幕間1:【資格マスター】の休日 そして動き出すダンジョン時代の風雲児(後編)
――パチ、パチ、パチ
「いやはや、実に素晴らしい報告であった。希望に満ち溢れていて結構、結構」
やおら拍手をしながら、東風浜大吾がモニターの向こうで立ち上がる。相変わらず微笑みを浮かべてはいるものの、先ほどよりもその笑みは深いように思える。
……会議の冒頭以外では一言も発さず、それどころか両手を組んだまま一切動きを見せなかった東風浜が、拍手をしながらゆっくりと立ち上がる。それが何を意味しているのか、会議に集まった局長級の者たちには分からなかったが……常日頃から彼の様子を見ている灰賀保乃華は、心の内で驚愕していた。
なにせ、東風浜大吾がこれまでに参加した全ての会議において、言葉を発したのはたったの2回のみ。しかも、いずれも相手を厳しく問い詰め、叱責する内容だった。その時でさえも東風浜は微笑みを絶やさず、しかし投げ槍を急所に捩じ込むがごとく、キツい言葉を投げかけていた。
ましてや、東風浜が拍手しながら椅子から立ち上がるなど。灰賀でさえ一度も見たことは無かった。灰賀には、その理由になんとなく察しがついているものの……それでも、まさかここまで劇的な反応を返すとは思っていなかったのだ。
「……だがね、権藤君」
東風浜は椅子から立ったまま、その表情を急に真剣なものへと変える。モニター越しでさえ伝わる、ピリピリとした東風浜の威圧感に……ほとんどの局長は、息を呑んだ。
だが、権藤はその圧を受けてなお涼しげだ。この程度はなんともないとでも言わんばかりに、まっすぐモニターを見つめている。
「君が局長を務める迷宮、確か亀岡迷宮開発局だったかな? そこが売上1位を達成することは、残念ながら不可能だと言わざるを得ないだろう。
なにせ現在の売上1位は、神奈川県は横浜中心地にある横浜迷宮開発局……乗り入れ社局数日本一の横浜駅から徒歩5分という、超好立地に位置する迷宮だ。市の独自政策で探索者をサポートする制度すらあり、探索者の人数も質も圧倒的に高い。君なら分かると思うが、第10層に到達した者も既に現れている。
……それでも、権藤君は本気で1位を目指すというのかね?」
「はい、いつかは1位を獲りたいと、そう考えています」
東風浜の問い掛けに、権藤は堂々と答えた。
……モニターに映る映像の端で、横浜迷宮開発局長の男性がピクリと眉を動かす。東風浜と違い、常にポーカーフェイスを保つ老齢の男性であった。
名を持長 昭というこの男性は、見るからに感情の起伏が少ない。いついかなる時でも淡々としており、常に冷静かつ冷徹な判断を下すことで有名な人物だが……その人としての在り方は、まるでロボットのような印象さえ周囲に与える。
「今しばらく、お待ち頂ければ。我々亀岡ダンジョンより、探索者界隈に革新を起こしてみせますよ」
持長を尻目に、権藤が不敵にニヤリと笑う。それを見た東風浜も、顔に再び微笑みを浮かべ始めた。
「ふむ、そうかそうか、それはとても楽しみなことだ。ぜひとも実現してくれたまえよ」
そう言ってから、東風浜が着席する。そのまま両手を組み直し、最初の体勢に戻った。
「……東風浜本部長、ありがとうございました。それでは権藤局長、続きのご報告をお願いいたします」
「はい、それでは亀岡迷宮開発局の直近の収支から――」
「――権藤局長、ありがとうございました。それではここで、お昼休憩といたしましょう。再開は1時30分といたしますので、それまでに皆さま席へお戻りください。お疲れ様でした」
「「「「お疲れ様でした」」」」
時計の針が、午後0時27分を指した頃。権藤の報告が終わると同時に、全員がお昼休憩へと入る。
灰賀の言葉を聞きながら、権藤はカメラとマイクをオフにした。
