3−52:固い相手に打撃攻撃は有効だが、その分反動も大きくなりがちなものだ
――ブブブブブブ!!
羽を大きく広げ、巨体のラッシュビートルが滑空するようにこちらへ迫ってくる。
その黒光りする外殻装甲が醸し出す、えも言われぬ威圧感は中々のものだ。3日前に初遭遇した時は、メンバー4人全員の足が一瞬止まってしまったが……既に体感済である以上、俺も朱音さんも今さら足が止まるようなことはない。
一番の心配はヒナタだったが、元特殊モンスターゆえの意地と余裕があるのだろう。迫りくるラッシュビートルを、怯むことなくしっかりと見据えている。どうやら心配は無用だったようだ。
「はっ!」
ラッシュビートルの突進に対し、俺は大きく横っ飛びする。ラッシュビートルの飛翔突進は小回りが利かず、旋回半径が大きくなりがちなことを3日前の対戦から学んでいる。それゆえに、こうやって横へ大きく動けば簡単に安地へ入り込めるのだ。
案の定、ラッシュビートルは俺を追うことをすぐに諦め、その場で武器を構える朱音さんに狙いを定めたようだ。
「朱音さん!」
「まだよ……まだ……」
朱音さんはその場に留まったまま、ラッシュビートルを凝視している。何かのタイミングを見計らっているようだが……?
そうしている間も、朱音さんとラッシュビートルの距離がどんどん詰まっていく。20メートル、16メートル、12メートル……。
「……今っ! せやぁっ!」
そして、彼我の距離が8メートルほどになった瞬間のことだった。
朱音さんの体が、右斜め前へゆっくりと倒れ込んでいき……顔が地面に着く直前、姿勢を低くしたまま倒れ込んだ方向へ一気に朱音さんが加速した。
ラッシュビートルの突進攻撃を、紙一重のところで躱し切る。同時に朱音さんが武器を構え、すれ違いざまにソードスピアをラッシュビートルの頭部へと叩き付けた。
――ガギッ!!
――バキッ……
ソードスピアは角を掠めるようにして、ラッシュビートルの頭部に勢い良くぶち当たる。朱音さんの武器が激突した場所から、腹の底に響くような重低音が辺りに響き渡った。
「きゃぁっ!?」
そして、ソードスピアを全力で打ち付けた反動だろうか。武器が一気に跳ね返り、朱音さんは一回転した後バランスを崩して転倒した。
「っておい!? 大丈夫か、朱音さん!?」
すぐさま駆け寄り、朱音さんの様子を確認する。朱音は左手首を押さえて、その場にうずくまっていた。
「〜〜っつ〜〜っ……手が、手が、痛い……!」
「………」
俺の目の前で、朱音さんの左手首がみるみるうちに腫れ上がっていく……もしかするとコレ、骨が折れているかもしれない。
……朱音さんが見せたあの移動法、確か"縮地"と呼ばれる技だったか。ラッシュビートルの突進の勢いに、朱音さんの突進の勢い、それとソードスピアの重量もプラスされて、あまりに大きすぎる反動が朱音さんへと返ってきてしまったようだ。
おっと、こうしてはいられない。すぐに回復魔法を掛けなければ。
「"ヒール・ダブル"……どうだ、朱音さん?」
「……う、ふぅ……はぁ、痛みが無くなったわ。
うん、手首も問題無く動かせるわね。ありがとう、恩田さん」
2倍盛りの回復魔法を掛けると、朱音さんの左手首の腫れが急速に治まっていく。
そうして腫れが引いた左手首を、状態を確認するようにゆっくりと回した……かと思えばソードスピアを握り直し、エンチャント付きで重いそれを左手だけで振った。それでも特に表情が歪むようなことは無かったので、どうやら本当に左手首の状態は良好なようだ。
「どういたしまして。でも、次また痛みが出始めたら、探索は切り上げようか」
「……そうね、そうしましょう」
とりあえず、これで朱音さんの応急処置は完了だな。ただし、痛みがぶり返すようならすぐに探索は中止にする。朱音さんの利き手の方だから、今後を考えても無理は絶対に禁物だ。
……さて、と。
――ブ……ブ……
朱音さん8割、ラッシュビートル2割くらいの割合でずっと気を割いていたのだが……ラッシュビートルの方は、朱音さんが打撃を食らわせた直後から羽音も動きもほとんど無くなったので、ここまで半ば放置していた。オートセンシングの検知結果から、どうやら地面に下り立っているようだが……。
――ブッ……ブブッ……
ラッシュビートルの様子を確認すると、頭部の外殻が派手に割れていた。あそこが打撃攻撃の当たった場所らしいが、朱音さんの左手首が壊れてしまうほどに力を乗せた打撃攻撃は、ラッシュビートルの装甲をも貫いたようだな。
……それに、なんだかラッシュビートルの様子がおかしい。羽を開いているのに羽ばたかせる様子も無く、その場でクルクル、クルクルと回り続け……そもそもバランスが取れていないのか、足元が時折大きくふらついている。脳震盪でも起こしているのだろうか……?
