに見つめる。


「なに?」


「あたしたち、友だちやんな?」

 

 唐突なあたしの問いに佑樹は迷うことなく即答する。


「おう、もちろん! てか何を今更?」

 

 そう。これが今の現実。あたしは心を落ち着かせるために一度深呼吸をした。いつか彼の一番になれるかどうかは、今はまだ分からない。だから、まずは最初の一歩を踏み出そう。


「じゃあ、あたしはこれから君付けやめて祐樹って呼ぶから。ゆ、祐樹もあたしのことを、か、香奈って呼び捨てでええからね!」


 すかさずに乗ってくる響子。


「あ、そういうことなら、私に対しても今後はさん付けはなしで頼むよ。二人とは対等な関係でいたいからさ」

挿絵(By みてみん)


「えー、どういう心境の変化か知らんけど、二人がそれがええんやったら……今後ともよろしくな。香奈、響子」


「「…………はぅっ」」


 自分でリクエストしておきながら、躊躇(ためら)いなくシームレスに名前の呼び捨てに切り換えられた破壊力は想定以上で、あたしと響子は揃って悶えたのだった。













【作者コメント】


 雨降って地固まる感じで香奈と響子は無事にお互いの誤解も解けて改めて親友にしてライバルとして再スタート、ということで一旦本編としては一区切りとなりますね。次回最終話です。最後まで楽しんでいただけると嬉しいです。


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