そうだなしか言わない公爵様
「薔薇の季節になりましたわね。アーベン公爵家の薔薇はいつも綺麗ですわ」
「そうだな」
「赤が多いですわね。深紅の薔薇がわたくしは好きです。シュトリディアス様の趣味ですの?」
「そうだな」
「まぁ赤が好きだなんて、気があいますわね」
「そうだな」
シュトリディアス・ベルム・アーベン公爵。歳は27歳。
アフェリアナ・コーレン公爵令嬢、歳は17歳。
アフェリアナの婚約者、シュトリディアス・ベルム・アーベン公爵は銀のサラサラな髪を背まで垂らして青い瞳のそれはもう美しい公爵だ。
婚約を政略で結んで1年経つが、このシュトリディアス。27歳まで独身だなんて、何故かしらと思ったら、交流するのにとても疲れるのだ。
婚約者としての交流としてアーベン公爵家の庭で週に一度お茶を飲む。
飲むのはいいんだが、話題がまったく続かない。
何を話しても大抵は、そうだな で終わってしまう。
だから、アフェリアナは内心、この公爵の事を、「そうだな公爵」とあだ名をつけていた。
何を話しても大抵 そうだな そうだな以外では必要な返事はすることも稀にあるが、大抵 そうだな。
だから思った。そうだな公爵様 でいっその事、呼んだらいいんじゃないかしらと。
さすがに失礼なのでそれはしないが。
後、面倒な事にこの男、名前が長い。シュトリディアスだなんて、ディアスで十分ではないのか?それとも、シュトリ?それではさすがに変な名前なので、シュトリディアス様と呼ぶしかないのだが。何でそんな長ったらしい名前にしたのだろう。
いっそのこと、 そうだな とつけてくれたらよかったのに。
そういうアフェリアナは、それなりに金の髪に青い瞳の、美人かどうかはまぁ普通の顔をしている程度の女性だ。
公爵令嬢として、名門アーベン公爵家に嫁げるのはとても名誉なことだけれども、
そうだな公爵に嫁ぐのは先行き大変だなと思わなくもなくて。
アフェリアナはシュトリディアスに向かって、
「薔薇の香りの紅茶もあるらしいですわ」
「そうだな」
「今度、お持ちしましょうか?」
「そうだな」
持ってきていいのかしら?と思ってしまう。
口にあわなかったらどうする気なのかしら……
これだから そうだな公爵は困る。
「今日のお菓子特に美味しいですわね。王都の有名店で売っているガトーショコラかしら?いつも美味しいお菓子を出して下さって嬉しいですわ」
「そうだな」
「有難うございます。気を使って下さって有難うございます」
「そうだな」
気を使って下さっているのかしら?ここは解らないわ。
この人、怜悧な美貌に無表情だから掴みにくいのよね。
アーベン公爵家って凄い金持ちで、土地を沢山持っているから、領地経営とかしなくても土地から入るお金で十分やっていけるのだとか。それなら、そうだな公爵でも、大丈夫なのかしらね。
「来月、わたくし、デビュタントを迎えますの」
「そうだな」
「わたくし、深紅のドレスにしようかなと思っておりますの。これから作る予定ですのよ」
何だかおねだりしているみたいで嫌だわ。でもデビュタントって、婚約者がいる女性は、ドレスを贈って貰ってエスコートをしてもらうのが当たり前よね。大丈夫かしら?この人。
シュトリディアスが立ち上がる。そろそろ時間なのだろう。
アフェリアナは、
「楽しいお茶会でしたわ。ではまた来週」
「そうだな」
その場を後にした。
アフェリアナは王立学園に通っている。
この王国のマリー王女から嫌味を言われた。彼女も王立学園に通っているのだ。
銀の髪にきつい顔立ちのマリー王女はとても美人だ。
卒業後、隣国に嫁ぐ事が決まっている。
「シュトリディアスとの交流はどうかしら?」
厭味ったらしく聞いてきた。
彼が、そうだな 公爵であることは皆に知られているのだ。
だから、彼と見合いをした令嬢達は、さすがに、名門でも、そうだな しか言わない公爵と結婚したくないと、その前に令嬢達が気に入らなかったのかアーベン公爵家から断りの連絡があった。
