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目覚め








”―――――目覚めよ”









夢とも現実ともわからない闇のまどろみ中で、青年は誰かの声を聞いた。その声は、まるでこだまのように、何度も何度も闇の中で響き渡る。やがてそのこだまは、輪郭を徐々に失いながら、小さく、か細く、消えていった。そして、青年は、夢と現実の境目を破り、ゆっくりと目を見開いた……。


青年が目を開けると、眼の前には満点の星空が広がっていた。赤色、黄色、青色、みどり色。きらめく星星の粒と、それをとりまく星雲の美しさ。夜空に光る星の煌めきは、まるで手を伸ばせばそこにあるかのよう。空をまっぷたつに横切る天の川の白い輝きは、月の光にも負けないほどまぶしかった。


(イラスト 021 01)


【青年】―「……ここは、一体どこなんだ……?」


青年はそうつぶやき、床に手をついて体を起こそうとした。その途端、彼のからだを鋭い痛みが走る。どうやら、彼はかたい羽目板の床の上に寝ていたらしい。それも、おそらく相当長い時間だろう……筋肉はかたくなり、相当にこわばっていた。


彼が頭を振りつつ体を起こすと、自分のすぐ背後に、衣擦れの音を聞いた。


【青年】―「誰だ!」


青年は鋭く叫び、振り返った。


するとそこにいたのは一人の青年だった。彼はオールバックにまとめた黒い髪に、突き出た鼻梁と鋭い眼光を持つ、いかつい顔をした青年だった。彼は仰向けに寝ながら、目だけを動かして、青年をみつめていた……。


青年は、そばにいたのは彼だけではないことに気づいた。見ると、そこにはほかに三人の男女がいたのだ……黒髪の青年とは別の男と、そしてふたりの女が。彼らもまた眠りから覚めたばかりらしく、まだぼんやりとしており、小さな方の女の子は、大きく口を開けてあくびをしていた。


【青年】―「なあ、君たち……」


青年が口を開くと、みなは彼を見つめた。


(イラスト 021 02)


【青年】―「君たちは、自分が誰なのか分かるか?俺は、自分が一体誰なのか、ここがどこなのか、なぜここにいるのかもわからない……」

【黒髪の青年】―「……俺も同じだな。俺はさっき、夢の中で誰かに起きろって言われたんだ。それで目を冷ましたら、お前と目があった」

【金髪の青年】―「僕も同じだ。夢の中で、誰かに目覚めよって言われた……」


もうひとりの青年も答えた。彼は長いサラサラした金髪に、エルフの尖った耳を持っている。彼の声音は、優しかった。肌は白く、唇は赤く、どこか女性的な美しさがあった。


【茶髪の少女】―「私も、自分が誰なのかわかんない」


あくびをしていた小さな方の女の子が応えた。彼女は、豊かな茶色いくせ毛に、赤い瞳を持っている。彼女は、とてもかわいく、愛らしい。彼女の顔にはひとつ特徴的なことがあった。なにやら彼女の頭の側面から、羊のような白い巻き角が突き出ているのだ。


【鳶色の髪少女】―「わたしもみんなと同じみたいね……」


鳶色の髪の少女がそう答えた。彼女は右目を長い鳶色の前髪の奥に隠した、美しい少女だった。その長い髪は、わずかにそよぐ風に吹かれ、やさしく揺れている。


青年は、よろよろと立ち上がった。みなも青年にならい、立ち上がった。そして、周りを見た。


彼らの周囲には、暗い海が広がっていた。


どうやらここは、舟の上らしい。満点の星空とは対象的に、海は暗い。青年は水平線になにか見えるものを探したが、陸地は見えなかった。どうやらここは、陸から遠く離れた、どこかの海洋のさなからしい。


