第72話 ガドル・E・アヴァリス
アリアは月明かりの差す自室の窓辺で、
ハカセが齎した情報、国連の二番手にしてティターニアのトップだと言う
ガドル・E・アヴァリスについて思い出していた。
───まだメカニカルワルキューレになるよりもずっと前。
アリアが戦争孤児として身寄りもなく、ゴミを漁って暮らしている時、奴は戦争被害者支援として食べ物等を振る舞っていた。
しかし、集めた人数に対し、あからさまに物資の数が足らなかった。
奴は、そんな飢えた被害者達が、必死に物資を奪い合う様を、
貼り付けた温かな笑顔で覆い隠し、
あまりにも醜悪で……邪悪な笑みで、
その"地獄"を眺めていた。
アリアは、あの時の光景を決して忘れない。
飢えた子供達が泣き叫び、年長の孤児達が必死に腕を伸ばし、そんな彼らの髪を引っ張り合い、
誰かが転べば、容赦なく踏み越えられる。
それは“支援”などと呼べるものじゃなかった。
「あぁ……ゆっくりでいい。慌てなくていいんだよ……」
そう言いながら、ガドルはただ口角を上げるだけ……その場から一歩も動かなかった。
制止もしなければ、秩序を作ろうともしない。
ただ、混沌の中心に立ち、慈愛に満ちた仮面を被ったまま、
人が人を蹴落とす様を“鑑賞”していた。
───そしてまだ幼かったアリアにも、その邪悪な"笑顔"を向けた。
思わず悪寒を覚え、身を守るように毛布を被る。
───アリアは、ガドルがティターニアのトップだとかそんな事はどうでもよかった。
ただ、ガドルと言う存在に対し、"あの"
アリアが、声も出せず、毛布の中で小さく息を震わせていた。
そこに、先ほどの件を改めて謝罪しようとリリィがアリアの部屋に入って来た。
「アリア……?さっきの事だけど……」
そこまで言いかけて、布団に包まったアリアの呼吸が荒いことに気付く。
「アリア…?アリア!?」
ガバっとリリィが布団を剥ぎ取ると、そこには小さく蹲るアリアがいた。
あまりのアリアの状態に、誰かを呼ぼうとしたリリィの裾をアリアが引っ張った。
「ご、ごめん……リリィ……ちょっとだけ、側に居て」
それを聞いてアリアのこの状態が、肉体的なものでは無く、精神的なものだと直感したリリィは、アリアを癒すためではなく、一人にしないため、側に居るために思い切り抱きしめ、ただ背中を擦った。
しばらくリリィの腕の中で震えていたアリアだったが、
次第に落ち着きを取り戻し、なぜ自身が震えていたのかを、ポツリポツリと零し始めた。
アリアは思考が定まらないのか、終始しどろもどろで、上手く言語化出来ていなかったが、リリィは彼女が全てを吐き出せるまで、背中を優しく叩きながら、ただ黙って聞いていた。
───ただ、そうしている間も、アリアの震えが完全に止まることは、まだなかった。
そんな相棒の様を見てリリィは静かに、決意を固めていく。
ガドル……
私は直接対峙したことは無い。
でも、彼だけは……絶対に止める。
また、この手を血で染めることになっても……
アリアを抱き締める手に力がこもる。
そうリリィが一人で誓った時だった。
アリアとリリィのデバイスにディアナからの
───トーナメント形式の模擬戦への参加依頼が来た。




