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罪深き外交官たち  作者: 万里小路 信房


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2、凍り付いた会議室

 ギリェルモは、大公国の窮状に激しく心を痛めていた。


 大公国は元首が病気のため、その令嬢の摂政殿下が政務を主宰している。か弱い摂政殿下とその叔母の総司令官が率いる大公国が、強大な帝国に対して善戦している。ラズライト戦線の英雄の活躍などが伝わると、リトセラス王国が熱狂した。


 摂政殿下がおいたわしいと、王国全土が大公国側に立って参戦したいと望むようになった。王国の騎士たちは大公国への強い連帯感を抱き、今すぐにでも駆けつけたいと熱望している。国王も大公国への協力を強く望んでいた。


 しかしそれは亡国の道だ。


 帝国が総攻撃を仕掛けるまで、残された時間はわずか数週間と見られていた。ギリェルモは、感情と理性の板挟みになっていた。王国の参戦には強く反対し、かろうじて物資を大公国へ「個人的な贈与」という形で送り込み、王国自体は「非交戦中立」であるという綱渡りを続けた。


 大公国をめぐる外交会議がヴァカムエルタの最高評議会会議室で開催された。

 西の連合の使節団が、リトセラスとヴァカムエルタ両国に「リトセラスの国土を通り、ヴァカムエルタの港クレタラムナを経由して、大公国へ正規軍を送りたい」と要求した時、会議室の空気は一瞬にして凍り付いた。


 ギリェルモは、一言一句を慎重に選び、鉄壁の論理で連合の要求を断固として拒否した。


「リトセラス王国は、いかなる軍事同盟にも属しません。我々の国土を通過することは、非交戦中立の原則を完全に破棄することを意味します。帝国はこれを宣戦布告と見なすでしょう。我々は、平和維持のため、貴連合の要請を拒否します」


 会議室の隅で、マチルダは静かにその場を見守っていた。彼女の瞳は、ギリェルモの毅然とした横顔を捉えていた。彼女は知っていた。この拒否は、彼が騎士としての名誉を、国家の存続のために自ら断ち切る行為だということを。その冷静な判断の裏側に、彼がどれほどの後悔と自己嫌悪を押し殺しているかを知っているのは、マチルダだけだった。


 マチルダもまた、クレタラムナ港の封鎖を、各国に通達した。


 会議後、二人は人目を避けるように、ヴァカムエルタの首府の、古びた石造りの酒場で密会した。彼らが選んだのは、貴族の陰謀や外交とは無縁の庶民の喧騒と温かいオーク材のカウンターがあるような場所だった。二人はこの場所に似合った服装に着替えている。マチルダは変装するとき、怪しまれないように、恋人とデートするような衣装を選んだ。


 酒場の奥の席は、薪ストーブの熱と、労働者の陽気な笑い声に満ちていた。その賑やかさが、彼らが昼間にいた最高評議会会議室の、凍り付いた沈黙の重圧から彼らを解放してくれた。


 テーブルをはさんで、二人はコップを合わせる。酒場の喧騒は、マチルダには二人の秘密を隠すための温かい繭のように感じられた。


 二人は、周囲の誰もが酒の肴にしている大公国の摂政殿下と大公国軍の活躍への賞賛、リトセラスとヴァカムエルタの弱腰の外交への怒りを耳にしていた。庶民の無邪気な大公国への連帯感は、自分たちが下した非情な決断の、痛烈な非難だった。


「マチルダ、これで良かったのだ。私が連合に、大公国への道を開けば、帝国は確実にリトセラスへ侵攻してくる。そして、連合に鉄の供給を止められたゴニアタイトも、我々を連合の見方と見なして、即座に侵攻してくるだろう。それは何としても避けなくてはならない」


 ギリェルモは、泡の消えたエールのコップを握りしめたが、冷たい液体に映る自分の顔を見て、そこから視線を逸らした。


 マチルダは、そんな彼の理性と感情の板挟みを見透かすように、静かにうなずく。ギリェルモの信念は決して曲がらない。それがヴァカムエルタが信頼する外交官としての彼だった。この厳格な騎士然とした部分を、彼女は愛おしく思っていた。


「それが、リトセラスとヴァカムエルタの二国にとって、最も正しい生存戦略でしょう。しかし……、我々は、自国の生存のために、大公国を生贄にした」


 二人は、自らの手のひらで大公国の命運を決定づけた共犯者となった。この場で、どちらかが「感情的になりすぎた」と非難すれば、二人の共犯関係は崩壊する。しかし、二人はそうしなかった。


「この決断を下すことができるのは、あなたと私しかいない。他の誰にも理解できない重圧だ」


 ギリェルモは絞り出すように言った。その言葉は、まるでマチルダへの慰めを求めているかのようだった。


 マチルダはギリェルモの視線を受け止め、彼の疲弊しきった青灰色の瞳を深く見つめた。彼女の胸の奥では、彼の理性的な判断への尊敬と、彼が背負う孤独な重圧を分かち合いたいという切実な思いが交錯していた。


「彼の冷酷な判断の裏側にある後悔を知っているのは、私だけだ。この男の弱さを、私は誰にも渡したくない」


 それは、仕事のパートナーに対する感情ではない。二人は、孤独な外交官という立場が生み出した、互いへの微かな片思いを、言葉にすることなく抱え合っていた。

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