第61話 皆が同じ方向を向く
───私は別にお姉ちゃん達が嫌いなわけじゃない。
ううん、大好き。この世界の全部より、二人の方がずっと好き。
……でも……私は二人が、大嫌いだ。
───
ある時、私は車椅子にノア姉を座らせ街に出歩いていた。
あの時はまだハカセの義手と義足が完成していなかったし、私はノア姉を押すのが好きだったから。
ノア姉は私達を、身体を犠牲にしてまで助けた、まさにスーパーヒーローだ。
だから私はノア姉がカッコよくて、誇らしかった。
でも、"外"の奴らの視線は冷たかった。
嘲笑う奴、気味悪がる奴、哀れんで同情する奴。
そんな目でノア姉を見るな。
認識するな。
査定するな。
値踏みするな。
お前達はノア姉のカッコよさを、強さを知らないくせに。
私が歯を食いしばって周りの人間を睨みつけていた時、ノア姉が顔を伏せながら
「恥ずかしい思いさせて……ごめんねフィレア……私、こんなだし…」
と言ってきた。
止めて、ノア姉がそんな顔するのは間違ってる。ノア姉は悪くない。私達を全力で助けてくれた。
なのに…なのに自分を悪く言わないで!
……そして、私が何より許せなかったのは、
ルキ姉……
───ルキアが周りと同じ、同情の眼差しをノア姉に向けた事だった。
───
ノア姉の治療はディアナ教官の小型治療ユニットで行える程度の傷で、私はひとまず胸を撫で下ろした。
ノア姉の命を紡いだのが、あのハカセが開発した治療ユニットだと思うと、思わず頬が緩んだ。
そして……私はジロリと今回の元凶、ルキアを睨みつけた。
ルキアはメカニカルワルキューレを装着したまま体育座りで顔を伏せていた。
まるで自身が被害者の様な佇まいの長女に、怒りが込み上げてくる。
私が思わずルキアに突っかかってやろうとした時、
ディアナ教官が肩を掴んできた。
「フィレア、ちょっとだけ……いいかしら?」
「……なんですか、ディアナ教官」
「ふふっ、もう貴女達の教官じゃないわ。貴女達は一人前のワルキューレだもの。
――ただの同僚のディアナよ」
「…なんすか、ディアナさん」
「……あまり、ルキアを虐めないであげて……
あの子はあの子なりに、頑張って来たんだから。」
「………"外"からじゃ、なんにも分からないですよ」フィレアはそっぽを向いて返事をした。
「……そうかもね、でも、"外"からじゃないと、分からない事も沢山あるのよ?」
そこで初めてフィレアはディアナの顔を見る。優しげなお姉さんの顔だ。
「ルキアは…ノアの事ずっと気がかりだったのよ。本来なら長女の私がああなるべきだった……って、言ってたの。」
「……っ!だからって!同情するのは違うじゃん!アイツは私達姉妹の誇りの、ノア姉を、
見下したんだ!」
「……それは……違うよ。フィレア」
フィレアとディアナが振り返るとそこにはノアが立っていた。
蹲るルキアもノアの声を聞いて
ピクッと反応をする。
ノアは小さくなってしまった長女を見て苦笑いを浮かべる。
───そう言えば、ルキ姉は子どもの頃から、悪いことをした時はいつもああやって縮こまってた。
……変わってない。ルキ姉は昔から、怒られるとああやって小さくなる。
ルキ姉は結局昔のまま、大人のふりをして、必死に立っていただけなんだと、やっとフィレアも分かった。
「……むしろ、姉さんが私の身体を案じて心配してくれてるの、私は嬉しかったよ。姉さんのあれは見下すとかじゃないよフィレア……」
「………でもね」
ノアは少しだけ、言葉を選ぶように息を吸った。
「嬉しかったのと同時に……正直、私は"貴女達二人の想い"が苦しかった」
フィレアがそれを聞いて、言葉を失う。
「フィレアに誇られてるって分かってた。
姉さんに守られてるって分かってた。 でも……それでも、私は“できなくなった自分”を、毎日見てた」
ノアはそこで自分の義手を見つめた。
──ハカセが造ってくれた、私の今の誇り。
姉妹を、二人を守れる力。
「フィレア。私が姉妹の中で一番最初にハカセに戦う力を求めた時ね、姉さんは止めに来たの。『もうノアは十分頑張った。戦うのは私だけでいいって』」
「フィレアも、姉さんと同じだよね?
