3−51:F.O.Eってさ、結局何の略なんだろうか?
グレイウルフをサクッと仕留めた俺たちは、藪の薄い道を進んで下り階段がある広場へと向かう。
藪を焼き払ってショートカットしなかったのは、時間短縮と魔力節約を天秤にかけて魔力節約に重きをおいた結果だ。ショートカットをする場合、藪に潜むモンスターをついでに倒して魔石や装備珠を得ることもできたが……正直、第4層の行き帰りだけで収入は十分なので、そこまで頑張って狩る必要が無かったのもある。
「きいぃぃっっ!!」
――ゴォォォォ!
「「「ギャウゥゥゥッ!?」」」
それでも道中、濃い藪の中からグレイウルフ3体組が顔を覗かせたが……姿を見せたその瞬間、ヒナタに藪ごと焼き尽くされる。炎に巻かれたグレイウルフは、何もできないままヒナタのおやつへと姿を変えていった。
それからはモンスターに遭うことも無く、無事に下り階段広場へとたどり着くことができた。
「藪って払えるのね。それだと、道と藪、どちらを進むのが正解になるのかしら?」
「道じゃないかな? 一昨日はショートカットルートも試してみたけど……モンスターも多いし、正直そこまでして数分を短縮する価値は無いように感じたな。1分1秒を争うような状況なら、時短を狙って藪を突っ切ってもいいかもしれないが。
まあ、選択肢として持っておくのはアリだと思うぞ。いつか使うかもしれないし」
「……やっぱり、藪の中ってモンスターが多いのね。まあ、大体藪の中から出てくるし、さもありなんって感じかしら?」
「きぃっ!」
「『全部倒してあげるよ!』ってか、ヒナタはなかなか勇敢だなぁ。ただ、第5層だとちょっともったいないかな……というわけで、第6層に行ってみようか」
「賛成!」
「きぃっ!」
そんな会話を交わしながら、3人仲良く階段を下りていく。
……それにしても、グレイウルフはやはり大したモンスターじゃないな。第5層では2度現れたのみで、それも秒で倒したのでほとんど消耗しなかった。耐久力も連携力も低いし、あまりに手応えが無さすぎる。
これが、次の階層となるとラッシュビートルが出てくるので、随分と手強いモンスターが相手になってくるのだが……。
「………」
「……? どうしたの、恩田さん?」
「きぃ?」
……階段を下りる途中で、ふと立ち止まって考える。
不意に、疑問に感じたのだ。ダンジョンはなぜ、こうも難易度が大きく跳ね上がるタイミングがあるのか、と。
例えば、第4層。第3層まで悠々と進んできた探索者を絶望の底に叩き落とすが如く、大量のモンスターが待ち構えている。第3層までは、多くても10体程度のモンスターしか同時に襲ってこなかったのに、第4層は平気で3桁のモンスターが押し寄せてくる。
そして、第6層。第4層の地獄を潜り抜け、足取り軽く第6層へ下りてきた探索者を第5層へと弾き返す、鉄壁のラッシュビートルが生息している。吹けば飛ぶような紙耐久のモンスターが続いた直後にこれなので、面食らって足止めを食らう探索者は多いだろう。
……いや、そもそもの話だ。リザードマンとラッシュビートルを比較して、ラッシュビートルの方がフィジカルステータスが高そうだというのは、一体どういうことだろうか?
小回りの利かなさや知能の低さはラッシュビートルの方が劣るとはいえ、耐久力や攻撃力は明らかにラッシュビートルの方が高い。なんなら、ハイリザードマンと比べてもまだラッシュビートルの方が強いのではないだろうか。リザードマンもハイリザードマンも、より下層に出現する強いモンスターだというのに……。
そんな、明らかに登場する時期を間違えているようなモンスターとまともに戦っていては、いつまで経っても先に進めない気がする。無理に戦っては消耗し、撤退してはまた挑み、無理して戦って消耗しては撤退し……をひたすら繰り返すだけだ。
「………」
ふと"F.O.E"という単語が頭に思い浮かぶ。某有名RPGゲームにおいて、フィールド上に目に見える形で出現する強敵を指す言葉だ。そのダンジョンの中ボスと言える強さを持ち、倒せば多くの経験値と特殊なアイテムを得られるモンスターだった (一部作品はそうでもなく、ただ強くて戦うだけ大損な、文字通りの生きた障害物扱いらしいが)。
翻って、ラッシュビートルはかなり羽音がうるさい。相当遠くからでも、どこにいるのかがアリアリと伝わってくるほどに、ヤツらは存在感が満ち溢れている。
その辺の雑魚とは一線を画す強さを持ち、しかし倒した時のリターンは大きく、羽音から位置を簡単に把握できる……ラッシュビートルの特徴は、まさに"F.O.E"の特徴に近いのではないだろうか。
そして、これはかなり重要なことなのだが。大抵の"F.O.E"は、うまく行動すれば戦いを避けて進むことが可能だ。
「……朱音さん、ヒナタ。ちょっと相談なんだけどな?」
「何かしら?」
「きぃ?」
どれくらい長く考え込んでいたのか。気が付くと、朱音さんとヒナタが心配そうに俺を見つめていた。
ちょっと申し訳ないことをしたな、とは思いつつも、今しがた考えていたことを朱音さんに投げかけてみることにした。
