第6話
「はい」
心臓がばくばくしている。
「眼鏡かけたらええやん。
なんやその喫茶店、変なこと言うなあ。
どこやねんその店」
店長は腑に落ちないという様子だった。
「このレーコーを買った喫茶店です」
「ああ、あの定食屋のドラ息子な。
あいつの言うことは気にせんでもええで。そんなんやったらどないして目の悪い人は仕事すんねんなあ。気にせんと眼鏡かけたらええよ。
うちは心が広いから大丈夫や」
そう言って、奥さんに同意を求めた。
奥さんは呆れたように溜息をついてから、
「せやな。心が広すぎて、
バイトを申し込んでくれた子の名前やら連絡先やら聞くの忘れるし、エプロン持ってきてもらうとか、いつ来てもらうとか時給がいくらとか大事なこと何にも伝えてへんし。
それでも絶対来るねんって信じてるところがすごいよね。
うちの大将。
あの子は大丈夫や絶対来る言うてさ。なんやその自信、どっから来るねん」と笑った。
「だってちゃんと来たやんけ、なあ」
そうして、照れながら私を見て、
「バイト料は少ないでっていうのは言うたよな」と念押しをした。
私はなんだか少し恥ずかしくなって、うんと小さくうなずいた。
レーコーを飲み終えてしばらくすると、客がやってきた。
腰の曲がったおばあさんが押し車を押しながら、立ち止まったり進んだり、ひとつひとつじっくりと商品を見定めている。
にわかに緊張してきた。
奥さんが大きな声で「らっしゃいませえ、らっしゃいませえ」と呼び込みをはじめる。
サンマの血を丁寧に洗い流していた大将も「らっしゃい、らっしゃい」と叫ぶ。
気づくと、周りの漬物屋さんや天ぷら屋さんも一斉に「らっしゃい、らっしゃい」と大合唱。
私も言わなくちゃいけないと焦ったけど、ちっとも声は出なかった。
おばあさんはゆっくりやってきて、お雑魚を少し手にとり、当たり前みたいに口に入れた。
入れ歯をがくがく動かして噛んでいる。
びっくりして奥さんを見たら
「雑味のないお雑魚ですやろ。小さいけどしっかり味があって、そのままでもええし、ほうれん草のお浸しにあえてもおいしいですよ。一杯300円」
と流れるように言った。
おばあさんも「ほんじゃ一杯おくれ」と、絶妙なタイミングで応える。
奥さんは私にビニール袋を渡して、入れるようにうながした。
震える手で、お雑魚を入れようと升を傾ける。
袋の横からぱらぱらぱらぱら。お雑魚がこぼれていく。
焦る。でも全然入っていかない。
お雑魚は袋を避けるようにして、ほとんどがこぼれてなくなってしまった。
奥さんは慌てず「貸して」と私から袋を取り上げて、こぼした分以上のお雑魚を鮮やかな手つきで追加した。
「サービスしときまっさ」
おばあさんは「おおきに」と満足そうに笑った。
「コツがいるねん。その内できるようになるわ」
おばあさんの後ろ姿を眺めながら、奥さんが言った。
アルバイトは土日と、夏休みに入ったら、定休日の水曜日以外毎日入ることになった。




