第六話 始祖竜の采配、部長と部下のデバッグ
月曜日、午前9時。
幸田博は、いつものように第四開発チームの島に座っていた。スーツは完璧に修復され、身なりに隙はない。しかし、彼の内面は数億年分の叡智と、地球の物理法則を捻じ曲げるエーテル回路で満たされていた。
『ユニークスキル:【空間把握(EX)】オフィス全体のエーテル・感情解析』
彼の視界には、オフィス全体が、情報と感情の複雑なネットワークとして映っていた。
(ふむ。このフロアの人間、全員が『月曜日の倦怠感(エネルギー低下)』というバグに侵されているな。松田は朝からコーヒーを二杯。佐藤は貧血気味。井口はプレゼンのプレッシャーで腹痛の予兆……)
その時、会社の電話がけたたましく鳴った。
クレームという名の「上流デバッグ」
「幸田くん! お前だ、電話を取れ!」
太田部長が、既に苛立ちマックスの表情で叫ぶ。
「はい、部長」
受話器を取る。相手は、納期遅れで激怒している主要取引先の担当者だ。
「貴社はどうなっているんだ! 先週のバグがまだ直っていないどころか、新しい致命的なエラーが発生しているじゃないか! これで我が社のシステムが止まったらどう責任を取るつもりだ!」
相手の声は怒りのあまり、ノイズのように脳に響く。
(相手のエーテル波形解析……なるほど、これは単なる怒りではない。『社内での立場が危うい焦燥感』と『システム設計の根本的なミスを隠したい願望』が混ざっているな)
幸田は、相手の声を解析しながら、即座に古代竜族の『エーテルによる遠隔解析』を発動させた。
『エーテル操作:【情報透過(A)】顧客サーバーのログをスキャン』
一瞬で、顧客側のシステムログ、そして担当者が触れたであろう設定ファイルを遠隔で読み込む。
「〇〇社の△△様でいらっしゃいますね。大変申し訳ございません」
幸田は、受話器を耳に当てたまま、松田と佐藤に指示を出す。
「松田、先方サーバーのネットワーク構成図を頭の中で展開しろ。佐藤さん、そのエラーコードは、『本来、存在しないはずの外部接続モジュール』を参照している。先方のネットワーク管理の誰かが、不必要なパッチを当てた可能性がある」
二人は困惑するが、幸田の冷静な声に引き込まれ、言われた通りに構成図を広げ始めた。
「△△様、失礼ですが、先週金曜日の夜間に、御社側の環境で『セキュリティ強化目的のSNMP関連モジュール』のパッチを当てませんでしたか? 我々のデータが示すエラーは、そのパッチによる『外部参照アドレスの誤認識』が原因で、我々のプログラム自体には問題はありません」
電話の向こうが一瞬で静まり返った。
「な、なぜそれを……」
「我々は、お納めしたシステムの全てに責任を持っていますので。すぐにパッチのロールバックをお願いします。これで10分以内にエラーは解消されます」
幸田は淡々と説明を終え、受話器を置いた。
太田部長が目を丸くして近づいてくる。
「おい、幸田! お前、何を見たんだ? 相手のサーバーに侵入でもしたのか!」
幸田は、ネクタイを整えながら、チョイ悪オヤジ的な笑みを浮かべる。
「まさか。部長。『解析』ですよ。我々のシステムは完璧です。バグは常に『ユーザー側の環境』か『上流の設計』に潜んでいるもの。今回は、外部環境のデバッグをしたまでです」
部下の褒め方、叱り方
午後は、部下の育成の時間だ。
松田が、先ほどの件で自慢げに話しかけてきた。
「主任! 僕、すぐにネットワーク構成図が頭に浮かびましたよ! やっぱ、僕って天才肌っすか?」
幸田は、松田の肩をポンと叩いた。
「天才肌? そうだな。君は『素直さ』という点では天才だ。だが、そこで満足するな」
『エーテル操作:【微細な自信付与(D)】』
幸田は、松田の体内のエーテルを操作し、わずかにドーパミンの放出を促す。松田の表情がパッと明るくなる。
「君の欠点は、『自分の行動の先の、三手後のリスク』を考えられないことだ。今回の件、君は10分で解決できたが、俺は1秒でわかっていた。何が違う? 『情報に感情を乗せるな』。それができて、初めて一人前だ」
「は、はい! 1秒ですか……!」松田の目に火が灯った。
次に、新人・佐藤が、自分の書いたコードの小さなミスで落ち込んでいた。
「主任、すみません。また単純なケアレスミスを……私、向いてないかもしれません」
『ユニークスキル:【危機察知(EX)】対象解析:佐藤』
(彼女のバグは、能力不足ではない。自己肯定感の低さと、過去の小さな失敗に引きずられるエーテル反応だ)
幸田は、叱責はしない。
「佐藤さん。向いてない? それは違う」
俺は、彼女のモニターに手をかざす。
「このコード、見た目が美しいな。コメントも丁寧で、まるで『芸術品』のようだ。君の強みは、この『丁寧な美意識』にある。君にしかできない仕事だ」
「で、でも、ミスを……」
「ミスは、『人間が作ったシステム』であることの証明だ。気に病むな。ただし、君には一つだけ直すところがある」
幸田は、佐藤の背筋を伸ばさせた。
「君は、他人に気を使いすぎている。いいか。『他人からの評価』なんて、数億年の歴史から見たらチリ以下だ。自信を持て。君の強みは、『他人の評価』ではなく、『君の技術』が握っている」
この言葉は、幸田がミジンコから竜へと進化する過程で、周囲の捕食者の視線を無視して突き進んだ、彼自身の経験則だった。
佐藤の顔が、感動とやる気で上気した。彼女の体内のエーテルが、前向きな波形へと変化する。
「ありがとうございます、主任……私、頑張ります!」
終業間際。
幸田は、自分のデスクで、コーヒーを飲みながらニヤリと笑った。
(古代竜族の技術は、システムデバッグだけじゃなく、『人間の感情制御』にも使えるとはな。まったく、便利な世の中になったもんだ)
彼は、そっとデスクの下に置かれたプラチナ色のパックに触れる。
「さて、次はどのバグを潰すか。会社か、それとも……世界か」