青年は、ぼんやりと立ち尽くし、ただ海と空を眺めた。


【鳶色の髪の少女】―「なんだか、とっても星が綺麗ね」

【青年】―「ああ、そうだな」


鳶色の髪の少女がそう言ったので、みな空を見上げた。夜空は、あいかわらず美しい。みな、しばらく一語も喋らずに、空を眺めた。


青年はひとつ提案をした。


【青年】―「なあ、この船をちょっと探検してみないか」

【黒髪の青年】―「……探検つっても、ほかに船室がひとつあるだけみてえだが……」


黒髪の青年はそう言いながら、船尾に目を向けた。船室の窓からは、明るい光が漏れている。あれ?さっきあんな場所に光はあったっけかな?……青年はそう思った。しかし、どうやらいま、あそこにだれかがいるらしい。


【青年】―「じゃあ、あそこに行ってみよう」


みなは船尾の船室に向かった。窓から中を覗いてみたが、誰もいない。青年はドアノブに手を伸ばし、扉を開いた……。


船室の中には、食事が用意してあった。


部屋の真ん中にはテーブルがあり、その上に5人分のパンとスープが並べられている。透明な茶色のスープからは、温かい湯気が立っている。青年はあらためて部屋を見回したが、やはりだれも見当たらなかった。


【青年】―「誰か、いないのか」


青年は声を張り上げた。しかし、誰も答えるものはいない。おかしい、誰かがこれを用意したはずなのに。まさか、誰かが五人のために料理を作り、彼らが起きる直前に海に飛び込んだとでも言うのだろうか。


怪訝に感じる青年をよそに、茶髪の少女は椅子に座った。


【茶髪の少女】―「これ、食べていいんだよね」

【青年】―「……ちょっと待って、なんか、手紙があるみたいだ」


青年がテーブルの中央に置かれた手紙を指さすと、みなはじめてそれに気付いた。青年はそれを手に取ると、折りたたまれたそれを開き、声に出して読みはじめた。


【青年】―「……『諸君は、神の代理として選ばれた五人の使徒である。君たちは過去、この世界において偉業を成し遂げ、世界を救った。今一度、その力を神に託さん。

今から40日の後、ここから東にあるロードランという国において、アマンダという王女の戴冠式が執り行われる。アマンダは神に選ばれ、天使として生まれついたものである。

そこである出来事が起き、アマンダは東へ巡礼の旅に出る。その目的は、さらに東の地に眠る、救い主を救うことである。

君たちはアマンダを助け、共に東の地へ向かへ。

君たちは記憶をなくし、清いからだとして生まれ変わった。その身をアマンダに捧げよ。

ここに君たちに名を与える。

赤い髪の者の名は”ロキ”である。

黄色い髪の者の名は”カイン”である。

黒い髪の者の名は”バッツ”である。

茶色い髪の者の名は”アル”である。

鳶色の髪の者の名は”メーベル”である。』」


青年は読み終えると、手紙を折りたたんだ。


【青年】―「赤い髪?」

【黒髪の青年】―「お前のことだよ」

【青年】―「……俺?」


青年はそう言うと、自らの前髪を手繰り寄せた。たしかに自分の髪は赤い……それは、血の色のような真っ赤だった。


【青年】―「ふうん、俺の髪って赤いのか……まあいいや。とりあえず食事にしよう」



◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇



こうして、彼らはテーブルについた。ロキはパンに手を伸ばしたが、ふとその手を止めた。アルとメーベルの二人が、祈りを捧げているのだ。


(イラスト 021 03)


