第3話
ふと庭を見ると、月がまるごと落ちていた。
庭の隅に置かれた古いベビーバスの中の、水に映った丸い月。
やたら立体的で、ぽってりとそこに立っているみたいに見える。
水をはじく音とともに、月の輪郭が崩れて、
ばらばらになった。
くっついたり離れたり。
水面はゆったり揺れて、
溢れそうだった。
「あ、蓋」
裸足のまま、庭へとジャンプ。
皺のないぴんと張った夜の空。
手を広げると、
そのままずっと高くへ飛んでいけそうな気がした。
でも両足は、ゆっくりと夏草の柔らかいところへ着地。
ベビーバスを覗くと、濁った水の中に金魚の赤い背中がちゃんと二つあった。
蓋をしていないと猫にやられてしまう。
今朝エサを撒いたときに、開けっぱなしにしたまま忘れていたらしい。
まだお父さんもお母さんも妹のまこちゃんもいたから、きっと5年以上は前の話。
家族みんなで夏祭りに行って、金魚すくいをした。
全員で必死にすくったので最初はたくさんいたけど、二、三日で大半死んでしまい、それからは日をおいて少しずつ死んだ。
最後に残ったのはこの二匹だけで、それからはどれだけ経っても死ぬ気配はなく、それどころか日に日に大きく成長していった。
そのうち小さな水槽では手狭になったので、まこちゃんが赤ん坊の時に使っていたベビーバスを庭に置いて水を張り、そこで育てることにした。
蓋は木枠に網を張ったもので、意外と器用なお父さんが作ってくれた。
重くてしっかりとした造りになっているから「そこら辺の野良猫は、指くわえて見てるしかないな」とお父さんは笑った。
金魚というものは環境に合わせて身体が大きくなるようで、ベビーバスに合わせてどんどん大きくなっていく。
まだ幼かったまこちゃんに、このままやったらいつか鯉のぼりになると思うで、と適当なことを教えたら、空を見上げて眩しそうに目を細めた。
まこちゃんには大空を泳ぐ、
二匹の鯉のぼりになった金魚の鮮やかな姿が見えているみたいだった。
細長くて刀みたいにシャープな金魚は、
弥太郎。
うすいピンクの、尾ひれがドレスみたいにひらひらしているラグジュアリーな金魚は、
花子。
私が名付けた。




