17.縁を結ぶ(香奈)
「うん。あたしこの子がいい。直して、もう一度走らせてあげたい。……なぁ佑樹君、この子、あたしに譲って欲しい! この子と一緒に走りたい!」
あたしがそう言うと、佑樹が楽しそうに笑う。
「おっけ。その言葉待っとったよ。ぶっちゃけ俺ではこいつのレストアに着手できるんがいつになるか目処も立っとらんかったしな。香奈ちゃんが貰ってくれて、自分で直すってんならその方がコイツにとっても幸せやろうさ。……じゃあ、一緒に直してみよか」
「うん! ありがとう。絶対直すからね」
モンキーを撫でようと手を伸ばしかけてふと気づいた。あたしが指先で埃を拭った部分がなんか金色っぽいような……。
「んー? なぁ佑樹君、気のせいかな? なんかこの子、金色っぽない?」
「お、薄暗い室内やのによう分かったな。こいつは初代ゴールドメッキ仕様。1984年に数量限定で発売されたかなりレアな限定車やで」
「え? ちょ待って! 1984年!?」
想定してたよりだいぶ古いことに驚く。80年代って平成どころか昭和やん。
「そやで。それまでの三速ミッションから今の四速ミッションに変わった最初のモデルでな、2002年モデルの俺や2005年モデルの沙羅のモンキーの直系の先祖にあたる車種やな。俺も実物見るんはこいつが初めてなんよな」
「いやいやいや。え、つまりこの子って40年も前のバイクってこと!? モンキーがそんなに昔からあったことにも驚きやけど、40年前のバイクってほんまに大丈夫なん?」
「あーそこか。それが、このモンキーの場合は意外と大丈夫なんよな。普通のバイクやったらとっくに廃番になっとるから部品の供給がないんやけど、モンキーはとにかく人気が高かったから生産数が多かった上に、この1984年式の完成度が高すぎて、これ以降は機械部分に関してはほとんど設計が変わらずに2007年まで生産されとるから共通部品も多いし、社外パーツも充実してる。俺もコイツを手に入れたあとでネットで色々情報は漁ってみたけど、必要な交換パーツは普通に手に入りそうやったな」
「はー、そうなんやぁ。モンキーすごいね」
「モンキーはこの1984年モデルでほぼ完成しとって、これ以降は電装系が少し変わるぐらいやな。これより前の型だと色々仕様も違うし部品も手に入れ辛いからだいぶ苦労したと思うけど……ってかそれだったらそもそも香奈ちゃんには勧めんけど、こいつなら大丈夫や。大事にメンテナンスしてったらこの先もずっと使えるはずやで」
「そっかぁ。分かった! 佑樹君が直せるって言うんならあたしも信じるよ。あたしは正直なんも知らん素人やからちゃんと一から教えてな?」
「おう。まかせとき。とりあえず、全体の状況をチェックして、どんな修理が必要か診断するところから始めよか」
「分かった」
──バルルルル……バルンバルン、バルン
あたしの耳が、聞き覚えのあるエンジン音が近づいてくるのをとらえる。
あれ? ……この音、もしかして?
あたしが出入口のドアを開けるとやっぱりそうだった。駐車場のあたしの自転車の横に[もんちー]が停車して、ヘルメットを脱いだ沙羅さんがあたしを認めてにっこりと笑う。
「あら、香奈ちゃんやん。昨日の今日でもう家に遊びに来とるなんて、なかなかすみに置けやんやん」
そう言いながら[もんちー]を押しながら当たり前のようにスロープを上ってくる沙羅さん。慌ててドアを全開にしたら沙羅さんが[もんちー]を店内に押し入れて佑樹のモンキーの隣に停める。
「はぁいユウ君たーいま。ノブさんがくれたモンキー、香奈ちゃんに使わせることにしたん?」
「おう、おけーり。……やっぱり、香奈ちゃんを俺に接触させた狙いはそこやったんやな」
「うふ。察しがええやん。だって、せっかく壊れたモンキーがあって、整備できる人がおって、乗りたい人がおるんやもん」
「この策士め。あまり愉悦やっとるといつか痛い目に遭うで」
「愉悦なんてしとらんもん。ちょっとプロデュースしただけやん」
えーと、この二人って結局どういう関係なんやろ? 仲良えよなぁ。沙羅さんの[もんちー]は佑樹が整備しとるって話やし、やっぱ付き合っとるんかな。
そんなあたしの視線に気付いた佑樹が肩をすくめながら言う。
「なんか勘違いしとるっぽいから紹介しとくけど、沙羅姉は俺の三つ年上の姉貴やからな?」
「はぁっ!? 今日、一緒にお弁当食べとった時はそんなこと言っとらんかったやん!」
「あー、あん時は姉貴がわざと俺らが姉弟ってこと伏せてんなーって気づいて、なに考えとんのか分からんかったから、話の流れに乗ってみたんよな」
「あらあらあら? もう一緒にお弁当を食べちゃったりするような仲なん?」
