3−50:アイデアパーソン・久我朱音
「……ストップだ。これ以上進んだら、モンスター共に見つかる」
「……ええ」
階段を下りていた俺たち3人は、第4層まで残り10段、という所で一旦立ち止まる。これ以上先に進むと、第4層のモンスター共に捕捉される可能性があるからだ。
第4層の攻略に乗り出す前に、ここで準備を整えていこう。
「……まずは"プロテクション"っと。よし、続けて武器に雷のエンチャント魔法を掛けるぞ。ちゃんと抑え込んでな?」
「ええ……!」
「よし、"エンチャント・ボルト"」
朱音さんの武器に向けて、雷属性の付与を行う。同時に、パチッ、パチッ、という不気味な音が朱音さんの武器から鳴り始めた。
雷のエンチャントが暴発すると空気を絶縁破壊し、あちこちに電撃が飛ぶような事態に陥りかねないのだが……特にそんな様子は見受けられない。どうやら、朱音さんはうまく抑え込めたようだ。
「……扱いには気を付けてな」
「……ええ!」
パチッパチッと鳴り続ける武器を構えて、朱音さんが姿勢低く一気に飛び出す。そのまま朱音さんが第4層へ下り立つと、にわかに第4層がモンスター共の声で騒がしくなった。
そんな朱音さんを追って、俺も階段を素早く下りていく。その間、下から朱音さんの叫び声が聞こえてきた。
「私だって、前の探索から強くなってるのよ! "飛刃・雷轟八鐘"!」
朱音さんが超高速でソードスピアを振るう。その速さは凄まじく、刃の残像がはっきり見える程の、まさに神速の振りだった。
――ブォォォォォォォォン!
1つに連なった風斬り音が聞こえたかと思えば、そこから雷を帯びた真空波が8つ、全く別々の方向へと飛び出していく。
――バヂッ!
「「キッ……!?」」
――バヂバヂッ!
「「ギッ!?」」
――バヂバヂバヂッ!!
「「「ギャァァァッ!?」」」
真空波は電撃を撒き散らしながら飛び、通り道の近くにいたモンスターを次々と駆逐していく。その効果範囲は思ったよりも広く、朱音さんの近くに寄ってきていたモンスター共は一瞬で全滅したようだ。
そして、そのまま真空波は第4層の奥まで飛翔していく。そこでも電撃がモンスターを撃ち抜いていくが、遠くになるほどどうしても攻撃の密度が薄くなりがちなので、討ち漏らしが発生しても仕方ないだろうな……。
――バヂィィィィィッ!
「「「「ギャァァァァッ!?」」」」
「「「「キッ……!?」」」」
「「ギィィィッ!?」」
……そう思っていたのだが、なんと8つの真空波全てが唐突に爆ぜた。そこから無数の電撃が四方八方に放たれ、広範囲を高圧の電流で埋め尽くしていく。
最初に攻撃を放ってから最後の電撃が止むまで、たったの20秒ほど。気が付けば、第4層にいた200体以上のモンスターのほとんどが、あっという間に魔石へと還されていた。
朱音さんに続いて第4層に下り立った俺は、静かになった第4層をオートセンシングで探ってみる。しかし、残ったモンスターはもう10体もいなかった。
「断トツで早いな……」
俺が魔法で攻略する場合、雷撃が5分間落ち続けるのですぐに第4層を抜けることができない。
だが、朱音さんのこの攻撃であれば1分とかからずに第4層を抜けることができる。近場のモンスターはほぼ全滅させられるので、少しだけ残った遠くのモンスターは無視してしまえばいい。