今回は、政略的にメリットがあるという事でアーベン公爵家から断りはなかった。アフェリアナも父の命で婚約を断る事が出来なかった。両家は婚約が結ばれたのである。
マリー王女は そうだな 公爵と交流が上手くいかないと見抜いているのだろう。
マリー王女の言葉にカチンときた。
だが、相手は王族。慎重に言葉を選ばなくては。
「婚約者として交流をしておりますわ」
「シュトリディアスとの交流はとても楽しいのでしょうね」
オホホホと厭味ったらしく笑われた。
頭に来たが、
「ええ、とても楽しいですわ」
「そういえば、来月はデビュタントですわね。わたくしは隣国から婚約者のレイル王子が来て、わたくしをエスコートして下さるそうよ。わたくしに銀のドレスを作ってくれているとか。貴方はどうですの?シュトリディアスからドレスをプレゼントされてエスコートもされるのでしょう?」
ドレスのプレゼントをしてくれるのだろうか?プレゼントをするという言葉は貰えなかった。エスコートだってしてくれるかどうか解らない。
悔しかった。悲しかった。でも、仕方がない。
ここは見栄を張るしかない。
「きっとしてくれますわ」
「まぁ、それは楽しみですこと。さぞかし豪華なドレスと、素敵なエスコートをしてくれるのでしょうね。当然、ダンスは踊るのでしょう?わたくしはレイル様と手紙でどんなダンスを踊るのか相談中ですわ」
悔しい。どんなダンスを踊るのかって?相談なんかできるわけないじゃない?
相談したって、そうだな で終わってしまうわ。
わたくし、本当はもっともっとシュトリディアス様とお話したい。
でも、彼は そうだな公爵。
悲しかった。でも、泣く姿を見られる訳にはいかない。
「立派なダンスを当日、披露致しますわ。楽しみにしておいて下さいませ」
つい言ってしまった。
そうだな公爵にどう切り出そう。相談受け付けてくれるかしら。
今度のお茶会で、話をしてみることにした。
そして、お茶会。
赤い薔薇が咲き乱れるアーベン公爵家の庭で、シュトリディアスとお茶を飲む。
アフェリアナは思い切って言ってみた。
「来月のデビュタント。一緒にダンスを踊ってくれませんか?」
「そうだな」
「練習しないと、わたくし、恥をかいてしまいます。どうかお願いですから、一緒に練習をして下さいませんか」
「そうだな」
してくれるのだろうか?そうだな公爵は表情も読めない。
彼は立ち上がって、手を差し伸べてきた。
アフェリアナはシュトリディアスに、
「ダンスの練習をして下さるのですか?」
「そうだな」
「お願いします。わたくしの得意な曲は、赤薔薇の情熱 ですわ」
「そうだな」
赤薔薇の情熱のダンスはそれ程、難しくない一般的に知られているダンスだ。
薔薇の咲き乱れる庭で、シュトリディアスのリードでダンスを踊る。
彼のリードはとても上手くて、アフェリアナは安心して踊る事が出来た。
「有難うございます。ダンス、お上手ですね」
「そうだな」
「デビュタント当日は、よろしくお願いします」
「そうだな」
相変わらず表情が読めない、シュトリディアスだったけれども、ダンスを共に踊れた事は、アフェリアナにとって幸せだった。
デビュタントの一週間前、アフェリアナのコーレン公爵家に深紅のドレスが贈られてきた。
両親はとても喜んでくれて。
「ちゃんとアフェリアナのデビュタントを公爵は考えてくれているんだな」
「よかったわね。アフェリアナ」
手紙が入っていて、当日迎えに来ると書いてあった。
アフェリアナは安堵した。
彼はちゃんと婚約者としての役割を果たしてくれそうだ。
そして当日。贈られた深紅のドレスはアフェリアナにとても似合っていて。
アフェリアナはとても満足した。
迎えに来るのを今か今かと待ち続けて。
そして日が暮れた頃、ちゃんとシュトリディアスは迎えに来た。
アフェリアナが深紅のドレスを着て現れると、シュトリディアスの表情が初めて変わった。
頬を染めたのだ。
アフェリアナはシュトリディアスに礼を言う。
「素敵なドレスを贈って下さって有難うございます」
「そ、そうだな」
「わたくし、嬉しくて嬉しくて」
シュトリディアスが手を差し伸べてきた。