沙羅さんがにやにやしている。
「は、はいっ! 食調名物の出し巻き卵を一切れもらったです。めっちゃ美味しかったっす」
「おやおやおや? もうおかずを交換しちゃうくらいラブ度高めな仲やったん?」
沙羅さんに意味深に問われて顔がかぁっと熱くなる。
「あ、いや、そうゆうわけやなくて……。おかずの交換はしたけど、佑樹君とは友だちで……」
「ふんふん、おかずの交換は肯定なんやね。そんでそんで?」
佑樹君、助けてぇ! と視線を送るが、彼は自分のモンキーにもたれたまま片手で頭を押さえていた。
結局、今日あったことのほとんどを白状させられてしまった。別に知られて気まずいようなことをしてたわけっちゃうけど。あ、でも握手したくだりはちょっと恥ずかしかった。
そして、夜になった今、あたしは何故か宮本家のダイニングキッチンでテーブルについている。
「香奈殿、ご飯はどんぐらい食べるのだ?」
「んー、お茶碗に軽く一杯で」
「ほい。こんなもんでよろしいか?」
「うん。おおきに」
咲良ちゃんがよそってくれたご飯のお茶碗を受け取る。ちっちゃいメイドさんがせっせと人数分のお茶碗にご飯をよそっている姿に和む。
「味噌汁は葱入れる?」
「うん」
「ほい。味噌汁」
佑樹が味噌汁のお椀に刻み葱をちゃっちゃっと入れてあたしに差し出してくる。
「……お、おおきんな」
夕食の準備があまりにも手馴れてる宮本兄妹にあたしは引き気味だ。普段からやってないとこうはいくまい。今まで家で家事を一切手伝ってこなかったあたしは軽く凹む。なんか、あたしって佑樹どころか咲良ちゃんにも負けとる気が……。これからは家でも少しは家事を手伝おうと密かに決意する。
ちなみに長い髪をアップに纏めた、エプロン姿の沙羅さんは、二つのコンロを同時に使いながら、同時進行でいくつも料理を作っている。こちらは動きが速すぎて参考にすらならない。レベルが違うってことだけは分かった。
「ユウくーん、深めの大皿2つ出しとってぇ。小分け皿もね」
「はいよー。大皿はレタス敷いとこか?」
「うん。お願ぁい。サクにゃん、グラスと冷たいウーロン茶お願いね」
「うむ。まかせるのだ」
テーブルの真ん中に大きな丸皿が2つ置かれ、四枚重ねの小皿も準備される。佑樹がレタスをちぎって大皿に並べていく。
「でーきたっと。熱いの通るからちょっとどいてなぁ」
沙羅さんが片手に一つずつフライパンを持ってやってきて、テーブルの上の2つの大皿それぞれに流し込むようにして同時に盛り合わせる。
おおお!? なにこれ!? こんなん家庭料理で簡単に作れるもんなん!?
中華料理屋さんそのままな湯気が立ち昇る海老チリとチンジャオロースーがあたしの食欲を刺激する。
「すごーい! めっちゃ美味しそう!」
「あとこれは香奈ちゃんスペシャルやに?」
そう言いながら沙羅さんがあたしの前にてんっと置いてくれた小皿に乗っていたのは出し巻き卵。
ちょ、なにこの至れり尽くせり。てか、これで食べようとしたら目が覚めたってオチとかマジやめてな? 大丈夫やんな?
そっとほっぺをつねってみたら痛かった。
「うふふ。夢っちゃうにー?」
うっ……。しっかり見られとった。
佑樹と沙羅さんと咲良ちゃんも席につき、その時になって、このテーブルには初めから席が四つしかないことに気付いた。
「なぁ、ところで家族のほかの人はおらんの?」
何気なく投げかけた質問に佑樹の表情が翳る。
「うちさ、親父がおらんくておかんが夜遅くまで働いとるから週末以外は基本的に姉弟妹三人なんさ。最近は俺が学校帰りにバイト入れてる日もあるから姉貴と妹だけの日もあるな」
「あ……ええっと」
どうしよ。なんかまずいこと聞いちゃったっぽい。フォローの言葉を捜すあたしに沙羅さんがにっこりと笑う。
「せやから香奈ちゃんがこんな風に食事に加わってくれると食卓もにぎやかになってうちらも嬉しいから、これからもこんな風に一緒にご飯食べようねぇ?」
「むふ。ワタシも姉上がもう一人増えたみたいで嬉しいのだ」
沙羅さんと咲良ちゃんの笑顔に釣られてうなずく。
「はい」
胸の中に温かいものが広がっていく。なんだか不思議。今、ここでこうしていることが。こんなに普通に笑えてる自分が。
「……なんてゆうか、偶然ってすごいね。まさか、沙羅さんや佑樹君と、あと咲良ちゃんともこんな風に一緒にご飯食べる日がくるなんて思いもせんかったよ」
「うふふ。なぁ香奈ちゃん、こんな風に偶然が続くことをなんていうか知っとる?」
「え? なんていうんです?」
「それをね、縁があるっていうんやに」
あ、なるほど。なんかすごくしっくりきた。そっか、縁があったんや。この三人と知り合えて、仲良くなれてほんとによかった。




