3−53:三十六計逃げるにしかず、時には戦いを避けるのも立派な戦略なり
――ブブブブブブブ……
「「「………」」」
第6層の道を進んでいた俺たちは、道の真ん中に生えていた木をうまく使いながらラッシュビートルの視線を切ってやり過ごす。ラッシュビートルはこちらの存在に全く気付くことなく、かなりの勢いでどこかへと飛び去っていった。
"避けるべき相手"とラッシュビートルを定義してから、第6層を見る目は大きく変わった。第5層には1つも無かったはずの、道のど真ん中に生えている大木……これを使ってラッシュビートルをやり過ごせ、と言わんばかりに用意されているダンジョンオブジェクトを活用しながら、ここまで3回ほど戦闘を回避できている。
もちろん、大木の影に別のモンスターが潜んでいる可能性も考えたが……盾を構えて警戒はしつつ、ラッシュビートルに気付かれると本末転倒なので炙り出しはしなかった。幸い、ここまでは一度もモンスターに出くわさなかったが、今後も警戒だけは怠らないようにしようと思う。
「……ふう、今回もやり過ごせたか」
「やっぱり、恩田さんの言う通りかも。この木もあるし、ラッシュビートルって避けて通るべき相手なのかもしれないわ」
「確かにな。でもまあ、そのうち嫌でも戦わないといけない時はくるだろうさ」
ラッシュビートルが第何層まで出現するのかは分からないが、敵から身を隠せるオブジェクトがいつまでもあるとは思えない。接近してくるのが分かっていても、戦わざるを得ない時はいつかくるだろう。
……その時に備えて、心構えだけでもしておこうかな。
「……よし、羽音が聞こえなくなった。先に進もう」
「ええ!」
「きぃっ!」
朱音さんと2人並んで、警戒しながら先へと進む。ヒナタは定位置から周囲を警戒してくれているが、今のところラッシュビートル以外のモンスターとは一度も遭遇していない。
だが、油断は禁物だ。他のモンスターが出てくる可能性は、決して0ではないのだから。警戒を怠らず先に進もう。
……そういえば、第5層からホーンラビットとブラックバットを見てないな。どちらも第4層で打ち止めなのだろうか。
まあ確かに、ブラックバットの方は第5層以降で出てきても良い的でしかないが……ホーンラビットはむしろ、この場所こそがホームグラウンドな気がしないでもない。藪の中からの突進攻撃で奇襲されれば、ラッシュビートルに匹敵する厄介さになる気がするな。
まあ、それをやられると実入りが少ないのに面倒くさすぎて、ダンジョンを深く潜ろうという探索者が減りかねないけどな。モンスター軍団やラッシュビートルでもうお腹一杯なのに、これ以上の面倒な仕様はご遠慮願いたいものだ。
「「「「グルルル……」」」」
そんなことを考えていたら、藪を掻き分けて4体のグレイウルフが姿を現した。第6層では初めての、ラッシュビートル以外の陸上モンスターの登場だ。
「きぃぃぃっっっ!」
ゴォォォォォ!!
「「「「ギャウゥゥゥッ!?」」」」
……まあ、ヒナタの炎ですぐに倒されるのだが。出会い頭の素早い一撃に、グレイウルフ共はなすすべなく炎に焼かれて魔石へと変化していった。今回は防具珠もドロップしたようで、透明な魔石の中に青い珠が1つ混ざっていた。
「"アイテムボックス・収納"、と。さて、先に……うん?」
アイテムボックスに魔石を収めながら、道の先へと歩き出す。すると、ちょうど大きめの広場らしきものが視界に入った。
「……あれは、広場かしら?」
「多分な。木も生えてるが、かなり大きそうだ」
近くに来るまでは、遠近感もあって木の大きさがイマイチ分かっていなかったが……広場に生えている木は、他の大木より二周り以上は大きかった。広場もかなりの大きさだし、ここが下り階段広場だろうか?
