4、英雄になれない道の果て
ギリェルモとマチルダが、大公国を見捨てるという共通の罪を背負い、新たな関係を結んだそのころ、大公国の指導者たちは国際的な現実を踏まえ、講和の道を探る最終段階へと移行した。
執務室に差し込む朝の光は、昨夜の激情とは裏腹に、極めて穏やかだった。マチルダはギリェルモの部屋で見つけた豆でコーヒーを淹れ、彼の分のカップを無造作に机の上に置いた。普段の彼女からは考えられない、そのわずかな気の緩みが、二人の間の隔たりが消滅したことを物語っていた。
ギリェルモは、マチルダの首筋に、昨夜の名残の赤い痕を見つけた。それは、彼らの外交が成功した証ではなく、彼らが冷酷な決断の代償として交わした、魂の契約の印だった。
ギリェルモは窓から通りを大公国へと向かうボランティアと呼ばれる義勇部隊、フリーランスと呼ばれる主従関係を持たない騎士たちの行進を眺めていた。その瞳には、抑えきれない羨望の色があった。騎士としての血が疼く。彼らは命を賭けるという、最も単純で高潔な道を選べた。彼は、国を守るためという理由で、最も狡猾で冷酷な道を選んだ。
窓ガラスに映る、疲弊した自分の顔がギリェルモの目に入った。騎士の鎧を脱いだ自分が、どれほど卑小で狡猾に見えるか。彼は国を救ったが、魂の大部分を、あの凍り付いた会議室に置いてきた気がしていた。
王国は正規軍を出さない。その代わりに王国を通って大公国に向かう人や物の流れを止めることはない。それがリトセラスとヴァカムエルタを亡国から救うギリギリのラインだった。
「こんなわずかな援助で大公国が帝国を食い止められるわけがない」
そう考えると、自分のしたことが恐ろしくなる。両国はこの戦争から距離を置き続けることになる。他国を犠牲にして自国の平穏を守る。外交官の仕事は、英雄になれない者のする、他人には理解されがたい仕事だ。
マチルダは静かに彼の隣に立った。彼女の目も、窓の外の義勇兵を追っていた。
「ギリェルモ、これから私たちは、彼らが無残に屍をさらすのを見守らなければならないわ。そして、帝国がさらに力を増せば、次に来る犠牲も、また二人で選ぶことになる……」
マチルダは静かに言った。それは慰めではなく、未来の罪の予告だった。彼は彼女の手を握りしめた。硬く、そして温かく……。
「自国を守るために他国を犠牲にするという冷酷な道を選んだ私には、もう騎士としての名誉はない。あるのは君という唯一の支えだけだ。君となら地獄でもなんとかやっていけるだろう、マチルダ」
「そうね。この旅は地獄に続いている。私たちが手をつないでいられるのは、この部屋の外で死んでいく、数知れない人々の血の海の上でだけだわ」
そう言ってマチルダはギリェルモに微笑みかけ、言葉をつづけた。
「でも、その重圧をあなた一人に背負わせはしない。一緒に手をつないでいきましょう、ギリェルモ」