【ロキ】―「へえ、祈るんだ」

【メーベル】―「当然でしょ。神様が用意してくれた食事だもの」

【バッツ】―「ほーん。敬虔だねえ」


バッツがそう言うと、パンをひょいと取り上げ、これみよがしにがぶりとかじる。そして、「うんめー」などと口にした。そんなバッツを、メーベルは片目を開いて睨む。

カインはというと、女子ふたりの祈る姿を見て、自分も祈ろうと手に持っていたパンを置き、手を組んで目を伏せた。


【バッツ】―「おいおいカイン、裏切りかよ!」

【メーベル】―「いいのよ。食前の祈りを捧げるなんて、当然のことなんだから」

【ロキ】―「そうだな、おれもそうするか」


ロキもそう言うと、パンを置いた。パンにはもう歯型がついていたので、実際のところ不信心さではバッツとあまり変わらないのだが、そんなことはおくびにも出さずに、みなと一緒に両手を合わせて祈った。それを見て、バッツは口をモゴモゴと動かしながら、すねて言った。


【バッツ】―「ロキもかよ。あほらし!俺は神なんて信じてねえからな」

【メーベル】―「神様がいないっていうなら、そもそもなんでわたしたちはこの船に乗ってるの?この食事は一体誰が用意したの?」

【バッツ】―「別に神様がいねえとは言ってねえだろ。おれはそいつを信じてねえってだけだ」

【メーベル】―「何が違うのよ」

【バッツ】―「俺は神はいるとは思ってるが、そいつはアホだと思ってる」

【メーベル】―「はあ?不敬よ!」

【バッツ】―「不敬で結構コケコッコー!神様なんてなんもしてくれねーもーん。神様に祈るぅとか、ばっかじゃねぇの!死んじまえってーの!ぎゃはははは!」


メーベルは椅子に体を沈めると、机の下からバッツを蹴り飛ばした。


【バッツ】―「いっってぇえええ!」


バッツが叫んでスネを抑えている間に、メーベルはバッツの皿に手を伸ばした。そして皿ごと料理を取り上げて、こういった。


【メーベル】―「不信心者は食べんでよろしい」

【バッツ】―「なんで前がそんなことお勝手に決めるんだよぉおお」


バッツはそう言って皿を掴み返すと、二人の間で料理のつかみ合いになった


【ロキ】―「ははは。なんだか、にぎやかになりそうだな」


ロキはそう言って笑った。



◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇



そうして食事を終え、彼らは吹きさらしの甲板に戻った。。彼らは、起きたときと同じように、剥き出しの甲板に身を横たえた。


【メーベル】―「夜なのに、なんだか風がとても温かいわね」

【ロキ】―「そうだな。ここはきっと、かなり南の海なんだろうな……」


そう言いながら、彼らは空を見上げた。空には、あいかわらず満点の星空が輝いている。あの何十万もの星星には、きっとそれぞれに名前があり、たくさんの星座をかたち作っているのだろう。もし自分に記憶があるのなら、きっとたくさんの星や星座の名前を言えるに違いない、ロキはそんなことを考えた。


やがて睡魔が襲い、みなは眠りへと落ちていった。



◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇



朝になり、ロキは目を覚ました。冷たい湿気が甲板を覆い、海には濃い霧が立ちこめている。その霧はあまりにも濃く、すぐそばにあるマストですら、白く霞んで見えないほどだった。ロキが体を起こすと、あいかわらず体は思い。見ると、そばにメーベルが起きていた。彼女は、何やら船尾の方向を、じっと睨みつけていた。


【ロキ】―「メーベル、どうした?」


ロキはメーベルの視線を追いかけたが、濃い霧に阻まれてよくは見えない。しかし、しばらく待っていると、突然何かが水面を叩く音が聞こえてきた。それは、なにか細い液体が勢いよく水に流れ込むような音だ。それは明らかに、誰かがいま、船尾で小便をしているのだ。


ロキはそれがバッツだろうと思った。周りを見渡すと、そばでカインが眠っていたので、やはり音の主はバッツなのだろう。小便の音は長く続き、それがようやく止むと、メーベルは深くため息をついた。ロキはおもわず笑いながら言う。


【ロキ】―「別に、小便ぐらいしょうがなくないか?」


しかし、ロキにそう言われて、メーベルは顔をしかめた。


【メーベル】―「それ、わたしがいま顔を洗おうとしていたところだって知っても言える?」


彼女はそう言うと、あらためて船べりに身をかがめて、水を掬おうとした。


だが、次瞬間、小便よりもさらに不快な音が船尾から響き渡った。その水面を叩くいやな音に、メーベルは顔を引きつらせる。


【メーベル】―「ちょっと……まさか……」


彼女は言う。彼女の声が聞こえたのか、船尾からバッツの大声が響き渡ってきた。


【バッツ】―「フハハハハハハハハハハ!