ただ、タイミング的に下り階段広場には少し早い気がするが……。
「……?」
もう少しだけ、近付いて見てみる。巨木と呼んで差し支えないほど大きな木に止まる、黒いナニかが蠢いて……。
「……いるな」
「……ええ」
「……きぃ」
巨木の幹にがっちりと掴まる、ラッシュビートルの姿がハッキリ見えた。今はまだこちらの存在に気付いていないようだが、このまま広場に足を踏み入れれば、おそらく戦闘状態に突入することだろう。
戦いを避けることもできそうだが、それには広場を迂回する必要がある。そして、当然ながら迂回路など存在しないので、濃い藪を払って自力で道を作ることになるが……その道を作っている間に別のラッシュビートルと出くわしそうで、リスクはかなり高い。
「……倒して進んだ方が良さそうだな」
「……そうね、私もそう思うわ。藪の中はちょっとリスキーよね」
「きぃっ」
濃い藪の中は、モンスターポップ率が非常に高い。そのリスクを考えると、ここは"急がば回れ"ならぬ"急がば突き進め"が最適解になりそうだ。
……戦わざるを得ない時は必ずくる、とか若干カッコつけて考えてたが、フラグ回収があまりにも早すぎた。こんな出待ちみたいにされたらさぁ、避けられへんやないか……。
でもまあ、ヒナタが俄然やる気になってくれてるみたいだから、なんとかなるだろう。案外、簡単に勝負が決まるかもしれないな。
「……あ、そうそう、"アイテムボックス・取出"っと。ヒナタ、これ食べてよ」
「きぃっ♪」
――バリッ、バリバリッ
――ゴクン
手に入れたばかりのラッシュビートルの魔石を、惜しみなくヒナタにあげる。少し大きめの魔石だったのだが、ヒナタはパクリと一口で食べてしまった。
「グレイウルフの魔石なら、おかわりあるけど……どうする?」
「きぃ、きぃきぃきぃ」
「了解。あいつは任せたよ」
「きぃっ!」
ヒナタに聞いてみたら、『おかわりはいらないよ。あと、あのラッシュビートルは任せて。魔石は先に食べさせてもらったから、ご主人様に渡すよ』と返してくれたので、了承しておいた。
「……さあ、いこうか!」
「……ええ!」
「きぃっ!」
始めにヒナタが、次に俺と朱音さんが並んで広場へと飛び込む。ここまでくれば、さすがのラッシュビートルも俺たちの存在に気付いたようだ。
――ブブブブブブ!!
大羽を広げて振動させ、ラッシュビートルが羽音でもって威嚇してくる。しかし、俺たち3人の誰も意に介さない。
――ブブブ!!
ラッシュビートルとの距離が30メートルくらいになったところで、遂に黒い巨体が木の幹から飛び立った。ラッシュビートルは低空を滑るように飛び、一気に距離を詰めてくる。
「「はっ!」」
俺が左へ、朱音さんが右へ。突進攻撃の射線上から大きく離れ、まずは安全を確保した。
そして、ヒナタはというと――
「――きぃっ!」
――ゴォォォォォ!!
急上昇し、ラッシュビートルよりも更に高い位置から小手調べとばかりに炎を吐きかける。
――ブブ!?
ラッシュビートルは空を飛べるが、その重量ゆえかいわゆる高空性能は高くないようだ。一気に高度を上げたヒナタに対し、ラッシュビートルはまるで追随できていない。
そして、知能の差も今回は大きく影響しているようだ。
まっすぐ高速に飛び続けるラッシュビートルに対し、ヒナタはファイアブレスを偏差撃ちしている。そのまま飛べば直撃するであろうコースに向けて、的確に炎を撃ち込んでいた。
だが、ラッシュビートルはそれを理解できていない。地面に下りたり、減速したり、多少は横に逸れることもできるだろうに……ヒナタや俺たちの動きに気を取られたのか、全く同じ速度で飛び続けている。
――ゴゥッ!!
そして、炎が狙いすましたかのようにラッシュビートルへと直撃した。
――ブブブブ!?
