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匂い

作者: 福山雄太

 僕は今、目の前のアジサイに集中している。

 ここはゲーム業界就職のための専門学校のグラフィック科。そして今はデッサンの集中講義。こんなデジタルな時代にこんなアナログな技術必要があるのかと思うのだが、僕が就職を希望するゲーム会社ではデッサンの提出が必要である。なので僕を含め30人くらいの学生が今、アジサイのデッサンに取り組んでいる。

 デッサンの先生ははっきり言って見た目はオバサンだ。年齢不詳、声は大きめ、そしてよく笑う。

 彼女は教室中を歩き回る。そして何かと僕たちに接触して「ここはこうしたらいいんじゃない?」なんて言いながら鉛筆を取り上げて直そうとする。

 それはそれでありがたいのだが、だんだん僕の作品ではなくなってく感じもあって勘弁してほしい時もある。

 ところで、彼女には独特の匂いがある。それは決して悪い匂いではなく、女性特有の匂いでもない。母親の匂いとも違う。しかし心地よい。僕は一度彼女に聞いたことがある。

「先生、その香水どこで売ってるんですか?」

 彼女は「ヒ・ミ・ツ」と言って、それきりだった。別に隠す必要もないと思うし、そもそも僕は男だし気に入ったから買いに行こうとは思わないのだが。

 デッサンの集中授業も最終日になり、先生はみんなの作品を並べて提示し講評を始める。みんなや僕の作品が並べられる。こうやって並べられると自分の画力のなさがもろにわかる。アユのデッサンはピカイチだ。トモの作品も悪くない。

 先生は個々の作品の良い部分悪い部分を的確に指摘する。アユの作品も決して完璧ではなくこういう部分を修正すればもっと良くなるのではという指導をしていた。僕の番になって彼女は意外な言葉を発した。

「多分この作品が今日の最優秀ね」

 誰もが驚いた。一番驚いたのは僕自身だ。これまで納得だらけの講評をしていた彼女がいきなり僕が最優秀とは。アユのほうを見ると彼女も唖然とした表情をしていた。

「このデッサンには、匂い、があります」

 僕のデッサンを評して彼女はこう言った。

「この作品からは、懐かしく、奥ゆかしい、そして思わず顔をうずめたくなるような匂いを感じます」

 え、そんなこと僕には何のことかわからなかった。普通デッサンって見た目の技術なのでは?それも匂いってなんだ?

 教室が何となくざわついている中、集中授業は終わった。


 何日か経って学校にいくとデッサンの先生に会った。聞けば成績表を出しに来たのだそうだ。

 僕は彼女に率直な疑問を投げかけた。

「先生、どうして僕が最優秀なのですか?アユやトモのほうが全然いいと思うのですが。そもそも匂いって何ですか?」

 彼女はそれには答えずに、僕に一枚のチラシを渡してくれた。

 そこには「スメルパーティ!参加費7000円!!」という字が躍っていた。

「今日のこのパーティ。参加しない?きっと素晴らしい思い出になるわ。参加費は私が持ってあげる」

 いきなりの誘いに戸惑ったけど、今日はバイトもないし、彼女のことも気になったので

 「わかりました。行きます」と答えていた。

 その夜、会場に行くと

 「ここをまっすぐ行って、突き当りの右に小さなドアがありますのでそこが会場です」と案内された。

 言われたとおり突き当りに向かって右側のドアを開けると、先生が

「あらいっらっしゃい。待ってたわよ」

 と歓迎してくれた。

「ここは、おいしいものだらけだから、おなか一杯になって帰ってね」

 と彼女は僕に微笑むと、先のドアに進むよう促して、どこかに去っていった。

 よくわからないまま、いわれたまま先のドアに進んだ。そしてドアを開けると。


 先生のあの匂いが飛び込んできた。それは決して悪い匂いではなく、女性特有の匂いでもない。母親の匂いとも違う。しかし心地よい。

 僕はその匂いにうっとりしながら目を開けると、目の前に巨大がゴキブリが顎を大きく開いて言った。

 「ようこそスメルパーティへ!おなか一杯になって帰ってね!!」

 その声は間違いなく先生の声だった。

 そして


 がぶり。


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