肛門よりも臭きもの!血便よりも熱きもの!

大腸の中に埋もれし偉大なるうんちの名において、我ここに腹に誓わん。

我等が肛門に立ち塞がりしすべての愚かなるクソに、我とうんちが力もて、等しく脱糞を与えんことを!

下痢便スレイブ!!!(ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!!)」


(イラスト 021 04)


【メーベル】―「ちょっとおおおおおおおおおお!!!!!やめてよおおおおおおお!!!!!」


メーベルは涙声で叫んだ。やがて下痢便の強烈な匂いが濃い霧に乗って漂ってくる。ロキはそれを嗅ぎ、おもわず嗚咽をもらした。


バッツがズボンを上げながら船尾から戻ってくると、メーベルは立ち上がり、彼に詰め寄った。


【メーベル】―「あんた!最っ低の最っ低の最っ低よ!」

【バッツ】―「はあ?別にうんこぐらいだれでもすっだろ。逆に訊くけど、お前はこれから四十日の船旅でうんこしないつもりか?」

【メーベル】―「別にうんちぐらいするけど、あんなこれみよがしに匂いかがせないでよ!っていうかあなたさ、ちゃんとおしり、拭いたの?」

【バッツ】―「べつに拭きましたけど?」

【メーベル】―「いつ?どうやって?」

【バッツ】―「べつに普通に濡らした手でこすりおとしたけど?」

【メーベル】―「汚な!絶っ対に、その手で私に触らないでね」

【バッツ】―「別に汚くもなんともねえよ。うんこなんか水で洗えば簡単にきれいサッパリ落ちるぜ。ぺろぺろぺろぺろ」


バッツはそう言って手のひらを舐めだした。メーベルは絶叫した。


【メーベル】―「っきゃあああああ汚いっ!!!!うぉええええええええええ!!!!!」

【 アル 】―「ねえ、うるさいよ」


アルがまぶたをこすりながら、不機嫌な声を出して起き上がった。メーベルはそれを聞いて、あわてて猫なで声でなだめた。


【メーベル】―「あら、アルちゃん起こしちゃった?ごめんなさいね」

【 アル 】―「もおお」


アルは、まるで寝起きの子どものように不機嫌に、顰め面で目をこすっていた。いつの間にか起きていたカインが、言った。


【カイン 】―「なんかいい匂いがするね。朝にしようか」


彼に言われて、ロキも船室から香ばしい香りが漂っているのに気付いた。メーベルがバッツにがみがみ言うのを聞きながら、彼らは船室に向かった。



◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇



船室に足を踏み入れると、彼らの目に飛び込んできたのは、テーブルの上に並べられた豪華な肉料理だった。香ばしいかおりが漂い、骨付き肉が、赤いソースの下で湯気を立てている。


【バッツ】―「おお肉!肉だ!」


バッツは大声で叫びながら、椅子にガタンと勢いよく座った。


【ロキ】―「ふーん、これは子羊の肉か」


ロキが骨付き肉をクルクルまわしながらそうい言うと、バッツはニヤけた視線をアルに送った。


【バッツ】―「おいアル、お前がこれ食べたら共食いになっちゃうぜ」

【メーベル】―やめなさい、馬鹿なこと言うのは」


メーベルに叱責されると、バッツは肩をすくめて言った。


【バッツ】―「別にいーじゃん、ちょっとふざけただけじゃん」

【 アル 】―「メーベル、わたし別に気にしてないよ」

【メーベル】―「んもー、アルったら優しい子なんだから……バッツ、あんた浮つきすぎじゃないの。わたしたちは、神様に選ばれた人間なのよ。もっと自覚を持って言動を……」

