1、外交のカウンターパート
大公国の隣国である「鉄と規律の王国」リトセラスと、「蒼い港湾の盟約」ヴァカムエルタ。この二国は、大公国が帝国の軍勢の侵攻に脅かされるなか、大公国の窮状から目を背け、中立を保ち続けるのが冷たい現実の生存戦略だった。
リトセラスの外務尚書に属するディトモピゲ子爵ギリェルモと、ヴァカムエルタの最高評議会の外交官、マチルダ。彼らは二つの国の外交の実務を担う、欠かせないカウンターパートだった。
長年、中立を維持する両国の水面下の工作において、互いに不可欠な共犯者であった二人は、しばしば国境を越え、第三国で顔を合わせていた。
彼らはお互いにそれぞれの国で功績をあげ、今では両国の外交政策を立案する立場になっていた。ギリェルモの鉄壁の論理と揺るぎない規律は、マチルダの機敏な情報網と柔軟な交渉術と組み合わされることで、両国の平和を支える共依存の関係を築き上げていた。
三年前、ゴニアタイトがリトセラスの鉱物資源を独占しようと陰謀を巡らせた際、ギリェルモは外交慣例にのっとり、強硬な拒絶を主張したが、マチルダはゴニアタイト国内の貴族の不和を突く危険な偽情報を流す工作を提案した。
「マチルダ、もしこれが露見すれば、我が国だけでなくヴァカムエルタもゴニアタイトの報復に晒される。この件は我が国の問題だ。ヴァカムエルタは関係ない」
ギリェルモが冷たく告げた時、マチルダは彼の青灰色の瞳をまっすぐ見つめ返した。
「両国の関係は一蓮托生よ。リトセラスが危機に陥れば、ヴァカムエルタも危ないわ。大丈夫。貴方が隣にいれば、どんな危険な道も、二人で渡りきれると信じているわ、ギリェルモ」
それは、互いの国ではなく、互いの存在に依存していることを示唆する、二人だけの密約だった。工作は見事に成功し、二人の共犯関係はより強固なものとなった。
第三国の静かなカフェで、ギリェルモが淹れたてのコーヒーに目を向けたとき、マチルダは自分のカップの縁に付いたクリームを、さりげなくハンカチで拭った。その細やかな仕草の清潔感に、ギリェルモは思わず視線を奪われた。
マチルダも、ギリェルモの隙のない普段の身だしなみを見て、彼の鉄壁の規律が、外交だけでなく私生活にも及んでいることを再認識し、秘めたため息をつく。
二人が共有する時間は、自国の人間には決して話せない孤独を埋め合う、お互いにとっての唯一の逃避場所でもあった。
現在の彼らにとっての最大の恐怖は、大公国を救うという国民が望む大義のために、この共犯関係を壊し、両国が帝国の標的となることだった。そして何より、この孤独を理解する唯一の存在、互いを失うことであった。