「……ふう」
「お疲れ様です、局長」
肩やら首やらをぐるぐると回し、コキコキと小気味良い音を鳴らしていた権藤の前に澄川が温かいコーヒーを差し出す。ヒナタに関する報告が終わったタイミングでこっそりと離席し、コーヒーを淹れて戻ってきたのだ。
「ありがとう、澄川。ちょうど眠気が来ててな、助かったよ」
権藤がコーヒーを受け取り、ゆっくりと飲む。ほんのりとした甘みを感じる、権藤の好きな味だった。
「……はあ、五臓六腑にコーヒーが沁み渡るなあ」
「随分と大袈裟な表現ですね?」
「大袈裟なものか。退屈で眠かったんだぞ、どこも判を押したように同じ報告ばかりだったし。東風浜本部長の前で報告するようなことじゃないだろ」
「確かに、そうですね」
直近1ヶ月の収支状況、各ダンジョンを探索する者の人数や年齢構成、職員の勤務状況……わざわざ局長級が集まって、しかも東風浜本部長の面前で報告するようなことではないと権藤は思ったのだが。報告内容は事前に指示されていたので、従う他なかった。
「それに、東風浜本部長も相変わらず食えない御仁だったな。俺の報告の何かが本部長の琴線に触れたようだが、それが一体何なのかがよく分からん」
「ヒナタの件では? 事前指示が無かった報告はアレだけでしたし」
確かに、普通に考えれば澄川の言う通りだろう。ヒナタという、おそらくは日本探索者界隈で初めてとなる使い魔の出現……しかも、多くの探索者が恐れる特殊個体と同等以上の強さを持つというのだ。そのインパクトは凄まじい。
しかし、権藤はそこに違和感を覚えていた。
「俺も最初はそう思ったんだがな。それにしては、東風浜本部長の反応が薄かった気がするんだよ。
あと、灰賀秘書のあの表情……」
「灰賀さんがどうかしましたか?」
ヒナタが使い魔であるという話をした、その直後のことだ。
他の局長たちが多かれ少なかれ驚く一方で、東風浜は全く驚いていなかった。まるでそのことを知っていたかのように、さも当たり前のことであるかのように、東風浜は微笑みながら飄々とした態度を崩さなかった。
一方の灰賀はというと、一瞬だけ表情を歪ませた。その顔は尋常なものではなく、負の感情を隙間無く敷き詰めて煮詰めたような……とにかく、凄まじい表情であった。彼女はすぐに元の澄まし顔に戻っていたが、その一瞬が権藤の脳裏に焼き付いていた。
(……あの2人、なんか隠してることがありそうなんだよな)
とはいえ、積極的に調べるつもりは権藤には全く無かった。全く気にならない、と言うと嘘にはなるが……好奇心は猫も◯す、という格言もあることだし、こちらに実害が及ばない限りは静観すると権藤は決めている。
「さて、ゆっくりお弁当でも食べるとしますかね。午後からも長そうだしなぁ」
「……権藤局長、昨日から全く寝ておられないのでは? 少しだけでも仮眠をとるべきだと思いますが」
「それは澄川も同じだろう。書庫を使ってもいいから、会議再開まで少しは仮眠をとりなさい。これは局長命令だ」
「むぅ……」
お互いにそう言っているものの、2人とも割と平気そうな様子を見せている。これは、自衛隊時代のダンジョン探索経験による影響が大きい。
……慣れたくて慣れたわけではないが、2人とも日を跨いでダンジョンに潜り続けた経験が何度もある。落ち着いて寝られない場面も多々あり、そんな中でも集中力を維持し続けなければならなかった。ゆえに、2人は睡眠耐性が極端に高いのだ。
とはいえ、健康にとって害であるのは間違いないので、寝れる時は普通に寝ているが。今回の会議はタイミングがタイミングだけに、仕方なく寝ずに対応していたが……そもそも日曜日の遅い時間に急遽会議を行う旨を伝達し、月曜日の朝から開催すること自体がおかしいのだ。準備時間を全く考慮しておらず、実際に眠そうな様子の局長も何人か居た。