【ロキ】―「なあ、また手紙があるみたいだ」


ロキが言うと、みな話をやめてロキに注目した。ロキは机の上の手紙を手に取り、それを開いて読みはじめた。


(イラスト 021 05)


【ロキ】―「『君たちに告ぐ。

この航海のすべては神により予定されている。

消して進路を変えてはいけない。

君たちが使徒であると、誰にも告げてはならない』」


ロキが紙を折りたたむと、バッツは言った。


【バッツ】―「それだけ?」

【ロキ】―「ああ」

【バッツ】―「ふーん、予定ねえ……なんか、昔よく聞いたいいまわしな気がするなあ……。おれはその『予定』って言葉が気に入らねえ。いまおれが頭の中で考えることすら、あらかじめ決まってるつうんだから。嘘つけっての」


バッツはそう言いながら、骨だけになった羊の肉をくるくる弄ぶと、皿に放り投げた。メーベルは彼に反論した。


【メーベル】―「あなたが神を疑うことすら、全ては決まっていることよ」


バッツは顎を引き、逆にメーベルに問いかけた。


【バッツ】―「なんでもかんでも決まってるっつうんなら、なんでわざわざこんな手紙出して注意喚起する必要があるんだ?」

【メーベル】―「神の意図は計るべきではないし、人間に計ることもできない」


その返答に、バッツは皮肉な笑みを浮かべて答えた。


【バッツ】―「けっ。いかにも神官様のいいそうなこったな。おれは、自分が自分の意志で物事を考えてるっつーことぐらい分かるんだよ。どっかの神様の奴隷さんとはちがってね」

【メーベル】―「そんなにもの考えてるなら、もっと分別をわきまえた言動をなさい」

【バッツ】―「ほらな?ああ言えばこう言うだろ?ま、神様が食事も船も用意してくれるってんなら、楽でいいけどね」



◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇



彼らが食事を終えて甲板に出ると、朝もやの霧はすっかり晴れ、青い空と広い海が無限に広がっていた。湖面のような凪の静かな海を、船はなめらかに進んでいく。各自各々が甲板に腰を下ろし、心地よい風に

吹かれながら、のんびりとくつろぎ始めた。


【ロキ】―「それにしてもこの船って不思議だな。風がないのに勝手に進んでいる」

【メーベル】―「そうね。きっとこの帆が特別なのよ」


メーベルが言った。船の中央に張られている帆には、青い不思議な模様が描かれている。帆は、ひとりでに膨らみ船を推し進め、時々左右に揺れて進路を調整している。これはどう見ても魔法の力だ。この帆のおかげで、操船の心配はなさそうだった。


(イラスト 021 06)


