3−49:ヒナタに触ることすらできないモンスターたち……
「きぃっ!!」
――ゴォォォォ!
「「「ギャァァァッ!?」」」
第3層の直線通路に、複数の断末魔が響き渡る。空中のヒナタから放たれた炎に巻かれ、ゴブリン共が魔石へと変化したのだ。
それらを尻目に、俺と朱音さんはゆっくりと歩を進めていく。
「"アイテムボックス・収納"」
もちろん、魔石は全て回収しながらだ。ここでしっかりと集めておき、どこかのタイミングでヒナタが食べられるだけ魔石をあげるつもりだ。
……入口からここまで、全てのモンスター討伐をヒナタに任せてきたからな。魔石を食べる権利は当然ヒナタにあるし、ちょくちょく取り出しては既にヒナタに食べさせている。今はお腹が一杯のようだが、適度に運動すればまた魔石を食べられるようになるだろう。
「……お?」
モンスターを全て倒しきり、安全になった直線通路を渡る。その先の分かれ道の左、行き止まりになったところに宝箱が置かれているのを見つけた。前も同じ場所で宝箱を見つけたが、今回も木製の宝箱だ。
石も銀も、なんならプラチナという異質なランクの宝箱も開けたことがある身としては、木製の宝箱は若干物足りない感じもするが……それでも嬉しいものは嬉しい。
「あら、宝箱ね。木製なら罠は無いかしら?」
「まあ、一応見とくけどな。"サーチ・トレジャーボックス"」
右手をかざし、魔法を行使する。中身は……うん?
「なんか、小さなペットボトルみたいな形をしたのが見えるな。罠は特に無さそうだ」
「え、ペットボトル? というより、恩田さん中身が見えるの?」
そういえば、一昨日作ったばかりの魔法 (しかも使ったのは訓練の本の中でのみ)だから、朱音さんは存在を知らないのか。これはちゃんと説明しておかないとな。
「光魔法の応用でな、X線みたいなイメージで宝箱の中身だけを透かして見る魔法だよ。罠を事前に探知できるのも実証済だ」
「……それ、人に向けて使わないでね。あ、別に私には使ってもいいけど」
「……? まあ、そりゃ宝箱に対して使う魔法だからな。人に向けては使わないし、朱音さんに使う意味は全く無いけど……?」
「えっと、その、そういう意味じゃなくて……ああ、いや、うん、まあいいかな。とりあえず、恩田さんはそのままの恩田さんでいてね、ってこと」
「???」
なんだかよく分からないが……まあ、そのままで良いと言われても結局のところ俺は俺だ。これからもあるがままに、俺らしく生きていくつもりだ。
っと、閑話休題。やはり宝箱に罠はなさそうなので、サクッと開けて中身を取り出すことにした。
「開けるぞ、朱音さん」
「ええ」
――パカッ!
「……なんだこれ、飲み物か?」
中にはサーチした通り、ペットボトルのような形をしたビンに詰め込まれた、透明な液体が入っていた。見た感じ、ポーションではなさそうだが……。
「なんて名前のアイテムなの?」
「ちょっと待ってな、"アイテムボックス・収納"、"アイテムボックス・一覧"」
困った時のアイテムボックス、ということで一旦透明なビン詰めの液体を収めてから、一覧で中身を確認した。
☆
(前略)
・スピーダー×1
(後略)
☆
「スピーダーだってさ」
「なんだか速くなれそうな名前ね」
「多分そうなんじゃないかな? 一時的に、だろうけど」
名前からして、飲んだら一時的に敏捷性が上がる、みたいな効果を持つアイテムなのだろう。所詮は木製の宝箱から出たアイテムなので、効果時間はそんなに長くないと思われる。しかも……。
「でも、それだとクイックネスと効果がだだ被りだな」
「それなのよね……」
俺がいるなら、クイックネスを唱えた方がいい。魔力が切れたら使えなくなるが、そもそもそんな状態になるまで探索すること自体が間違っている (一昨日の俺? 真紅竜に追い回されて魔力切れかけてなかったかって? さて、なんのことやらHA HA HA!)。
それは、一昨日入手した閃光玉や火炎玉も同じだ。俺がいるなら魔法やスキルを使った方が早いし、狙いも正確に定められるからな。
