最終話
バイトを始めたころは、
お昼はスーパーでおにぎりなんかを買って屋上で食べていたけど、
お金がもったいないので自分で作ったお弁当を店の裏で食べるようになった。
ベビーベッドには赤ちゃんがいた。
赤ちゃんは、あの奥さんから産まれたとは思えないくらい巨大で、
大将にそっくり。
お弁当を食べはじめると、赤ちゃんは自ら手すりをもって立ち上がり、お相伴にあずかろうとする。
私の食べるお弁当なんかを食べさせたりしたらいけないと思っていたから、最初は気づかないふりをしていた。
だけど顔を近づけてよだれをだらだら流し、ものすごい圧をかけてくるので、耐えきれずご飯を少し口に入れてやったら、
それから当たり前のように要求してくるようになった。
玉子焼きとかハンバーグとかも小さくちぎって口に入れてやるとむしゃむしゃなんでも食べた。
お弁当の半分以上食べてしまうこともある。
私の手はいつもよだれでべとべとになった。
だけどこのことは、赤ちゃんと私の二人だけの秘密。
帰り支度をして店先に戻ると、子どもがいて奥さんにまとわりついていた。
小学生くらいの男の子と女の子と、もう少し小さい女の子の三人。
男の子は奥さんのエプロンの裾を握って左右に揺らしながらずっと「なあ、なあ」と言い、女の子は「お腹すいた」を連呼。
あの巨大な赤ん坊も、もう少し大きくなるとここに入るのかと想像してみた。
奥さんは子どもたちを無視したまま、茶色の封筒をくれた。
「お疲れさん、途中からやったから一か月分はないけど。
初任給は、お父さんとお母さんに何かプレゼントでもするの?」
「はい。金魚を」
「金魚?」
「そうです」
それからビニール袋いっぱいの干物をくれた。
余った商品だけど、おばあちゃんが嬉しいのは、いわゆるこの特典のようだった。
帰る途中、夏祭りに行くために遠回りをした。
いつも静かな神社の参道は両側にたくさんの出店が出ていた。
浴衣姿の家族連れやカップルがたくさんいる。
金魚すくいは一番奥の鳥居の手前にあって、もうすでに大勢の人だかりができていた。
私は給料袋から全額を出して「これで」と、金髪で左耳だけピアスをしているお兄ちゃんに渡した。
お兄ちゃんは表情を変えることなく「おう」と言って、ポイをひとつくれた。
「一枚ずつ渡したる」
私は金魚の入ったケースの一番いい場所を陣取って、
預けたお金が全部なくなるまで金魚をすくい続けた。




