3−56:次々と襲い来るモンスター
――ブブブブブブブ!!
闘技場のど真ん中を陣取るように、3体のラッシュビートルが現れる。
どちらも俺たちの方を向きながら、しきりに大羽を震わせて威嚇しているが……羽音が3倍で響き渡り、近さも相まってものすごくうるさい。今は位置情報など要らないというのに、まるで存在感を誇示するかのように元気な音を出し続けている。
ただ、現実問題としてラッシュビートル3体を同時に相手取るのは、今の俺たちの実力ではかなり厳しい。可及的速やかに、いずれかのラッシュビートルを戦闘不能状態に陥らせる必要があるだろう。
「"ライトバレット"!」
――バチッ!
――ブブブ!?
久々に使ったライトバレットで、ラッシュビートル1体の気を引く。もちろん、攻撃は外殻に弾かれて、ダメージなど毛ほども与えられていないが……代わりにラッシュビートルの片割れの意識が、俺に向けて完全に固定された。
そのタイミングで、ヒナタがそっと俺の左肩から飛び立つ。どうやら俺の意図を読んでくれたらしい。
「! "飛刃"!」
――バチン!
――ブブブ!?
――ブブ!?
俺の行動を見た朱音さんが、ヒナタとほぼ同じタイミングで俺の意図に気付いてくれたのだろう。残りのラッシュビートル2体に向けて、飛刃をお見舞いしてくれた。
こちらもダメージは微々たるものだったが、意識を引くことに成功したようだ。
――ブブブブ!
――ブブ!
――ブブブ!
ダメージが無かったとはいえ、攻撃を受けたラッシュビートルは少なからず怒りを覚えたのだろう。大羽を広げて飛翔し、俺に向けて1体、朱音さんに向けて2体がそれぞれ飛び掛かってきた。
ラッシュビートルは知能があまり高くないがゆえ、自分を攻撃してきた相手に愚直に飛び掛かるという分かりやすい行動パターンをしている。状況判断能力が低いので、動きをかなりの部分までコントロールできるのだ。
……そして、ラッシュビートルはこれまでに何度か戦ってきた相手だ。未だ不十分ではあるものの、戦い方はそれなりに掴めてきたし、特性や弱点もそこそこ把握できている。それでも掛け値なしに手強い相手ゆえ、より楽に勝てる方法の分析は今も怠っていない。
ゆえにこそ、このような場面の時はどんな行動を取るべきなのか……ヒナタを含めて、全員がしっかりと共有し理解できている。
だから、ヒナタはラッシュビートルに気付かれないよう、そっと飛び立ったのだ。
「きぃっ!!」
――ゴォォォォ!!
ラッシュビートルが羽を広げて飛んでいる時は、背中が弱点になることをちゃんと分かっているから。
そして、俺たちがラッシュビートルに、一見すると無意味そうに見える攻撃を加えたのは……ラッシュビートルを怒らせ、飛翔突進攻撃を誘発するためだと気付いたからだ。
――ブブッ!?
――ブブブッ!?
空中に待機していたヒナタが、薙ぎ払うように炎を放つ。俺を狙っている1体は炎を免れたものの、朱音さんを狙う2体には狙い澄ましたかのように、炎が背中を直撃した。
簡単に言っているが、決して簡単なことではない。ラッシュビートルの速さは中々のものであり、炎の弾速を考えると偏差撃ちが必要になるからだ。それを事もなげにこなす、ヒナタの非凡さが垣間見える一撃だった。
――ブブブ!?
――ブブ!?
背中を焼かれたラッシュビートル2体が、飛翔を続けられず地面に墜ちる。天性の高い耐久力ゆえ、それだけで倒せるほどラッシュビートルは甘くないが……これで、まずは2体の機動力を封じることができた。
「よっと」
――ブブ!?
そして、俺に向けて突進してきたラッシュビートルは大きくサイドステップをしてかわす。しっかりと引き付けてから避けたので、ラッシュビートルは方向転換が間に合わずに俺の脇を通り抜けていった。
あの巨体が高速で迫ってくるのを見て、怖くないと言えば嘘になるが……急激な方向転換ができないのは分かっているので、後は勇気をもって実行するだけだ。ここでビビれば、余計に危険な状況へと陥ってしまう。
「きぃっ!」
――ゴォォォォ!!
追撃の炎が空より放たれる。狙いはもちろん、俺への攻撃を外したラッシュビートルだ。
――ブブッ!?
