その声が、私の名前になった
――あなたの名前は「結花」よ。
産声を上げたばかりの私は、何も知らなかった。
世界の広さも、言葉の意味も、自分という存在さえも。
けれどその時、確かに感じたのだ。
誰かの温かな手が、私の小さな身体を包み込むのを。
そして、柔らかな声が耳元で囁いた。
「結ぶ花、と書いて……結花」
母の声だった。
それが、私が人生で最初に受け取った“音”であり、“意味”だった。
白い光の中。
消毒液の匂い。
まぶしくて、でも眩しささえわからなかった世界で。
私の物語は、そのたったひとつの言葉から始まった。
結花。
その名前は、優しさと願いと、ほんの少しの祈りを含んでいた。
“この子が、誰かと誰かを結び、花のように咲きますように”
――そうして名付けられた私は、その意味を知らぬまま、生きていく。
けれど、何年も経ったある日、私は思うことになる。
「ねえ、ママ。
私、“結花”じゃないほうがよかったのかな?」
そんな問いが心に芽生えるのは、もう少し先の話。
これは、私――白石結花が、名前の意味と、私という存在のあいだで揺れ続けた、長い長い物語の、ほんのはじまり。