――ズズザザザザザザザザ……
背中を焼かれたラッシュビートルは、思った以上にダメージを負ったらしい。飛行体勢を保つことができず、勢いのまま墜落し地面を削りながら滑っていく。
……しかし、それで倒れるほどラッシュビートルはヤワではない。現に、滑走が終わったラッシュビートルはその場でスッと立ち上がり、ヒナタをジッと見ていた。
「………」
ただ、もはやヒナタの勝ちは揺るがないだろう。
弱点の背中を焼かれたことで、ラッシュビートルは羽の動作に支障をきたしてしまっている。羽を振るわせるどころか、羽をしまって弱点を隠すことすらできていないのだ。これでは飛ぶことができないばかりか、ヒナタの遠距離攻撃から身を守ることもできない。
飛んでいる時に、しかも高空からの攻撃が直撃してしまったのは、ラッシュビートルにとって不運だったかもしれないな。
……それからは、一方的な展開だった。
飛行能力を失ったラッシュビートルに向けて、ヒナタは空からひたすら炎を吐き続ける。その攻撃の大半は、固い外殻装甲に遮られて大したダメージにならなかったが……ときおり弱点の背中に攻撃が当たり、少しずつラッシュビートルの動きは鈍くなっていく。
そして、羽の根元が幾度となく炎に晒されたせいだろうか。2枚の大羽がポキッと折れ、ラッシュビートルの脇に落ちた。特に狙っていたわけではないだろうが、これでラッシュビートルの斬羽が2枚手に入るはずだ。
――………
文字通り虫の息となったラッシュビートルは、しかしまだ倒れない。20発以上の【ファイアブレスⅠ】を食らってなお、第6層の支配者は6本の脚でしっかりと立っていた。
「きぃっ!」
――ピカァァァ
一際大きな鳴き声と共に、ヒナタの体が白い光に包まれる。どうやら【光属性攻撃】のスキルでトドメを刺すつもりらしい。
「きぃぃぃぃっっ!!」
――ヒュゥゥゥゥゥッ!!
十八番である急降下突進攻撃でもって、ヒナタがラッシュビートルに迫る。ラッシュビートルは攻撃に気付いてはいるようだが、蓄積したダメージのせいか体がほとんど動いていない。
――ゴガッ!!
――ブ……
そうして、ヒナタの急降下突進攻撃がラッシュビートルの背中に直撃する。その勢いは凄まじく、ラッシュビートルの体は地面に叩き付けられ、脚は全て圧し折られていた。
ヒナタの一撃でダメージが許容量を超えたようで、ラッシュビートルは白い粒子へと還っていき……後には、大きな魔石だけが残った。
「"アイテムボックス・収納"っと。お疲れ様、ヒナタ」
「きぃっ♪」
魔石を収納し、左肩に戻ってきたヒナタを撫でて労う。【ファイアブレスⅠ】の連発で魔力をそれなりに消耗したようだが、まだ3、4回ラッシュビートルと戦えるくらいには魔力が残っているようだ。
「さて……」
ヒナタを優しく撫でつつ、耳を澄ませながらオートセンシングに意識を向ける。羽音は全く聞こえず、オートセンシングにも反応は無い。
……だが、巨木の影にモンスターが潜んでいるかもしれない。巨木とは少し距離を置きつつ、反対側に見える道まで移動しようか。
「よし、朱音さん。木から離れて先に進も「ねえ恩田さん」……どうしたんだ、朱音さん?」
なぜか、朱音さんがじっと巨木の方を見ている。つられて俺も見てみたが、特に変わったところは無さそうに見えるのだが……。
「……あの木の根元、なにか穴みたいなのがあるわ」
「穴?」
朱音さんに言われて、巨木の根元を入念に観察する。
地面の上に大きく突き出た、巨木らしい太い根っこ2本に挟まれた小さなスペース……影になってやや見にくいそこが、確かに少し窪んでいるようにも見える。ただ、暗くてよく分からない。
「……どうする? 気になるなら確認だけしてみるか?」
「……そうね。危険かもしれないけど、ちょっと気になるわね」
「了解。それなら、念のため掛けとくぞ。"プロテクション・トリオ"」
何があるか分からないので、全員に防御魔法を掛けておく。
探索者が放つ全力の打撃すら無傷で凌げる、高硬度の魔法防御膜が3人を包み込んだ。
「ありがとう、恩田さん」
「きぃっ!」
「礼には及ばないよ。さて、行こうか」
「ええ!」
そうしてから、ゆっくりと巨木に近付いていく。
「……デカいな」
近付いてみると、巨木はやはり大きかった。さすがにラ◯ュタのアレほどではないが、御神木と言われても違和感が無いくらいには大きく、そして生命力に満ち溢れていた。
「………」
改めて、太い根と根の間を確かめる。
そこには確かに、人1人が通れそうな大きさの穴と……先に続く、白い階段があった。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
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