フィレアも戦うのは自分だけでいいって、ハカセに強さを求めた。……」
ノアはそう言って、少しだけ笑った。
「それは……確かに優しさでもあるけど、同時に──
相手を“一人にする”──そんな強さでもあると思う。」
フィレアの喉が、ひくりと鳴った。
反論しようとした言葉は、形にならなかった。
──私は、ノア姉の“隣”にいたつもりで、
──いつの間にか、勝手に前に立っていたのかもしれない。
「私はっ……」
フィレアの目に涙が溜まっていく。
「ただ、お姉ちゃん達に……傷付いてっ……死んで欲しく、無くてっ……だからっ」
ノアはそんな末っ子を両手で包み込む。
「大丈夫…最初から分かってた。
私も……同じだから。
それにフィレアは、私達の中で、一番優しいから。」
そこまでノアとフィレアをじっと見ていたディアナは体育座りのままのルキアの方を向く。
そして優しげに、しかしハッキリと告げる。
「ルキア……貴女は…こんなに頼りになる姉妹達が、信じられないの?」と、投げかける。
ルキアの肩がピクリと動く。
妹達が信じられない…そんな事、考えたことも無かった。
……私はただ、世界で1番大切な妹達を、
これ以上傷付けられたくなかっただけ……
「……姉さん。ディアナさんの言う通り……。
たぶん……姉さんは私たちのこと、
ずっと“私が守らなきゃいけないか弱い存在”だって、そう思ってたんだよね。
……嫌じゃなかった。
むしろ、妹としては嬉しかった。
それも、間違いじゃないのかもしれない 。
……でも。
私たちは今、姉さんと一緒に、
私達の様な存在を生まないため、
ティターニアの破壊を、終わらせるためにここにいる。
そうでしょ、姉さん……ううん、
メカニカルワルキューレ……クロート」
ノアの力強い言葉を聞いたフィレアは誇らしげに笑う。
そして涙を乱暴に吹き飛ばすと、
腕を組んでいつもの感じで、ルキアに発破をかけにいく。
「はぁ……ったく。あんな、下手くそな弾幕で守ったつもり?
笑わせないでよ。私の最強のステージを、あんたの不器用な攻撃で塗り潰さないで。
……ルキ姉。次、一発でも計算外の弾を撃ったら、私がその砲身、ルキ姉ごと、切り刻んであげるから」
フィレアは歯を見せて笑う。
ルキアは、それまでの凛とした佇まいを壊し姉妹達に投げかける。
「っ……ぁ……っ!わ、私は…!貴女達を世界一愛してるの!!もう誰も……失いたく……ないよぉ!!」
えずきながら、ボロボロと大粒の涙を零すその姿は、戦火で両親を失ったあの日からルキアの時間が止まってしまっていた事を
その場の全員に理解させるのに十分だった。
ディアナはそんなルキアに優しく微笑み、
そっと肩をささえる。
「うん……そうだよね。貴女達は本当の姉妹なんだもの、失うのが怖いのは当然よ。
でも、今、目の前に居る姉妹を、ちゃんと見てあげて?」
ルキアはそこでやっと、泣き腫らした顔をゆっくりと上げる。
───そう言えば……私は最近、妹達をちゃんと見ていただろうか。
目の前の姉妹の顔を見た。
毎日見ていたはずなのに……気づけなかった。
二人の顔は真っ直ぐとこちらを見ていた。
そこに幼き日の弱々しかった妹達はどこにもおらず、怪我をしてもなお、戦う意志を無くさない戦士の顔があった。
……戦場を見渡すと決めたの私の視界は、
いつからこんなに、曇っていたんだろうか……
「…それにね、家族は貴女達姉妹だけじゃ…
メカニカルワルキューレは、貴女達だけじゃない。私やリリィ、そしてハカセも。」
ディアナは続ける。
「次、貴女達に危険が迫ったりしたら…私が狙撃してあげるから!姉さんに任せなさい!」
と普段の彼女が絶対にしないであろう
ぎこちない笑顔とウインクをかます。
一瞬にして空気が静まりかえる。
そして、三姉妹の思いがついに一つとなる
「「「(に、似合わなさすぎるだろ…)」」」
ディアナもウインクの顔のまま、
空気の変化に気づいたらしく、
徐々に顔を赤らめていく。
そんな中、フィレアが口を開く
「あ、…えっと、その、ありがとうございまッス。…ディアナさん。」
普段のフィレアが絶対に言わないであろう、かしこまったお礼。
最年少のフィレアにすら気を使われている事に気づいたディアナは、悶えながら顔を押さえて走って行ってしまった。
それを見ていた姉妹は笑い出す。
"また面白い姉さんが出来たもんだ"と
───そして……
デバイスにハカセから、前回の任務でロストした敵新型兵器破壊任務が、再びチーム・モイライの元に下る。
三姉妹は顔を見合わせ、同時に頷く。
───さぁ、私達姉妹のリベンジマッチだ。