……ただし、それは俺がいるという前提での話だ。もし今後、俺抜きで探索を行う機会があるとすれば、スピーダーや閃光玉なんかが役に立つ時もあるかもしれない。
一昨日は換金にたどり着いた時間が遅かったし、魔石の数も多かったから、閃光玉やら火炎玉やらを売る手筈が整えられなかったが……あえて売らずに、このまま持っておいてもいいかもしれないな。
「なあ、朱音さん。リュックとか袋とかって持ってるよな?」
「え? うん、もちろんよ。そんなに大きくないけど」
朱音さんが腰の辺りをゴソゴソと探り、小さく折り畳まれた手提げ袋を取り出した。それを広げて見せてくれたが、思ったよりも容量が大きい。
これなら、閃光玉・火炎玉・スピーダーの3点セットくらいは入りそうだ。
「"アイテムボックス・取出"っと。これ、ダンジョン出る時にまた渡すけど、俺は使わないから朱音さんが使ってよ」
「えっと、スピーダーと……この白い玉は?」
「閃光玉って名前らしい」
「……なんだか、空の王者を叩き落とせそうな名前のアイテムね。ってことは、フラッシュみたいな光を発するアイテムだと思っても?」
「多分な。使ったことが無いから分からないけど」
「なるほど……ところで、こっちの赤い玉は?」
「そっちは火炎玉。爆発して炎を撒き散らすアイテムだと思う」
「なるほど……あら? この2つの玉、魔力を流し込んで5秒後に炸裂するみたいね。玉にそう書いてあるわ」
「え、マジで?」
閃光玉をクルクル回しながら見ると、確かに日本語でそう書いてあった。ダンジョンで見つかる物なのに日本語記載とは、本当に不思議なものだ。
と、そんなやり取りをしている間に、死角だらけのゴブリン部屋へとたどり着く。ここに至るまで、俺と朱音さんはまだ1度もモンスターと戦っていない。歩く体力と喋る体力、いつものオートセンシングとアイテムボックスの魔法を使ったくらいで、消耗はほぼ0だ。
「1回しまっとくな、"アイテムボックス・収納"っと……さて、さすがにそろそろ俺の出番か」
ヒナタにばかり任せるのも申し訳ないし、そろそろ俺たちが出るべきだろう。見た限りヒナタはまだ余裕そうだが、第4層を突破するまでは少し休憩してもらおうと思っている。
そこからが本番だからな。バテられるのは少し困る。
「ヒナタ、戻って『きぃっ!!』っておい、ヒナタ!?」
「きいぃぃっっっ!!!」
――ゴォォォォ!
「「「「ギャァァァッ!?!?」」」」
ヒナタが部屋の向こう側へとすっ飛んでいき、そこから岩陰に向けて炎を撒き散らす。それを見て焦ったのか、蜘蛛の子を散らすようにゴブリン共が岩陰から飛び出てきた。
……炎の威力が、少しだけ上がったみたいだ。本当に少しだけで、【ファイアブレスⅡ】のそれには遠く及ばないようだが。スキルがレベルアップするという法則は、もしかしたら使い魔にも適用されるのかもしれないな。
って、それどころじゃないな。このままヒナタに任せきりでは、曲がりなりにも主人としての俺の立つ瀬が無くなってしまう。
「ったく、【ファイアブレスⅡ】」
――ゴォォォォォォ!!
「「「ギャッ!?!?」」」
飛び出てきたゴブリン共を、ファイアブレスでまとめて薙ぎ払う。訓練の本で戦ったゴブリンとは挙動が違うようで、岩陰に留まったゴブリンはほぼいないようだ。
「ヒナタ! 残りあと何体だ!?」
「きぃぃぃっ!!」
あと2体か。俺の炎がたまたま岩に散らされて、倒し切れなかったゴブリンがちょうど2体いる。居場所も2体とも分かっていて、ヒナタからの距離も比較的遠い。ならば!
「"ライトニング"! もう一つ"ライトニング"!」
――ダァァァン!
「グギッ!?」
――ダァァァン!
「ギャッ!?」
雷が直撃し、ゴブリン2体が魔石に変わる。これでコンプリートだ。
「"アイテムボックス・収納"っと……うん?」
「ほえぇ……」
ふと、朱音さんが唖然と立ち尽くしているのに気が付いた。
「どうしたんだ、朱音さん?」
「……恩田さん、いつの間にファイアブレスのスキルを手に入れたんですか?」
あれ、さっき説明しなかったっけ?
