第92話 後悔を胸に、大空へ
──大型移動シェルター
……正式には
対・終末用大型輸送艦"ヴァルハラ"
ハカセが神話のノアの方舟より着想を得て開発したものだった。
想定定員は五百人以上。
まさにノアの方舟であり地球上の生命体の遺伝子情報をほぼ網羅したデータが積まれている。
ラボで出来ていた事は一通り出来るようにと大型になっており、その全長は四百メートルを優に超えている。
その巨体を隠すための光学迷彩や電磁波遮断機能を持っているため、一度空に出てしまえばティターニアといえど探すのは難しいだろう。
ヴァルハラはまるで大海原の様に大空を優雅に泳ぐが、中のスタッフ達は皆が沈んでいた。
軌道が安定してからはハカセは自室にこもり、怯えた者は身を寄せ合い先ほど無くした家とキュベレの事を考えていた。
そしてワルキューレ達は自分達は何も守れなかった……と皆が消沈していた。
モニターに映る崩壊したラボ。
そこは既に跡形も無く、出撃時にヴァルハラが開けた大穴だけがそこにあった。
無人機達も当初ラボから出た巨大なクジラを追ってきたが、光学迷彩を展開してからは何も追ってきてはいない。
それでも、誰も声を出さなかった。
最後にみせたキュベレの表情がフラッシュバックする。
今まで笑った事の無かった彼女の最後に見せた温かな笑顔が頭から離れなかった。
もっと話したかった。
彼女の手料理を食べたかった。
無機質の中にあった確かな優しさを感じていたかった。
それは、誰も口にしない共通の後悔だった。
誰よりも打ちひしがれていたのはメガイラだった。
メガイラは唯一キュベレに育てられた存在だった。
母と娘……といえる間柄では無かったが、確かにメガイラにとって大切な存在だった。
リリィはそんなメガイラの肩を抱き優しく背中を撫でる。
優しく背中を撫でながらもその瞳には確かな怒りを宿していた。
世界に呪いを振りまき、ネガ・メガミドライヴを使い続けるティターニアを許せない。
それは今も変わらない。
しかし今回、自身らを悪としてラボを破壊し、キュベレを殺したガドルに対して、久しぶりに感情が大きく揺れた。
これまで数多の戦いに身を置き、感情の起伏が乏しくなってきていた自身の闘志が湧き上がっていくのをリリィ本人が感じていた。
確かに、自分達が危険な存在だと言う事は理解している……しているが、ただやられて黙っていられるような、そんな精神構造はしていなかった。
リリィは歯を食いしばりガドルが映像で見せた笑みをフラッシュバックしていた。
その時だった。
ブリッジよりコトネの声が艦内に聞こえる。
『ヴァルハラの進行方向に識別が国連の小型飛行機がいます……どうやらティターニアの無人機複数機に襲われている様です。
どう、しますか?』
……先ほどガドルの率いる国連の無人機達にラボを破壊された後だ。
珍しく、あのナギサすら椅子から立ち上がらなかった。
しかし──その時、メガイラが小さく零す。
「助けなきゃ……」
「……メガイラちゃん?」
「キュベレが命をかけて紡いでくれたんです……私達も、紡がなきゃ。
たとえ、これが罠だったとしても……」
リリィは、メガイラの横顔を見る。
涙で濡れた頬、 震える唇、それでも、その瞳には確かな光が宿っていた。
守れなかった悔しさ。
奪われた怒り、 それでもなお───誰かを助けようとする意思。
その姿は、キュベレが見せた"温かな笑顔"と重なった。
そこでリリィは小さく息を吐く。
「……ありがとうメガイラちゃん」
そういうとリリィはメガイラの肩を叩いて立ち上がる。
「私も───忘れるところだったよ。
自分が何のために剣を取ったのか。
───昨日も誰かが笑っていたの。
明日も、誰かが笑ってられるように───
そのために私は……メカニカルワルキューレとして戦い続けるって決めたんだった。」
そういうとリリィは休憩スペースから一人出て行った。
リリィの言葉を聞いて、下を向いていたワルキューレ達の目に光が灯り始める。
フィレアは自身の胸をぎゅっと握りしめ口角を上げる。
「なんだよそれ……マジ……かっこよすぎんじゃん」
そしてフィレアは羨望の眼差しをリリィのバディであるアリアにも向ける。
リリィの発言とキラキラしたフィレアの視線を受けたアリアは一瞬フィレアから目を逸らすも、自分の頭をワシャワシャと掻いて立ち上がる。
「……あーっクソ………アタシだって、分かってるよ。
───やるぞみんな!世界が全部敵になったからってアタシらがやる事は変わらない。
ティターニアがいるなら叩く。
傷つく人がいるなら助ける。
───それがアタシら、メカニカルワルキューレだよな!?」
それを受け、ディアナも立ち上がった。
「ふふっ、後輩の前だからってカッコつけちゃって……最高にカッコいいわよ。アリア」
そしてナギサは目を瞑り、腕を組んだまま椅子から立ち上がると端末を操作しコトネに返答する。
「……小型飛行機の詳しい座標を転送してくれ。コトネ。」
───第一世代のワルキューレが皆、立ち上がっていた。
────
リリィは一人、ヴァルハラの口部カタパルトに立っていた。
己の最初の信念を貫く為に。
その時、後ろからアリアが肩を組んでくる。
「何一人だけ抜け駆けしてんだよ相棒っ」
「……そうよ、最近水臭いじゃない?」
ディアナも笑顔でリリィの肩に手を置く。
「アリア……ディアナさん……」
「……お前が言ったんだぞリリィ。皆が異なる最強になれば良いと。
───リリィの仲間達は、お前のお眼鏡にかなわなかったか?」
そう言うとナギサは片目を閉じ笑みを浮かべた。
「ナギサさん……」
「リリィが行くならアタシらも行くさ、仲間だし、……家族だろ?」
アリアのその言葉にリリィは思い出す。
自分は一人じゃない。
一人で抱え込む必要はない。
──だって自分にはずっと、こんなに強い仲間が沢山いたんだから。
そこにメガイラも駆けつける。
「わ、私も第一世代のワルキューレです!私も……皆と飛びます!!」
「メガイラちゃん……うん……!行こう皆!傷つく人を助けに!!私達、メカニカルワルキューレで!」
リリィの言葉にその場の皆が一斉に頷き、暗雲を抜け光指す空を見つめた。
───どんなに絶望の淵に立たされても、再び舞い上がる。
空を泳ぐクジラはその口を……カタパルトを大きく開く。
第一世代──始まりのワルキューレ達は傷付きながらも再び……
大空へ───羽ばたいた。
後悔と航海をかけた一発ネタだったり!