「"アイテムボックス・収納"、"アイテムボックス・収納"、"アイテムボックス・収納"。よし、さっさと抜けよう!」
「ええ!」
「きぃ!」
収納魔法を3連打し、ドロップアイテムを全てアイテムボックスに放り込んでから下り階段へ直行する。残ったモンスター共は未だ遠く、こちらが下り階段に到着する方が早い。
よし、今のうちに第5層へ移動してしまおう。
――ザァァァァァ……
「これこれ♪ この音を聞くと『第5層に来た』って実感が湧くのよね」
「確かにな」
階段を下りきり、1歩、2歩。流れる水の音を聞きながら、一面の大自然へと変化したダンジョンの風景を朱音さん、ヒナタと一緒に眺める。
第4層のモンスター地獄を突破した探索者だけがたどり着ける、自然豊かな第5層。ここはとにかくだだっ広く、濃い藪を払いながら進むことで別のダンジョンにすら行けてしまう。
また、あの白い神殿のようなダンジョン構造物が、この第5層のどこかにまだ存在しているかもしれない。リスクもリターンも相応に大きな、まるで博打 (ただし、ベットするのは自分の人生だが)のようなスリルを味わうことができる。
そんな浪漫溢れる第5層だが、普通に抜けるだけなら簡単だ。この階層から登場するグレイウルフがあまり強くないうえ、群れているのに連携しないという不可思議な生態を持っているからだ。
ゴブリンも引き続き登場するものの、第4層で鍛えられた探索者が今さらゴブリン程度に遅れをとるはずもない。不意打ちにさえ警戒すれば、第5層の突破は容易だろう。
まあ、その分第6層以降の難易度が大きく跳ね上がるわけだが。第5層、それは区切りのフロアであり、強敵へ挑む探索者たちの憩いの階層なのかもしれないな。
「朱音さんのおかげで、思ったより早く第5層に来れたな」
「ふふ、それはどうも。でも、あれは恩田さんのエンチャントありきの技だから、自分だけの力じゃないわ」
「その付与魔法自体が、朱音さんの資格のおかげで低コスト化できてるんだよなぁ」
一昨日はそれでペース配分を失敗して、真紅竜撤退戦中に魔力が欠乏しかけたからな……どれだけ低コスト化がありがたいことか、身に沁みて理解できたよ。
「それにしても、すごい技だったな。飛刃・雷轟八鐘だっけ、あれをずっとイメージトレーニングしてたのか?」
「ええ、そうよ。恩田さんの雷魔法を見て、武技にも応用できないかなってずっと考えてたのよ。思ったよりもうまくいって良かったわ」
胸を張りながら、朱音さんがドヤ顔でそう宣う。
……しかしまあ、エンチャントありきとはいえあれほどの技を即時発動できるとは。いやはや、朱音さんには恐れ入ったな。
「その調子で、ラッシュビートルと有利に戦える武技のイメージがあったりしないか?」
「一応あるわよ」
「そうか、やっぱりあるか……って、あるのか!?」
「ええ、もちろん」
軽口のつもりで朱音さんに言ってみたのだが、どうやら対ラッシュビートル戦で使えそうなアイデアがあるらしい。
魔法も物理も生半可なものは寄せ付けない、まさに鉄壁の守りを誇るラッシュビートル……それに打ち勝つアイデアとは、どんなものだろうか?