「これなら、魔法を撃っても通じるか? "ライトニング・コンセントレーション"」
――ゴロゴロゴロ……
――カッ!!
外殻が割れた頭部を狙い、一点集中の強烈な連続落雷を叩き込む。
――ドドドドドドドドド!!!
――ギギギ……
落雷は全て角に吸い寄せられたが、弾かれることなく何度もラッシュビートルにダメージを与える。雷に打たれる度にラッシュビートルが全身をビクリと跳ねさせるので、魔法が効いているのは一目瞭然だった。
……しかし、不思議なものだ。角部分は特に損傷を受けたわけでもないのに、なぜか魔法耐性が消えてしまっている。あの固い外殻そのものに魔法耐性が備わっているものだと思っていたのだが、もしかすると違うのだろうか……?
そのまま10発目の落雷を食らったところで、ラッシュビートルは白い粒子へと変わっていき……後には、魔石と武器珠が残った。あれだけ弱っていて、なお10発も雷に耐えるとは、やはりラッシュビートルのタフさは規格外だな。
「……悪くないな」
だが、アクシデントはありつつも余裕をもってラッシュビートルを倒すことができた。その規格外のタフさに前回は手こずっていたが、なんとかなりそうだな。
「"アイテムボックス・収納"と……さて、どうしようかな?」
軽く耳を澄ませる。ラッシュビートルの羽音はほとんど聞こえず、どうやら近くにはいなさそうだ。
「朱音さん、手首は痛くないか?」
「恩田さんのおかげで、すこぶる良好よ。それで、先に進んでみる?」
「そうだな……ヒナタはどう思う?」
「きいきい! きぃっ!」
自分もラッシュビートルと戦ってみたい! だから先に進もう!
……と、ヒナタから熱烈なコールがあったので、先に進むことにした。ラッシュビートルと積極的に戦うつもりは無いが、次にヤツと戦う時はヒナタの力を借りるとしよう。
「……で、道はこっちで合ってるのかな?」
「多分だけど、合ってるような気がするわよ」
藪が薄い一角を見つけ、そこから先に進むことにする。朱音さんが『合ってるような気がする』と言うのだから、道はきっとこちらで正解なのだろう。
……さて、今日はラッシュビートルとの戦い方を模索するつもりで、遥々第6層までやってきたのだが。このままいけば、午前中に第7層到達も果たせそうな勢いだ。
もしかしたら、次なる強敵モンスター……初の魔法型モンスターであり、【火魔法】のスキルスクロールを落とすという"インプ"と戦う機会に恵まれるかもしれないな。
◇
(三人称視点)
「……どうだった?」
「ちょっとモンスターが多いな。通過は難しそうだ」
「……そうか」
ここは、第4層へ下りる階段の途中。恐怖の階層へ挑むにあたり、多くの探索者が休息をとったり作戦を練ったりする場所である。
一部、愉快なおっさん探索者などはここをモンスター軍団の迎撃ポイントにしていたりもするのだが……そういった使い方をする者は多くなく、基本はこれから始まる激戦に備えて、静かに過ごすための場所となる。
そんな場所で、2人組の若い男が言葉を交わしていた。そのうち1人は第4層を確認しに行き、今しがた戻ってきたところだったのだが……既に第4層のモンスターはかなり湧き直しており、数は手に負えないほど多くなっていたようだ。
……恩田と朱音が第4層を突破してから、既に1時間弱が経過している。モンスターポップ率が異常に高い第4層は、少しでも目を離すとあっという間にモンスターの坩堝と化してしまうのだ。
