第7話
庭の楠の木に蝉が一匹止まった。
とても一匹とは思えない大音量。
扇風機を回しているけど、
生温い風が部屋の中をぐるぐる回っているだけでちっとも涼しくない。
これはコンタクトより先にエアコンを買わないと、マジでヤバいんじゃないだろうか。
「また蓋すんの忘れてたやろ」
おばあちゃんがドスドス足音をさせながら、寝ている私のところへやってきて大きな声で言った。
蝉を上回る大音量。
とても八〇歳を越えた老人とは思えない。
「金魚、猫に喰われてもうたがな」
心臓が、ぐにゅりと動いた。
「ほんまに?」
「ほんまや。水替えたろうと思って」と言いかけてから急に思い出したように
「茜がいっこも水替えしたれへんから濁ってしもうて、かわいそうに」と嫌味をつけ加えてから
「蓋開いたまんまやったんやで。二匹ともおらんようになってるがな。空っぽや」
と続けた。
「猫に食べられたとは限らんやん」
「猫に喰われへんねやったら、どないしておらんようになるんやな。
足生えて自分で歩いてどっか行ってしもた言うんか」
おばあちゃんはぐっと私を睨んだまま、
「そんなあほなことないやろ。ええ加減にしいや」と言った。
「そんなん、わからんやん」
何がどうわからんのか自分でもわからなかった。
もちろんおばあちゃんがどんなに怒鳴っても、この事実は変わらない。
おばあちゃんにもそれはよくわかっている。
しばらくぶつぶつ言っていたが諦めて部屋を出ていった。
私はベッドの縁に腰かけたまま、金魚、と呟いた。
その声はお母さんの声によく似ていた。
透き通った真っ青な空の下、
手をつないで悠々と歩いていく、弥太郎と花子。
足には靴を履いて。