「どんな技なんだ?」
「これも、恩田さんのエンチャントありきなんだけど……まず、固い相手にダメージを通すなら、やっぱり打撃攻撃になるわよね?」
「確かにな。固いからこそ、内部に衝撃を与える攻撃が有効になるイメージは強いな」
「そう。それで、ラッシュビートルは魔法攻撃に強い耐性があるけど、魔法的な要素を含んだ物理攻撃……特に打撃攻撃ならどうかな、と思ったのよ」
「なるほどね」
確かに、すごくいい考えだとは思う。魔法も斬撃も耐性があるラッシュビートルに、魔法的な打撃攻撃を加えたらどんな結果になるのか……俺も相応に興味はある。使うべきエンチャントの属性も、朱音さんの説明を聞いてなんとなく分かった。だが……。
ちらり、と朱音さんの武器を見る。ソードスピアは武器としてはかなり大型で、全長は俺や朱音さんの身長くらいある。重量も相応にあるだろう。
ただ、本質的に打撃武器ではない。効率的に打撃攻撃を繰り出すような構造にはなっておらず、あまり効果は出ないように思える。
「朱音さんの武器、打撃には向かないんじゃないか? 確かにサイズは大きいけど」
「だからこそ、よ。私の武器で効果があれば、他の人の武器でもある程度は効果があるってことにならない?」
言われてみれば、確かにそうかもな。
「なるほどな……それで、付けるのは地属性のエンチャントでいいのか?」
「当たり♪」
右手の親指と人差し指で、朱音さんが小さな◯を作る。地属性エンチャント、付与魔法なら十分に可能だな。
「ついでに言うとね、武技じゃないの。まずはすれ違いざまに、普通に叩くだけのつもりよ。
武技を撃つとエンチャントがすぐ剥がれちゃうけど、直接叩くだけなら長持ちするんじゃないかしら?」
「なるほどな」
それは、正直盲点だった。これまでの経緯から、エンチャントは魔法や武技で消費しつつ戦局を打開するもの、という先入観があったからな……。
エンチャントを節約する、という発想に至らなかったのは間違いない。
「よし、第6層に下りたらそれを試してみようか」
「ええ!」
ものは試しだ。うまくいけば基本的な攻略方針になるし、ダメならダメでまた別の方法を考えれば良いさ。
「きぃっ! きぃっ!」
「ん? あ、そうか、ヒナタは第5層は初めてだったっけな」
すごい、広い、と楽しげに騒ぐヒナタを見て和む。確かに、洞窟のようなフロアが続いてからのコレは、半端ない開放感があるのは間違いない。
……だが、ここはダンジョンだ。いつモンスターが出てくるか分からない、危険地帯――
――ガサガサ……
「「「!!」」」
「「「グルルルル……」」」
草を掻き分ける音、唸り声と共に濃い藪の向こうから現れたのは、グレイウルフ3体組。最初の音の時点で3人とも迎撃体制を取っていたので、問題なく迎え撃つことができそうだ。
「"ライトニング"!」
――ゴロゴロゴロ……
――ビカッ!
「"飛刃"!」
――ヒュンッ!
「きぃっ!」
――ゴォォォォ!
各々が無造作に攻撃を放つ。俺は落雷、朱音さんは真空波、ヒナタはファイアブレス……特に打ち合わせしたわけではないのだが、それぞれが一番近くのモンスターに向けて攻撃を放った。
「ギャウッ!?」
「キャンッ!?」
「ギャンッ!?」
その攻撃が見事にバラけ、グレイウルフ3体にそれぞれ直撃する。ゴブリンに毛が生えた程度の耐久力しか持たないグレイウルフに、俺たちの攻撃を耐えられるはずもなく……あっという間に、グレイウルフは魔石へと還った。
「"アイテムボックス・収納"っと……息ピッタリだったな」
「ええ」
「きぃっ!」
3人で顔を見合わせて、笑う。
「この調子で、第6層もサクサク進めたらいいんだけどなぁ」
「ま、無理はしないでいきましょ。新しい仲間もいることだし、ねえヒナタ?」
「きぃ!」
任せて、とヒナタが高らかに宣言しているが……さすがにラッシュビートルは、簡単には倒せないと思うぞ。
まあ、それも含めて試してみればいい。案外、ヒナタなら簡単にラッシュビートルを倒せるかもしれないしな。
「よし、それじゃあ向かおうか」
「ええ、第6層へ」
「きぃっ!」
無理をする必要はどこにもないので、藪が薄い道を通って下り階段へ向かう。
さて、前回は九十九さんの大火力でようやくラッシュビートルを焼き払えたが……今回はどうなるんだろうな。ちょっとだけ楽しみだ。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
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