ロキは海を眺めながらぼーっとした。


船は静かに進む。そのうちにバッツは退屈しだした。彼はおおげさなため息をついて、言った。


【バッツ】―「暇だな……釣りでもすっかね」


ロキが顔を上げて訊ねた。


【ロキ】―「釣りって、道具はどうするんだ?」


バッツはにやりと笑うと、ポケットから一本の骨とスプーンを取り出した。それは、さっき食べた羊肉の骨だ。バッツはそれを、スプーンで削り始めた。


【メーベル】―「あなた本当に釣りするの?食事は神様が用意してくれるのよ?」

【バッツ】―「別に魚が嫌いなら、お前は食べなくてもいいんだぜ?」

【メーベル】―「そうじゃなくて、無駄な殺生はやめるべきよ」

【バッツ】―「別にいいだろ、魚ぐらい。魚の命は人命より軽い!」

【メーベル】―「あんたって本当に軽薄な人間ね」


バッツはそんなメーベルの言葉は意に介さず、作業に集中する。そして、ついに釣り針が完成した。


【バッツ】―「完成~!どうよアルちゃん、お友達の骨でできた釣り針は」

【メーベル】―「バッツ、いい加減になさい」


メーベルが怒ったが、アルは気にせず微笑んだ。


【 アル 】―「メーベル、いいよ別に。だって私、自分が羊だっていわれても、よくわかんないし」

【カイン 】―「ああ、それだったら海面を覗いてみたら?僕もさっき顔洗ったときに、自分の顔がどんな風なのか見たよ」

【 アル 】―「ふうん……」


アルは船べりから海面を覗き込んだ。青く透き通る海には、くしゃくしゃに巻かれたな茶色の髪と、白い巻き角が映っていた。彼女は指先でその角を触っていたが、別に思うところもないのか、すぐに海の水をすくって顔を洗い出した。メーベルも、アルに習って顔を洗おうとしたが、ふと手を止めて、疑問を口にした


【メーベル】―「さっきのウンチ微粒子とか、ここまで流れてないよね……」

【ロキ】―「そんなこと、気にしてもしょうがないだろ」


ロキは笑った。メーベルは諦めて顔を洗い始めた。



◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇



メーベルが服の裾で顔を拭いていると、、突然、船のマストの方から、なにやら嫌な音が響いてきた。それは、ビリビリ、ビリビリビリ、ビリビリビリビリ……、という音だった……。

何の音かと振り向くと、バッツがマストの下にかがみ込んでなにかやっている。見ると、彼は帆のほつれた箇所を引っ張って、一本の糸をほどいていた。


【メーベル】―「ちょっと!あなた、なにやってるの」

【バッツ】―「え?だめか」

【メーベル】―「だめにきまってるでしょ、頭おかしいんじゃないの……それは、神様が用意してくれた帆なのよ。動かなくなったらどうするのよ」

【バッツ】―「でも、他に糸の材料見当たんねーし」

【ロキ】―「いやいや、ほしけりゃ自分の服の糸解いて作れって……」

【バッツ】―「カンバスじゃないと強度たんねーんだよ。いいじゃねーかもう切っちゃったし」


そういって、彼は糸をぷつんと帆から引きちぎると、釣り針に結わえつけた。


【バッツ】―「文句ばっか言ってっと食わせてあげねーよ」


彼はそう言うと、奥歯の歯くそをほじって針につけ、海に放り込んだ


【メーベル】―「汚なっ!……そもそもこんな沖合に、魚なんているのかしら」

【バッツ】―「さっき俺が撒き餌まいたろ」

【メーベル】―「撒き餌……?ってまさか、さっきのウンチのこと?」

【バッツ】―「もちろんそーだけど?」

【メーベル】―「うわ……ドン引き……じゃあその魚って、あんたのうんち食べてるってことじゃん」

【バッツ】―「大丈夫ダイジョブ。栄養たっぷりの野菜みたいなもんだ」

【メーベル】―「魚は野菜じゃないし。あたし、絶対にあなたの釣った魚たべないから」

【バッツ】―「だからお前は食わなくていいっての……おお!きたきたきた」


魚がクンクンと糸を引く小気味いい引きに、バッツは興奮して立ち上がった。彼は腕を上下させて、糸を手繰り寄せる。魚が海面近くまで夜と、、腰をかがめてタメをつくり、海面から一気にごぼう抜きにした。


(イラスト 021 07)