大きく円を描くように方向転換していたラッシュビートルへ、今度こそヒナタの炎が直撃する。ラッシュビートルは慣性を止めることができず、飛翔時の勢いのまま地面へと墜落していった。
――ブ……
――ブブ……
――ブッ……
ヒナタに撃ち落とされたラッシュビートル3体が、大羽をしまうことができないまま弱点を晒して地面に立っている。もはや飛翔することは叶わないだろう。
油断はまだまだ禁物だが、とりあえず危険な状況は脱したようだ。
「ヒナタ、ありがとう! あとは俺たちが引き継ぐよ!」
「きぃぃっ!」
ここまで、ヒナタは相当な回数のファイアブレスを放っている。魔力にはまだ余裕があるらしいが、一旦ヒナタはここで小休止とする。
左肩に戻ってきたヒナタを撫でて労いつつ、グレイウルフの魔石をアイテムボックスから取り出して与える。これでヒナタの魔力が少しでも回復してくれればいいのだが、魔石にそんな効果があるかは分からないのであまり期待はしていない。
「朱音さん、地属性のエンチャントは?」
「武技には乗せてないから、まだ残ってるわよ」
「ナイスだ」
武技などで消費しなければ、やはり属性エンチャントは長持ちするらしい。それなら、朱音さんは背中に一撃を加えればラッシュビートルを倒せそうだ。
……しかし、どうやってラッシュビートルに接近してもらおうか。近付けば回転攻撃を食らう可能性があるが、近付かなければ背中は攻撃できない。そしてラッシュビートル自体がかなり大型の魔物ゆえ、背中の位置が微妙に高いのが難点だ。
俺が魔法で直接攻撃してもいいが、ラッシュビートル撃破のための選択肢はできれば多めに持っておきたいところだ。
「………」
「……きぃ?」
……ふと、左肩に戻ってきたヒナタを見て閃く。
ラッシュビートルは真上を取られるとすこぶる弱い、というのが俺の推論だ。羽を開いた時に背中が弱点となるうえ、真上へ攻撃する手段をラッシュビートルが持ち合わせていないのがその推論の理由となる。
もっとも、普通は真上を取るのが困難であるがゆえに、その推論を実行に移せないわけだが……新しくヒナタが加入したことで、その問題は完全に解消された。実際に上空からの攻撃により、ほぼノーリスクでラッシュビートルを撃破することができている。
だが、これではヒナタにおんぶにだっこ状態だ。万が一にもヒナタが魔力切れや負傷状態で動けなくなれば、この戦略はあっさりと崩壊する。それではダメなのだ。
似たようなことを、朱音さんが実行できるようにしなければならない。
「朱音さん、"プロテクション"、"ハイジャンプ"」
防御力アップの付与魔法と同時に、跳躍力を高める魔法を朱音さんに掛ける。体が軽くなった感触でもあったのだろう、朱音さんはその場で軽く1回、2回と飛んでみせた。
――ヒュッ、スタッ、ヒュッ、スタッ
「……あ、なるほどね。ハイジャンプか、これならいけるかもしれないわ」
身長の3倍の高さまで軽々と飛び上がったことで、ハイジャンプの魔法の効果を実感してくれたようだ。これならラッシュビートルの回転攻撃を空中で回避しつつ、背中に強力な一撃を加えることができる。
「さあ、いくぞ朱音さん!」
「ええ!」
接近してくる朱音さんに反応し、ラッシュビートルが3体とも姿勢を低くする。3日前にも見た、回転攻撃の予備動作だ。
その回転速度は非常に早く、重厚な巨体と長く固い角でもって全てを弾き飛ばす。まともに食らえば骨折は免れないだろう、当たりどころによっては命を落とす可能性もある、非常に危険な攻撃だ。
だが、その攻撃も上空までは届かない。仮にジャンプできたとて、体が重いせいで高く飛ぶことはできないのだから。
――ブブン!!
「はぁっ!」
溜めていた力を解放し、ラッシュビートル3体がその場で1回転する。風切り音が響くほど鋭い攻撃を、しかし朱音さんは大きく飛んで避けた。
その流れのまま、朱音さんが武器を大きく振りかぶる。
「くらえぇぇぇぇっ!!」
――ズドンッ!!
――ブッ……
ラッシュビートルの背中に、朱音さん渾身の振り下ろし攻撃が炸裂した。
そして、ラッシュビートルはその一撃に耐えることができなかった。武器は体の半分くらいまで食い込んだところで止まったが、その時にはラッシュビートルは地に伏せ、既にピクリとも動かなくなっていた。
「朱音さん、退避!」
「了解!」
「こちらも食らえ、"ライトニング・コンセントレーション・ダブル"!」
――ゴロゴロ……
――カッ!
――ドドドドドドドドド!!!
――ブッ……!?
朱音さんが十分な距離を取ったことを確認してから、残ったラッシュビートル2体に連続雷撃を叩き込む。
同じ場所に落ち続ける落雷を、ラッシュビートルは何度も背中で受ける。雷撃を食らう度に、ラッシュビートルの体がビクリと跳ね上がり……15発目くらいの雷撃でラッシュビートルは2体とも倒れ込み、そのまま白い粒子となって消えていった。
――第3陣、クリア
ラッシュビートル3体、攻略完了。ヒナタのお陰で、対ラッシュビートル戦が一気に安定してきた感があるな。
「朱音さん、怪我は無いか?」
「ええ、大丈夫よ。左手も痛みは無いわ」
「よかった、だけど痛くなったらすぐ言ってくれよ。
……ところでヒナタ、魔力残量はどれくらいだ?」
「きぃっ」
残り5割くらいか、結構減ったな。【ファイアブレスⅠ】とはいえ、第1層からあれだけ連発していればそうもなるか。
……しかし、このモンスターラッシュ、一体いつまで続くんだろうな? 何回で終わりなのかが分からないと、精神的に若干辛いところがある。
まあ、2桁回数はいかないだろうと思うが。徐々に敵も強くなってきてるし、本当に2桁もあったら最後の方は特殊モンスターだらけになってしまいそうだ。
……そんなことを考えていると、闘技場に光が集まり始めた。今度の相手は、どうも数が多いようだ。
――第4陣、ゴブリンアーミー15体、ゴブリンアーチャー15体
「「新モンスター!」」
遂に、第4陣で未遭遇のモンスターが現れてしまった。ゴブリンとは言うものの、後ろに"アーミー"やら"アーチャー"やら付いているということは……。
「「「「ギャギャギャ!」」」」
「「「「ギャッ!」」」」
「棍棒から武器を持ち替えたか!」
ゴブリンアーミーは革製の鎧に小ぶりな槍を、ゴブリンアーチャーは同じ革鎧に木製の小弓を装備している。体もただのゴブリンより一回りは大きく、より屈強になっていた。
「「「「ギャッ!!」」」」
出現と同時に、ゴブリンアーチャー15体が番えた矢を山なりに一斉発射してきた。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
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