……そういえば、してなかったわ。
「ごめん、ヒナタのことばかり話してて忘れてた」
謎の神殿で博愛のステッキを手に入れたことは説明したので、その神殿でリザードマンの特殊個体、爬人隊長と戦ったことを話した。その戦いの後で【ファイアブレスⅡ】のスキルスクロールを手に入れたことも。もちろん、ゴブリン部屋で話し込むのはナンセンスなので、第4層に向けて歩きながらだ。
「私、思ったんだけど。リザードマンの特殊個体の通称は"ハイリザードマン"でいいのではないかしら?」
「……あ、確かに」
爬人隊長という正式名称に引きずられて、リザードマン・リーダーだのなんだのと考えては、しっくりこないと保留にしていた。ハイリザードマン……うん、シンプルで分かりやすいな。
「きぃ♪」
ヒナタは手に入れたばかりのゴブリンの魔石をポリポリ食べながら、ご機嫌な様子で俺の左肩に乗っている。
ヒナタには、昨日からここまで結構な量の魔石を食べてもらった。そろそろレベルアップを果たしてもおかしくないが、レベルアップのアナウンスも無いし分かりづらいな……。
「……それにしても、ヒナタって強過ぎない?」
「そりゃ、自慢の仲間だからな。それに、きっとまだまだ強くなるぞ?」
「そう……」
……少し、朱音さんの表情に影が見える。もしかして、俺やヒナタに対する劣等感みたいなものを抱いているんじゃなかろうか。
ただ、もし本当にそんなことを考えているのであれば、それは大きな間違いだ。単に俺が暇人で探索回数が多く、かつ今の状況が朱音さんに噛み合っていないだけなのだから。ヒナタは空が飛べるというアドバンテージがあるので、俺たちと比べること自体が意味の無いことだ。
今はそこまで深刻な悩みではなさそうだが、こういうものは芽のうちにしっかり摘み取らないと、あとで取り返しのつかないことになりかねない。軽く声掛けだけでもしておこうかな。
「俺たち、まだ出会って1週間も経ってないけどな。俺は朱音さんを、信頼できる仲間だと思ってるよ」
「!」
「今は文字通りのザコしか居ないから、楽に蹴散らせるけどな。ラッシュビートルや特殊個体モンスターみたいなタフな強敵が出てきた時、前衛で攻撃を止める役割を担うのは誰だ? 俺や、ましてやヒナタでは絶対に不可能だ」
「あ……」
「そこは適材適所ってことさ。今は朱音さんが力を発揮できる場ではないから、じっくりと力を蓄えておいてくれれば十分だ。頼んだよ」
少しずつ、朱音さんの表情が明るくなっていく。どうやら俺の推測は当たっていたらしい。
……でもまあ、本音を言うと劣等感を抱くこと自体が無意味な気はするんだよな。
歴史上偉大とされる人物であるほど、その長所に匹敵するほどの飛び抜けた短所を抱えていたり、成功の影に致命的な失敗を経験していたりするのだから。
完璧な生き物なんて、この世のどこにも存在しないのだから。
「……おっと、もう下り階段か」
「きぃ!」
第4層への下り階段にたどり着き、何段か下りる。
時刻は午前10時02分、入場してからまだ1時間も経っていない。色々と朱音さんに説明していたことを差し引いても、かなりのハイペースで第4層手前まで到着した。
「どうする? もうこのまま行くか?」
「そうね、行きましょう。
……それでね、今回は私に第4層のモンスターの相手を任せて欲しいのよ」
「何か策があるんだな。俺は何をすればいい?」
「念のためのプロテクションと、武器に雷のエンチャントをお願いしたいわね」
雷のエンチャントだって? まあ、できるとは思うが……。
「雷のエンチャントは扱いが大変だぞ? 他の属性より暴発する危険がかなり高いし」
「だからこそのプロテクションよ。大丈夫、武技のイメージトレーニングは十分に積んできたから、あとはもう実践するだけ。失敗しても致命的な状況にはならないわ」
そうか……よし、それなら朱音さんの意思を尊重しよう。
「分かった。階段の途中で掛けるよ」
「お願いね」
「きぃ」
ヒナタを肩に乗せ、3人連れ立って階段を下りていく。一応は俺も対応できるよう、心構えはしておくが……なんだろうな。
案外、朱音さんだけで大丈夫なような気はしているんだよな、不思議とね。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
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