魚は宙を飛び、甲板に叩きつけられ、ビチビチと跳ね回った。魚はそれなりに大きく、長い上下の顎から、一列にならんだ鋭い歯が突き出している。


【バッツ】―「おおお、カマスの仲間かな?随分と凶暴な口してるぜ」


バッツはそう言いながら、魚を握ると、船べりに頭から叩きつけた。


【メーベル】―「ちょっと!かわいそうじゃない」

【バッツ】―「いいんだよ、無駄に苦しませるよりさっさと死なせた方が本人も楽なんだ。さて、捌くもの捌くものっと……」


バッツはそう言いながら、船室に戻っていった。しばらくして、船室からパリーンという何かが割れる音が響いてきた。戻ってきたバッツの手には、割れた皿が握られていた。


【メーベル】―「ちょっとおおおおお!何やってるのよおおおおおお!それは神様がくれお皿でしょおおおお!」

【バッツ】―「いいだろ別に。臨機応変ってやつだ」

【メーベル】―「あんたバカなのぉぉぉぉおおおおおお!!!???」


バッツは、気にせず魚をさばき始めた。メーベルは彼を見下ろしながら、腰に手を当ててガミガミと叱りつけていた。



◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇



それからの日々は、毎日が冒険の連続だった。


ある日のことだった。バッツがいつものように船べりからケツを突き出していると、尻に冷たい何かが触れた。バッツはびっくりして飛び上がり、一体何ごとだ振り返ると、彼の真下で巨大なサメがあんぐりと大口を開けていたのだ。


サメは船を飲み込むほど巨大だった。大きく開かれた口の中には、二列に並んだ鋭い歯が光り輝いている。バッツは逃げろと大声で叫びながら、みんなと船室に逃げ込んだ。


(イラスト 021 08)


サメは大暴れして、船尾に激しく噛みつき横木を砕いた。船は何度も激しく揺らされ、誰もがみな一巻の終わりだと思った。しかし、小舟は魔法の帆のちからで加速すると、右に左に船をジグザグに走らせ、ついにサメから逃げ切ったのだった。

サメの巨大な噛み跡は、いまも船尾にしっかりと刻まれている。


【メーベル】―「アンタがうんちなんか垂れ流すから、へんなのが寄ってくるんでしょーが!」


メーベルはサメが去った後メーベルがこう叫ぶと、バッツはこう言い返した。


【バッツ】―「っせえな。じゃあ聞くけど、メーベルさんはうんちしてないんですかー」

【メーベル】―「はあ?わたし……?わたしがうんち?なんでわたしがあんたにそんなこと話さなきゃならないの?」


メーベルは目をパチクリさせ、言葉を詰まらせた。それ以来、彼女がこの話題を持ち出すことはなかった。



◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇



ある夜、彼らは暗い海をウミガメの群れと共に進んでいた。オーロラが空に舞い、海面を虹色に染め上げていた。その美しさは言葉に尽くせぬもので、まるで幻想の世界に迷い込んだかのようだった。


(イラスト 021 10)


【メーベル】―「こんなに綺麗な景色、一生見られないかもしれない……」


メーベルはつぶやいた。彼女の目は輝き、みなもその景色に心を奪われていた。



◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇



ある日、彼らの前に巨大な鯨が現れた。島と見紛うほどの大きさの鯨は、しばらく彼らの船と並走した。ロキたちが手を振ると、鯨は彼らに応えて、何度も高く噴水を打ち上げた。その光景は、まるでお祭りに打ち上げられる花火のようで、彼らにとって忘れられない一日となった。


(イラスト 021 11)



◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇



やがて、バッツもみなと同じく、両手を合わせて祈るようになっていた。



◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇



船が進むにつれて、水平線に島が見えることが多くなった。彼らはもう大陸に近づいているのだろう。ある日などは、彼らは島の岸辺からわずか100メートルの距離を通り過ぎた。船からは、昼寝をしている牛たちの鳴き声さえも聞こえてきた。


こうして、彼らの航海は、三十三日が過ぎた。彼らの船旅は、もう終わりに近づいていた。だがそんな彼らの行方には、試練が待ち構えていた。



◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇



こうしたいろいろな出来事が通り過ぎ、航海も二十日が過ぎた日、彼らははじめて人と遭遇した。



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