彼は長い銀の髪を後ろに束ねて、白銀の衣装がとても似合っている。
アフェリアナはシュトリディアスの腕に手を添えて、
「シュトリディアス様もとても素敵ですわ。衣装が似合っておりましてよ」
「そうだな」
二人は馬車に乗り込んだ。
会場に着くと、デビュタントを迎える学園の顔見知りの令息、令嬢達が皆、揃っていて。
婚約者のいる者は婚約者と共に出席している。
マリー王女がレイル王子と共にやってきた。
レイル王子は、じろじろとアフェリアナとシュトリディアスを見つめて、
「なかなかいい女じゃないか?どうだ?側妃として俺と一緒に来ないか?」
と、ぶしつけに話しかけてきた。
マリー王女は真っ赤な顔をして、レイル王子を睨みつけている。
その時、シュトリディアスがアフェリアナの前に進み出た。
レイル王子はシュトリディアスに向かって、
「なんだ?文句があるのか?私はドイル王国の王子だぞ」
シュトリディアスは、
「コーレン公爵令嬢は私の婚約者です。どうかご容赦の程を。私はシュトリディアス・ベイル・アーベン公爵です」
「ああ、あの名門の。仕方ないな」
アフェリアナは驚いた。彼が そうだな 以外の言葉を話すのを聞いた事がなかったからだ。
シュトリディアスは赤くなりながら、しかし視線はアフェリアナではなくて、会場を見ながら、
「わ、私は女性と話すことが苦手で、動揺してしまって。冷静さを保つようにいつもしていたんだ。ど、ドレス、に、似合っている。ほ、本当に似合っている‥‥‥」
アフェリアナは、シュトリディアスの手を取って、
「庇って下さりとても嬉しかったですわ」
「そうだな」
「こちらを見て?わたくしのドレス姿をもっと見て」
「そうだな」
真赤になりながら、シュトリディアスはこちらを見つめてきた。
「そうだなっ‥‥‥と、とても、似合っているっ」
「貴方が選んでくださったドレス。贈って下さってとても嬉しかったですわ。有難うございます」
「そうだな」
少し、彼と話をすることが出来た。
とてもとても嬉しかった。
シュトリディアスが手を差し伸べてくる。
アフェリアナはその手を取って、二人で会場の真ん中に進み出てダンスを踊る。
彼のリードは力強くて、そして優しくて、とても幸せで。
マリー王女が悔し気にこちらを見ていたのだけれども、どうでもよかった。
だから、まさかマリー王女が妨害を仕掛けてくるとは思わなかった。
翌日、近衛騎士としてシュトリディアスを連れて行きたい。
マリー王女が国王である父に強請ったのだ。
近衛騎士なんてお飾りである。
美しければどうでもいい。そんな存在だ。
アーベン公爵家は土地は持っているとはいえ、王国で土地貸しをしているだけで、王国を離れていても別に問題はないから、わたくしは連れて行きたいわとマリー王女は国王に強請ったとの事。
だから、シュトリディアスに隣国へマリー王女が嫁ぐ時に近衛騎士として付き添えと王家の命が下ったのだ。
あまりにも酷い命令に、コーレン公爵家もアーベン公爵家も、貴族全体が王家に苦情を入れた。皆で王宮へ押し掛けた。
マリー王女は押し掛けてきた貴族達に向かって、
「わたくしが隣国へ嫁いで両国の平和に役に立つのです。わたくしの我儘を聞いてくれてもよいでしょう」
共に苦情に押し掛けて来ていたシュトリディアスが進み出て、
「私はこれでもアーベン公爵です。きちっと爵位を受け継いでおります。それを近衛騎士として外国に行けと?いくら私が領地経営をしていないとはいえ、あまりではないか?私だって先祖の土地を守っていきたい。隣国ではそれが思うようにいかないでしょう」
マリー王女は、
「あら、貴方、話すことが出来たのね。隣国からだって、土地を貸し付けてお金を取っているだけですもの。なんとかなるんではなくて?」
「目が届きません。私は先祖に顔向けが出来ません」
アフェリアナは心配でたまらなかった。
このまま、彼が隣国へ行ってしまったらどうしよう。
やっと、そうだな 以外の言葉が聞けたのだ。
いや、その前に、彼、今べらべらと話しているんじゃなくて?