それでも開催を強行したのには、何かしら理由があるのだとは思うが……せめてそれくらいは教えて欲しいものだ、と権藤は心の内で愚痴を零す。指示された報告内容に疑問点があるのも、その不満感に拍車をかけていた。
「………」
だからこそ、つい勢いであんなことを言ってしまったわけだが。少し後悔している権藤であったが、言ってしまったものは仕方ないと考えを切り替えることにした。
「たまには、俺がダンジョンに潜るのもいいかもしれないな」
「やめてください」
即座に否定する澄川に、権藤は憤る。
「なぜだ」
「権藤局長が出張ってしまったら、他の探索者の方たちの食い扶持が全て失われてしまいます。ご存知ですか、権藤局長がダンジョンに潜っていた頃、周りの部隊からなんと呼ばれていたのかを?」
「知っている、"殲滅鬼"だろう。だからどうしたというのだ?」
「権藤局長が歩いた後には、モンスターが一切残りません。亀岡ダンジョンの未来のために、どうかご自制を」
「………」
「………」
「……分かった、分かったから。考え直すよ」
久し振りに探索者として体を動かすか、などと考えていた権藤だったが……あまりに真剣に澄川から止められるので、今回は見送ることにした。
「ありがとうございます、権藤局長のご英断に感謝申し上げます」
「………」
もちろん、諦めたわけではないが。ホッとする澄川には申し訳ないが、どこかでシレッと復帰しよう……などと、権藤は画策していた。
◇
(恩田視点)
「………」
UHF帯の電波の特徴を答えよ……か。確か300MHz〜3《ギガヘルツ》GHzの帯域で、テレビとか携帯電話とかで使ってる周波数の電波だよな。
地表波が減衰せず伝搬する……違う。電離層で反射して伝搬する……違う。波長が短くアンテナを小型化できる……おっ、これだな。
「ふう……」
最後の問題に回答し、席を立つ。パソコンで全て回答する試験を初めて受けたので、戸惑った部分もあったが……無事、試験を終えることができた。
手応えは十分にあった。二陸特は"法規"と"工学"の2科目があるが、どちらもほぼ全問正解できている自信はある。
「よし、帰るか」
試験会場だったビルを出て、京都駅へと歩を進める。
現在時刻は、午後2時半ごろ。月曜日にも関わらず辺りは人で溢れかえっている。その大半が日本語を喋っておらず、たまに聞き馴染みの無い言語で会話する声も聞こえてくる。
……ホント、京都駅付近は外国人観光客が多いな。ほんの1駅しか違わないのに、西大路駅はホーム上にも駅外にも地元住民らしき人しかおらず……一方のこちらは、バスも鉄道もホテルも駅外も外国人だらけ。観光立国を目指すのはいいが、そろそろ住民の怒りが爆発しかねないぞコレ。
まあ、それを考えるのは俺の仕事じゃないか。俺はしがない自営業……冴えないいちダンジョン探索者でしかない。俺が考えるべきは、明日からの探索をどうするか。これに尽きる。
とはいえ、しばらくは自身の力を高めることに注力すべきだろう。あまり第6層で足踏みしたくないのだが、ラッシュビートルを軽く倒せるような攻撃力が一朝一夕で身に付くとは思えないからな。明日は朱音さんだけが来れるらしいし、2人でラッシュビートル相手に討伐練習といきますかね。
……さてと、家でヒナタが待っている。寂しがるといけないし、早めに帰るとしますか。
◇□◇□◇読者の皆様へ◇□◇□◇
なろうに数多ある小説の中から、私の小説を読んで頂きまして誠にありがとうございます。
読者の皆様へ、作者よりお願いがございます。
皆様の率直な判定を頂きたいので、ページ下部より☆評価をお願いいたします。
☆1でも構いませんので、どうかよろしくお願いいたします。




