32.Bluetooth(佑樹)
香奈は初めのうちこそエンストしたりウィリーしたりと、見ていてハラハラするような状態だったが、持ち前の飲み込みの早さですぐに半クラッチの感覚を掴み、危なげないスムーズな発進と停止ができるようになった。
半クラッチで発進して、駐車場の端まで行ったらUターンして一旦停止。そこからまた半クラッチで発進して反対側の端まで行ってUターンして一旦停止をしばらく繰り返した所で一旦休憩にする。
「ふぅ……。暑かったぁ……」
エアコンの効いた室内に戻り、ヘルメットを脱いだ香奈の顔は真っ赤に上気していて、汗で額や頬に髪が張り付いていた。
「香奈姉、お疲れさまなのだ。アイスティーを飲んでほしいのだ」
「ありがとー!」
咲良が差し出した、氷とアイスティーの入った大きめのグラスを受け取り、喉をごくごくと鳴らして一気に飲み干す。
「…………っぷっはぁ!! 生き返るぅ!! ありがと!!」
「おかわりはいかがなのだ?」
「欲しいっ!」
三杯目を空にしてやっと落ちついたらしい。グラスをカウンターに置いてそのままグデッとカウンターに突っ伏す。そんなお疲れの様子の彼女の横に腰を下ろす。
「だいぶ発進と停止は上手くなったな。どや? 念願のモンキーに乗った感想は」
「……うん。最初はやっぱり難しかったけど、楽しい! むっちゃ楽しい!」
カウンターから顔を上げて八重歯を見せて満面の笑みで楽しいと繰り返す彼女は今までで一番溌剌としていて、僕も嬉しくなった。
「そっか。そんなら、もうちょっと休憩してから今度は度会橋下の堤公園まで走ってみよか? あそこは見通しもええし広いから練習するんに最適やし」
「あ、ええねー! 中学の時は毎日ジョギングしとったよ」
「うん。そんならコースも慣れたもんやな。……で、その時はこれを付けたって。俺と姉貴からのプレゼントや」
僕が香奈に差し出したのはスマホ用のBluetooth式のイヤホンタイプのハンズフリーキット。
「わ、ええの? でもなんで?」
「バイクで走りながらやと、エンジン音と風切り音とヘルメットに邪魔されて声が届きにくいんさ。あとまあ普通に車間距離もあるしな。ハンズフリーキットを使えば運転中でも会話ができるから」
「あ、なるほどー。でもこれプラグついてへんけどどうやって使うん?」
「あー……香奈ちゃんはワイヤレス機器を使ったことなかったんや。えーとな、ちょっとスマホ貸して。セットアップしたるで」
「はい」
香奈のスマホの設定画面を開き、Bluetoothのペアリング設定をしてハンズフリーキットを使えるようにする。
「ほい、これで終わりや。ハンズフリーキットを耳につけてみ」
片耳用のハンズフリーキットを香奈がイヤホンの要領で装着したところで、僕が香奈のスマホにコールする。
「あ、イヤホンから着信鳴ってきたけど、コレどうやって取ったらええん?」
香奈の手を取って通話ボタンに誘導してやる。
「このボタン押したら通話になるから。通話切るのも同じボタンな」
「あ、あわわわ、わ、分かった! ……もしもし?」
僕のスマホのスピーカーから香奈の声が聞こえてくる。僕もスマホに向かって話しかける。
「あーあー、テステス。どう? ちゃんと聞こえとる?」
「おぉ、ちゃんと聞こえるね。ワイヤレスって意外と普通に使えるんやね」
「音量はどうやろ? スマホ本体でもハンズフリーキットの方でも音量調節はできるけど」
「……は、ハンズフリーキットでの音量調節はどうするんかなっ?」
なにかを期待するような目の香奈の手を取って音量調節ボタンに誘導してやる。
「この縦に二つ並んでるボタンな。上が音量増加で下が音量減少。耳に付けてると目で見ながらの調節が出来んから、指で触った感覚で覚えといてぇな」
「うんっ! ふふっ♪ おおきんな!」
なにやらずいぶんとご機嫌のようで香奈がニマニマしている。と、それまで僕の反対隣のスツールに座って黙ってアイスティーを飲んでいた響子さんが僕のシャツの裾を摘まんでクイクイと引っ張ってくる。
「ん、なにかな?」
「今の会話を聞いてる感じだと、これから堤公園に移動して練習するんだね?」
「そやな。響子さんはどうする? ゴリラのキャブ調整も終わったしそこまで付き合ってもらわんでもええと思うけど」
「ふむふむ。んー……その、なんだ、かなっちさえ良ければだが、私も付き合ってもいいかな? 私もせっかくキャブを調整してもらったゴリラの慣らし運転もしたいしね」
「……ということやけど香奈ちゃんはどう?」
「……や、そんなん、いちいちあたしに聞かんでも響子さんが参加したいんやったらすればええんちゃう?」
「そっか。じゃあお邪魔するね」
なんかいつもの香奈らしくない歯切れの悪い返しと何か含むものがあるような微笑む響子さんの様子に、この二人の間で何かあったのかな? と思ったがまあとりあえず一旦脇に置いておく。
「響子さんはハンズフリーは持ってる?」
「もちろんさ。といっても私のヘルメットはフルフェイスタイプだからハンズフリーキットというより、内蔵型ヘッドセットと言った方が正しいかな」
「なら3人の通話グループを作っとこか。そうすれば走りながらでも3人で会話できるし」
「お、いいね。そうしよう」
そして通話アプリに3人のグループを作り、さっそく出かけようとなったところで響子さんがトイレで一度離席する。
その隙になんか妙に不機嫌そうな香奈にこそっと訊いてみる。
「もしかして……香奈ちゃんって響子さんのこと苦手やったりする?」
「そんなことないけどっ! この理不尽な怒りはむしろ佑樹君に向いとるかも」
「え、俺? なんで?」
「正当な理由がないから理不尽なの!」
「わけわからんし」
「わからへんならもういい。あーもう、ごーわく」
そのままぷいっとそっぽを向いてしまう。
うーん。女の子は難しいな。でもまあ仲が悪いわけじゃなければええか。
【作者コメント】
伊勢弁の『ごーわく』『ごーわいた』も初めて耳にすると「なんて?」となる言い回しの一つですね。意味としては『ムカつく』『ムカついた』に相当しますがなんでそうなった? って感じですよね。作者の解釈としてはごーわくは業沸くと書くと思うんですよね。業=罪と考え、それが沸くということはヘイトが高まるというニュアンスが近いのではと考えています。