まあ自分の身の危機なのだから、それはべらべら話すわよね。
シュトリディアスはアフェリアナの傍に来て、
「それに、私には愛する婚約者がおります。深紅の薔薇が好きで、色々と交流して互いの愛を深めて参りました。そんな愛する婚約者を放っておいて隣国へなんていけません」
え?そうだな しか言わなかったような気がするんですけど?
それは言わない方がいいわね。
他の貴族達もマリー王女に文句を言う。こんな横暴な事が許されてよいのかと。
さすがに国王が仲裁に入り。
「マリー。諦めろ。貴族達が反発している」
「しかし、お父様」
「いいな」
マリー王女はこちらを睨みつけてきた。
シュトリディアスは赤くなりながら、アフェリアナの手を握って来た。
アフェリアナは抱き着いて、
「貴方が隣国へ行かなくてよかったわ」
「そ、そうだな」
「本当に良かった」
「そうだな」
ああ、何でここで、そうだな しか言わないの? この そうだな公爵はっ
でも、見上げた彼は赤くなりながらこちらを見ていて。
「す、すまないっ。君の前だと緊張してしまって。こ、これからもよろしく頼む」
アフェリアナは赤くなる彼の事が本当に愛しい。そう思えて仕方がなかった。
後日、美男の屑を拉致するという辺境騎士団が来た。
四天王の金髪美男アラフが、狙ってきたのだ。シュトリディアスを。
だから、言ってやった。
「彼は そうだな しか、今は言えないけれども、わたくしは彼が好き。だからお帰り下さいませ。彼は屑ではないわ」
アラフは肩を竦めて、
「だが、そうだな しか言わないって失礼じゃないのか?」
「これから、ゆっくりと交流を深めて、そうだな を卒業して貰いますわ」
シュトリディアスも頷いて、
「そうだな」
アフェリアナは、頭がちょっと痛くなった。
アラフは笑い出して、
「そうだな って言っているぞ。噂通りの そうだな公爵 だな」
「そうだな」
更にシュトリディアスが、そうだな という物だから、アラフは笑いが止まらないようで。
アフェリアナは、シュトリディアスを見上げて、
「もっと色々とお話をしたいわ。今は、そうだな しか言わないけれども、貴方と薔薇の美しさや色々な事をお話をして交流を深めたい。いけませんか?」
「そうだな」
そしてシュトリディアスは赤くなりながら、
「わ、私も君と交流を深めたい。愛しているよ。アフェリアナ」
そう言って額にキスを落としてくれた。
アラフは呆れて、
「お熱いね。屑ではないなら、俺の出番は無しか」
アフェリアナはにっこり笑って、
「お帰り下さい。変…辺境騎士団のアラフ様」
「はいはい。帰るかな」
アフェリアナは、愛するシュトリディアスの手を取って、
「これから沢山のお話をしていきましょう。沢山の幸せを、沢山の苦労を、沢山の経験を共にしていきましょう。愛しておりますわ」
「そうだな」
まだまだ道は険しいけれども、この人とは素敵な夫婦になれる。
そう思って、アフェリアナは愛しいシュトリディアスの顔を見上げるのであった。