「今日はさ、なるべくラッシュビートルを避けて進んでみないか?」
「え?」
「きぃ?」
ついさっきまでラッシュビートルを倒すだのなんだのと言っていたのに、いきなり方針転換を提案されては当然そういう反応にもなろう。
だからこそ、2人にはちゃんと説明しておくことにする。
「朱音さんは、世界◯の◯宮ってゲームは知ってる?」
「え? うーん、名前くらいは……」
「そのゲームに、"F.O.E"って呼ばれるゲーム要素があるのは知ってる?」
「えっと、そこまではちょっと……」
そうか、知らないか……なら軽く説明しておこうかな。
「"F.O.E"っていうのは、そのゲームにおいてはフィールド上を動き回る、目に見えるモンスターのことを指すんだ。大抵の場合、避けようと思えば戦いを避けられるモンスターでもある」
「へぇ……」
「きぃ……」
「ただし、そういうモンスターは基本的に手強い。普通にボス級の強さを持っていて、最初に遭遇するタイミングでは歯が立たないことが多いんだ」
「なるほど……」
「きぃ……」
言っている内容は分かったが、言いたいことが分からない。そんな表情で俺を見つめる2人に向けて、本題を切り出していく。
「それでな、ラッシュビートルもそんな感じのモンスターじゃないか、って思ったんだよ」
「……ラッシュビートルも"F.O.E"ってこと?」
「それに近い性質を持ったモンスターってこと。ラッシュビートルは確かに手強いが、羽音がすごくうるさいだろう? 遠くにいても、現在位置が大まかに分かってしまうくらいには」
「確かに、結構響いてたわね」
「だからこそ倒す前提ではなく、可能な限り戦いを避ける前提のモンスター……そうは考えられないかな、と思ってさ。だから、なるべく避けて進まないかって提案したんだよ」
「なるほど」
「ただ、それでもラッシュビートルを倒さなければならない時は必ずくる。そのゲームの"F.O.E"は決まった場所で決まった行動しかしないが、ラッシュビートルはランダムポップな上に自由に行動するからな。
……だからこそ、避け切れなかった時は腹を括って倒す。そういう意識で臨んだ方が、無駄な消耗を抑えられるかもしれない、と。そう思ったんだよ」
「「………」」
言いたかったことは、これで全て言い切った。あとは、改めて朱音さんとヒナタの意思を確認しておく。
「朱音さんは、どう思う?」
「……恩田さんの考え、確かにその通りだと思うわ。アレ、倒せなくはないけど、ちょっと強すぎだものね」
そう言ってから、朱音さんが小さく頷いた。
「ラッシュビートルを避けて進む探索、私は賛成するわ。それなら第7層到達を目標にしてもいいかもしれないわね」
「そうだな……ヒナタはどう?」
「きぃっ!」
『朱音に賛成!』とのことで、これで2人の了承を得ることができた。
「よし、なら今日中の第7層到達を目指して……エンチャント、今のうちに掛けとくか? なるべく避けるとはいえど、ラッシュビートルと戦う可能性が無いわけではないしな」
「そうね……今のうちにお願いしても?」
「承った」
ラッシュビートルの出現パターンにランダム性が含まれる以上、どこかで相見える可能性は十分にある。
それに備え、事前に話していた通りに地属性のエンチャントを朱音さんの武器へ掛けておくことにした。
「"エンチャント・アース"」
「うっ……」
エンチャントを掛けた瞬間、朱音さんが少し顔を顰めた。武器の重量がかなり増したようで、ソードスピアを持つ朱音さんの左腕が少し震えている。
「……ちょっと重いわね。でも、これくらいならなんとか振れそう」
「朱音さん、そんな状態で大丈夫か?」
「大丈夫よ、問題無いわ」
「いや、それアカンやつ……ま、まあいいや」
「?」
って、コレもう13年近く前になるのか。元ネタを知ってて言ったわけではないと思うが……いずれにせよ、朱音さんの様子は気にかけておくべきだろうな。
――ブ……
「さて、もうすぐ第6層だ」
下り階段の終わりが見えてきた。あの先は第6層、強敵ラッシュビートルが徘徊するフロアになる。
――ブブ……ブ……
まあ、どうしても倒す必要があるのは、進むべき道を塞いでくるラッシュビートルだけだ。広い場所を進むのであれば、ラッシュビートルをやり過ごすことも十分に可能だろう。
そう、つまりは……。
「気を付けろよ、朱音さん。階段を下りた直後が、一番ラッシュビートルと戦闘になるリスクが高いからな」
「ええ、心得てるわ」
階段を下りた直後に遭遇してしまうと、逃走は困難を極める。道はラッシュビートルを挟んだ向こう側にしかなく、退こうにも階段を上りきって第5層まで行かなければ撒けない、という状況に陥ってしまうからだ。そうなると、さすがに戦わざるを得なくなる。
……さて。既に不穏な音は聞こえてきているが、果たして――
――ブブブブブブ!!
「やっぱりそうだよな!?」
第6層に下りてすぐ、ラッシュビートルとの戦闘が始まった。
時の流れの残酷さを感じますね……。
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