加えてこの2人は、探索者としての実力はそれほど高いものではない。一度、調子に乗って軽い気持ちで第4層に挑んだ際に、命を落としかける悲惨な経験をしているのだ。それからは第4層突破に二の足を踏み続け、第3層までを行ったり来たりする日々を送っている。
だが、それもそろそろ限界だった。
彼らは毎回の探索の様子をビデオカメラで撮影し、編集してから動画投稿サイトに投稿している。しかし、少ないながらも確かに存在する彼らの固定ファンからは、最近になって『何回同じネタをやり続けんねん』『そろそろ第4層くらい突破せえよ』という煽りの声が上がり始めていた。
シリーズもので動画を投稿する以上、動画には常に何かしらの真新しさが求められる。似た内容が2、3回続くくらいなら我慢してくれても、それが5回、10回と重なれば、古参のファンでも愛想を尽かしかねないだろう。
無論、2人はそのことをよく分かっている。彼らもまた、かつてはとある動画投稿者のファンであった時期があり……同じように、飽きてファンを辞めた経験があるからだ。
だからこそ、彼らは内心焦っていた。どうにかして見せ場を作らなければ、ファンから見放されてしまう、と。しかし、彼らの心理的にも能力的にも、第4層に挑むのはまさに自爆行為と言えた。
「……ところでさ。あの2人、第3層まで来たけど見かけなかったな」
"あの2人"とは、言うまでもなく恩田と朱音のことである。ダンジョンに入ってからは姿を見ていないため、彼らはヒナタの存在を知らないのだ。
「ああ。片方がどうにも冴えないおっさんだったし、この辺でうろついてるかと思ったんだが……脇道にでも入ってったか?」
「いや、それは無いだろうな。あの岩陰ゴブリン共の数が少なかったから、確実にここまで来てるはずだ。そこから帰ってきたなら、俺たちとどこかですれ違ってるだろうし。
……ま、きっと逃げ足だけは早いんだろ。その逃げ足で第4層のモンスター共から逃げ切った、とかな」
「かもな」
男2人がニヤニヤと笑い合う。冴えない見た目のおっさん探索者が、自分たちよりも遥かに強い探索者であることなど思いもしないようだ。
「それにしてもよ、もう1人の方はいい女だったよな♪」
「ほんとにな♪ あのおっさんにはもったいないぜ。
あ〜、あんな女と――」
※聞くに堪えない言葉のオンパレードのため、私の判断でカットいたしました※
「……おっ、そうだ」
「なんだ、なんか良い案でも思い付いたのか?」
「ああ」
ニヤニヤとした笑みを顔に張り付けながら、男の片割れが提案をする。
「あの2人さ、どうせそのうち上に戻ってくるだろ?」
「そりゃあな。ダンジョンゲートは第1層にしかないし」
「ならさ、あいつらを第4層の入口で待ち伏せして襲撃しようぜ?」
「……は?」
「おっさんさえどうにかすれば、あの女、好きにできるかもしれないぜ?」
だが、それは悪魔の提案だった。決して乗ってはいけない、地獄への特急券付き片道切符……倫理的にも、実力的にもだ。
「……いいな、それ。どうせだ、口封じも兼ねて映像も撮っちまおうぜ♪」
「ああ、そうしようか♪」
しかし、もう片割れの男は悪魔の提案に乗ってしまう。
……取らぬ狸の皮算用ならぬ、取れぬ狸の皮算用を始める男2人。
彼らが恩田・朱音・ヒナタの3人に会い、そして地獄を見るその時から、およそ6時間前の出来事だった。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
皆様の率直な判定を頂きたいので、ページ下部より☆評価をお願いいたします。
☆1でも構いませんので、どうかよろしくお願いいたします。




